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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

▲お題に合わせて・ツイノベ・掌編

【漢字一文字】もう一度あなたに会って 〜見なければよかった〜

作者: にける

 電車を待っていると陸橋に女が立ち止まっているのが見えた。


 ちょうど反対車線の真上。風が吹いて、女のいかにも手入れしていない伸ばしっぱなしの髪が揺れ、豊かな頬が覗いた。逆光で表情は見えない。 


 反対車線に池袋行きの電車が入る。

 いったい何をしているのだろう? 陸橋の下半分は防音壁になっていて、胸から下は見えない。

 実は犬でも連れているのか。気分でも悪くなったのか。私は女ががつがつフェンスをよじ登り、線路に飛び込むんじゃないかと不安になった。


 女はうっとうしそうに髪を振ると上着を脱いだ。誰も気が付かない。向かいの陸橋で測量している人も日傘を差してゆく人も、誰も女を見ない。女は次々と服を脱いですっかり真っ裸になってしまったというのに。(ここからでは下半身は見えないが動きから考えておそらく)


 荻窪行きの電車が入る。この電車に乗らなくては仕事に間に合わない。人が奔流のように扉からあふれ出し、再び逆流する。


 私はといえば淀みで一人女を見上げていた。女はウシガエルのような格好でフェンスをよじ登った。

 私は思わずあっと声を上げた。周囲の人が砂鉄に磁石を入れたようにざっと私を見返した。女が飛び込んだのだ。電車はちょうど弾みをつけたばかりで急には止まれない……。


 なんてことを人の波にもまれながら考えた。変なところで立ち止まっていた女がいたのは本当だ。服を脱いでいたのも。そんなの知ったことかと私は電車の中にいる。仕事は待ってくれない。この先女が身を投げ、ダイアが乱れないことを祈るだけだ。


 芋虫みたいに身をよじり荻窪行きの電車は地下にもぐった。黒い窓ガラスに骸骨のように落ち窪んだ眼の私が写る。

 私はドアに背を向け鞄から本を取り出した。ヘッドホンをかけ**を聴きながら活字を追った。次の駅に着くころには、女のことなんかすっかり忘れているだろう。


*************


「大丈夫ですか」


 腕が引き上げられ、座り込んでいたことに気付かされた。投げ出された本のページが変な形の皺をつけているのがみえたが、長く目をあけてはいられなかった。胸がもやもやして気持ちが悪い。


「急病人です」


と叫ぶ、くっきりとした輪郭を持った声がして私はホームに運び出された。

 背後に澱むざわめきの向こうからアナウンスが聞こえた。


 池袋行きは人身事故のため運転を見合わせております。


 まぶたの裏に女の裸体が浮かんだ。

見知らぬ人に親切にされればされるほど、責め立てられているような気分になった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 日常の中の異質さ、それに気づいてしまった衝撃を暗く鮮やかに描いておられると思いました。 [一言] 見てしまったことも被害のうちだが、敢えて見ないように心に鎧をつけている人が多いのも現実。 …
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