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共依存者は黒薔薇を夢見る

作者: 遮二無二造


「なんてことだ! こんな狭い鳥籠の中に女の子を閉じ込めるなんて……。魔物め、絶対に許さないぞ!」


 突然響いた声で私は目を覚ました。かすむ目を手で擦りながら体を起こす。


「あぁ、そんなに泣かないで。僕が君を助けてあげるから!」


 いや、誰も泣いてませんけど。

 意味不明な言葉を吐く方向にぼんやりとしながら視線を向ける。人の昼寝を妨げる奴は誰だこら。

 私の周りを取り囲む巨大な鳥籠。その外に人影が五つあった。


 ん……? 〝人〟影が五つ……?


 有り得ない事態に脳が一気に覚醒し始める。

 落ち着け、私。まずは現状把握だ。


 私が寝ていたのはキングサイズのベット(天蓋付き)。少々乱れた黒のシーツも私の寝相のせいだろう。そして身に着けているのは白のワンピース。ベットに寄り添うように眠る白銀のもふもふ。うん、問題無し。


 では次、鳥籠の周辺。

 天井のガラス張りは異常無し。いつも通りきらきらと輝いて太陽の光を取り込んでいる。周りを見渡してもいつも通りの温室。草花が咲き乱れ……って待て。黒薔薇の一角だけ踏み潰されたかのように荒れている。

 うわあ……。最悪な状況に思わず顔を両手で覆った。


「君、大丈夫かい!? どこか痛むのか?」


 さっきから見当違いなことを話す、黒髪黒目の無駄に大きな剣を背負う男。


「ちょっとあなた、ユウト様がさっきから話しかけているでしょ! いつまで無視しているのよ!」


 耳を突きさす甲高い声のショッキングピンクな髪色のロリ巨乳の聖女? さん。


「ユウトを無視するなど、この無礼者が!」


 胸や足を露出する防御力ゼロの鎧に身を包み、剣を構える女騎士? さん。


「ゆ、ユウトさんを無視しちゃ、いけないと思います」


 無駄におどおどして小動物っぽさを演出する黒フードを被った魔法使い? さん。


「あんな子放っておいて、先に行きましょうよユウトー。ていうかここどこなのー?」


 女性的な曲線を恥じらいもなく晒して数本しか入っていない矢筒を背負う弓使い? さん。


 男が一人、女が四人という奇妙な編成の五人組。

 剣や弓矢、杖を持つところを見るに、彼らは冒険者パーティーなのだろう。下げた視界に入ったのは、土で汚れた衣服。

 あれ、あの土ってまさか……。

 ……うん、最悪な展開だこれ。

 バチバチっという鋭い音が温室に響いた。


「きゃっ」

「うわ」


 今咄嗟に女の子らしい悲鳴出せた私凄い。でも勇者っぽい男と被ったのは遺憾。

 軽い現実逃避しながら思わず耳に当てた両手を外す。男がこの鳥籠に近寄ろうとしたようだ。


「大丈夫ユウト!?」


「イッテテ……。うん、大丈夫だよ。それにしても何だこれ」


 尻もちをついていた男は立ち上がり、鳥籠の周りを張り巡る可視化した結界に手を伸ばす。

 いや、馬鹿なのこいつ。


「ぐわっ」

「ユウトさん!」


 さっきよりも鋭い音が響く。軽く吹っ飛ばされた男に駆け寄る女達。

 コントかな?


「ユウト、一人で無茶をするな」

「そうよ! 私達のことも頼って?」

「ユウトさんのためなら、私、がんばれます」

「私が力になってあ、げ、る」


 口々に男に言い募る女達。でも互いに牽制しているのか睨み合ってない?

