30万ユニーク御礼SS《中》
そして、翌々日。
義妹のお披露目会当日になり、早起きしたアリアはアーニャの手を借りず、まともなドレスを着用した。
「おはようございます、お嬢様!」
相変わらず飛び跳ねるように部屋に入って来たのは、侍女として存在しているアーニャだった。今日は彼女もかなりおめかししている。
「あら、アーニャもお披露目会に参加するのね」
侍女待遇のアーニャもおめかししているのは、何か実家での役割があるのだろうか。アリアが尋ねると、あれぇ、とアリアを不思議そうな目で見るアーニャ。
「今日はぁ、かなり良いものが見られるから、おめかししていらっしゃいって、お嬢様がおっしゃっていらしたんですよぉ?」
おかしい。
一昨日の国王との接見以降、アーニャには会ってない。では、一体、誰がアリアの姿をしてそう言ったんだろうか。
(少なくとも俺らではないな)
姿は見えないが、メッサーラの声が聞こえた。
という事は、誰がアリアの姿を騙ってアーニャの前に姿を現したのだろう。
少なくともこの世界においてアリアが知っている人物ではないのは確かだ。
まぁ、だからと言って、ここで引くわけにはなはいかないんだけど。
アリアの姿を偽った誰かを考えるよりも、今は二人のためにもしっかりと働かなければならない。
そう思い直し、あら、そうだったわね、と、あたかも忘れていました、という様にニッコリと笑いながら言った。アーニャの方も特別、アリアの態度を疑問と感じるようなそぶりも見せず、はぁい、と言って、アリアを部屋の外に連れ出した。
しかし、大広間に向かったアリアはその途中、貴族達の視線が気になった。
私を敵対視している?
まるで魔女や異端の人間を見るような顔つきだったのだ。
それはもしかしたら、継母に影響されているのだろう、そう考えるとつじつまが合う。
その一方で、それにしては好意的な視線が多いような気もした。
大広間――――
アリアが入ると同時にざわめきが大きくなった。
その声は先程、ここに来る途中までに向けられた視線と同じようなもの。
現実世界でも似たような状況に陥った時があるが、あの時はまだ隣に母親もいたし、味方が何人もいた。だけど、今は誰もいない。
少し、挫けそうだった。
(大丈夫だよ、お嬢はん)
アリアの不安が伝わったのか、ヨセフの声が聞こえてきた。
(あぁ、大丈夫だ。お前が信じる最善のことをしろ)
彼に続き、メッサーラも同調した。
二人の声だけでも、少しだけ不安が減ったような気がした。
やがて、参列する貴族が揃ったのか、国王が入場する。その後ろには継母らしき女性と、その子供がおくるみに包まれ乳母に抱かれた状態で入場した。
継母はアリアの姿を見ると舌打ちをしたが、公の場である以上、何も言わなかった。
そして、二回目に会った父親だが、今日も正式な場という事で、国王の服装はキチンとしている。
「さて、アリア。約束を果たしてもらおうか」
国王の呼びかけに、すっと背筋を伸ばしたアリア。一つ頷いた後、一昨日、呼び出したように、指で文様を描いた。すると、一度目と同じように光の粒が湧き上がり、ヒトの形を作り上げ、メッサーラとヨセフとなった。
「ほぅ。知恵と勇気か」
国王の言葉と共に、貴族達からも安堵する様なため息がこぼれ落ちた。
そりゃ、そうだろう。
一昨日の話し合いの時に知ったことだが、数多くいる精霊にも序列というものがあるようで、その中でも知恵の精霊は最上位、勇気の精霊も上位に来るらしい。
この場で彼らを私が呼び出した、ということは、義妹に対して二人を譲る、ということにもつながるわけで、どうやら継母に首ったけの国王や貴族たちからすれば、
それに加え、複数の精霊やより高位の精霊と契約をすることによって、王宮内での発言力が高くなるという。
なので、継母にとっては、私から二柱の精霊の力を奪うことで、私の王宮内での発言力を弱めることにもつながり、実子への祝福の授与とともに、ダブル満足できる結果になった、という訳なのだ。
