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 それから数日たち、アリアには専属の家庭教師がつけられることとなった。

「アリア、この方は昔、王妹のアリス殿下にも教師として仕えておられた方です」

 と紹介されたのは、白髪の老教師と紫色の髪をした年齢不詳の夫人だった。

「アリアお嬢様、初めまして。レナード・バイオレットと申します」

 先に挨拶したのは、白髪の老人――バイオレット教師だった。彼は子爵――爵位こそ低いが、あらゆる学問に精通していることもあり、先代国王に気に入られたという。彼は、一般教養の担当であり、主に座学を学ぶことになるという。

「よろしくお願いします」

 アリアは軽く裾をつまんでお辞儀した。すると、隣の女の人が目を少し見開いたが、何も言わなかった。

「バイオレット氏によく学びなさい。隣はわたくしの友人でもあるセリーナ・ブラッサムよ」

 その言葉に、今度はアリアが驚いた。

「初めまして、お嬢様。セリーナ・ブラッサムです。マナーを教えさせていただきますが、確認のためにお嬢様の作法をさっそく見せていただきたいのです。エレノア、準備はしてあるかしら?」

 マダム・ブラッサムは先ほどの驚きとは裏腹に、かなり冷たい印象を受けた。

「あら、さっそくするの?」

 エレノアは驚きつつも、すぐさま持ってくるようにと、専属の侍女に指示した。

「しますわ。お嬢様、中庭に参りましょう」

 マダム・ブラッサムは、アリアに移動を促した。


 最初にアリアの作法の実力を確認した内容は、お茶の入れ方だった。おそらく王宮で触れることになるであろう。だが、このゲーム(『ラブデ』)をクリアしており、昔礼儀作法を習った時に学んだことがある『涼音』だ。今回は、バイオレット氏とマダム・ブラッサムが席に着き、主人役に見立てた。

 彼女はポットに少しお湯を注ぎ、温める。その後、お湯を捨て、茶葉を入れ、再びお湯を注ぐ。茶葉を蒸らすためにふたをし、数分間待つ。普段は、最初に主人や客人の好みを聞いておくべきところだが、今回は聞けなかったので、無難な渋みやにおいが少ない茶葉を選んだ。待っている間、カップの絵柄を確認した後、カップに白湯を少し入れ、軽く振とうを行いカップを温めた後、お湯を捨てる。そうして、蒸らして成分を抽出した()をカップに注いで、ソーサーに置き、テーブルに置いた。