 そんな様子に気付いているのかいないのか、男は感動したように目を潤ませる。その男の表情に頬を染め、瞳を潤ませる女達。チョロいなおい。


「皆……! でも、僕は勇者だ。この世界を魔物から救う為に喚ばれたのが僕なんだ! 皆の為にも、僕は一人で頑張ってみせるよ!」


 キリッとした顔で宣言する男。

 え、あの人本当に勇者だったの。あんなハーレム作っているテンプレ勇者っているんだ。『喚ばれた』ってことは私と同郷かもしれないってことやだー。


 そもそもあの男何を頑張るっていうの。え、まさか私をこの鳥籠から救い出すとか言うのかな? 私ここまで何も言ってないんですけど。助けてとかも言ってないし可愛らしく「きゃっ」しか言ってないんですけど。

 あの勇者くんの頭の中ではどうやら私は〝魔物〟によって鳥籠の中に閉じ込められている哀れな少女らしい。

 やだこの人達面白い。

 結界に再度チャレンジしようとする勇者くん。今度は背中から剣を引き抜いている。どうやら彼の本気を出すようだ。

 少しわくわくするがまたあの音を出されたら困る。声を掛けるとしよう。


「おやめ下さい」


 すると、勇者くんの動きがぴたりと止まった。どことなくその頬が朱に染まっているような……。え、なんで? 声掛けた、それだけよ。勇者くんもチョロいとか勘弁してよ。女達の恨みの視線がびしびし飛んでくるんですけど。


「それ以上は、貴方様が死んでしまいます。どうか、お引き取りを」


「だけど、それじゃあ君が!」


「私は、このままでいいのです……。この鳥籠の中が、私の世界なのです」


 にっこりと微笑んで彼が好きそうな言葉を羅列する。正確には、私の世界はこことあいつの腕の中だけどね。とりあえず、今はとっとと勇者くんにここからいなくなって欲しい。音を立てずにそおっと。即刻に。


「そんなの、僕は認めない!! こんな、狭い鳥籠の中しか知らないなんて……。この世界には、もっと素晴らしい場所がたくさんあるのに! 僕だったら……」


 ちょっと落ち着こうか勇者くん!? 急に声を大にして熱弁しないでくれるかな! 静かに……。


「グルルル……」


 うん、今日は厄日だ。

 勇者くん達からはちょうど死角になる、ベットの横に寝そべってお昼寝していたガルが目を覚ましてしまった。

 私に似たのか、寝起きは機嫌が悪いガル。ベットに飛び乗り、私の膝に顔を乗せて伏せる。少し乱れているその白銀の毛並を整えるように撫でてあげる。起こしたお詫びも込めて優しく優しく。

 めっちゃ可愛いもっふもふ。

 しばらくもふもふを堪能していたが、勇者くんたちの存在を思い出す。ガルから顔を上げて勇者くんたちを見る。


 ……いや、なんでそんなにガクブルしてるの君たち?


 私を睨んでいた女達は今やその顔を蒼白にして、己を抱くようにして縮こまっている。勇者くんも先程までの威勢はどこへやら。女達のように座り込んではいないもののその足は小鹿のように震え、こちらに向けている剣先はぶれぶれだ。


「ま、さか、フェンリル……!? 何故、ここに……」


 まるで喘ぐように弓使いさんが言葉を漏らした。

 フェンリル……ガルが?

 私の体格と同等ぐらいの大きさのガルが? 私が撫でる度に尻尾を高速に振るガルが?

 首を傾げる私。その動作にずっと冒険者くんたちを見ていたガルはこちらを向いて同じように首を傾げた。かわいいなおい!

 思わずその顔に頬ずりする。あー幸せー。


「……有り得ない」


 ん? どうした。


「フェンリルが、人を襲わないなんて……! この、化け物!」


 思わず、動作が一瞬止まってしまった。それに気付いたのか、素早く体を起こしたガルが勇者くんたちに向かって唸り声を上げる。情けなくひいっと悲鳴を上げるのは化け物と口にした聖女さん。

 『化け物』と、久し振りにその言葉を言われたからか、以前のように対応できない。前は、何でもないようにスルーすることができたのに。私も弱くなったものだ。思わず苦笑した。

