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すみません。精神的なものとそれからくる肉体的苦痛のため、二日間ほどお休みをいただきました。
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一方、そのころのリーゼベルツ王国、王宮内では―――――
「まだ動きはないか」
ところどころ白髪交じりの紺色の髪をした男が、部下らしき武官にそう尋ねた。武官は王立騎士団の制服を着ており、階級章は中佐。
「いいえ。まだセリチア南部の城を出る気配はありません」
彼は敬礼をしながらそう答えた。その答えを聞いた男は、そうか、と呟き、武官に部屋を出て行けと、言葉には出さずに手で追い払った。武官が去って行った後、部屋の中にいるもう一人の人物―――体つきは細身ではあるが、筋肉質という訳ではなく、どちらかといえば骨と皮だけであると言った感じの風貌である―――に向かって、
「どういたしましょうか」
と尋ねた。その尋ねられた白髪の老人は、その問いに鼻で笑った。
「どうするもこうするも、未だ動かないとはあの腑抜けが」
「確かに、各国の声明を得られてしまっている以上、曲がりなりにもあの腑抜けの方が正当なこの国の王だ。我々だったら、とっくの昔にこの王都を奪還しておりますのに」
紺色の髪の男はそう言った。しかし、白髪の老人は、
「まあ、あの坊ちゃんにはそれは無理だろうな。フレデリカ姫にも付け入られたくらいの性格をしておる」
と再び鼻で嗤った。
「自分が王の器ではないことを証明しているようなものですな」
男は窓の外を見ながらそう言った。玉座の間を除いたこの場所は王宮内で最も高い位置にある。
「確かに。しかし、それはそうと、いつでも我々はジェラルド殿下をお迎えする準備が整っているのに、まだあの方は頷いてくださらないのですか」
男は老人に向かって尋ねた。老人は、
「ああ。なんでも心がまだ決まらないそうだ」
と言った。その言葉には、先ほどの国王への言葉と同じ響きがこもっていた。男は心外だとばかりに、驚いて見せた。
「まさか、あれのことを気にしているのですか」
「まあ、そう言いなさんな。君だって最初は渋っていただろう?」
老人は男に対してそう言った。男はその言葉に渋面を作って見せた。若い方の男は様々に表情が変わる男であり、どちらかと言えば参謀というよりも実行役の一人と言った方がいい人間だと考えられた。
「それは――――」
男が口ごもった。あまり触れられたくないことだったみたいだ。
「まあ、ジェラルド殿下が無理であるのならば、もう一人の王位継承者を立てるまでのことだ」
老人は再び嗤った。そこには、新たな王を立てることについて、正義を擁する笑みではなく、ただ単純に彼自身の願いをかなえるための一つの手段として見ていない笑みだった。
ちょうどその晩遅くのセリチアとリーゼベルツ国境付近の野営地――――
ディートリヒ王をはじめとする一行は、セリチア軍の力を借りて野営していた。当然、宰相側から間諜が付近をうろついていることを知っていた彼らは、金と他国からの圧力に物を言わせて、宰相側に虚偽の報告をさせていたのだ。
そんな彼らは、翌日にでもリーゼベルツ国内へ侵攻しようとしていた。
「陛下は今回の事変の件、どのように落とし前をつける気なのでしょうか」
そうディートリヒ王に直接尋ねたのはクレメンスだった。そこには王とクレメンスの2人きりであり、王はまたかとクレメンスにジト目を向けていた。クレメンスは道中、たびたび王にその疑問を投げ続けてきたが、王からは彼の望む答えが得られなかったのか、何度も尋ねていたのだ。
「帰還後の宰相一派への処罰の件のことか?」
王はクレメンスの態度に、一種の戸惑いを感じていた。どうしてそこまで彼がその話をしたがるのかがわからなかった。
「ええ。あなたからは答えを得られていませんが」
クレメンスはあえて重要な部分をぼかしていた。王自身に気づいてほしかったという願望があったのかもしれないとも思えた。王はそれまでにクレメンスに答えた部分以外のことを考えた。しかし、彼には何も思い浮かばなかった。
「すまない。これ以上、ディート伯の望む答えは出せぬ」
王は首を垂れた。今となっては、王が弱い部分を見せるのは、妻のシシィ王妃と騎士団長であるセルドア、そしてクレメンスだけだ。実のところ幼い時からの付き合いである宰相にでさえ見せたことはない。しかし、クレメンスは王に対して厳しい口調で言った。
「あなたは今回の事変で、まず誰を担ぎ上げられたのかわかっていますよね」
王はああ、と呟いた。
「ジェラルド元殿下です。もちろん、あの方はすでに王族を離れたとおっしゃられていますが、そもそもあの方の方が貴方のお父君よりも人望に厚い。そして、娘であるエレノアを家の箔付けに望んだスフォルツァ家に嫁がせる最終決定をしたのも、あの方です」
その言葉で、ディートリヒ王の顔色が変わった。そこまで考えていなかったらしい。普段は何事にも無難な道を取り、対外政策などはそこそこ優れているとは思うが、何故か肝心の身内についてはかなり甘い。
「そうです。ジェラルド元殿下は今回の事変に関わっていようがいまいが、当然処罰されてしかるべきです。そこまではあなたもお考えでしたでしょうが、当然、累はあのかたの親族にも及ぶことをお忘れないようにしてください」
クレメンスは厳しい声音でそう言った。彼は目で訴えていた。私情に惑わされるな。もちろん、あの二人がかわいいのはわかるが、災いは根元から断ち切らねばならない。そのためにも、王に決断を迫らねばならない。王はそれに気づいたらしく、少し考えるふりをしながらもうむ、と頷いた。
「ありがとう、クレメンス」
クレメンスもまた、彼女たちのことを心配しているのだと確信しているのか、王は謝罪ではなく礼を言った。いつかは誰かが代わりにしなければならない役目だ。ならば、他人に痛みを背負わせるのではなく、王自身が背負うべきだ。もちろん、クレメンスもまた王の痛みも理解はしており、彼女たちへの処罰によって各国がどう動くかわからない。それぐらい彼女の存在は大きい。
早く王都へ戻りたい気持ちと、王都に戻った後のつらさを考えれば、まだ戻りたくない気持ちが大きかった二人である。





