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蒼のAGAIN  作者: 「S」
第二章 2桁の『災悪』と絶望の病
41/42

第二章26 『Episode of Memory.The Renewal.EX――5.0s』

 やっと、やっと終わった……。

 溢れ出すアイデアの中、それらを組み合わせ構成することに時間がかかりました。いや違うな、ただ単にこの話が長かったんだ。過去最高の文字数と時間を費やした……。無駄にならなければいいけど……。

 と、いうことで、いろいろあって1ヶ月も費やしましたが、その分、長話です。ほんとすみません、いろいろあってこんなにも長引いてしまって……。

 とりあえず、ご報告として。

 このregret編ですが、60話完結です。そして、できることなら今月中に終わらせたいと思っています。

 この空白の1ヶ月の間に活動報告をいくつか載せています。興味のあるかたはご覧ください。

 GuRu先生からのリメイクイラストで、表紙、二章と共に載せてあります。結構な変化なので見てみてください。

 と、こんな感じですかね。

 まぁ、後はお願いとして。

 この小説を読んでくれた方、感想・評価、レビュー・コメント、ブクマなど。よろしくお願いします。

 あ、あと、長すぎて間違えてる可能性大です……ほんといろいろすみません。

 ――1年前。



 存在するはずのない2人――『()(たで)()(りん)』、『(さん)()()()』。記憶のどこにもいないはずの彼等は、この『時』にいるという。



 前回の夢回想のさらなる回想で、1年前のエミとの思い出には浸った。忘れていたであろうそれよりも3年前の『夢』にも触れた。



 ――だが、



 足りなかった。完全に順を間違えていた。もう一つ、大事な思い出があったというのに。



 ――だからやり直す。ちゃんと、1年前から。



 だが、そんな余裕もあまりありはしない。そのため、彼等が言ったあの『時』を知りに行こう。なぁに、これが済めば、一通りの決着がつく。



 ――さぁ、再開だ。



 そうやって――『()(そう)黒竜(くろう)』は、広がる世界に佇んだ。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 目覚めの時のように起きる朧気であいまいな景色。照り付ける眩しさという中、半目を擦る。


 ぼやけていた視界が徐々に明るく、鮮明になるのを感じながら、同時に、聞こえてくる声があった。



 「――えー、これから、2泊3日の野外活動です。班の人はそれぞれ部屋に荷物を置いて、もう一度ここへ集合してください」



「「「「「はーい」」」」」



 ――野外活動、か……。



 ぞろぞろと周りが建物へと流れ込んでいく中、空を仰ぐように、ただ茫然と立ち尽くしていた。



「――『そ・う・ま?』」



 後方から聞こえる、さっきぶりの声。だから少し、鬱陶しくも思ってしまう。


「ぁ……?」


 間抜けな声を呟き気味にも漏らし、声の主へと振り返る。そこには案の定のメンツが待ちわびるように並んでいた。



「――何ボーっとしてんだよ」



 突っ立っていたことに見かねてか、腕を肩へと回してくる――『()(たで)()(りん)』。



「――そうだぞ、クロ」



 そして、そんな彼に並ぶように反対側の肩へと手を乗せてくる――『()()()()』。



「――早く入ろ」



 いつでも冷静(クール)かつあざとさを兼ね備える――『()(いず)()(ひめ)』。



「――外熱いしね~……」



 鋭き眼付とやや早めの成長期――『()()(しろ)()()』。



「――うん」



 極度の恥ずかしがり屋な可愛い系――『(やま)(しろ)夢莉(ゆうり)』。



 そんな登場と同時に、置いていくように建物へと向かっていく皆の背中を見ながら、少し気が滅入る。


 ただこれも、すぐに終わることだと妥協しながら、あの熱き陽を睨む。


「そうま?」


「…………」


 名前を呼ばれた気がした。だが、気づかないふりをする。呼ばれたことは確かだが、当時の自分がしていない行為は厳禁。だから、このままでいい。



 そんな彼女――『(なん)()()()』は、何かに閃いた様子を浮かべる。何を考えているのか大体わかっている。



 ――そう、彼女は、



 浮足立ちになりながら、こちらへと近づいて、手を差し伸べて、


「行こ?」


 その手に疑問を抱きつつ、されるがままに掴まれる。


「おいっ」



 半ば無理矢理にこちらへと手繰り寄せて、皆のもとへと急ぎ足。その好意に困りながらもつい微笑を浮かべてしまう。



 悪くはない、と――。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ――野外活動1日目。



 予定通り、流れはとんとん拍子。



 1日目の朝は、バードウォッチングから始まる。1日目の午前の部は時間が少ないため、2日目の朝に登る山の下見として、コースを確かめながら、バードウォッチングをするということ。


 ただこの山には、珍しいことに、あの『幸せの青い鳥』が見れることがあるらしい。運が良ければの話なのだが……。



 ――その前に、



「あぶれた……」



 ――そう、



 コースから外れることなく来たはずなのに、何故だか班長であるエミと共に、班の一番後ろを歩いていたところ、道に迷うというおかしな現状。


「どうしよう……」


 隣に目を向ければ、何やら複雑な表情を浮かべている。不安そうで微笑んでいるような、そんな呆れるほどの意味不明状態。


 幸いなことに、コンパスと地図はあるため、腕時計の時間帯的にもまだ十分に猶予はある。


「は……っ」


 そのことに気づいたのか、エミは手に持っている地図とコンパスを風景と重ねるように(かざ)している。



 ――ただ、



「……?」


「…………」


 見方がわからないのか、疑問符を浮かべながらにオロオロしていた……。


「……ぁ」


 そのため、取り上げて見るのだが、地図の見方はわからないのは一緒。まぁでも、特徴をとらえて進んでいけば問題は無いため、足を動かす。


 踏み締めて行く森の中で明るさが増していく。それは消えていく景色に似ているものだったが、今回は違う意味で晴れていった。


「あれって……」

 

 何かを見つけた様子のエミ。だがそれはクロも同じだった。


 抜け出した先には、集合場所への坂があり、それでいて、目の前にはそれを祝福するかのように神々しくも美しい一羽の鳥が舞っていた。


「幸せを運ぶ鳥、か……まさか、会えるとは思わなかったな」


「そうだね。綺麗……」


 青い鳥を眺め、下へと目を向ければ、手を振る佐蓼斗の姿があった。


「お~いっ。早く来いよぉ~」


 その姿に、顔を見合わせて微笑してしまう。そして今度は、私が導く番だというように手を引っ張ってくる。



 ――ただ、



 今度ばかりは、光が身を包んできて、この光景には目を瞑ることしかできなかった。



 午後の部――工作。



 お昼を済ませた時間帯。午後限である工作が始まる。用意された自然の物を使って、工作をするという、まるで『森へ行こうよ』である。


 が、クロは、先の出来事から飛び込んできたようなもので、皆とは少し出遅れた状態。それも仕方ない。当時も考え事をして、出遅れていたのだから。何を考えていたのかは、あまり思い出せないが。