 あいつのせいだなぁ。帰ってきたらパンチ一発かな。心に決めていると、どこからともなく声が聞こえた。


「殴るのはやめてくれ。お前の手を痛めてしまう」


 聞き慣れた心地好い声。ふわりと後ろから抱き締められた。その力強い腕をぎゅっと抱える。振り返らなくとも、誰かなんて分かりきっている。


「レオ、お帰りなさい」

「あぁ、ただいま」


 髪に顔を埋められた。吐息が首筋に当たってくすぐったくて身じろぐ。

 ふっと笑ったレオは胡座をかいた膝の上に私を横抱きにして軽々と乗せる。ガルは避難するらしい。ちろりと私の頬を舐めてからベットを降りて寝そべった。


「ガルディアン、ご苦労」


 声を掛けたレオにぱたりと尻尾を振ってガルは応える。

 レオの胸にぴたりと頬を付け目を閉じた。ここが、私の世界であり、唯一の安全地帯だ。いつの間にか嫌な音を立てていた心臓が、穏やかなレオの心音と重なって落ち着いていくのがわかった。


「お前はっ!」


 そう声を上げたのは勇者くんだろうか。瞼を開け確認しようとするが、レオの大きくて少し硬い手の平に遮られる。


「昼寝の途中だったのであろう。もう少し、眠っておけ」

「ん……」


 レオの言葉で眠くなっていく。頭を撫でられるのが心地よくてガルのようにレオの手の平に頭を擦り付けた。……やっぱりペットは飼い主に似るんだなぁ。

 ぼんやりとそう思いながら微睡む。すると、


 ――ゾクッ


 背筋に悪寒が走った。すぐさま目を開け、周囲を確認する。

 こちらに向かって鳥籠越しに剣を振り上げる勇者くん。

 でも、違う。こいつじゃない。レオの敵ではないもの。

 なら……。視線を下げる。

 頬を染め、潤んだ瞳でレオを見上げる女ども。

 陶酔する様子に、目の前が真紅に染まったような気がした。


「去れ! 貴様らがここにいることを許していない!」


 気付けば、私は叫んでいた。どこか他人事のようにも感じている。無意識に言葉に〝力〟を込めていたのか、女どもは温室の壁であるガラス張りに叩き付けられて沈んだ。


 私は、何も思わなかった。申し訳ないとも、ざまあみろとも思わない。ただただ、女どもが一瞬で吹き飛ばされて、ガラスに叩き付けられるのを見ていた。

 すっと、視界が闇に包まれた。レオの手だ。


「眠れ、巫女よ。疲れを癒せ」


 疲れ……うん、確かに疲れているのかもしれない。お昼寝を起こされたと思ったら周囲には見知らぬ五人組。散々好き勝手なことを言われて挙句には『化け物』扱い。

 体から力を抜いてレオに寄り掛かり、今度こそ微睡みに身を委ねた。




ーーー


 とても、綺麗な女の子だった。

 ランダム転移されて飛ばされたのは黒い花の真上。刺さるトゲを抜きながら花を足で押し潰し、皆が口々に転移門の門番へと不平を漏らす。それを止めたら、皆から「優しい」と言われた。気分が良くなる。


 高校からの帰り道に突然足下に現れた魔法陣。戸惑ったけど、僕はすぐに納得した。だって、この世界は僕の居るべき所じゃない。そう思っていたから。

 僕の教科書を隠してぼろぼろにする奴や、暴力を奮ってくる奴。そんな奴らで溢れたこの世界は僕に相応しくない。僕とあいつらは違うんだ。

 しばらく目を閉じていたら、ざわめきが耳に入る。期待とともに目を開けると、そこはもう異世界だった。ラノベでよくあるように、どこかの王城の謁見の間だろうか。人が一杯いて、一段上の豪華な椅子に男の人が腰掛けている。


「勇者様だ……」

「勇者様が降臨されたぞ!」


 慌てふためくなんて無様なことはしない。周りの人が落ち着くまで僕は待ってあげることにする。なぜ巫女はいない等と言っていたような気がしたけど、目に入る人の顔は僕を見て目を輝かせていたから気のせいかもしれない。

 そして、椅子に腰掛けた男の人、王様から告げられたのは世界を救う為に魔王を倒して欲しいというものだった。王国の惨状を唄うように語られて、僕は悲しくなる。でっぷりとしたお腹を抱えるように泣き崩れた王様に、僕は勇者として魔王を倒すことを誓った。


 それから、王様に国宝だという聖剣を授かり、お供としてつけられた聖女様と女騎士さん、魔法使いさんと魔王を倒す旅に出る。途中で弓使いのお姉さんも仲間に入り、賑やかになった。初めは皆僕に冷たかったけど、話しかけ続けると段々と親しくなれた。皆が僕に優しい。そうだ、これが当たり前なんだよ。


