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蒼のAGAIN  作者: 「S」
第二章 2桁の『災悪』と絶望の病
35/42

第二章20 『Scale of Intersect』

2話目。今月は40話目標ですが、たぶん無理っぽいかもですね、はい。なので、この珍しい長文を楽しんでいただけたら幸いです。間繋ぎであり、これから広がっていくものに対しての語り。誰も見たことの無い最高の物語をここに――。って、ただ想像力や発想が豊かなだけなんですけどね。

「――それで、お前の世界のはどうなった?」



 金で染められた世界。肖像物である中世で使われるような柱たち。

 空は色という色が虹色のように混じり合っている。



「――はい。順調です」



 そんな世界で男は、ハッキリと口にする。

 表情や言動はとても紳士的に『無』で飾られている。


 黒いコートに身を包み、顔はこんなにも明るい場所だというのに隠れている。

 そんな彼の目の前には四人の白髪と鬚を生やした気高くも凛々しき老体たちの姿がある。


 自身の立ち位置には円があり、それは星が描かれた魔法陣のようで、そんな彼と、並ぶ四人との距離(あいだ)には段差があり、それが位の差を現していた。



「――ふむ、順調か……」



「はい」



「――だが、どうする?」



「――そうだな……」



 男の言動に、顔を見合わせながらに考えを浮かべ合う老体たち。

 だが、やはりというように落ち着いた一人が口にしていく。


「まさか、『あれ』に自身を賭けるとはな。……いや、だからこそ、か」


 何かを納得し気味に答える一人。

 しかし、違うと言うように男は軽く首を横に振る。 


「いいえ。あいつは俺であって俺ではありません」


「……」


 男の言葉に目を瞑る老体。

 眉間にしわを寄せ、四人にもわからぬそれは、誰一人として知りえぬもの。


 だが、原因はわからずとも現状がどうなのかはわかっている。

 それを改めて理解を深めるように男は口にしていく。


「世界に自分に似た者が3人いると言われていますが、それはその星に3人というもの。ですが私の場合、未来に一人、現在に一人、前世に一匹と。時空間を越えて存在している……」