 周りを見渡せば、皆、いろいろな案を張り巡らせていた。そして、用意された物が置いてあるであろうテーブルには、Y字型の木の幹が置いてあるだけだった。



 ――これに輪ゴム付ければパチンコになる……って、作る必要ほぼゼロだな……。



 ほかに、使える道具を探した結果、輪ゴムやクリップ、紙やすりに糸、木工用ボンドにセロハンテープなどなどと、軽い文房具程度だった。



 ――が、

 


 前と同じものを作るだけなので、思い出しながら道具を手にした。



 ――数分後、



 周りは、落ち葉を集めて仮面をつくっているもの、ドングリを使ってアクセサリーを作るもので溢れていた。皆、打ち合わせをしていたのか、作るものがなかったのか、ワンパターンだった。


 そんな中で、佐蓼斗ははしゃぎ気味に三雅のもとへとまっしぐらだった。


「兄貴、兄貴。俺どんぐりでコマ作ったんだ。2つあるから一緒にやろうよ……って何それ!?」


「ん?ああ、調度いいサイズの小枝があったんでな。パチンコを作ってみた」


「かっけー!」


「なら、一緒にやるか?」


「おう!」


 そしてふと、三雅は向かいにいるであろうクロへと振り返る。


「そういえば、クロは何作ったんだ?」


 退屈そうにしているクロ。2人の視線を浴びながら、制作した物を手に取る。


「これ」



 テーブルにある完成品を差し出すと――、



「「……っ!?」」


 2人の顔が一瞬だけ硬直して、そのことにクロは苦笑してしまう。


「そんなに驚くことか?」


 少しの間が空きながら、気が付いたのか物を見ながら2人は口を開いた。


「……いや、まさか残ったあの木の幹で『木刀』をつくるとは……」


「すっげぇ~っ!本物見てぇ~!見たことねぇけどっ」


 見たことねぇのかよ……。


「どうやって作ったんだ?」


「ん?ああ、テーブルにごついはさみがあったんで聞いたら、枝切りバサミでよ。とりあえずY字の幹をI字になるように切って、I字になった幹は糸を使って半分に割って、皮を剥いて、ボンドで一本に繋げて長い刀身の出来上がり。切った枝の部分も同じように皮剥いて、柄としてボンドで刀身の端に貼って、糸で柄らしく巻いてやって、最後に刀身と柄を平らになるまで紙やすりでひたすら削るっていう……」


「お、おう……」


「想像以上の手間なのによくこの短時間でつくったな……」


「…………まぁ、な」


 少し誇らしげにも口にしながら、自分以外が薄れて消えていく世界を遠目にも眺める。



 包み込む光に身を委ねながら――。



 ――自炊。



 場所は変わってキャンプ場のキッチン――いわゆる暖炉と流しがある場へと移る。


「それでは皆さん、気を付けて調理をしてくださいね。あ、あと、食べ残しはダメですからねー。ちゃんと食べきらないと今日は宿へ帰れません。夕食の時間内に食べきることができなければ、お風呂にも入れず、食べきれなかった班には罰ゲームもあるので気を付けてくださいね」


「「「「「はーい」」」」」


 調理をしようとそれぞれが解散していく中、クロは聞き入るように目を瞑り、立ち尽くした。


「罰ゲームってなんだろ?」

「お風呂入りたいなぁ。汗いっぱいかいたし」

「大浴場でしょ?楽しみにしてたんだよぉ」


「ふふっ、余裕だぜ」

「うちにはこのデブウがいるし問題ないな」

「食う方だけじゃなく、作る方にも期待してるぜ」

「お前は(調理も)できるデブだって信じてるからな」

「いや、その……俺は食う専門というか」

「なんだ、ただのデブか」

「あーはいはい。食う方じゃなくて食われる方ね」

「おい、何だこの仕打ちっ!?」


「私お腹ペコペコ~」

「私も~」



 ――この時は誰しも思っていたであろう。何の問題もないと。そして、知らない。知るはずのない。そんな絶望が来るということを。



 そんなことを思いながら、クロは調理へと取り掛かった。



 この日の夕飯はカレー。それを班の皆等でつくる。そんな時間。このときの思い出というのは、作りすぎて食べるのが大変というもの。


 ただ、痩せの大食いであるクロにはそれも、ほとんど関係がない。そして、カレーは、どんぶりによそって食べようが、30秒で食べ終われるのがクロにとっての普通というおかしな話。



 ――で、



「う~……。たまねぎで目が~……」


 玉ねぎを切りながらも目尻を光らせるエミは、半泣き状態だった。


「大丈夫っ?」


 少し慌て気味に駆け寄る多田代。エミは大丈夫だと抑えるように拭き取る。


「う~、うん……」


 そして、途端。隣から聞こえる包丁とまな板が奏でる刻み音がしていることに気づいた。その光景に周りの皆の目線が行った。


「…………」


 唖然とするエミ。そこに映っていたのは、たまねぎを高速で平然とみじん切りにするクロの姿があった。


「……ん、どうした?」


「別に……」


「……なら、その顔はなんだ?」


 クロの目に映っていたのは、闘志が漲った半目と少し赤らめに膨れた片頬、眉を八の字にして眉間に少しのしわが寄っているエミの姿だった。


「な~んにもっ」


「……?」



 ――純粋さ故に、何でもわかってしまうのが少し複雑だな。



 何でも読み取ってしまうのはクロだけなのか、それともわかりやすいエミなのか。



 ――ただ、そんなことよりも



 離れて行く彼女と、また、残されていく2人だけの空間に少しの後ろめたさがあったことが、また別の意味で複雑だった。



「……おい、これどうするよ」


 食いすぎの苦しさか、終わりなき絶望への落ち込みか、いつものテンションが削がれて青ざめた顔と共にげっそりとしている佐蓼斗。


 それは右にいる者と同様に、目の前の現状への厳しさだった。


「軽く見積もっても、後10人前はあるな……」


 作りすぎたのか、もともとの量分が多かったからなのか、鍋の中にはまだ10分の8はあるであろうカレーがあった。


 そんな深底の大鍋を見ながら、食い倒れている周りへと視線を向け、平然と食べている一部の者に敬意を払う三雅。


 ただこの光景に思うのは、大食い系の者たちも座ったまま失神していることと用意したであろう教師等のあざ笑う姿に異常さを覚えたことだった。


 そして、この量から思ったことは、皆も思ったであろう貧民へと配布すればいいのにという、現状の絶望感からなるただの現実逃避だった。だがそれは、頭の中での話。実際にはそうはいかないという妄想の類。