 ある日、街を襲っていた魔物を倒した休憩中に、聖女様がもう耐えられない、早く魔王城に行きたいと言い始めた。でもここはまだ魔王城から遠く離れた地らしくて、願いを叶えられそうもない。

 誰かがランダム転移門ならと口にした。それってなーに? と魔法使いさんに聞く。どうやら、この世界の何処へでも転移できる代物らしい。幸いにも街の近くにあるそうで早速行ってみることにする。

 門番と名乗る獣に口煩く何やら言われたが、僕らにこの便利なものを使わせたくないだけだろう。邪魔な獣を排除して皆で門を潜った。


 眩しい光に目を瞑り、体に刺さる痛みに呻きながら目を開ける。黒い花をどかして周囲を見渡した。どうやら、どこかの温室に転移してしまったようだ。様々な花が整然と咲き乱れるその光景に圧倒される。仲間の誰かが綺麗と溜め息を吐いた。

 ふと、温室の中央に置かれた巨大な鳥籠に気づく。鳥籠の中には天蓋が付いた大きな黒塗りのベットが一つあり、誰かが横たわっている。シーツの上を流れる長い黒髪を見るに、女の子みたいだ。

 あんな綺麗な女の子を鳥籠に閉じ込めるなんて、酷いことを! こんなことをする奴なんて魔物に決まっている。思わず大声を出してしまった。女の子が身を起こして泣いているのか目を擦っている。

 あぁ、痛ましい。僕が助けてあげなくちゃ。

 そんな思いから鳥籠に近づく。けど、何かに弾き返されたように感じて僕は思わず尻もちをついてしまった。鳥籠を取り囲む薄緑の透明な膜。不思議に思って手を伸ばしたらさっきより強い力で弾き返された。

 こんなものに、負けてたまるか! 僕は選ばれた勇者なんだ。たかが結界如きに阻まれてなるものか。背中に背負う聖剣を抜く。魔物が張った結界なんて、これで打ち破ってみせる。

 聖剣を振りかぶり、まさに切りかかろうとしたその時。


「おやめ下さい」


 鈴を鳴らしたような声。まるで金縛りにあったかのように体が動きを止める。声がした方へ顔を向けると、女の子が僕のことをじっと見つめていた。

 さらりと肩口から零れ落ちた漆黒の髪。淡く色付いた唇。ワンピースの襟口から覘く白く柔らかそうな双丘。白い首を囲う純黒のチョーカー。そして、朱と蒼にそれぞれ輝く大きな瞳。


 綺麗だった。

 欲しい、と思った。

 その思いから声を出す。彼女は僕のことを想ってくれていた。こんなちっぽけな鳥籠が世界だという君を、僕だったら幸せにしてあげられるのに。悔しく思いながらそう叫ぶ。

 と、地獄から響き渡るような唸り声が温室に響いた。のそりと、ベットの影から姿を現した白銀の獣。どこか狼に似たその獣は、彼女に擦り寄ったかと思うと、その膝を枕に寝そべりこちらを窺ってくる。ひたりと、金の瞳が僕を映した。途端に歯の根が合わなくなる。

 殺される、早く逃げろ、逃げろ。

 脳が指令を出すも、足は震えて一向に動く気配がない。今にもこちらを襲ってくるのではないか、そんな死の恐怖が僕を包んだ。

 彼女に仲間の心無い言葉が浴びせられる。それに気付いたのか、獣は僕達に向かって吼えた。ただ吼えただけ。にも関わらず僕らは震えることしかできなくなった。フェンリル、弓使いの言った言葉が本当なら僕らはここで死ぬのだろうか。眉間に皺を寄せながらこちらを睨むフェンリルを呆然と見上げた。