「……」


「似ているようで3つに分離した世界。パラレルワールドのようで全く別物。そんな完全隔離されて存在しているのが私とあいつの立ち位置です。あ、あと一匹」


 男のその軽い身振り手振りの説明口調でお道化た言動に、老体はいろいろな意味で黙然とする。

 それでいて、わかってはいても、他の者から改めて口にされるとより一層深く思い知らされる。



 そして男も――。



 自分で言葉にしておきながら、俯き気味に目を伏せる。

 目に浮かぶは今までの自分。似たようで違う結末へと導いていったことへの罪悪感。


 ただそれは、自分に対して抱いているもので、それがもう一人いると言われても、結局は自分なので特に何も感じない。


 いや、少しばかりは思うものがある。


 いたのなら好都合。

 ここでできなかったことをはたから見るように、応援するように、そうやって導いてやればいい。

 だってそれって、面白そうじゃないか。


 見っともなく足搔け。泥にまみれながら何度でも立ち上がれ。


 受け入れが早いのは本当だ。

 けれど実際、本当は諦めは悪い方なんだ。



 俺も、お前も――。



 だよな?じゃなきゃ、おかしいのだが。



 ――だから、



 目を開き、俯き気味に下がった顔を上げる。

 一人もまた、考え込むと、目を伏せるようにして言葉を濁す。


「……ふむ。まぁいい。何をするにしても、もう決まってしまったことだ。どうしようもない」


「随分とお早い諦めですね」


「……わかっててそういうこと言うのは、儂に恨みでもあるのか?」


「ふふ……いいえ、冗談です。すいません」


 半目で少しばかり機嫌を損ねる一人は、まるで子供がいじけるよう。

 それを男は面白いがばかりにからかい、謝罪。


 そんな彼らの立場や位は、その見栄え通りの圧倒的な歳の差がありながらも同等なのだから不思議なものだった。


「とにもかくにも……」


「ふむ……」


「そうだな……」


「うむ……」


「……」


 互いの視線を、一点へと向ける。

 それぞれの境界線のようにあけられたスペースにあるもう一つの円。


 そこに浮く、腕でつくった丸のように大きな水晶。

 半透明で水彩や墨を溢すときに似た波紋のように広がる濁り。



 そこに映し出される別人――。



『もう始まってしまったのだから』と言わんばかりの『もう遅い』という諦めの空気。

 肌で感じるほどの真剣味。



 ――そう、



 『記憶の回廊』……、



 『夢回想』が始まってしまったのだから――。



      ※



「……」


 騒がしい十字路。


 呼び出され、戻されるように帰郷した少年は、久しぶりに見る光景の一つ一つに対して、何も感じないまでになっていた。


 それもそうだろう。

 別れるように、引き剝がされるように立ち去った故郷。

 それから送った日々に比べれば、どうとも思えない。



 送ったのは、言葉通りの『地獄』だったのだから――。



 そんな世界で少年は、付け加えられるように、次々とありもしない記憶を植え付けられる。


 知らないようで知っている。知っているようで知らない。



 そんな不確かで複雑なざわめきと不甲斐感に見舞われながら――。



 数時間ばかりの時が過ぎ、本来の目的地であるドデカいと言わんばかりの神社に到着する。

 自分の家系が切り盛りする神社とは比べようもないほどの立派であり、歴史を感じる。


 古びたようで綺麗な、寺にも見えるおかしな場所。

 故郷から少しばかり離れた、目立つのに人が寄り付かないという変な疎外感に見舞われた山の中腹。

 自分の所と似ているのに規模の違いに圧倒される。


 一歩、また一歩と踏みしめる、有り得ない階段。

 百段坂というのが安く感じる。ただそんな階段も、今の自分にとっては昇るにも容易いものなのだが。

 そうやって、頂上へとたどり着き見上げる少年の身体には、汗一つとして搔いてはいなかった。


 散歩のようなそのぶっきら棒な面構え。そこにはどことなく風格があった。

 そしてそんな彼を迎えるように、神社の柱には隠れるように立ち尽くした一人の陰があった。


「兄貴……」


 そこにいたのは、彼とは歳の差が変わらない青年だった。


 見栄えはとても大人び、それでいて若々しくもクールに整った容姿。

 切れ者で、喧嘩っ早い一面も含めれば、モテないことはないだろう。

 そんなモデルのようで不良で、悪巧みという面白いことが好きな頭脳明晰な青年。


 そんな彼とは義兄弟で、互いにご対面というように、見つめるように、立ち尽くす。

 少しの静寂が流れ、それは確かめるように目の前の奴を眺めるためのものだった。


「ふっ……」


「……」


 見覚えのある懐かしき怪しげな笑み。

 いつ時も面白味を忘れない、そんな青年の姿を見てきた。

 だから、そんな面影も重なってより一層本人だとわかってきて、ムカついてくる。


「お前、あいつに似てきたな」


「……」


「何か、言いたげな顔だな?」


「……いろいろ言いたいことはあるつもりだったけど、見たら言う気が削がれた」


「ひでぇ言いよだなぁ、おい」


 相変わらずの、過信のような、自惚れのような、そんな笑み。


 兄であるという威厳か、それとも単に自信がついただけなのか、あるいは変わっていないのか。理由はいくつもある。



 ――だって、



「6年ぶりか……」


「……そうだな」


 少年と彼は、6年の時を越えての再会だった。