「ミヨもう無理~……」


 お腹が膨れすぎたのか、苦しみに悶えテーブルに俯せとなる多田代。


「ヒメも……」


 同じくギブアップのサインなのか俯き気味に手を挙げる小泉美。


「私も……」


 困り気味に半ば苦笑している山城。



 ――そして、



「~~~♪」


「…………」


「なぁ、なんであいつら平気なんだ……」


「ああ、それ、俺も思った……」


 三雅と佐蓼斗の口ぶりと共に、周りからの視線が2人へと集まる。



 楽しそうに笑みを溢しながら食べる一人と、平然と異常な速さで皿を積み上げていく独り――エミとクロだった。



 それぞれが向かい合って食べるさまは、グルメ番組の大食い特集か何かだった。


 微笑みを浮かべながら底知れぬ胃袋を持つエミに対し、その倍はよそって、なおかつ2倍の速さで平らげていくクロ。それぞれが平然としているのだからそうはない。


 そうやって、2人が皿を積み上げていくことにあっけにとられながらも教師勢が秘かにも集まって繰り広げている会話に目が行く三雅。それに気づいてか、佐蓼斗やクロも後ろに流し目をした。


「……おい、どういうことだ?」

「わかりません……2人とも『予想外です』」

「これじゃぁ、PTAから調達した加算資金がこの夕食で終わってしまうぞ……」

「そうですね……せっかくこんなに用意したのに、平然と食されてしまっては無駄金です」

「なんとしても、この場を失態として納めるんだ」

「わかっていますよ……にしても、よく思いつきましたよね。食べ終わるまで帰れなくして、食べきれなかった罰としてレクや空いた時間をほとんど勉強時間にしようだなんて」

「絶対に不可能な壁に当たれば、この夏休みの宿題をちゃんと提出するだろ?」

「だからしおりの持参物覧に筆記用具と勉強道具を秘かに記していたんですね」

「ああ、そうだ」

「その結果によっては……」


「「ふっふっふっふっふ……はーはっはっはっはっはっ」」


 怪しげなオーラと共に悪そうな笑い声をあげる教師2人の姿。その異質な光景に周りは目を向けていた。「なんだあれ……」「魔王みたい……」とささやく他クラスの声。


 そんな声と光景を3人は見逃さず、聞き漏らすこともなく、合点を利かせていた。


「なるほどな……」


「どうりで費用が地味にも少し昨年より上がってたのか……塵も積もれば山となるってか。噂道理だ」


 噂。それは、上兄弟のいる者たちから秘かに流れていた些細なもの。保護者達によるつぶやきで、「行く場所は同じなのに昨年よりも費用が少しばかり上がっていた」というもの。


 そして、偶然にも職員室を訪れた生徒が、教師勢がしおりをつくりながら現状と同じくあざ笑う姿を見ていた。それにより、何かがあることは噂と付け加えられるように重なっていた。


「なぁ、兄貴。俺いいこと思いついたんだけどさ……」


「ああ、俺もだ……」


 また新たに、怪しげな笑みを浮かべる光景が一つ。そんな2人を見ながら、なんとなく予想がつきつつ、実体験であることに呆れながらも、手を止めずに平然と口へと運んで租借していくクロだった。



 そして、数分の時が流れ、「さぁて……」という佐蓼斗のつぶやきがすると、大きく息を吸い、吐き出すように沸き立つ観戦者のもと、声を荒げるように現状を指し示す。


「第1回大食い王決定戦の開戦だぁ!」


「「「「「おお~っ!!」」」」」


 その大声と共に、広がるクラスごとの歓声。それもそのはず、なんたってこの場で皆の行方が全て左右されるのだから。


「Aコーナー、その微笑みに誰もが和んでしまう魔性の女――南芭恵魅~!」


「「「「「うおぉ~っ!南芭~!!」」」」


 隠れていた熱狂的なファンなのか、この絶望的な状況への挽回を求めてか、猛烈なエミへの声援が飛び交っていた。


「続いて、Bコーナー。果てしなく続く驚異の早食い――真蒼黒竜~!」


「「「「「おぉ~……?」」」」」


 だが、その歓声は、ただ一人には、厳しいものだった。まぁそれも仕方がない。クロ(の噂)を知っている者もいれば、その存在に気づいていない者もいる。だから、この場は複雑だった。


 ただそれでも、この状況を脱出したいためか、地味にも僅かな声援はあった。


 まぁ、そんなことはさておき、何故こんなことになったのか。

 


 それにはまず、あの兄弟が思いついた案にあった――。



「クロ、少しいい……」


「やだ断る」


「まだ何も言ってねぇだろ」


「言わなくても大体予想がつく」


「なら話は早いな」


「おい……」


「南芭もさ。ちょっといい?」


「……?」


 2人とも手を止めて、並び立つ二人に目を向けた。


「……2人も知っている通り、現状、絶望的だ。だから頼みがあるんだ。この現状を打開するために」


「…………」


「何をするの?」


 佐蓼斗は少し、ほおを緩ませると視線を皿の上へと移し替える。


「そのカレーで、場を盛り上げるから合わせてほしい……簡単に言うと、今まで通りカレーを食ってるだけって感じ、かな」


「……ん、それだけ?」


「うん、それだけ」


「なら、簡単だね」


「お、期待しちゃうぜ」


「うん」


 和みある変な会話があると、佐蓼斗の視線は、クロへと向いた。


 佐蓼斗の目が『あの暖かい目』と共に、ニタァ~っとなるのを半目にも呆れを含ませつつ睨み返して、目の前にいるエミの顔を見ると疑問符という微笑みをぶつけられ、ため息が出た。