「素晴らしい出来ね、さすがエレノアの娘だわ」

 マダム・ブラッサムは褒めた。

「最初、バイオレット様にお辞儀していた時も思ったのだけれど、髪色さえ違わなければあなたそっくりだったわ、エレノア」

「ありがとう、セリーナ。そう言っていただけると助かるわ」

「あの女がいなければ、あなたももう少し王族として、威張っていてもいいのに」

 今は、アリアの作法の確認という試験が終わったので、アリアもまた同じ席についていた。

「子供の目の前でやめて頂戴な」

 パチンと、扇を閉じながらエレノアは言った。

「ふふ。あの女の本性に気づいたから、こうやって早めに私たちに救いの手を求めてきたんでしょう」

 マダム・ブラッサムは微笑みながらそう言った。あながち間違っていないので、アリアは肯定しておいた。

「そうねぇ。フレデリカは公爵家の一の姫なんだからまともな教育を受けてきたでしょうに」

 エレノアは笑いながら言ったが、言葉にとげがかなりあった。

「奥様方、そう言わずに。2番目の姫であってもきちんと受けてきた娘も、いるんですから本人の資質なのでは?」

 それまで黙って聞いていたバイオレット氏が微笑んで、さらり、とフォローになっていないことを言った。

「バイオレット様も言われるんじゃないの」

 いたずらっ子のように目を輝かせながら、マダム・ブラッサムはそう言った。

「私はすでに王宮を辞している身。何言っても咎められませんぞ」

 バイオレット氏もまた、快活に笑いながらそう言った。


 その後、日が傾くまでお茶会は続いていた。

 アリアは今日の感触を胸に、自分の進む道をもう一度見つめなおした。

「アリア」

 食堂の窓から外を見ていると、背後からエレノアに声をかけられた。

「何でしょう、お母様」

「今日のお茶の入れ方素晴らしかったわ。セリーナは見た目通り、あまり褒めないのよ。でも、セリーナが褒めた。はっきり言って、我がままだった頃は、我がまま過ぎて手が付けられなかったし、マグナムはあの通り使い物にならないから、大変だったわ。この家を出て行ってしまいたくなるくらいには、ね。でも、今まで我がままだったアリアが、我がままながらも作法を一人で学んでいたことが嬉しかったわ」

 アリアを抱きしめ、そう言った。途中から少し涙声になっているのは、あまりの苦労を思い出したからだろう。そんな彼女を見て、作法については前世の記憶(チート)です、とは言えなかった。その代り、

「ずっと考えてくださってありがとうございます。そして、お二人の先生にも出会わせてくださってありがとうございます。母上だけは必ず救って見せますので、なので、それまで待っていただけますか?そして、私を手伝っていただけますか?」

 アリアは一生懸命抱きしめ返した。エレノアは、そんな娘の反応に少し驚き、

「ありがとう、アリア。あなたが息子だったら本物の騎士になりそうだったわね」

 とアリアの頬を撫でた。

「もちろん、あなたが変わるためにするっていう事は私の力が及ぶ限り何でもするわ」

 アリアからしてみたら、母の方が騎士みたいだ、と思った。



 そして数週間――

 アリアは音を上げることなく、必死に一般教養について学んでいき、マナーについてはほとんど学ぶことがないと判断された。


 そんなある日の昼下がり、マナーの講義はほどんど実践的な講座(実地訓練)としてどこぞの貴族の茶会に出かけたりし、この日もバレンティア伯爵家の茶会にお邪魔することになっていた。

「完璧ですわ、お嬢様」

 着ていく服の最終チェックを行おうとしたのだが、部屋に入ってきたマダムに一式を見せた瞬間、開口一番にそう言われた。

 この日のドレスは、今回の茶会には若い貴族の女性が集まるという事で明るいピンクを基調にし、フリルなどはついているものの、派手すぎないように金の刺しゅうなどのラメ色は控えめになっている物を選んだ。また、肌の露出もあまり多くないようにした。そして、靴はパステルイエローを、髪飾りは髪色である茶色に映えるようにあえて水色の小ぶりのを選んだ。

「あえて言うならば、少し胸元は開いていてもいいのでは、と思いますわ」

 それをわざと避けているのに気付いているのに、彼女はそう指摘した。メイドにそのドレスと似たタイプで、少し開きが大きいタイプのものを持ってこさせ、アリアは着替えた。


 お茶会が開かれている伯爵家では、明らかにアリアは浮いていた。というのも、公爵位を持っている家からは彼女一人で、他は全て小中貴族だったのだ。


 そして、――

 主人公がいた。どうやら、この時点ではまだ家は困窮していないらしく、素敵な衣装に身を包んでいた。そして、もう一人、ユリウス・デュート、攻略対象の一人であり、アリアの異母弟もヒロインの護衛として来ていたのだ。


 結局、その日はあまりにも緊張しすぎていて、誰と何をしゃべったのかも、何が出されたのかなどもうっすらとしか覚えておらず、さらに、幸か不幸か、2人共と会話したのをすっかり忘れていた。

 夕食後、母親の部屋にアリアはいた。

「お母様、お願いがあります」

 アリアは帰宅後、さんざん悩んでいたことを結局母親に相談してみることにした。エレノアは無言で続きを促した。

「セレネ伯爵令嬢を今度うちに招きたいのですが」

「何かあったの?」

「ええ、少しお話してみたいと思いまして」

 アリアはあらかじめ考えてあった『嘘』を言っておいた。

「そう。今度、サロンを開くつもりだったから、その時に招待してみるわね」

 エレノアは微笑んで、アリアの要望を相手(格下の貴族)が畏縮しないように取り計らってくれることになった。

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