 それぞれいろいろあって、この町を離れていた。


 だが、最初にいなくなったのは兄の方。自身よりも2年早くこの町を発っている。

 早く帰ってくると言っておきながら、それから会うこともなくの再会だった。

 まったく、どこぞのマスターを目指して旅だったのかとつくづく思わされた。



「――来たか」



 不意に聞こえる声。それは神社の中からだった。


 踏みしめる足音は聞こえず、陰から現れてくる感じはするのだが、その気配の無さに二人して身構える。


 神社の中から現れるはずの姿形。

 それは声からしてすぐだったはずなものなのだが、現れてこないことに嫌な汗が頬を伝う。


 ポツリと、雨のように一滴の雫が弾ける。

 瞬間、強い風が吹き上げ、瞼を閉じる。

 天狗でも現れるのかという勢いで、目を開けば、背後に立つ悍ましい殺気があった。


「……っ!」


「……っ」


 それは互いに向けられていたもので、神社を眺めるように並び立っていた彼らは、その背後の者に諦めたというように力を抜く。


 息ぴったりと、打ち合わせでもしていたんじゃないかというように姿勢を正し、降参の構えを取る。

 その行為から、許すように殺気は納まる。



 ――が、



「……っ!」


「……」


 それは建前で、勢いよく振り返るようにその殺気へと立ち向かう。

 今度は彼ただ一人の行動で、隣の青年は振り返る一瞬であの笑みを浮かべていた。

 その笑みが脳裏を過ぎりながら、今の行動にごく僅かだが、嫌な予感が働く。


 その予感は案の定、読んでいたのか、後ろにいた者の手刀が自信の喉元へと早く振り翳されたものだと的中する。


「フォッフォッフォッ。まだまだよのう~」


「……」


 振り返るように見た後ろの者は、和服に身を包んだ神主だった。

 歳は7,80はあるだろうか。いや、そのはず。

 何故なら彼は、このご老人を知っているのだから。


 そんな少年の身体は、背後の者を狙った勢いで、武器を持っていなかったからなのか、固まったように拳を構えたままだった。


 そして、それを無視するように、老人は神社の中へと足を戻していく。


「お前の弟と聞いて楽しみにしとったんじゃが、あの程度か?」


「ま、弟と言っても義理のなんですけどね」


「……」


「……まぁ、なんじゃ。積もる話もあるじゃろうし、中へ入りなさいな」


 神社へと戻っていく老人。

 その後ろ姿を遠目にも眺め、少年は殴ろうと構えた拳を降ろす。


 そして青年もまた、戻った老人を確認すると、視線を少年に変え、「ふん……」と呆れ顔を溢す。

 それに目を瞑りながら振り返り、再び視線を互いに老人の去って行った神社へと向ける。


「『何だあの爺さんは?』って、顔してんな」


「……別に。あんたとでも良かったんだけどな」


「ぬかせ」


 いちいちこちらの顔を窺い、顔に書いてあるとでも言うように言い当ててくることに嫌気がさす。

 ただ、何度も、神社の中へ戻っていった老人が気になるのか目がそちらへと移る。


 そのせいか、諦めるように、従うように、神社へと足を運んでいく。その後ろ姿に肩をすくめる青年も、渋々呆れを含ませながらに後を追う。



 神社の中へ入ると、裏には家が二軒ほど建てれるほどの広い一軒家があり、神社とつながっていた。


 田舎という和風一色に包まれながら、辺りを眺める。

 すると、おもてなしをするように注がれたお茶が目の前へと配膳される。


 だがそれは、よく知る兄のものであることに気づき、自然とお辞儀しそうになったことに少し眉を顰める。


 その姿を誤魔化すようにお茶を啜る少年と、いつの間にか隣にいる老人との行動はシンクロしており、それを含めてか、席に着く青年は笑みを浮かべていた。


 三人で木彫りのような木製の台を囲み、一服すると、その静寂を区切るように庭にある鹿威しが音を立てる。


「……ここへとわざわざ来てもらったのは、他でもない。奴のことについてじゃ」


 老人の口が開き、改めて目を向けると、今更ながらに長白髪とその鬚の長さに凝視してしまう。


 道中、ここに住むのは仙人のような人だと耳にしていたのだが、それはよく言ったものだった。言い方を変えれば、どこかの師範代にもなるだろうか。


「お前たちも気づいていると思うが、最近、何か変わったことはなかったか?」


「というと?」


「……」


 お茶を少し含み、舌を湿らせると、老人は少しふざけた態度で言い当てる。


「例えば、『記憶の改竄』……とかのう」


「「……」」


 老人の言葉に、小さな沈黙が生まれる。

 何故ならそれは、不思議と当たり前のように起きていたことだったから。

 ただそれが、『二人して』というものであることに気づき、何となくだがわかった気がした。


「あいつが関係しているのですか?」


「……ふむ。ま、あいつと言われても儂にはわからんが、お主らに深く関係のあった者のことじゃ。……恐らくは、じゃがのう」


「……」


 青年の質問に対し、「それぐらいわかるだろ」と思うも、たぶんそれは、他人の口から聞いて、自覚を得たかったからもなのだと改め直す。


「……あの、それで、そいつがどうかしたんですか?」


「ふむ。それがだな……」


 老人は手から、紺色をした六角形の鉄製でできたビー玉入れのようなものを取り出す。


 側面には木彫りのような金色の龍を描いた波模様が、正面には中世の家紋のような竜を描いたような紋章があり、その中心には紅と水晶の青色が混じり合ってできたような丸い輝石が嵌め込まれていた。