「……エミ、ほんとにわかっているのか?」


「何を?」


 つくづく何もわかっていないことに気づかされて、これ以上は出ないほどのため息が出た。そのことにエミは「何で!?」っとツッコんでいたのだが……いや、何でも何も。



 だって――、



「つまりは、俺とエミ、そしてこのカレーで、こいつは大食い対決をしろって言ってるんだ」


 スプーンを間抜け面をさらしている佐蓼斗へと向けるも自分も同じことをしていることに少し嫌気がさす。



 ――まぁ、別の意味も込められているんだが。



「え、どういうこと?」


 どうしてそうなるの?という明らかな反応に、おさらいをするべく、今回の決定的産物に目を向けていく。


「いいか。まず、このカレー。こいつがこの絶望的空気を醸し出している。そしてその元凶はあの教師陣だ」


「うん」


「先生たちは、このカレーを意図してこんなに多く作らせたんだ……俺たちに夏休みの宿題をやらせるという勉強時間のためだけに」


 まったく、食材が無駄になるということを知らないのだろうか。これだから大人は嫌いだ。汚い嘘を平気でつく、卑怯な奴等。


 人は私利私欲に生きる、自分勝手な生き物だ。だから俺は同じ人でありながら人であることを嫌う。そんなのは恥でしかないからだ。


 まぁ、嘘をつきまくり、いくつもの仮面をかぶり続けている俺が言えた義理じゃないんだけどな。


「あ、だからあんな噂がたっていたんだね」


 カレーの量で合点がいったのか、エミの噂についての理解はばっちりのようだった。


「そうだ」


 まぁ、どんな噂かは何となくわかるため、ここではあまり追求しないが。


 キーであるカレー、周りの空気、教師陣の思考。それらを思い浮かべるようにクロは目を瞑る。そしてこの状況の打開策を口にする。


「このカレーを『完食』しない限りは、俺たちに自由はない」


「だから……大食い競争?」


「大食い対決ね。そこ重要だから」


 はまったな。


 佐蓼斗の口ぶりに内心笑みを溢し、視線をエミへと戻す。


「ほらな?こうやってまんまと自白してるだろ?」


「そうだね……というか、どっちでもよくない?」


「そうだな。どうであろうと、するかしないか、将又、できるかできないかが、重要だし」


「ん~、どうしよっか……」


「お前ら打ち合わせでもしてたんだろそうなんだろ!?2人して俺をいじってそんなに楽しいか!」


「「うん」」


 やれやれ、息ぴったりか……自分で言うのもなんだが。


「こっの~……っ」


「落ち着け」


「ふふ、仲いいね」


 噛み締める佐蓼斗。それを止める三雅。笑みを溢す山城。


「そうか?」


 というか、そんなこと言っちゃうとさ……。


「普通だよ」


 エミの微笑み。そんなしゃれのような現状を目の当たりにして、この空気感の中で、ある意味おぞましい視線を垣間見た気がした。


「「…………」」


 ほら見てよあの目。相変わらずのジト目ですね~。やになっちゃう。



「……それで、どうする?」


「んー、やるしかなくない?」


「まぁな……」


 

 ――結局やることになる……そんなこと、とっくに知ってたさ。随分と昔からな……。



 そうやって回想が終わる中、最後に残った皆の揃った微笑みが、あの頃に手にした写真に刻まれていたことを思い出して、開幕される一戦に目を伏せた。



 数分の時が過ぎ去った頃、周りの反応は唖然としていた。


「あいつら、まだ食ってるよ……」

「やべぇな……」

「うん、凄いね……」

「ふっ、大したことないぜ……」

「ならお前も参戦しろよ。その体系は飾りか?」

「いや、その……もう、カレーはちょっと、あれなんで……」

「口だけかよ……まぁ俺もなんだけどさ~。それにしても……」


(((((すげぇ……)))))



 気を取り戻して集中している周りの視線。それと同時に皆が思ったことは全員一致の驚きと感心のようなものに満ち溢れていた。



 ――よっし!これなら行ける……!



 そう思いながら、佐蓼斗の持っている班のカレー鍋が完食されるのはあっという間だった。


「先生~、1班のカレーなくなりましたけど……どうしましょう」


「ぐぬぬ……」


 あー、あれだな。内心「やってくれたな……っ!」とか思ってんだろうな。そしてあの、地味に憎たらしい嫌味に塗れた佐蓼斗のドヤ顔。そりゃぁ、ぐぅの音も出ねぇはな。



 ――というかさ……。



「ねぇ、あれって……」


「ん?」


 エミの指さす先、先生の背後。そこにはまだ、淡々と一人箸を動かす……ではなく、スプーンを口元へと運ぶ者がいた。


 2人の目先に気づいたのか、悔しがっている先生もつられるように振り返っていた。


 そして誰もがその光景に言葉を失っていた。



「――あ~ん♪モフモフ……あ~、ん?」



 美味しそうに食べるその一人は、オノマトペを口にしながらカレーを頬張るというもので、こちらの視線に気づいたのか、手を止めていた。


 皆が唖然としている中、教師2人は気を取り戻したのか、こめかみにしわを寄せ、拳を震わせながら豪語した。


「アリーシア先生!何やってるんですかっ」


「何って、カレーを食べてるだけだけど?」


「いろいろツッコムところが満載ですよ!」


 そう、いろいろツッコムところが満載……。


 とりあえず、彼女の説明から。



 彼女の名前は―――『ルギ・アリーシア』。日本名同様、ルギが苗字でアリーシアが名前らしい。帰国子女ということもあり、金髪で赤い瞳からして、ハーフか外国人っぽいのだが、そこらへんがあいまいで、いろいろ謎が多く、少し……いや、結構おかしな人だ。


 わかっていることと言えば、見た目は大人びた容姿。だが実際の年齢はそれとはあまり見合わない15歳で、あっちで飛び級により、教員の資格を持っている。

 アリーシアにも親がおらず、彼女が俺の引き取り手で、保護者代理のような存在ということ。日本での学生生活も味わいとのことで、同居の件についてはアリーシアが高校を卒業するまで保留ということになっていること。親との関係性は皆無。


 そして彼女は、唯一、この世界での俺の秘密を知っている。でも、俺は彼女について何も知らない。



 ――だから、



 どうして俺を引き取ったのか、どうして同じ学校で先生をやっているのか、どうして――。



「そうま?」


「……なんだ?」


「いや、あの人をじっと見つめて、何か考え込んでいるようだったから……」


 エミの言葉に、少し迷ってしまう。答えるべきなのか。吐き出せば楽になるんじゃないか。そう思っていた。でも、この時の俺は、話すことを選択している。そのため、それ以外の選択肢なんてありえない。



