第二章1 『予兆』
始まりました第二章!
少年の過去と絶望の物語です。どうぞお楽しみください。
――『絶望』。
それは、ある日突然やってくる。
それがどんなものなのか、与えられる影響や受け取り方は人それぞれだろう。
そして、彼はそれを早くも味わった。
6年間に亘り絶えず続いたそれは果たして、耐えられるものだろうか?
答えは――『否だ』。
そして、これから始まるは、
もがき、あがき、苦しみ続け、引きずってきた――――、
そんな、忘れはしない、謎と悲しみで染められた『絶望』の物語――。
※
「……っ」
意識が彷徨い続け、ふとした瞬間、彼は自覚する。
思い当たる節が当たり、焦りの笑みを浮かべ、今更ながら「『あれ』をまた味わうのか……」と後悔する。
険しさの中、目を見開き、冷や汗を垂らす。
目に映る光景は6年前の小学四年生での出来事。
数年間に亘る地獄の日々。
もがき、あがき、苦しみ続け、引きずってきた。
そんな忘れもしない絶望の物語。
――それでも、
謎に包まれていたあの数年間を解き明かせるのなら、いいのかもしれないと妥協する。
――10歳からなる『災悪』か。
「――おーい、早く投げ返せよ」
考え込んでいたクロに、ぶっきら棒に呼ぶ声が聞こえた。
それは、聞き覚えのある懐かしい声だった。
視線の先に少年はいた。
稲妻のようなアホ毛の生えた茶髪にむき出しの犬歯。
縞模様の半袖にベージュの半ズボン。
露出された手足からワイルドさを感じさせる彼の名は『鬼塚亮助』――通称『キスケ』。
キスケはクロと近所で、小5の引っ越しにより分かれる幼馴染。
そんなキスケは、クロの持っていた赤いドッヂボールを待っているようだった。
それに気づき、返球するクロ。
それと同時に、自分の格好に気づく。
青の長袖に、グレーの七分丈のズボンと運動靴という幼き頃の格好。
今彼らは、小学校のグラウンドで二時間目後の休憩時間にキャッチボールをしているという状況。
ボールのサイズ的に無理があるが、二人にとっては容易く、投げ甲斐のあるものだった。
これが当時のクロとキスケにとっての暇つぶしでもあった。
考えることなしで、こんな懐かしい遊びを再びできることにクロは少し嬉しく思う。
だが、キスケは返球しようとし、窓からこちらを見る視線に気づく。
「あれは……」
クロも同じ方向に目をやると、そこには三人の少女の姿があった。
窓の中央で肘をつき、微笑む少女――『南芭恵魅』。
その右側で壁に縋り、腕組みをしている少女――『小泉美媛』。
それとは逆に、左側にはこちらに不快な笑みを浮かべる少女――『多田代三代』。
彼女たちは二人の光景をこうやって何度か見ていることがあった。
キスケは「またか……」と気づいてないふりをしてやり過ごし、クロも気になってはいるも、それほどでもないので返球を続けるのだ。
そのキャッチボールの中、クロはここに来た目的と共に、彼女たちのことについて整理する。
『南芭恵魅』――黒のポニーテールにピンク色の瞳をした笑顔が素敵な優しい少女。小一から続く片想いの相手。
『小泉美媛』――彼女もまた、黒のポニーテール。クールビューティーでモデルのような容姿にスカイブルーの瞳を持つ。
『多田代三代』――茶髪のショートボブにオレンジ色の瞳をしている。バスケが得意で、二人と比べバストがやや大きい。
クロは彼女たちの存在を再認識し、返球の中チラリと目を向ける。
すると、南芭と目が合ってしまい、クロは見てないかのようにすぐさま逸らす。
――三美神……。
クロは秘かにそう思う。その名の通り、三人の女神であり、巫女。
これはクロが、三人がいつもいることから勝手に思ったことである。
何しろ彼女たちは可愛く、モテルようだ。
そんなことを思いながら平常心を保とうとするクロ。
クロでも、彼女の前では揺らぐものがあるのだ。
そんな光景を目に、エミは微笑する。
「――……っ可愛い」
エミは少し噴き出し気味に言い放ち、立ち去さっていく。
二人も続いて、その場を後にする。
その頃、クロは大きな嚏をしていた。
※
休憩時間も終わり、授業が再開される中、クロは窓の外を見ながら回想する。
――それは、先ほどのキャッチボールの時の事。
「で、お前どうすんだよっと」
返球しながらキスケはクロに問う。
クロもまた、返球しながら問い返す。
「……何、がっ」
「いろいろだ、よっと」
「……はぁ?」
返球をやめ、額の汗を拭う。
キスケは「ふぅ…」と呼吸を整えると偉そうな口ぶりで答える。
「だってそうだろ。大まかに言や、これからの事」
「……?」
意味が伝わらず、眉を上げるクロ。
キスケは伝わるようにもっと細かく砕く。
「要するにあれだ。夢やら恋やらの話」
「ああ……そのことか」
キスケの言葉に合点がいった。
何故ならいつもしていた話題だったからだ。
キスケは気になるのか、しつこくその話を持ち掛けてくる。
だがクロも、それが嫌ではなかったが、答える気にもなれず、適当にあしらう。
それでもキスケには通じず、この有様というわけだった。
「で、どうなのよ。南芭に告る気になったか?」
「……何故そこからなんだ」
