第二章15 『似て非なる『彼女』』
……本当に申し訳ございません。
つまりつまりで、言い放った締め切りを何度も何度も破ってしまいまして……。
この長期休暇に10話ほどだせると思っていたんですが、現実はそんなに甘くないということを忘れていました。恐縮です……。
でもまぁ、これから頑張ればいいことです!
過去を振り返るのはここまでにして、これからのことを考えましょう!
そうですね、今度こそは今月中に50話~60話まで書くと言い放ったのですから、それを厳守するよう励んでいきたいと思います!口だけというのが僕の一番嫌なことですから。
「……」
壁にもたれかかりながら、上を見上げ、片膝を立てて座る少年――『真蒼黒竜』。
薄暗い教室とは裏腹の青空から差し込む光。
それを避けるように、窓側の壁に背中を預けて何かに浸り気味に腰を下ろしているクロの右頬は赤く腫れている。
幼馴染からの一発。それは案の定の痛みだった。
けれど、今までの『痛み』と比べれば不思議と、全然でもあった。
――これでいいんだ。
そうやって『完全受け入れ態勢諦めモード』に入ってしまったクロ。
全く持って今までとやっていることが同じのようで、完全に投げやりの自暴自棄状態。
クロの『AGAIN』での考えは今まで通りで、それでいて突破する選択肢だった。
それは――受け入れてしまえばいいだけ、というものだった。
そう。たったそれだけのことなのだ。
受け入れてしまえば、乗り越えたことになる。
けれどそれは、理想世界への諦めにも繋がる。
自分が求めたものへの諦め。
そんなもの、こんな現実を知ってきた者ならば、簡単で、いつもやってきたことだ。だから問題ない。
『AGAIN』は後悔を無くすために人生をやり直すシステムだ。
そして相反する『Delete』は後悔を消してしまうシステム。
出来事そのものを、その記憶を――。
だが、後悔を無くす方法はそれだけじゃない。
もう一つ、あるのだ。
受け入れという、この現実への干渉で戒め。それだけで、済む話だった。
なのに、バカみたいに意地を張って、意固地になって。
どうにもならないことなんてわかっていたはずなのに。
ハッキリとわかっている。
これが現実だ。逆らう事の出来ぬ運命だ。
なんで、理想なんて無駄な事、描いたんだろうな。
そんなもの、この世界では通用しないってことわかっているのに。
無いからこそ、理想だというのに……。
――ほんと、嫌になる……。
『無』になったはずの心でも、今は不思議と悲しみに浸っているような気分になっているクロ。
そんな偽りという影にいるクロの目の前に、一人の少女が飛び込んだ。
「『そうま』!?」
黒髪のポニーテールをさらりと揺らし、窓から差し込む光でガーネットのような瞳を輝かせながらこちらへと近づいてくる少女――『南芭恵魅』。
今『絶賛完全受け入れ態勢諦めモード』のクロでも、この現状は想定していなかった。
『まさかエミがここに現れるなんて』と。
先までの行動は初志貫徹である、嫌われてしまえば失わずに済むというもの。
だからわざとあんな風に振る舞った。
だがこの状況には、いろいろ思うものがある。
――『そうま』ねぇ……。相変わらずなんだな、エミは……。
最初、この呼び名を聞かされた時のクロの反応はこうだった。
――『そうま?誰だよ、それ……』
急にそう呼ばれたら普通そうだろう。
だが、今ならわかる。
何故ならエミは――、
独自の愛称として苗字を入れ替えて呼ぶのだ。
いや、大事なことが抜けていたな。
これは俺に対してだけだということが――。
そう。苗字を入れ替えて愛称として呼ぶのはエミだけで、しかもそれは俺に対してだけという何とも不思議な話。
そのわけも先の世界で知っている。
確か、皆が『クロウ』と呼ぶのが面倒だとかで、愛称がクロになったことに関係して、エミは「皆と同じ名前で呼ぶのは嫌」だとかなんとか。
あとは「それに、『まそう』を『そうま』にしたらかっこいいでしょ?」とかなんとか。かっこいいかはしらんが……。
まぁ、そんなこんなで目の前にいる少女は、クロのことを自分独自の愛称をつくって呼ぶような子だった。
――と、
クロがそんなことを思っている間に、エミは慌てふためきながらも心配そうにオロオロしていた。
しかも、危ないことにクロの頬に手を伸ばそうとしており、
「触るな」
軽く鬱陶しいという感じで相津を送ったつもりが、酷く大層お気になさったそうだ。とてもしょんぼりしている。
――この感じ、久しぶりだな……。
彼女は『あいね』に似ている。そして『アオ』にも。
無邪気な純粋さ。笑顔の素敵さ。誰にでも等しく振る舞う優しさ。
そういう観点から、自分はどうやら笑顔が素敵な優しい女の子に惹かれるという傾向があるらしい。
さらに付け加えるとすれば、『純粋』な子にはよりときめくようだ。
――おかしなものだな……。
『無』になったはずなのに、彼女といると不思議と笑みが零れる。