 そしてそこから、現代科学ではありえない映像が宙に映し出される。

 ただ、驚いたのはそこではなく、そこに映し出される者に目を疑った。


「……」


「……っ!」


「……っ」


 現状におかしいと思えるものはいくつもある。

 それが疑念となって、心を埋め尽くすように広がっていく。

 それまでに、酷な現実だった。


「……こやつはお前たちが知っている者と同一で、変わりはないな?」


「……はい」


「……」



 ――何やってんだよ、お前……。そこで、何やってんだよ……!



 知っている。


 だからこそこの運命は、宿命でもあったのか、似て違うそれらを噛み締めるようにどうしようもない怒りが込み上げてくる。


 映し出された映像は、自分たちと最も関わりを持ち、切っても切り離せない、そんな大切な奴が、そこにいた。


 藍色の広場で眠るように倒れている少年。


 だがそれは、自分たちの知っている奴の面影がありながら、当たり前というように変わっていないのか変わっているのかわからないほどに成長した姿だった。


 ただそれでも、一目見ればすぐわかる。

 とても親しく、すごく身近にいた。そんな懐かしさに見舞われるほどの大事な奴だったから。


「……なんで、と。思ったりもしているんじゃないのか?」


「……」


「……っ」


 とても鋭い言葉だった。

 驚きを隠せないばかりか、容赦のない現実。


「こやつはな。そういう星のもとに生まれてしまい、それでいて回避できるはずのものを自ら望み、あわよくば偶然か必然か、将又それを見越しての行動か。そうやって『あれ』を手にしてしまったのじゃよ……。人間の手に負える代物ではないというのにのう……」


「それって……」


「……俺たちのせい、ということか……っ」


 老人は眉を寄せ、軽く相槌を打つ。

 その姿はとても、何とも言い難い状況そのものだった。

 そのことに少し、腹が立ってしまう。


『あれ』を呼び寄せてしまったことに、自分たちも関与していたということに。


「あやつは今、過去の自分と向き合っておるのじゃ」


「過去の……」


「自分……」


「そうじゃ。お前たちは今、この世界ではもう、死んだ人間として扱われておる。そしてそれは、あやつが関わっており、自分のせいだと悔いているのじゃ」


「……」


「はぁ……?」



 ――冗談じゃない。



 そうであってたまるか。


 確かにあいつが関わっているかもしれないが、それでも、少なくともあいつのせいではない。

 そうやっていつもいつも、一人でしょい込んでしまうことにより腹が立つ。


 だからこその力を、手に入れたというのに。

 逆にそれは、あいつの重荷になっていたのか?