クロの愚痴に「ニシシッ」と笑うキスケ。
とりあえず、クロは今回もまた、適当に流す。
「ない」
「直球だな……」
その言葉に呆れるキスケだが、気が変わるように持論を口にする。
「俺から見て……南芭も満更じゃないと思うんだがなぁ」
「……」
キスケの言い分にわからなくもないと思うクロだが、何も言わなかった。
そこにまた、懐かしの声が脳裏に響き渡った。
「――どうしてそんなに嫌なんだ?」
黒ぶちの眼鏡に、くせ毛だらけで背が少し高めの少年――『間木野斗条』。
斗条はクロの保育園の頃からの幼馴染であり、クロの親友。
そんな彼がクロの色恋沙汰についての会話に割り込むなんてと少し驚く。
「よっ」とあいさつをしてくるも、キスケは「おう」と返すがクロは背を向けたまま返事はしなかった。
「どうしたんだ?」
「いや、そろそろ授業が始まるから呼びに来ただけ」
軽いノリの会話に一つ、また合点がいった。
斗条は運動が苦手で、読書家だ。
そのため、休憩時間にグラウンドに出てくるのは珍しかった。
それでも、こうやって呼びに来てくれることはあったので、その短い和みが嫌いじゃなかった。
そんなことを思う無言のクロに対し、二人は呆れ気味に目を合わせ、鼻を鳴らす。
そして、キスケと斗条はそれぞれクロの肩に手を乗せ、こう言う。
「まぁ、先は長いが、男は度胸、女は愛嬌だ」
「そそ。『当たって砕けろ』だぜ、クロ」
「お前ら……」
その言葉に心を開きかけるクロ。
二人は「二ッ」と笑い、同じ目で同じ言葉を放つ。
「「ああ俺、人の絶望に染まった顔を見るのが好きなんすよ」」
その二人のキラキラとした瞳と言葉に、クロの頭の血管がブチンッと切れた。
「しみじみとハモってんじゃねぇーっ!」
告白してフラれるという仮定をした台詞に気づき、ツッコミを入れるクロ。
「……ハっ!エミが笑みを浮かべる!」
「おお~」
「面白くねぇーよっ」
突然のダジャレに忙しいクロだった。
「それで、夢はどうすんの」
校舎までの道のりでキスケはもう一つの問いを持ち掛ける。
「さぁな」
「クロ!」
校舎の階段で、先に行くクロを斗条は呼び止める。
クロは眉を上げ、言葉を待つ。
「もっと真剣に考えろよ……!」
両手でガッツポーズをしながら答える斗条の目に、熱さと真剣さはあったがクロは苛立ちを覚える。
「どの口が言ってんだよ。お前じゃ真剣味や説得力の欠片も足んねぇし感じられねぇ」
「ハハッ、確かに」
「え……あ、ちょ待てよっ」
クロの後を追うように階段を上って行くキスケ。
置いてけぼりをを食い、斗条はニ人の後を追う。
結局、話が切り替わることはなく続く。
「でもさぁ。クロには才能あるぜ、絶対」
キスケが手を頭の後ろで組みながら答える。
「どこが」
「ズバリ!作家に漫画家にプログラマー」
クロは噴き出し気味に微笑し、「どうしてだよ」と尋ねるとキスケは気の抜けたような声で返す。
「だってさ。画力はあるし、文才だってある。パソコンも得意だしー……」
キスケの答えをクロは当然のごとく中断させる。
「画力はプロから見たら五段階評価の二。語彙力も表現力も足りない俺にとっちゃ漫画家も作家も無理だ。……プログラマーはどうかしらんけど」
最後の言葉だけ皮肉のように呟く。
だが、これだけは譲れないと続ける。
「それでも、爆発的な想像力があるじゃん。……ほとんど予知レベルで怖ぇけど」
「それは人間観察によるもので、ほとんど妄想からなるもんだ。俺は想像力豊かなだけだ」
「じゃぁ、あれは?」
突然と口を開く斗条。
「「……?」」
その事に二人は疑問符を浮かべる。
「運動神経」
「「……」」
その言葉にニ人が黙る。
二人は顔を合わせ「言ってみろ」という反応を見せると、斗条は真顔で答えていく。
「反射神経すごいし、バスケの時なんか基本スペックが異常だぜ?」
「……」
「初心者なのにドリブルが並み以上だし、ミニバスの先輩のフェイクを全部見破るし、スリーは外さねぇし、五人抜きに、おまけにダンクができるんだぜ?どこの化けもんだよ」
「俺のおかげか、バスケなのにコートの端から端までボールぶん投げれるしよぉ」
嫌味なのか、二ヤリと笑うキスケ。
それに対し、クロは開き直る。
「あれぐらい、やろうと思えばいつでもできる。できそうなものなら一度見るだけで十分」
「「いやいや、それが異常なんだって」」
クロから言わせれば、見るだけでできるのだから仕方がないのだが。
「あとは……記憶力とかかな」
「そそ。テストとか満点しかねぇじゃん。てか、それ以外見たことねぇし」
「あれぐらいできて当然だろ」
「「まぁな」」
「……と、そんぐらいかなぁ~」
クロについての会話も終わり、調度教室に到着。
それから数十分が経ち、そんな長き回想を終えて、授業中に堂々と寝ているキスケに先生からの指名が入る。
それを嫌々と、それでいて難なくこなす姿に先生は呆然とし、辺りがざわつく。
その光景に微笑しながら、懐かしさを噛み締める。
窓ガラスに映る自分の顔を見ながら決意を再確認する。
身体に秘めた謎の『あれ』に対しての意識を集中させながら――。
――ここから始まる、
少年の絶望の物語――