 ――だから、



「……あの人は、唯一、俺の秘密を知っている」


「うん?」


「だからだよ」


 思い出に浸るように、また、目線を彼女へと向け直す。ただその表情は少し、暗かった。


「どういうこと?」


 まだ迷いがあった。言ってしまえば、口にしてしまえば、全てがなくなるような気がして。



 ――それでも、



「あの人は、俺のことを知っている。俺の秘密を知っている。でも俺は、あの人を知らない……あの人のことについて、何も知りはしない」


「……?」


 具体的なことは隠して、事実だけを述べる。いつもの手。卑怯な手だ。でも、この時、さらけ出すように声にしようと口を開こうとした。


「俺には……」



 ――が、



「何でこんなに食えるんですか何で先生がこんなに食べちゃってるんですか何で当たり前みたいな顔で返してきてるんですか作戦忘れちゃったんですかっ!?」


「そうですよっ」


「ん~?何のことだっけ?」


「このカレーをあなたが食してはもともこもないと言っているんです!」


「……っ!それは私に餓死しろと言っているのか……!?」


「違います食べすぎだと言っているんです!」


「食べ過ぎって、ほんの30人前だぞ?」


「「多いわ!」」



 ――と、



 クロの言葉は、そうやって響き渡る会話劇により遮られた。まぁ、別にいいんだけどさ。



 ――だって、



「むぅ~……」


「そんなすねられても困ります……」


 すねて膨れているアリーシア。その反応に困り果てる教師陣。そんな時に、一人の女子生徒は尋ねた。皆も疑問に思ったであろう部分に。


「ねぇ、先生~」


「なんだ?」


「作戦って、何?」


 『作戦』。その言葉に、アリーシアを責めていた2人の教師陣はギクリと冷や汗を垂らしながら固まった。


 そしてそのことに、佐蓼斗と三雅はそろって頬を緩ませ、口をつぐむ先生達のこの場の真相を口にした。


「それはね。このカレーが意図として多く作られるようになっていたということさ」


「それって……」


 周りがざわつく。食材が多いことについての疑問、知っているであろう噂での加算資金。この場での先生のセリフ。それぞれがそれぞれの脳裏を過ぎらせるように。ただそれらは、今はまだ疑問のままでしかなかった。


「思い出してみてよ、先生のあのセリフ……」



 ――『このカレーを完食しないと宿へ帰れない』『夕食の間に食べきらなければお風呂なし』『食べきれなかった場合、班全員に罰ゲーム』。



 たぶん、そんなセリフが蘇っていることだろう。


 ただ、そんなのは日常会話のようなもので、誰もが浮かべる言葉はあやふやだった。そのため、再現するように、三雅が口にする。


「確か先生は、『ちゃんと食べきらないと今日は宿へ帰れません。夕食の時間内に食べきることができなければ、お風呂にも入れず、食べきれなかった班には罰ゲームもあるので気を付けてくださいね』って言ったんだ……ですよね、先生?」


「ああ、確かに言ったな。でも、それがどうした?」


 普通の対応。あくまでもしらばっくれるつもりのようだった。流石大人。子供の戯言には一切耳を傾けていない。動揺という念がない。



 ――でも、



 ここからだった。じわじわと毒に侵されていくのは――。



「ここに用意された食材たちって明らかに多くて、食べきるのって不可能ですよねー」


 明らかに何かを狙った棒読み。佐蓼斗の顔は普通の笑みを浮かべていながら、目からは企みの匂いを醸し出している。ドヤ顔兼いやらしく、憎たらしい。そんな類のもの。


「そうでもないぞ。現にあの2人は食べていたじゃないか……アリーシア先生もだけど……」


 腕を組み、堂々とそして同じくドヤ顔気味に答える教師一人。平然過ぎる対応なのだが、これからじわじわ責められる姿を想像すると、可哀想に思えてくる。


「こんなに食材用意するの、大変でしたよねー」


「ああ、そうだな」


 疑問符を浮かべ気味の顔をする教師一頭。自然体なのだからこの状況で動揺していないことに普通さを覚えるが、それと同時に不吉さを感じていた。



 ――そして、佐蓼斗は確信のような笑みを浮かべて、切り込んだ。



「……この費用って、どこから出てるんですかねー」


「いや、お前、それは……」



 ――揺らいだな。



 終わりを再び確信したかのようにクロ、佐蓼斗、三雅の3人は同じ言葉を浮かべていた。


「あー、そっか。去年と比べて費用が少し上がってたって親たちが言っていたのはー、このことだったのかー」


「…………」


 黙り込んだな。それじゃぁ図星だって、認めてるようなもんだ。たぶん、そろそろ……。


「でもでもー、こんなに食べきれないほど用意して、先生たちは何をしようとしてたのかなー」


「…………」


 あざとい佐蓼斗の言動。周りから見れば、純粋さに満ち溢れた行動だろう。


「無駄だってわかっていることをしてまでー、先生たちがしたかったことってー、何なんだろうね~……くわしく聞かせてよ」


「……っ」


 佐蓼斗の鋭き眼光か、それとも何か刺さるものでもあったのか、教師陣は息を呑んでいた。そして佐蓼斗の言葉に、女子生徒、他クラスの皆。それぞれが今の言葉に「どうしてだろう?」という単純な疑問符を浮かべている。


「ど、どうします、先輩……?」


「あ、焦るな。まだ、まだだ……!」


 動揺する教師陣2人。焦りを浮かべているのはたぶん、やっていることの罪悪感か、もしくは失敗に終わったときのリスクを思い返したのか。そんなところだろう。



 ――はぁ……。まだ諦めないつもりなんだ。



 溜息を、心なしか内心、そう思わされながらもついて、先生たちの考える浅はかな策略をクロは見破っていた。


 先生たちの考えることは、こうだろう。さっき、口走っていた『罰ゲームでレクや空いた時間を勉強時間にしよう』。その真相は『夏休みの宿題を提出させること』。出し忘れがあるのは例年、仕方のない事。なので、それを無くすことができれば、先生たちの好感度は雀の涙ほどだが上昇し、ボーナスも出る可能性が上がるというもの。


 全く持って、愚かなことだった。デメリットのことを考えていない。このことを親に報告する者がいれば、怪しまれ、疑われ、逆に下がる可能性の方が高いというのに。野外活動なのだ。学生にとっての大イベントの一つと言っても過言じゃない。修学旅行とは別の、並び立つ影的な印象を持った行事。感想を報告しないわけがない。