 ――呆れてしまう。



「だが事実、お前たちを苦しめ、崩壊させていったのは誰じゃ?」


「……っ」


「……っ!」


 心を読んでくるような、そのもっともな意見。


 どれだけ締め付ければ気が済むのだろうと、それでいて、変な息苦しさと吐き気のような気持ち悪さ、加えられる無償の怒り。


 それが体中を侵食して、どうにかなってしまいそうだった。


「一人は女を奪われ、一人は中伝いの犠牲になり……」


「……」


「……黙れよ」


 語られていく一言一言に腹が気持ち悪さと怒りで煮えくり返りそうになる。

 耐えるような我慢は、拳を握り締めて制御している。

 だがもう、これ以上強く握りしめると、手汗が血に変わってしまいそうだった。



 ――けれど、



 それでも、老人は否が応でも続ける。


「わかってない」と、「やめる気はない」と、豪語するように憎悪に満ちた言葉を綴る。


「一人は力及ばず、一人は尻尾を巻いて逃げ出し、負け犬となった……っ!!」


「黙れっつってんだよっ!!」


 吐き散らかすその言い分に、誤魔化すように垂れる物言いは、身体に充満させた気持ち悪さと相まって息を切らすほどのものとなっていた。


 そして、すぐさま息を整え、憎悪に満ちたその老人に、抑え込んでいた怒りが止めどなく溢れ出すように爆発する。


「何も知らねぇくせにべらべらとっ!あんたに俺の何がわかる……!あんたに!あいつの、何がわかるっ!!」


「……落ち着け」



「だってよ……っ――――……っ!」



 怒りに囚われ、冷静さを失い、気づかなかった。


 兄である青年が、競うようにその憎悪を、怒りでどうにかなってしまいそうなはずなのに、その怒りを抑え込んでいる。


 初めて見る兄の姿。友達であり、唯一無二の親友。

 それを馬鹿にされて黙っているほどやわな者ではないと知っている。

 だがそれが、これほどまとは思わなかった。 


 それに圧倒されてか、言葉が出ずに、大人しく黙り込んでしまう。


「……それで、あんたは何が言いたい?」


 強い物言いだった。


 抑えきれない怒りや憎悪が限界まで達しているのか、直視できるほどにわずかながらに漏れ出していた。


 冷や汗が、頬を伝う。



 ――これが、兄貴の……。



 本気、だった。


 一度も見なかった。気づかなかった。そうやって知らなかった。

 自分が今でも息舞えていたことに腹が立つ。


 怒りが重なっていき、権化とでも言うように硬直していく。


「……覚悟をしろ、と」


「……覚悟?」


「……」



 ――覚悟……。



「……そうじゃ。今あやつが行っているのは『夢回想』と言ってな。夢の中で昔に浸り込むというものじゃ」


「……それが、どうしたって言うんだ?」


「……あやつは、絶望を知ろうとしているということじゃ」


「……っ!」


「……っ」


 今日ここにきて、何度息詰まりを起こしただろう。

 違和感も、煮えたぎる怒りも、全てにまた、あいつが関係している。



 ――絶望。



 それは自らも浸り、屈しそうになった『災悪』。


 ただ、規模が違う。

 あいつばっかりというように振り続けたそれは、まだ終わっていないという。 



 ――お前はどこまで……。何を知ろうとしているんだ。



「正確には、絶望の先にある頂であり、待っている『もの』に対してじゃが……」


「それが、どうかしたのですか?」


「……」


 いつの間にか、青年の怒りは納まり、冷静さと許し、尊敬の眼差しへと戻っていた。

 それほどまでに、今の現状はあいつにとって過酷ということなのだろう。


「これはお前たちにも関係のある事じゃ」


「『記憶の改竄』ですか?」


「そうじゃ」


「……」


「あやつの行動に関わるもの、その『時』。それら全てに『記憶の改竄』は働く。それはどうやろうと回避できないものじゃ。始まったにはのう……」


「それって……」


「お前たちには心当たりがあるんじゃないのか?」


「……はい、あります」


「……はい」


 視線をこちらへと移され、目を合わせるのも言葉にするの目まぐるしい。

 そのため、図星かというように目を逸らし、軽く頷く。


 圧倒や押し負け。

 それを身をもって実感しているようなことに、歯がゆさと愚かさで我慢するように、強く握りしめる。


 それに気づいてか、ひと時目を瞑ると、老人は二人に視線を向ける。


「『記憶の改竄』はその名の通り、あることないこと、思い出や出来事を刻まれていくというものじゃ。そのため、その時その時の感情や思考なんかを植え付けられるせいで、人格崩壊を起こすことがある」


「それを覚悟しろ、と?」


「それもある。じゃが……」


「……?」


「……」


「少しいいか?」


「はい」


「お主もよいかな?」


「……はい」


 優しく受け答えをするさまを見せられ続け、この人がどういう人間なのか少しだけわかったからなのか、見っともなくもやっと、さっきまでの威勢ほどではないが返答する。


 さきの言動は、怒らせるためではなく、優しさと厳しさの含まれたそんな言いつけや注意を侮らせるようなものだった。


 それなのに血のせいなのか、気性が荒くなっており、まだまだ制御が足りていないと、そのことを改めて実感させられる。



 ――もしかして、それを含めたものだったのか?



