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フェティダ領へは、予定よりも早く夕方についた。フェティダ領の中心部まで街道が走っていたからかなり治安は保証されていたものの、これが田舎道だったら、流石のアリアでも大事をとってどこかの町で一泊した。
「よく来てくれたね」
フェティダ公爵マクシミリアンは夜遅くの来訪にもかかわらず、彼自身が出迎えてくれた。彼はまずアリアに気づき、ごく一般的な挨拶である抱擁を彼女とかわし、その後、後ろにいたユリウスに気づいた。
「ええと、君は――」
「弟のユリウス・スフォルツァです。姉が先日はお世話になったようで」
ユリウスは名前とアリアとの関係だけ言ったが、流石はマクシミリアン、スフォルツァ家現当主であるという事に気づいたようだった。
「そうか、君がスフォルツァの新当主殿か」
そう呟いたマクシミリアンは彼には握手を求め、ユリウスはそれに応じた。
「ええ、よろしくお願いします。フェティダ公爵殿」
握手を交わすユリウスとマクシミリアンの間に一瞬火花が散ったのは気のせいだろうか、とアリアは思ってしまった。
数日間、泊まらせてもらう客室に荷物を運び入れ、遅い夕食をマクシミリアンと共にとることとした。
この日の夕食は、王子が来た時と違った畜産物がふんだんに使われていた。
「もしかして、こちらの食材にこの食材をつけて食べるのですか」
アリアは、各自の正面に置かれた食材に気づき、その奥、食卓の中央に置かれた鍋に入った白い塊――真っ白なチーズみたいなもの――を指さしながら、マクシミリアンに尋ねた。彼は笑いながら、
「ええ。もしかしてアリア姫はご存知でしたか」
と答えた。その問いには、
「いいえ、昔書物で拝見しただけですよ。実際に目の前にしてみると、また好奇心というものは沸いてくるのですが」
とだけ、返しておいた。
「なるほど。フェティダ領内ではごく一般的に食べられるのですが、あまり王都では見かけませんよね」
彼は侍従に命じて、鍋の底においてあった燃料に火をつけた。
「ええ、一度は食べてみたいと思っていました」
いろいろなことがばれないように、当たり障りのないことだけ言った。
「そうでしたか。では、ぜひとも王宮でも広めていただけませんでしょうか」
彼は穏やかにほほ笑んだ。アリアは少し考え込んだ。
「それは本当によろしいのですか」
「どういう意味でしょうか」
「確かに私たち接待部の役割の中の一つに、王宮における賓客用の料理などの献立を用意する、という役割もあり、新名物としてこの食事を用意することも可能ですが、畜産物を使った他の料理を手始めに紹介して、実際にこの地を訪れてもらい、この料理を食べてもらった方が良いのではないのでしょうか」
仕入れの都合など、当主自身が言っているくらいだからこの料理を出す原材料については問題ないのだが、果たして賓客や頭の固い人たちに受け入れてもらえるかどうかは別だった。
「確かにそうですね。言われてみれば、そうかもしれませんよね」
マクシミリアンも難しい顔をして言った。しかし、今まで会話に入っていなかったユリウスは二人の会話の途中で、
「お姉さまとマクシミリアン様。難しく考えていらっしゃるのって、もしかして、中央に鍋を置くことを前提としていらっしゃいませんでしょうか」
と言った。二人はそれに気づかなく、ユリウスの言葉にはっとなった。それなら、すぐに代替案が出せる、とアリアは思った。
「そうね。一人一人、別の鍋を使ってもらうとか」
「ええ、大勢で一つの鍋は難しいかもしれませんが、二人一組ぐらいで鍋を使ってもらうとか」
マクシミリアンも似たようなことを考えたらしい。二人の意見が似ていたのには驚いた。アリアとマクシミリアンはにっこりと笑いあった。その隣で、ユリウスが、
「そもそも、この畜産物を食材にかけた状態で出すとか」
という意見を言ったのに対して、
「だめよ」
「いけません」
アリア、マクシミリアン共に反対の意見を言った。
「これは冷えてしまうと美味しくありません」
「むぅ」
マクシミリアンの反論に加え、姉も同調したことによって、むくれたユリウスであった。