 ――なので、



「そろそろだな……」


 そう呟くと、クロは時計に視線を向け、周りを置いて歩き出す。


「何が?」


 疑問符を立て続けに浮かべまくるエミ。ほっとけないのか、周りを気にするもクロへとついていく。


「エミも来てくれ。ちょっと、手伝ってもらいたい」


「だから何を!?」


 わけも説明せず、クロは足早に行動を起こす。



 そんな彼をようやくかというように、新たな光が包み込んだ――。



 時間はさらに過ぎたころ。包み込んだ光の先には、目的を果たした光景が映っていた。


「……大丈夫か?」


 目の前に映るは、空になった大量の深底鍋とテーブルいっぱいに積み上げられた食器の数々。夕食終了10分前を指した時計。誰もいない野外キッチン。



 ――そして、



「うぅ~……」


 苦しみ悶えるエミの姿だった。


「さすがに、食いすぎ、か……」


「酷いよそうま~……。まさか手伝えって、このことだったの~……?」


「……ほかに、何がある」


「……もうカレー恐怖症だよ、カレーはもう見たくないよ~」


「そうか」



 ――食べたくないとは、言わないんだな。



 その言葉に、クロは頬を緩ませた。そしてエミは、皮肉っぽくもちょっぴりの嬉しさを含ませながらも訳のような言葉を付け加える。


「まぁでも、そうまがアレンジとかしてくれてたおかげで、一応全部食べきれたからよかったけどぉ……」


「それは何より」


 自分はその倍は平らげてまだまだ平気だということへの優越感なのか、美味しいと遠回しに言われたことへの喜びか、憎ったらしくも誇らしげなクロだった。


「褒めてないよ~……」


 ただやっぱり、エミは苦しさの方が大きいようでテーブルに俯せとなっていた。



「それにしても……」


 視線を少しずらし、相変わらずの体制のまま、エミは思い出すように口にする。


「よく、あの場を収めたよね……方法はちょっとあれだったけど……」


「そうか」


 ほとんど適当返事のまま、一息を終えたクロはエミを置いて、一人全員分の洗い物へと手を付けていた。


「そうだよぉ」


 何だか含みのある言い方。自分(クロ)も思い出し気味に一瞬にも手が止まるも、微笑し、含みのある言い方で答えた。


「……まぁ、現実の怖さを理解してもらえたみたいで何よりだ」


「ほとんど非現実的だよぉ……」


 相変わらずのクロの言動故か、再発した苦しさか。呆れと現状との葛藤の中、エミはまたテーブルへと頭を伏せた。



 伏せるエミ。下に見える皆の姿。それを遠目に見ながら、思い出させるように光が三度包み込んだ――。



 ――あの時。



 クロが解決策として出した行動。それは至ってシンプル。



 ――カレーを完食した。ただそれだけ。



 佐蓼斗と三雅が教師陣と揉めている中、班の鍋は空になっているため、他の班の分を適当にアレンジを加えながら皿に盛っていた。


 そして、それを見せしめるために、皆のそばで不貞腐れているアリーシアに出してあげたのだ。


「これ、少しアレンジ加えて見た」


「おお~!どれどれ~…………うまぁっ!」


 その一言で周りの誰もがクロ等へと視線を向けた。


「ふふ、それはよかった」


 匂いに誘われたのか、食欲が戻ってきたのか、それぞれの班の鍋に別々のアレンジを一つ一つ加えたせいか、誰もが喉をならしていた。


「何だこの匂い……」

「凄い美味しそう……」


 そして気持ちが一つになるように、誰もが食べたいと目が豪語していた。


「これ、皆の班の鍋だから、もとに戻しとくね。あ、試作品としてさっきよそっちゃったやつが1皿ずつあるんだけど、食べたい人がいたらとってくれて構わないから」


 そして、何もなかったかのように自分の席に戻り、手を加えた皿を口へと運んていくクロ。そんな中、周りの唖然とした空気と目の前にいるエミの頬が綻びた姿に、クロは当然と気づいていた。


 エミの様子を窺えば、頬を押さえて嬉しそうに揺れている。こっちとしても作ったかいはあるものの、その反応に呆気にとられて眉を上げてしまう。


 まぁ、それでもとりあえず、やることは完食だと、手を動かすのだが。


「おい、クロ……」


「……ん、どうした?」


 そんな中、拳を震わせた佐蓼斗とさっき浮かべていた自分の顔を鏡で映したかのような三雅が立っていた。


「どうしたじゃねぇ~よっ!?お前が何やっとんじゃい!」


「何って、言われた通りカレー食ってるだけだけど?」


「ブルータス、お前もか!?」


 クロの胸倉を掴んで揺らしに揺らしまくる佐蓼斗。困り顔な三雅は、全部わかっていると言わんばかりに頭を掻いていた。


「……まぁ、やりすぎたのは俺たちだしな」


 放たれた三雅の一言に、共感するように佐蓼斗も目を瞑るようにゆっくりとその手を放した。


「そうだけどよ……」


 一同の沈む雰囲気。


 2人の言動。それは、浅はかな教師陣を逆に絶望の淵へと追いやろうとするからかい、悪魔のささやきそのものだった。


 悪いのは教師である2人なのだが、その行為が度を越えていた2人にも罪がある。そのため、2人の心境は複雑となっていた。



 ――だが、



 それをかき消すように周りの反応が功を奏した。



「「「「「う、うめぇ~……っ!!!!!!」」」」」


 その言葉に、頭を抱えていた教師陣と静かになっていた佐蓼斗と三雅の視線は呆気にとられるようにその光景を凝視する。


「なんだこれ、超うめぇぞっ」

「どうやったらこんなうまくなんだよ……っ」

「これなら何杯でも行けるな……っ」

「おかわりっ」


「おいしい」

「なにこれ~……」

「これ、班の鍋ごとに味が少し違う」

「わぁ、ほんとだ」



 驚きの歓声。気を取り直したのか、揉めていた4人はこの光景への驚きを隠せないようだった。


「どういうことだ……?」


「あ、ああ……」


「クロ……」


「お前、何したんだよ……」


 先生の焦りと動揺の疑問符。それは恐怖とは違う、別の、ただ単純な感想だった。佐蓼斗や三雅で言えば、何か狙っていただろと言わんばかりの目でこちらを睨んできていた。



 ――だから、



「先生、先生の分もあるから。これ、どうぞ」


 そう言うと、クロは揉めていた教師陣2人へと皿をさしだす。


「私たちに……?」


「ええ、そうです」


「…………」


 皿を受け取ると、クロは去り際にも言葉を濁しながらも口添えする。


「それを食べたらもう、こんな『浅はかな言動』は控えること……約束してくださいね?」


 その言葉に対しての、先生たちの表情はわからない。



 ――ただ、



 その後の、無言で美味しそうに頬張ってくれていた姿は覚えていた。



 軽く光が覚める瞬間は、森を抜ける時と似ていた。気づけば、洗っていたはずの皿はなくなっていて、左隣には綺麗に拭き取られた食器と鍋が並べられていた。


 どうして、クロが全員分の食器や調理器具を洗っていたのか。それは、先の口論の場を、さらによりよい空気へともっていくために自然と出した条件のようなものだった。


 夕食が終わって、夕食終了時間30分前となり、そのころより10分前にはもう、クロは後片付けに取り掛かっていた。


 自分の班の分は終わっていて、他の食べ終わった鍋を手にして洗う。そんな自然体行為。


 そのことに気づいたのか、先生たちは複雑な目でクロを見ていた。だからそれに対して、クロは悪態をつくことなく平然と振る舞った。


「自分が勝手にアレンジを加えたんで、後片付けは皆、俺に任してください。その分、先生たちは夕食終了時間までみんなに付き合ってあげてください。皿洗い嫌いじゃないですし、すぐ終わるんで」