未練たらたらのように彼女とずっと一緒にいたいと、諦めたはずなのにそう思わされる。
「ふう……。もう、嘘はいいから。はい、いくよ?」
気づけば、頬を触れようとしてきたエミの手は、合図を送って払ったはずのクロの手を、この一瞬のうちに逃さないというように掴んでおり、その勢いのまま身体が引っ張られる。
「おい、どこに……」
「ほ・け・ん・し・つ!」
笑顔で振り返りながら掛けられる言葉は、氷のような『無』の心を溶かすかのような暖かさを帯びていた。
――どうしてエミはこうも……。
誰もを引き付けるその素振りは、まさに『魔性の女』と言うべきもの。
わかっていても、その居心地のよさのあまり、甘えてしまう。
光刺す教室を後にし、進んでいく廊下はさらに青空の光でとても眩しかった。
なのに、不思議と悪くはなかった。
何故なら――、
その時見たエミの笑顔が、久しぶりで初めてのものだったから――。
※
――1階、保健室。
「よい、しょっ……ふん~っ……」
カーテンが靡く部屋で、人は誰としていなかった。
そのため、自分たちで勝手に手当てしようということになり、救急箱を取ろうとしているのだが……。
――全く……。
届いていないその手。
見てもいられないため、後ろから棚の上にある箱を取る。
「あり、がと……」
「……」
――どういたしましてと言うべきなのだろうか……。
自分が勝手に怪我をして、彼女はその手当てを率先してくれると言う。
この現状では、自分のことは自分でやった方が早くて、道理に思えてくるが。
「そうまってさ。私と背、あんまり変わんないよね……?」
この質問に答えるかどうか迷った。
でもまぁ、これくらいならいいと救急箱をいじりながら答える。
「ああ、そうだな」
クロたちの身長はあまり変わらない。
周りにいる皆も、大体が平均並みではあるが、結構意外と成長が早い者が多い。
まぁエミの言う通り、クロとエミの身長差は2センチほどしかないのだが。
そんなことを考えながら、初めて見る救急箱の中身を弄る。
何がどこに入っているのか、そういう理解と紐解きをすれば、ある程度のことは何とかなる。
でも、それがぎこちないように見えたのか、エミはクスリと笑うとこちらへと寄ってくる。
「ほら、こっちに座って」
言われるがまま、彼女の指示に従う。
薬品を手に取り、その慣れた手さばきに女の子らしさを改めて思い知らされる。
そんな中、さり気なく髪を耳へ掛ける仕草なんかも特に。
「……これで、よっし!」
「……」
間近にいる彼女の笑顔にただ平然と見惚れながら、手当てしてくれた頬を嵌めているグローブ越しに触れる。
こんな状況、今までなら心臓が高鳴っていただろうに。
――やっぱり、何にも感じないんだな。
胸を握り締めながら思う。
ただちっぽけにも望んだ理想の自分。
そんなものを手入れることはできても、この世には手に入れられないものが存在するという。
絶望し、抗おうとした運命。
変えようにも変えられないそれらは遥か遠くの、手の届かない場所にある。
――だから、
「……じゃあ。手当てしてくれて、ありがとう」
そっと立ち上がる。
が、それはエミにはとても、悲しそうに、寂しそうに、そして、可哀想に見えた。
「……ちょっと待って」
対面のように座っていたエミ。
その隣を過ぎ去ろうとしていたクロの手をとっさに掴む。
その行動に少し驚くが、クロは顔を陰に隠しながら言う通りに立ち止まる。
「なんだ?」
平然と答えたつもりだった。
普通の人なら絶対に見抜けない。そんな感じの振る舞い。
けれど、エミは違う。
――エミは、普通じゃない。
だってエミは、リナと同様かそれ以上の積極性、彼女そっくりの素敵な笑顔を持った、そんな俺とは真反対の強い女の子だから。
しかも、それでいてアオと同様か、それ以上に敵わない相手だ。
――でも、
本当は違う。
そんなの柄じゃないんだ。
エミはとっても臆病で、弱くて、俺と同じで現実の諦めを知った、孤独な子なんだ。
――だからこそ、
だからこそ、エミを関わらせてはいけない。
じゃなきゃ、彼女は幸せになんてなれないのだから。
――だから、
エミを突き放す。
誠心誠意をもって、全身全霊をかけて。
エミを傷つける。
ここでエミには、俺を、『真蒼黒竜』という人間を、嫌いになってもらう――。
「そうまはこれからどうするの?」
エミは知っている。
こうなった原因を。現状を。
『私は君を知っている。私は君を覚えている。私は君を忘れない。……だって、私は―――君のことが、大好きだから』
不意に思い出される言葉と光景。
流されたものは『無』を打ち消すほどの力を持っている。
だが、今はまだ失うわけにはいけない。
失ってしまえば、本当に何もかもが手に入らなくなるから――。
「……南芭には、関係ない」
当たり前の、きつい突き放しの一言。
そんな言葉に、エミは萎らしくも落ち込む。
「そうかもだけど……」
「……」
