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短めです
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「リーゼベルツへ侵攻って―――」
アリアは現実味を帯びない話に畏れをなし、思わず俯いた。今、こうやってグロサリア王国が他国へ侵略しつつあるのに、全く現実味を帯びない話だ。
(この感覚、同じだ)
アリアは久しぶりに思い出していた。『相原涼音』としての生を―――
彼女が『相原涼音』として生きていた時は、国内において戦争などなく、ただ国内の権力闘争に明け暮れ、国際社会へ影響を及ぼした国への抗議も『断固として非難する』という言葉でしかなかった。そのため、当時の政府は弱腰外交である、などと評されていた。そんなかで、ただ一市民はどうすることもできず、指をくわえて眺めるしかなかった。
「今も同じように、言葉でしか実行しないのであるのならば、この国は必ず亡びると思いませんでしょうか」
アリアは俯いていたが、はっきりとした言葉で意見を言った。その意見に、ジョルジュとポールは顔を見合わせ、
「聞かせくれないか」
と言った。
アリアは机の隅に置かれていた赤いおはじきをいくつか取りリーゼベルツの位置に置き、緑色のおはじきを隣のスルグラン国に置いた。
「一つだけ解決方法があるともいます。それは、初めにスルグラン国と同盟若しくは共同出兵の約束を取り付けるのです。
隣国の危機という大義名分が――――リーゼベルツとしてはセリチア、スルグラン国からすれば、両国に対してです―――どちらにもあります。軍事力の差、という事を考えれば、グロサリア王国側に付くべきですが、今後の影響も考えると、亡びた時により影響が強いセリチア側につくこと方が無難でしょう」
「ああ、そうだな」
アリアは赤と緑のおはじきを一か所にまとめた。
「もちろん、それなりのリスクはあります」
「海からの攻撃だね」
「ええ、内陸部ではありますが、幸いリーゼベルツに一つだけ、『白い土蜘蛛』と強いつながりを持つ家が一つだけあります」
アリアはそこで盤面から顔を上げ、二人の方をしっかりと見た。二人は顔を見合わせたが、互いに首を横に振った。
「フェティダ家です」
アリアの言葉に二人は揃って唖然としていた。
「『白い土蜘蛛』の話をするまで思い出せなかったのですが、あの家はこの大陸南方の穏やかな温暖地域である国家由来の品や大陸を越えた品の取引を行っています。ですので、彼らともつながりがあると言えます」
アリアはきっぱりと言った。
「確かに『白い土蜘蛛』が保護しなければ、それらの品物は扱えないだろうね」
ポールがしっかりと頷いた。
「だが、奴は今捕縛されている。お前は何か出来るのか?」
ジョルジュは賛成と言わなかったものの、それなりに評価してくれたみたいだ。
「はい、出来ます。一つだけ切り札があります」
アリアはしっかりと答えたものの、それを使うのに少し躊躇いもあり、手は震えていた。
「ほお?」
ジョルジュは目を細めた。アリアの震えに気づいているらしい。
「それはまだ言えません。なぜなら、あまり使いたくない方法であるからです。ですが、こうでもしないとおそらく軍務相を黙らせることはできないでしょう」
アリアはその迷いを断ち切るように、言い切った。ジョルジュはニヤリと笑い、
「そうか。ならばこれがお前の初仕事になるんだな」
と、アリアの肩をたたきながら言った。
「はい、頑張ります」
アリアはジョルジュの目をしっかり見た。
「じゃあ、俺はスルグラン国へ行ってくる。すでに陛下の了承はあるから、俺が正式な使者として出向く。その間に、アリア、お前は軍務相を追い落とせ」
すでにアリアの考えと同じことを彼らも考えていたらしい。
「はい」
アリアは力強く頷いた。そして、その握ったこぶしには震えがなかった。