 そうやって、自分が悪いからというのを含ませて、先生たちがその行為に甘えることによって先生たちの罪悪感は薄れ、自分は皆から離れることによって印象が薄れる。


 先生たちの浅はかな考えは、たしかにある意味悪質なものだった。が、生徒であるこちら側、先生をからかう佐蓼斗や三雅、完食してしまったことへの変な罪悪感。


 自分たちも悪かったんじゃないかと思ってしまうクロの共感っぷりは、ただただ優しいだけなのか、そんな後ろめたさをただ無くすためだけの自分勝手な偽善者なのか。それともただ、情けをかけやすい愚かなだけなのか。


 そうやって、自分でもわからない複雑な矛盾の回路を辿っていた。だからための皿洗い。


 少しでも、この感覚を消し去りたいため。少しでも、皆からの印象を消し去りたいため。少しでも、自分を善人に見せて、周りからの評価を平凡と言う2文字に戻すため。


 そうやって、先生たちの罪。それを少しでも無くすため、偽りの仮面をかぶって、あたかも自分のためのように振る舞って、あたかも自分が悪いからと宣言しながら。


 今頃皆は、先生の『作戦』という2文字を忘れて、一緒に、ここより下にある広場で戯れていることだろう。何も知らずに……。


 傍から見たらたぶん、これはある意味自己犠牲だろう。先生の罪を無くすために自分一人がこの場を少しでも良くしようと、あたかも善人であるかのように奮闘する。


 でもそれは、自分のためでもあることに変わりはない。どちらも嘘のようで本当の言動。とても複雑な心境の絡み合い。偽善者のようでそうじゃない。ただ、偽善者ではないとも言い難い。


 自分でもよくわからなくなってくるような行為だった。



「…………」


 手を軽くふき、流しを後にすると、エミの座っているもとへと足を運ぶ。が、エミは俯せのまま、眠りへと落ちていた。


 その事に少し呆れながらも、時間帯は夕方から夜へと移行し、空には薄暗くも光り輝く星々の姿があることを確認する。下ではまだ、皆が鬼ごっこなどをして遊んでいたのだが、先生たちの集合の合図により整列していた。


「エミ、起きろ」


「うぅ~……」


 声を掛け、揺らしてみるも、呻き声が上がるだけだった。



 ――起きる気配なし……。



 再び下を見ると、こちらを忘れるほどに楽しんでいたのか、2人を置いて皆は宿へと戻っていった。


「仕方ない、か……」



 ――あと10分だけだぞ……。



 同じ場面で、同じ言葉を心の内で呟くも、少し意味合いが違うことに苦笑しながら、エミの隣へと腰かける。


 テーブルに背中を預けるように、空を見上げるとふと思う。心の底、あの頃見た星空も、こんなに盛大だったのかと。


「…………クシュンッ」


 瞬間、隣から可愛いくしゃみとその漏れ声が聞こえて、振り向いて見るも、相変わらずの寝息だった。


 クロは、自分の上着をエミにかけて、時計を確認する。やっぱり、2分くらいしか経っていない。


 自分がこの『時』に浸っていたいと思うのか、思い出すために必要な過程(プロセス)なのか、ここで光に包まれる気配はなかった。つまりは、そういうことなのだろう。


 三度、星空を見ながらクロは思う。この時が、心地の良いものだったということを。そして同時に、改めて自覚した。暗闇に浸るように奥底から耳元へとかけ囁く、自分(だれか)の声に。


 その声を聞くたび、今までの後ろめたさと罪悪感、何もできなかったことへの悲しみや怒り。手から零れ落ちていくときの『あるはずだった感情』が、爆発するようにぶつけられて苦しくなる。


 ただそれでも、それが外に漏れることはない。内なる葛藤、そんなとこだった。


 そして、溢れ出すその時は、一線の涙が自然と頬を伝う。



 ――だから、



 そんな姿を見られないように、紛らわすように。暗闇の中、星々を眺めるようにそんな時間の中でいつも通り自分を隠した。



「……っ」


 若干の微動。暖かな温もり。ぼんやりとしながら、エミはゆっくりと目を開いてみると、周りは森で空には星で。肩には見覚えのある服が掛けられていて、目の前には見覚えのある誰かの背中が一つあった。


「……起きたか?」


「ぅん……」


 まだ寝ぼけ気味の気のない返事。ただ段々と、頭は今の状況を理解してくる。


「……っ!?」


「……おい、暴れるな。落ちるぞ……って、降ろした方がよかったか?」


「ぃいや、このままでお願ぃします……」


 頭は徐々に冴えてくるも、戸惑いは止まらず。それでも、気づけば、欲求に忠実に声を裏返しながら返事をしていた。


「あいよ」


 クロは構わなかったのか、その希望を安々と受け入れてくれていた。


「…………」


 そして、エミは改めて再確認する。でも結局、あるのは目の前の現状のみ。



 ――そう、



 ――自分が、クロの背中におぶさっている現状が。



「ねぇ、そうま……」


「ん、何だ?」


「これってさ、どういう状況?」


「ああ、そうだな……」


 エミをおぶさった状態のまま、クロは星を見ながら考え、口を開いた。


「エミが眠りに落ちていた間に、皆は俺たちのことを忘れるほどに余った時間で羽目を外しまくったみたいで、置いてきぼりを食らったんだ」


「そう、なんだ……」


 何ともやるせない思い。辺りが暗いせいなのか、少しの沈黙がとても長く感じる。ただ、この静かな時は、心地がいいと、そう思う自分がいる。クロもそのことに関しては気にしていない様子。


 それでも、あまりにも静かなのは不自然すぎると、エミは話題を求めて脳内を模索する。



 ――そうだ、今なら……。



 自分の中にふと、この場を利用しない手はないと訴える意見が一つ。が、それはとても緊張と覚悟が伴うもの。



 ――今言わなくて、いつ言うの……!



