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話し合いはそんなに長くかからなかった。しかし、話し合いに参加した人たちは皆疲れており、終わった後に談笑しながら帰宅する、という事は全くなかった。
アリアはアランと行きは同じ時間に来たが、どうやら、彼は事後処理で忙しいらしく、もう少し王宮へ残っていくと言った。なので、久しぶりアリアは今晩だけ王都にいる母親と祖父の元へ帰ると彼に伝えてあった。
「お嬢様、お元気そうで何よりでございます」
アリアは帰宅後、久しぶりにスフォルツァ家の侍女たちを見て、あの日からもうこんなに時間が経ったのだと、改めて感じさせられた。昔世話をしてくれた子爵家出身のマリア=アンネもどこかの伯爵次男だか三男とすでに結婚して、侍女を辞めている。慣れ親しんだ侍女が辞めてしまったため、さみしいかどうかで言えば、さみしいが、それでも今この場で立ち止まっているわけにはいかない。
アリアは自室だったところに行くと、まだ、彼女の私物は置かれていた。現在はユリウス一人の所有物となっているこの建物だが、今後はユリウスも妻を迎えることとなるので、この部屋は明け渡さねばならない。しかし、いざ入ってみると、懐かしさでいっぱいになる。ここから離れたくない、という気持ちとここを離れねばならない、という相反した気持ちでいっぱいだ。次々と懐かしいものが目に入るが、全てを手に取っていたら、時間がいくらあっても足りない。
「アリア、ご飯食べましょう」
エレノアが階下から声をかけてきたので、アリアは手にしていたものをもとの場所へ戻し、すぐ行きます、と声をかけた。
夕食には珍しい客人も訪れていた。
「お久しぶりです」
紺髪の彼はアリアが食堂へ入るなり、立ち上がり、少し疲れたように笑った。
「久しぶりね、マクシミリアン。もう大丈夫みたいね」
アリアは彼が元のような感じに戻ったことを素直に喜んだ。
「ええ。あなたも、みたいですね」
マクシミリアンは何故か少ししょんぼりしているようだった。しかし、アリアが首をかしげると、彼は首を横に振り、彼女の疑問には答えなかった。
「しかし、貴女にお目にかかれるとは思わなくて、何も気の利いたものを持ってくることを失念してしまいました」
彼は少し悔しそうだった。
「いいのよ。うちには一人かなり気の利きすぎる子がいるんだから」
アリアの背後からエレノアがそう言った。マクシミリアンは彼女の登場に驚き、慌てて礼をとる。
「え?」
アリアはそれが誰のことを指すのか尋ねたが、エレノアははぐらかした。
「ま、今日は積もる話がたくさんあるだろうから、ゆっくり食べましょう」
エレノアはそう言い、席に着く。エレノアの後ろにはジェラルドもいたみたいで、彼も同じように席に着き、アリアとマクシミリアンも席に着いた。
夕食の間、さまざまなことを話した。アリアとアランの婚約について。その時に、マクシミリアンは少し悔しそうな顔をしていたが、それが何故だかアリアには分からなかった。しかし、彼は何も言ってこなかったので、あえて尋ねはしなかった。
一方のマクシミリアンは、今日の話し合いに呼ばれてはいたらしい。しかし、以前の騒動の際にフェティダ家が深く関わっていたという事情もあり、マクシミリアンは宰相に委任したそうだ。確かに、とアリアは思いだした。思い返してみれば、最後に投票を行ったのだが、その票の合計がその場にいる人数よりも一票多かった。エレノアとジェラルドは彼に結果を教えようとしたが、彼は固辞した。
夕食後、アリアは帰宅するマクシミリアンの見送りに出た。
「今日は来てくれてありがとう」
アリアがそういうと、マクシミリアンは首を振った。
「それはこちらの方だよ、スフォルツァ公爵令嬢」
マクシミリアンの言葉にアリアは驚いた。
「僕はあなたがアラン君と婚約したと聞いて、驚いた。絶対に婚約するはずのないと思っていた二人だったからね。でも、驚くと同時に納得もした。なんだか、二人を見ていると非常に落ち着くんだ。だから、この婚約は正しいと思う。でも、僕は最後に、あなたが嫁ぐ前にもう一度ゆっくりとしゃべりたかったんだ。だから、この機会を逃すつもりはなくて、エレノアさんに頼み込んだんだ」
彼は先ほどのような微笑み方ではなく、心から微笑んでいた。そして、アリアの左手を取り、
「本当はここであなたに指輪をつけるつもりだったんだけれど」
と言い、指先に口づけをした。
「これでようやく僕はあなたをあきらめることが出来る。これからもあなたに幸多きことを祈っています」
そういって、マクシミリアンは去って行った。