 老人の正体に不思議さが増していく。

 それとともに、感情が引いていき、興味へと移り変わっていく。

 そのことに気づいてか、隣の青年は微笑みを浮かべ、老人へと視線を戻す。


「お主らにとって、あやつはどんな存在だ?」


「……一言では、表せませんね」


「……同じく」


 言おうにも多すぎて伝えきれない。そんな奴なのだ。あいつは。


「ふむ。なら、あやつのために己の全てを賭けれることはできるか?」


「「はい」」


 その質問に対しては答えることは簡単だった。

 ただ、一瞬の迷いもなくはっきりと合わせて答えたことに、老人は笑顔を浮かべていた。


「フォッフォッフォッ。そうかそうか。良い答えじゃ」


「「……?」」


「その気持ちを忘れるでないぞ?」


「「……はい」」


「それだけわかっておれば十分じゃ……」


 老人の言葉に、強い志を浮かべる。

 隣にいる青年が、老人に対して、強い尊敬を抱いていたことに自然と納得する。

 それと共に、どこへ行っても彼に対しての噂を耳にすることに違和感を覚える。



 ――お前は、どこに行こうとしてるんだろうな……。



 いつもそうだと言わんばかりの思い込みは、あの頃から見ていた空に映る巨大な建物へと向けられていた――。



      ※



 紅の空が広がる、まるで陽炎のような地形。


 朝が来ても、夜が来ても、陰で埋め尽くされた、白い太陽と月が昇り降りするここは、退屈さと不気味さを相も変わらず放ち続ける。


 そんな世界で、一人でありながら二人、二人でありながら一人という、そんなおかしな者は、愚痴のように、独り言のように、溢していく。



「――ねぇ兄さん」



「――なんだ、弟よ」



 一人崖の上で膝を立て気味に、広大な湖へと視線を落とす。

 落ちそうな月であり太陽は、その湖へと波紋を描くようにして違うものを映し出す。

 波紋の先に大きく円状に描かれるそこには、とある一人の少年が映し出されていた。


「とうとう、僕らだけになっちゃったね」


「ああ、そうだな」


「……もう、誰もいなくなっちゃったよね」


「……そうだな」


「僕たちのは、こいつなんだよね?」


「そうだ」


「何ともひ弱そうな奴だね」


「だが、力はある。強い信念。それに惹かれるようにして、良くも悪くも、導かれているようだがな」


「へぇ、そうなんだ」


「まぁ、当分先の話だけどな」


「そうだね」


「物事には順序っていうもんがあるしな」


「うんうん……」


「……?どうかしたか?」


「いや、まだ待たないといけないなんて、退屈だねって……ここには何もないから」


「……俺たちの仕事はもう済んでいる。用済みってやつだ。あとは芽が出るまで……育ちきるまで待てばいいだけだ」


「そうだけどさぁ……」


「なぁに、すぐ済むさ。今までとは違って、これは一、二年ほどだからな」


「そうなのか。なら大人しく待ってよう」


「「そうしよう、そうしよう」」


 互いに納得が済んだのか、両手両翼を広げ、空へと舞いあがると、後ろにある大きな太陽であり月のようなものに照らされながら星のように散っていく。


 白き者と黒き者。


 相反する二つが混じり合っておりながら、別れることなくして、入り乱れることもなく、賛同と共に星の眠りへと誘われる――。



      ※



 ――『召喚場(サモン・フィールド)』。



 ここは彼と彼女との思い出の場であり、出会いの場である最近なのにもう昔のような、そんな懐かしき場所にいた。


 そんな場所で、一人しゃがみ込む少女の目の前にはとある石が、ぶっきら棒にも突っ立っている。


 また会えると信じて、強引にも連れてきてしまったそれは、名前ではなく愛称を込めてか、その『もの』が良くも悪くも描かれるようにして刻まれている。


 だが、それも意味をなさないようにして生憎の何の変哲もないただの石とかしている。


 そんな石は、無理矢理にも土で作った砂山の上に突き刺す形で、この半球のような広い空間の端にポツリと気づかれまいというように立たさている。


「ミーちゃん……」


 少女の目の前にある石。

 それは何の変哲もないものだが、土の上に強引にもたたされているのにはわけがある。

 この下には、彼女の大事な『もの』が埋まっている。



 ――お墓だった。



 彼女の生きてきた中で出会い、失われ、また会えると信じて一緒に連れてきた。