 それでも、エミは口にしようと込み上げる焦りや不安を唾と共に飲み込む。胸はトクトクと脈打つ音が徐々に大きくなっていることがわかる。


 胸を押さえ、エミは口を開く。


「ねぇ、そう……」


「…………」



 ――のだが、



 「ま」と呼び終える寸前、クロは足を止めていた。そのことに疑問符を覚えるエミだったが、その視線の先により謎は解けた。


「綺麗……」


「ああ」


 2人の視線の先。あったのは、光り輝く曲線を夜空のキャンパスに描く、そんな流れ星たちだった。


 そして自然と、願い事を胸にするエミ。だがそれは、クロも同じだった。


「ねぇ、そうまはなんてお願いした?」


「してない」


「嘘」



 ――…………。



 聞いたエミだったのだが、答えるクロと対応するエミで、互いに即答を即答で返していた。


 そんな中で、それが嘘だと簡単に見抜かれたことにクロは眉を顰めた。


 答えを求めるかの如く星々に目を移すクロ。それと共に、己の影も覗き見るのだが、結局、答えは出なかった。


「………さぁな」


「えー、教えてよー」


「……じゃあ逆に、俺が教えたらエミも教えるのか?」


「うん、それはないね」



 ――即答……。



「そういうことだ」


「ふん~……」


 意味深な呟き。全部お見通しなんじゃないのかとつくづく思わされる。


 そんなクロを背中から間近に、クロのその手を見ながら、エミはとある噂について思い出していた。


 そして、そっと微笑むと(クロ)の肩に置いていた手を強く、首元まで抱きしめる。


 その事に、クロは少しの驚きを覚えるも、すぐに平然さを取り戻した。吐息が目と鼻の先でされていたことにより、寝てしまったのではないかと思ったからだ。



 ――でも、



 それは全く持って、的外れだった。



「ねぇ、そうま……」


「…………何だ?」


 途中途中で、何度も足を止めたり動かしたり。それと共に、驚いたり平然としたり。そんな半ば忙しい中、クロは内心、揺らがないことをと決心し、足はもう止めないぞと三度動かした。



 ――ただそんなのは、簡単に折れる一本槍だと理解して。



「そうまさ、苦しくない?」


 この言葉。どちらの意味なのか今一わからなかった。だから同時に、半分半分の意味としてあやふやにも答えたんだ。


「……苦しくない、と言ったら噓になる」


 それはこの態勢を指しているのか、クロの現状の心境を問うているのか。そこがわからない、ただの欺瞞。


 暗闇の中で、互いに表情も心境も、隠し、偽り、噛み合ってない会話。似た者同士だからできる掛け合い。でもエミの方は、そんなことを考えてはいないだろう。



 ――だから、



「今日は、楽しかった?」


「普通」



 ――そうやって、



「冷めてるなぁ」



 言葉を濁すのだ。



 ――全く、君は酷い奴だ……。



 人のことを言える立場でないのはわかっている。それでも思うのだ。



「着いたぞ」


「うん」


 皆の待つ宿へと到着し、エミをそっと降ろすクロ。入り口ではまた、班の皆が出迎えてくれていた。


 数歩、先へと進んでいくエミ。それを眺めるように見つめていたクロ。そんな彼女が急にも立ち止まり、振り返って。そのことに疑問符を浮かべてしまう。



 ――ただ、やっぱり、



「ねぇ、そうま」


「……?」


 微笑むエミと皆を目に写し、宿の光で指す光と周りを包み込む暗闇は、心の中を現しているかのよう。


 そのことにクロは複雑さを覚えながら、エミを黙視していた。


「クロはもう、一人じゃない、よ?」


「…………」


「さ、行こ?」


 一人でに昼間とは打って変わって物静かにも歩き出していくエミ。そのことに少し微笑するクロ。


 でも、そんなことは無理だというように、あの光が全てを吞み込み消し去っていく。


 そんな中で思う事と言えば、この思い出に対しての印象。



 ――この思い出は、忘れることはできないもので、次に君に会う時この気持ちをぶつけたら、君はどんな顔をするのだろうと。



 その思いが、半ば冗談だというのは確かなもの。



 ――ただ、



 その思いが、互いに重なっていたことを今のクロは知らない。



 ――場所は移り変わって、館内ホール。



 夜はこのホールにて、レクリエーションが行われる。それはクラスが班ごとに3等分され、他クラスを含め計6チームで行うというもの。


 そして、クロたちのチームがやることは、『劇』だった。しかも、クロが主役というもので、急なハプニングも同然だった。何故なら、打ち合わせも何もしていないのだから。


 だがそれでも、仮面をかぶることが得意な道化(クロ)には、大して問題ではなかった。



 ――そうやって、



 終わりまでの記憶が流れて、一日目が終了した。



 ――2日目、野外活動最終日。



 一日目を長くして、一転。終わりはあっけなくもあっという間だった。


 昨日と同じウォッチングコースをクイズ形式で進んでいくハイキング。

 続けざまにある工作授業。

 またもや地味にも好評な自炊。


 思ったことがあるとすれば、ハイキングではエミの様子が地味にもご機嫌だということ。

 工作で木刀が彫刻刀によりさらにリアルさを増して周りの反応が面白かったこと。

 最終日ということもあってか、自炊はもう宴同然で、先生たちも昨日のことは何もなかったかのように羽目を外しまくっていたこと。


 

 ――それから、



 ――夜の集い。



 最終日ということもあり、旧館内ホールへと移り、夜はここで蠟燭の立てられた木を囲んでいろいろな誓いを立てる。


 誓いは、今日のこの日への感謝、未来へ向けての決意。そういう諸々を含めた神聖のようで茶番劇のようなものだった。


 ただそんな中で、隣にいたエミは微笑を浮かべて半ば真剣に願いのようなものを立てていた。


 覗き見るように眺めていたクロ。だが、何度も何度も現れる光によって、世界は焦がされ、これで最後だというように散っていく。


 溢れ、狂いだすように流れ、過ぎ去っていく記憶達。あまりにも早すぎて、落ち着きのない、そんな膨張。


 そんな記憶の狭間で、帰りのバスで微笑ましくも眠りに落ちていたエミの姿を窓越しに目にして、クロは微笑を浮かべ、この世界へ終わりを告げた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ――やっと終わったか……。



 何もない空白な世界で佇むクロ。楽なようで先の回想よりも長く思えるこの現状はいつにもまして気が滅入るものだった。



 ――そして、



 まだ終わりではないかというように、光玉が身を囲むように舞い踊っていた。



 ――あと、3つ?か……。



 波乱の攻防。そう言わざる終えないほどの絶望感。けれど、これをしないと先に進める気がしないのも確か。


 嫌気がさしながらも幾度となく何もない空を仰ぎ見る。



 先が見えないようで目に見えることに実感を持ちながら、息を呑むように切り替え、勢いに任せるように新たな光玉を掴み取る。



 あの、核ナル波乱の3年間を――。



 ――思い出に囚われた少年。過ぎ去っていったもの、果てしなき記憶の扉。

  終わりは見えぬようにも、波乱万丈の3年間が待ち受ける――

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