 そんな緊張状態を破るかのように、深みのある低い声が温室に響いた。

 彼女の後ろに急に現れた奴は彼女を抱き締めその髪に顔を埋める。一瞬見えた奴の目は血のように紅く、その髪は彼女と同じ漆黒だ。

 勇者としての本能が叫んだ。奴は……魔王だ。

 仲睦まじい彼女と奴の様子に拳を握りしめる。何故、奴が彼女と。

 怒りで恐怖をねじ伏せ、剣を掲げ切りつけようとする。ばっと顔を上げた彼女。


「去れ! 貴様らがここにいることを許していない!」


 何を言ったのか、すぐには理解できなかった。一瞬の後に後方からバンっと何かが叩き付けられるような音がした。


「へ?」


 気の抜けた声が漏れた。何が、起こったのか。

 ゆっくりと後ろを振り返る。端の方で力なく四肢を投げ出した仲間達。ガラス張りの壁にできた四つの窪み。何度瞬きしても変わらない光景。

 これを、彼女が、やったのか……?

 顔を前に戻すと、奴が彼女をベットに横たえていた。まるで壊れ物を扱うように触れている。奴が触れるたびに彼女が汚れていくような気がした。

 やめろ触るな! そう叫ぼうとした瞬間に奴がこちらを向く。

 冷たく凍てつくその眼をみた瞬間喉がひゅっと音をたてた。

 僕の体をじろりと見る。視線が僕の手で止まったかと思うと奴はその目を細くさせ、ぱちんと指を鳴らした。




ーーー


 全く、愚かなことをしてくれたものだ。


 温室からの転移後、口を開け閉めしながら懸命に奴を囲った結界を破壊しようとする勇者とやら。これほどまでの実力差がありながら、俺が張った結界を破壊できるとでも思っているのだろうか。どこまでも、おめでたい頭をしている。結界に音を遮られているのにも気づいていないのであろう。必死の形相で何事か叫んでいた。

 まぁ、俺には関係ないことだ。とっととこいつと俺達の縁を切ってミヤの元に向かわなければ。結界をいじり、俺だけの言葉が奴に届くようにする。


「異世界から喚ばれし勇者よ、この世界は十分に楽しんだか?」

「あぁ、そんなに興奮するな。俺には何も届きはしない」

「ははっ、なんだその目は。どうせ巫女に惚れたのであろう? 王国の術者がそう定めていたのだからな、当然だ」

「間抜け面だな。お前は何も知ろうとしていなかったからか。餞別だ、教えてやる」


「まず、この勇者制度の勇者の選抜基準だがな。『消えても何ら世界に影響を及ぼさない、哀れな異世界人であること』だ。めでたいな、見事にお前は選ばれた」

「そして、選ばれた勇者と一組で異世界から連れてこられるのは『巫女』と呼ばれるものだ。巫女は、『過去に何かしらの不幸があり、他人の痛みがわかる』者達から選ばれる。勇者と巫女の身体には揃いの場所に揃いの紋様が召喚の際に刻まれ、互いの目印となるらしい。王国も要らぬことを……」

「あぁ、そうだ。俺の巫女の右の手の甲にも同じ紋様がある。だが……お前には二度と関係の無い話だ」


 奴の右腕が吹き飛ぶ。

 あぁ、やり過ぎた。奴に対する憎悪から手加減を間違った。


「そう暴れるな。治癒魔法で右腕を生やしてやる。後でな。今は話の続きといこうじゃないか」

「何故王国は勇者のみならず巫女もこの世界に喚んだのか。それは、同じ世界から来た者を側に置くことで郷愁を打ち消し、勇者をこの世界に引き留める為だそうだ。浅はかだがな」

「何をそんなに驚く? 王国の首脳陣どもが利益に貪欲なのは今に始まったことではなかろう。民からも、隷属国からも搾取し続ける奴らがみすみす金のなる木を手放す筈がない。まぁ、その企みも俺が巫女を攫った事で無に帰したがな」

「初めは召喚された瞬間に勇者と巫女を殺すつもりだったのだが……巫女に一目惚れしてな。攫って囲うことにしたのだ」

「睨むな睨むな。話を戻してやる」

「王国側は勇者と共に召喚した筈の巫女が現れず大層慌ててな。次の策を練った。これが面白い。勇者に魅了の魔法をかけ、旅の供とさせた女どもを惚れさせて子供を作る作戦ときた! 部下と随分笑わせてもらった」