だが、アリアは当然、ただそれを黙ってみている人間ではなかった。
コホン、という咳払いとともに、喋り出した。
「本当であれば、陛下のおっしゃる通り、精霊たちを説き伏せなければなりませんでした。しかし、この方々は、自分たちが新たに契約を施す方を見極めてから正式な契約を結びたい、とおっしゃられたので、叶えて差し上げていただけませんでしょうか」
アリアのその言葉に、貴族たちは水を打ったように静かになった。
そして、国王と継母からは怒りを纏った空気が辺りを覆った。
その通りだ。
確かに、この世界では精霊たちは人を選んで契約するから、新たに契約をする場合は新しい契約者を見極めするのは最も、だ。
だが、アリアは、それ以上に親と子、国王と王女の間に埋められない部分を超えての命令をしたのだ。要するに、二人の精霊のどちらかが言うのならまだしも、アリアがそれを言うのはご法度とここにいる全ての人は考えたのだ。
それなのに、アリアがそれを言ったのには、ちゃんと理由があり、そして、精霊と契約した人間ならば知っている理由がある。
「いやぁ、お嬢はんは精霊との契約をよくご存知で、賢いですなぁ」
知恵の精霊、ヨセフがそうにこやかな笑みを浮かべながら言う。アリアが賢いという言葉に反応して、あからさまに不機嫌になる継母。
「全くだ。俺らはヒトを選ぶ権利はあるが、持っているのはヒトを選ぶ権利だけだ。ヒトと契約した後はヒトが俺らとの契約を行使するかどうかは判断する。ヒトよりも立場は上と言われているが、それは契約するまでの話だ。
だから、こういった契約の解除をするのには、俺らの主人を丁寧に説き伏せ、そして、真っ当な理由が無ければならない」
メッサーラが不機嫌そうにいう。
それに反応したのは、一部の貴族達。
「今回の件は既にアリア姫も納得しているはず。それなのに、ヒトを主人と仰ぐあなた方がそれを否定されると?」
その言葉にふん、と捨て吐いたメッサーラは、お前は馬鹿かというような顔つきで、言葉を返した。
「俺らがそれを知っていないとでも思うのか?」
ヒトに加護を与えた精霊たちは、その姿が見えずとも主人の行動は四六時中見えている。そうメッサーラが言った言葉に、顔色を無くしていく貴族と国王。継母だけは相変わらず、理解していないようで、なかなか行われない精霊たちの祝福の授与に、いら立ちを隠さなかった。
「そんなのどちらでもいいわよ。私の娘を見る必要があるんだったら、早く見なさいよ」
その言葉に、黙れと言わんばかりに、メッサーラが強くにらんだ。
「な、なによ、その顔。私が二番目の妻で、前の王妃と違って実家の地位はそんなに高くないからと言って――――」
メッサーラはイケメンの部類だ。数々の言動さえなければ、間違いなくあちらの世界で持てただろう。
そんな彼の睨みに怯えの色を出す継母。その姿はどこか滑稽でもあったが、今は笑う場所ではない。
「まぁ、アンタらの権力争いは、はっきり言うてどちらでもええんやけれど。アンタらの言う新しい契約者の顔を見るまでもありませんわ」
メッサーラの睨みで怯えの色を隠そうともしなくなった継母や、二人の力を手に入れたいがメッサーラの一言でアリアを貶すことが出来なくなり、茫然としていた国王とそれに追従していた貴族たち。
全員がヨセフの言葉に我に返った。
最上位の精霊の言葉は、彼らの国のいく先を示しているようなものだったから。
元の契約者か新しい契約者か。
「――――――そんなもん、決まっとりますわ」
そう言って、すっとアリアの方へ手を伸ばす。アリアの頬にそっと触れさせ、囁くように言う。
「嬢ちゃん、これからもよろしく頼みますわ」
その言葉に、ええ、こちらこそよろしくお願いします、アリアはそう言って再び契約の儀式を行おうとした瞬間――――――
「もう始まっていたようですね」
そう言う声と共に、蹴破られるように勢いよく扉が開いた。
後編は18時投稿します。