動こうとするのに、エミの手が離れない。
決めたことだけど、『無』でも思うものがある。
どうしたものか。
「私には、そうまがほっとけないよ……?」
この言葉に少し、クロは微笑を浮かべてしまう。
が、気づかれないよう陰に潜める。
それと同時に、困り顔にもなってしまう。
「柄にもないこと、言うなよな……」
「え……?」
哀れみの目をしながら、エミの言葉に対して語り掛けていく。
エミがしてきたことを、あだで返すように。否定するかのように。
「俺は君を知っている。ずっと、ずっと見てきたから」
「……っ」
驚いているようだった。
気づいていないとでも思っているのだろうか。
いや、違うな。
ただ俺が、卑怯なだけだ。
どこまでも、エミを――。
「どうして自分を取り繕っているの?どうしてそんなことをしているの?」
「……っ」
わかっている。エミは俺と同じなんだと。
それでもエミは俺を見放そうとはしなかったことも。
自分に対して言っているような、そんな問い。
見透かしたような、八つ当たりのような、そんな感じの。
「君は俺と似ている。でも、似たようで、違った生き方をしている。違うのは、君がそれによって、人気者であるか、そうじゃないかだけ」
「……」
そう。エミと俺は似ている。
偽りの仮面をかぶり続け、道化を演じているところが。
でも、少し違う。
エミは光溢れるその優しさという笑顔を振り撒いて、輝きという頂にいる。
でも俺は、諦めという暗闇の中で、底にいる。
そしてエミは、その輝きに焼かれるようにどんどん闇へと沈んでいる。不安と焦り、周りとの違いを理解して、孤独という闇へと。
逆に俺は、その闇から頂にある光を求めて手を伸ばし続けている。届かないと分かっていながら、とても小さな一歩を踏みしめながら。
それ以上の力で返されながらも、抗いを見っともなくもやめずに。
「……」
図星だったのか、言い返せる言葉が無いからなのか、彼女は俯き気味に黙ったままだった。
気づけば、エミの掴んでいた手はスルリと力が抜け落ちていた。
少しの間をおいて、エミから一歩、また一歩と離れていく。
とうとうドアにまで近づき、閉めた扉を開こうとして躊躇う。
振り返り、容赦なく、クロはエミに止めを刺す。
「そんな半端な人、俺は嫌いだ」
鏡に映った自分に言うような、そんな言葉。
だから尚更、今の言葉は自分でも酷いと思う。
自覚はある。
でも、これでいい。これで、いいんだ。
悲しそうに俯いているエミ。
罪悪感も感じなくなってしまったクロ。
互いに似ていて、それ故か、見ていられず、反発してしまう。
扉を開き、さっきまでとは違う陰で暗くなった廊下を進んでいく。
最後に見た彼女の小さな背中を脳裏に過ぎらせながら――。
※
――午後限。
差し伸べられた手を振りほどき、『彼女』を傷つけて、完全に独りとなった。
――まるで、前の俺のようだな。
窓に映る自分を見ながら、改変しつつある現状を振り返る。
――いや、違うな。今もそうだ。
自分に対しての印象を改めて捉えなおすクロ。
緩む口元を一瞬で引き締める。
自分ではなく、今度は空を見上げてみる。
この青空を見ていると、あの頃を思い出す。
この『時』から三年ほど前の小一の頃――。
春だと言わんばかりの満開の桜。入学を祝うかのような雲一つない青空。
――でも、
夢いっぱい詰めて背負うという身体に似合わないランドセルは、心のように重く沈んでいた。
桃色で彩られているはずの世界も、モノトーンに見えていた。
だってこの時はまだ、『あいね』との想いを引きづっていたから――。
――けど、
そんな時に、目の前に吹き荒れたのは、酷くも不思議な風だった。
桜の花びらが舞い散る中に、一人の少女が視界に飛び込んできたんだ。
両手は繋がれていて、ブランコのように揺さられながらこちらへと近づいてくる。
その絶えない満面の笑みを溢しながら――。
止まない花弁の舞い。
重暗く沈んでいた心を溶かすように、モノトーンだった視界を一気にもとの桜色で染め直していく。
――そう。
最低にも俺はまた、恋をしてしまったんだ。
一目惚れから始まった二度目の恋。
それは俺が一番嫌う、切り替えと乗り換えの早い下劣な男がやる行為だった。
俺はもう、『あいね』一筋で、大きくなって探しに行くと固い決意をしていたはずなのに。
そんなものを諸共しないような彼女との出会いは、最悪且複雑なものだった。
――全く、『彼女』は酷い奴だ。
浸るように思い返すもその思いを否定する。
いや、酷いのは俺の方か。
彼女の好意を二度も踏み躙ったのだから。
やり返しのつもりはない。
けれど、彼女が時々見せる素振りは似ているせいか、自分を見ているようでとても嫌だった。
だからあの言葉は、半分本当で半分嘘の戯言。
――でも、だからこそ、
似て非なる存在の『彼女』に、惹かれたんだ――。
――似て非なる存在だからこそ、
少年は『彼女』に惹かれた――