「そもそも、お前は旅の途中で己が何を倒してきたのか知っているのか?」

「この世界には、魔族と魔獣の二種がいる。前者は理性を持つ生まれつき膨大な魔力を有した身体的な特徴を持つ者、後者は理性のないまま偶然にも魔力を持ってしまい暴れるただの獣だ」

「さて、お前が倒してきた〝魔物〟とは、一体何であろうな?」

「旅の目的すら王国に言われたことを鵜呑みにした結果であろう? 『世界を救う為、魔王を倒せ』だったか?」

「お前らが魔王と呼ぶ俺が治めるこの国。国民の多くは王国の連中に迫害された魔族だ。大陸中を放浪した末に流れ着いたこの土地で協力して建国したのが我が国だ。今では魔族の潜在能力の高さにより大陸一栄えてはいるがな。そんな国の王である俺が倒されなければならぬ理由とは何か、教えて欲しいものだ」


「誠に世界を蝕む害虫は誰だか分かったか? まあ、今頃真実を知ったところで、全て手遅れだがな」


 治癒魔法で奴の腕を生やすと同時に部下を呼ぶ。

 あの胸糞悪い紋様は消えているな。これでミヤの紋様も消えていることだろう。蹲ったまま動かないこいつは部下に任せてミヤの元に転移を試みる。


「陛下、こんな所にいたんですね。会議の途中です。お戻り下さい」


 チッ、捕まったか。


「会議中急に転移していなくなったかと思ったら今度は界渡りの魔法陣を張れだなんて伝言寄越して……。有給休暇ください」


「こいつを陣に乗せて術を発動させろ。送り場所はこいつの脳を覗け。俺は妃の元に行く」


「承知しましたー」


「行かせませんよ。今朝お妃様は仕事をする陛下はかっこいいと仰られたんでしょう? いいんですか、仕事を放っても?」


「……会議に戻る」


 部下を連れてしぶしぶ会議室に戻る。早く終わらせてミヤを抱き締めに行かなければ。

 転移で移動して会議室の椅子に座った時にはもう、元勇者のことなど記憶の片隅にも残っていなかった。


 ああそうだ、ミヤが起きる前に温室に入った煩いコバエを追い出さなければな。




「それにしても、あの勇者の前でお妃様の名前を決して呼ばなかったなど、相変わらず我らが陛下は嫉妬深いですな」

「元勇者くんの記憶を覗いたときに見た陛下のお顔なんて、まるで一年前に戻ったかのように怖かったでーす。流石陛下―」

「お妃様を見つけるまでの陛下ですか……。あれは恐ろしかったですねぇ……」

「言霊の能力についても何も元勇者くんに仰らなかったようですし、陛下のお妃様への執着は増すばかりですねー」




ーーー


 ふ、と意識が浮上した。腰に巻き付く違和感と頬に感じる温もりにへにゃりと笑ってしまう。目を閉じたまま温い方へ寄る。寒くはないけど人肌は恋しいものなんです。

 くくっと喉で笑うレオ。何だか無性にいらっときて思いっきり抱き着いて占めあげる。気分はヘビだ。


「ミヤ。この寝坊すけ。そろそろ起きろ」


「私は巫女です。ミヤではありません」


 頭を撫でられるが顔だけ背けて否定する。ぷくっと頬を膨らませて怒りアピールだ。レオが私のことを巫女と呼ぶなんて久し振りだった。


「ミヤ。俺の、俺だけのミヤ。機嫌を直してはくれないか」


 頬を片手で潰される。じとっとした目でレオを見つめたが、効果は無さそうだ。緩やかに微笑んでこっちを見ている。私がその笑顔に弱いと知っての所業かこのやろう!

 意趣返しにきゅっとその無駄に高い鼻をつまんでから身を起こす。温室の中が橙色に染まっていた。もう夕方みたいだ。周りを見渡してもガルはいない。お散歩に行ったのかな?