 けれど、そこには何もない。

 入っていたはずの『もの』は、ちゃんと連れてきたのに、空になっている。


 周りには、見栄え良くも花や水が律儀にも添えられている。

 そしてそんな、ずっと悲しみや思い出に浸るように眺める。


 胸に広がる熱き想い。それは懐かしさと哀れみ。


 悲しみや出会い、送ってきた日々という思い出の類で埋め尽くされている。

 それらを振り払うかのように、強く目を瞑ると、顔が引きつるかのように微笑が生まれる。


 伝えたい思いが、見てきた世界が、知らないであろうことがたくさんあるから。

 教えてあげるように、会えると信じて、希望をまだ捨てていないとでもいうように口にしていく。


 呟くように、囁くように。



 思い出という泡となって消えてしまわないように――。



「この前はごめんね。ミーちゃんに会うつもりが、予定が狂っちゃって、報告が遅くなっちゃった。……って、近くにいたんだから見てるか」



「でもね。その人、ミーちゃんにそっくりな人なの。全然違うのに、会ったことないはずなのに、運命っていうのかな?あんまりここでは使っちゃいけない言葉なんだけど、そういうのを感じたんだ」



「手違いで、残酷なのにね。その人、自分の全てを賭けて守ろうとしているの。思い出や、居場所を……」



「平気な顔して、何でもできそうな、そんな強そうな人なのに、ほんとはとっても臆病で弱弱しくて……今にも折れてしまいそうな、そんな変な矛盾に囚われた人でね……。そこがなんて言うのかな、すごいなって思ったの」



「誰にも期待も信頼を置こうとせず、ずっと偽っていようとするのに、心の底で他人をほっとけない。そんな冷たいようで暖かい心を持った人なんだ」



「この気持ちが最初はよくわかんなかった。感覚的にミーちゃんに似てて、親近感が湧いて、気づけばほんの数分で引き込まれるようにして、釘付けになってた。『私ってこんなに軽い女だったけ?』って思い返されるほどに、何度も自分を疑った」



「けど、この気持ちは本物だって、今ではもうわかってる。長いようで短い間しか付き合いがないのに、ミーちゃんに似ているせいか、ずっと昔から傍にいたような気がするんだ。変だよね」



「……そんなこんなでさ。彼がほっとけないんだ、私。その人はさ、私のこと優しいんだなって言ってくれたんだけど、ミーちゃんが思っている通り、酷い女だから……だから――」



「今度は手放さないよ。絶対……」



「……そろそろ戻らなきゃ。じゃあね、ミーちゃん。また、来るね?」



 立ち上がり、軽く流れそうになっていた雫を拭き取る。

 彼が大好きだと言っていた笑顔を作り、踏み出そうと一歩足を動かす。



『―――』



「……っ!」


 ふと頭上から、懐かしさに満ちた臭いのような感覚に身を包まれる。

 こちらを見ているようなそんな視線のようなものを感じる。


 その懐かしき正体を少女は知っている。

 求めるように吸い寄せられるように勢いよく上を見上げる。


「……」


 だがそこには、案の定にも何もなかった。


 そのことに、安堵する自分もいれば、罪悪感に包まれ、会えなかったことへのどうしようもなさが自業自得というように心を埋め尽くす。



 ――ただ、



 それでも、まだ希望はあるとそう思えてくる。


 何もなかった。


 けど、消えるように黄色い霧のような星が空気を流れるようにして切っていったのが、幻覚とでも言うようにわずかながら見えた。


 たぶんそれは、応援のような、エールのような、そんな背中の後押し。

 それが不思議と嬉しくも悲しく、我慢していたものが、溢れるようにして流れ出そうになる。


「……っ」


 でも、まだだと。

 まだいけないと、我慢強くも堪える。



 ――そして、



 ――パシンッ。



「……よしっ」


 気合を入れるように、勢いよく両頬を叩く。


 懐かしき思い出に浸り、許しを請うように悲しみに暮れていた日々が、たった一人との出会いで応援という形で繋ぐようにして再び巡り合わせてくれた。


 その恩返し。伝えたい思い。手伝い。

 そんな彼がくれたものを今度は自分が返す番だと、息舞えるように駆け出す。



 その後ろ姿を見守る影が、微笑ましくもあったことに気づかずに――。



 ――1人の後悔で、世界が揺らぐ――


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