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このお話と次のお話は短めです。
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セルドアからマチルダとユリウス母子の過去を聞き、マチルダを嫁ぎ先から救ってもらったことを感謝された後、2人は会場の大広間へと戻った。
マチルダが暮らしていたのは、アリアが『前世』でも想像したことのない壮絶な世界だった。しかも、自分の父親が原因で。彼女はそのことを少し悩みながらも、王立騎士であるセルドアが自分に手伝ってくれるというならば、とあることを考えていた。
「ルド」
2人が会場内に戻るとともに、クレメンスが声をかけてきた。セルドアは彼の姿を認めると、軽く手を振り、アリアの背中をそっと押した。アリアはクレメンスに軽く挨拶すると、中央で話している母親の方へ向かっていった。
「すまない」
「いいや、アリアについては問題ない。公爵夫人がうまくとりなしているみたいだしな」
クレメンスはアリアの背中に向かって笑った。
「そうか」
「だが、問題なのはお前の方だ。お前の姿がないと知るや、令嬢たちが挙って探し始めていたぞ」
今度は、にやり、と効果音が付きそうな笑みをセルドアに向かってした。そんなクレメンスを見てセルドアは心底嫌そうな顔をした。
「お前は今や、王立騎士団副団長だ。今のお前なら何でもそろうんじゃないのか?」
揶揄うようにクレメンスは言った。
「――僕はそこまでして手に入れたい幸せはないよ」
少し間をあけて、セルドアが返した。
「僕は妹だけの幸せ、いいや、妹とアリア姫の2人が幸せになることが僕の一番の幸せだと思っているよ」
セルドアもまた、アリアの後姿を見ながら言った。
「そうか」
クレメンスはそんな親友の姿にある意味ほっとしていた。スフォルツァ家に二番目に恨みを持っている人間に、そう言わせる少女がそこにいることに。
「あの姫は今までの噂が嘘のように十分に聡明だし、純粋だよ」
「ああ。だが、何故か噂以上に何かを企んでいる、としか俺には思えない」
クレメンスは、伯爵家の縁戚であるというだけでアリアのダンスの講師になったわけではない、とすでにセルドアには伝えてあった。彼自身にもある思惑があった。
「まあ、クレメンスがそういうならそうなのかもしれない。だけれど、僕は彼女を信じているよ」
セルドアは昔と変わらない友に苦笑した。柔軟そうに見えてかなり頑固なのだ。
「そうか」
そんな友を見て、呆れともつかないようなため息をこぼしながら、2人は現在はデビュタントの者たちだけでワルツを踊っている大広間の中央を見た。
「さすがアリア姫に入れ込んでいただけあるね」
セルドアは、裏ではかなり辛辣な態度をとっているクレメンスの教える技量を誉めた。
「当たり前だ。公爵家あろう者が全く踊れんでは問題だろうが」
「全くクレメンスは素直じゃない。あの曲はかなりテンポが速くて、ダンスの名手と呼ばれる貴族でさえ、かなり迷惑していた曲だよ?それをいともたやすく踊る君も君だけれど、それを最初はワルツでさえ踊るのがかなり怪しかった姫に教えて、この場で披露できているのは君が音を上げずに入れ込んでいたからじゃないのかい?」
セルドアの言葉が的を射ていたのか、クレメンスは言葉に詰まった。
「その彼女をこれ以上疑うのはよした方がいいんじゃない?」
クレメンスは答える代わりに、セルドアの嫌いなレモンが刺さっているサングリアを彼に押し付けて、その場を去って行った。