 次いで視界に入ったのは無残に荒らされた黒薔薇の花壇。もう少しで満開だったのが嘘のように花弁が散らされている。


「レオ、あのね、黒薔薇が……」

「ミヤ」


 言葉を遮られた。起き上がったレオは私の頬に手を伸ばして撫ぜる。どこかいたわるようなその手つきを疑問に思うもレオの言葉を待つ。


「黒薔薇より、ミヤのことだ。あのコバエどもに何を言われた?」


 確信めいた言葉と誤魔化すことを許さないと告げる眼差し。

 心配性だなぁ。それにコバエって……。


「化け物って呼ばれただけ。大丈夫、すぐレオが来てくれたから」


「当たり前なことを言うな。俺がミヤの異変を察知して側に居ない筈がないだろう。仕事さえ無ければ、ミヤに不快な思いをさせることも未然に防げたものを……」


「あの転移門を使う生物がまだいたなんて誰も思いもよらなかったんだから、どっちにしても同じじゃない? それに、私は仕事をする時のレオの正装が好きだからむしろじゃんじゃん仕事に行こう!」


 会議が終わってすぐにこっちに来たのか、レオは正装のままだった。

 何者にも染まらない漆黒の軍服。精巧で細やかな金に輝く意匠。

 眼福ですな。心のシャッターを早押し連打。


「本当にミヤはこの格好が好きだな」


 呆れたように溜め息を吐くレオ。軍服フェチにしか分からないこの萌えと情熱。レオはただ軍服を着て私に見せてくれたら良いのだ。軍服を着ながら颯爽と歩いて仕事をしてくれれば尚良し。


「ところで、黒薔薇のことなんだけど、本当にごめん……」


「何、ミヤがやったのではないのだから気にすることはない。また育てれば良いのだ。儀式は少し先延ばしになってしまうが……。本当に、余計な物事しか持ち込まぬ奴らだ」


「……レオさ、あいつらに、触ったりしてないよね?」


 尋ねる私に不機嫌な顔を一転させて何故か嬉しそうな顔をしたレオは私を抱き寄せようとする。だが甘い。質問に答えるまでは華麗に避けるぞ。

 すっと避けてベッドの上でファイティングポーズを決めた私にレオは眉を顰める。本気を出したのか、いつの間にかその腕の中に捕らえられていた。

 ゴリラのように暴れる私。それを押さえ込むレオ。


「落ち着け。俺がミヤ以外に触れる訳がないだろう」


 穏やかな声で語りかけられる。ぽんぽんと宥めるように背中をさすられた。

 ……信じてやろう。

 抵抗するのをやめて大人しく腕の中に収まる。このフィット感にどうしようもなく安心する。


「儀式、楽しみだね」


「あぁ、これで永久に一緒にいられる」


 黒薔薇の儀式。これは自ら育てた黒薔薇を一本、二本、四本、九十九本、九百九十九本にそれぞれ纏めて行われる。巷では、共依存者の為の儀式なんて呼ばれているらしい。

 確かに、的を得ているなあ。レオに寄り添いながらぼんやりと思う。

 儀式の目的。それは、儀式を行った者達の完全なる『同化』。

 喜びや苦しみといった感情、感覚、思考、その生死に至るあらゆる全てのことを共有できるようにする。そこに境界線などありはしない。そして、その影響は来世にも及ぶとされる。膨大な魔力が必要とされるために、魔族の中でも儀式を行った者は数件しか記録が残っていない。

 儀式を行うことに不安がないと言えば嘘になる。もし、失敗してレオを失うことになったら……。そう考えるだけで震えが止まらない。後を追うことだけは確かだけれど、もっとレオと思い出を積み重ねたい。

 でも、レオが大丈夫だと、成功すると言うから躊躇いはない。


「ミヤ、愛しい、俺のミヤ」


 暗闇から私を連れ出してくれたひと。「言霊を使う不吉な目の持ち主」と、「化け物」と呼ばれることに慣れて己が何者か分からなくなっていた私に、名前を呼び掛け、俺もミヤと一緒の化け物だと柔らかく笑んだひと。


「私も、レオンハルトを愛してる」


 ぎゅっと抱き締めると抱き締め返される。互いの熱が混じり合うのを感じながらただひたすらにこの幸福を噛み締めた。



 いつの間にか暗くなった温室の中、存在を確かめ合う二人を見たのは、周囲に咲き誇る花々と、床に散った黒薔薇と、夕食の時間だと呼びに来て魔王陛下に睨まれた哀れな一体のスライムだった。




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2018.01.02

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