エンドロールに囁く者
この物語は取り留めもなく救いのない話だ。だが、決して無価値ではないと僕は彼の名誉に賭けてそう思っている。
世界は今一番平和な時を迎えている。争いもなく静穏な楽園。それはそれは人の営みの目指す到達点の一つであるが、文明が発達しこの、結果になった訳ではない。単に俺の能力によるものだ。俺がその気になれば世界は一瞬で文字通り終わる。だが、俺はそれを望まない。俺の気が変わらない限り世界はこのまま静かに続いてゆく。人はそれを傲慢だと思うかもしれない。けれど、それが真実で、俺にはそれしかないのだ。
「やあ、漸く見つけたよ。」
だが、その平和を愛せない者は必ずいるのだ。破滅願望を持つ異常者がいつか現れると確信していた。だが、俺はちょっとやそっとでは揺るがない。俺は俺の世界を守る。それだけが今の俺に許された特権であり義務であるからだ。
「無言かい?まあ聞こえてるからいいけどね」
そいつは軽くそう伝えてくる。それも声ではなく心に直接だ。やはり何かしらの能力によるものなのだろう。それも俺の能力を打ち消すような強力なものを。
「ああ、恐れているのかい?なら安心してくれ。僕は君に直接出来ることはこうして声を届け、君の心を読むことくらいだから」
空恐ろしいことをさらりと言ってのける。心を読む?それは即ち心理戦で俺は絶対に優位に立てない事を意味する。そう、この負け犬思考すらも考えた先から読まれている。
「動揺してるね。でもこっちはもっと動揺してたんだ。だって世界の命運がたった一人の選択に委ねられていて、その上その人物が未来の可能性を完全に閉ざしているんだから」
俺が世界の命運を握っているのは否定しようがない。だが、俺だって好きでこうなった訳ではない。俺だってチート能力だとか言ってインチキで犯罪じみたあんなことやこんなことをしてみたかった。だと言うのにこの微妙な能力はなんだろうか?悪意すら感じる。
「若いねえ。わかるよ。俺もこの技術を使って女の子のプライバシーを覗くのは凄く楽しい。でも世界を背負いたくはないよ。とっとと捨てて楽になっちゃいなよ」
それは出来ない。俺が気を抜けば世界と一緒に俺が終わる。
「ああ、それは勘違いだよ。君が終わることは確定だけど、世界は終わらない。君が思っている以上に世界は逞しい」
だとしても俺はまだ死にたくない。
「確かに僕だって死ねと言われて死ねないね。でも、誰とも会えず、話せず、ただ孤独に過ごすことを生きていると言えるのかな?」
確かに孤独だ。でもその孤独で誰かを救えるなら安いものだ。それに俺のせいで誰かが死ぬのは御免だ。俺が死ぬのももっとごめんだ。
「なるほど。きっと君も最初は咄嗟の事だったんだろうね。でも時が経つにつれて責任を感じ始めたってところだね。誰とも相談出来ないからそれが間違いだとも知らずに」
俺の心を、記憶を覗き見るな。俺は間違えてなんかいない。だれだってそうだろう?同じように様にするだろう?同じ様に思うたまろう?
「そうだね。きっと同じ立場なら僕もそう言うだろうね。でも残念。観測結果からして君は正しくない。その結果を君に確かめてもらえないのは残念だよ」
例えその結果ってのがしっかりした根拠に基づいているものだとしても、自分の命と他人の命を切り捨てていい理由にはならない。
「それがなるんだよ。生物ってのは種を存続していくことを最上の命題としている。だから種をより活かすことが正解となるわけだ。君だって大量虐殺をした指導者は死んだ方が有益だとか思ったことあるだろ?今君の立場はその指導者側の立場なんだよ」
例えそうだとして理解は出来ても自分をどうすれば納得させられる?お前は崖から落ちそうになって咄嗟に掴んだロープを自分から手放せるか?
「自分一人では無理だね。だから僕がいるんだ。君に死を運びにね」
この死神め。
「どう言おうと結構だよ。でも僕も仕事でね。君が動かないと隣接する平行世界に歪みが広がって行くんだ。そうなったらどうなるのか正直分からない。前代未聞すぎてね。でも少なくとも相当な人的被害はでるはずだよ」
今度は平行世界ときたか。いちいちスケールがでかすぎて信じられない。
「次元パトロールっていうのかな。ほら、君らも国民的なアニメの中にタイムパトロールっているだろ?あれは時間軸を監視してるけど、僕らは次元の監視をしてるんだ」
俺は次元パトロールさんに目を付けられたのか。
「君を探すのは大変だったんだよ」
だろうな。しかし俺の能力は自分のいる世界しか効果がないんだな。
「時を止める能力。まったく勘弁してくれって思ったよ。君はきっとSFの世界と出会った気分だろうけど、僕らはファンタジーの世界に迷い込んだ気分だ」
そんな大層な能力じゃにないんだ。だって時を止めている間は自分はほぼ動けないんだから。
「だからこそ君はもう袋小路にいるんだね。将棋の詰み状態が今の君だよ」
そっちはこうやって干渉してきてるんだから、俺のこと保護とかしてくれないの?
「それは出来ないよ。そっちの世界に行った瞬間に君の能力に捕まって身動きがとれなくなっちゃうからね」
じゃあやっぱり無理だ。死ぬことが分かってて能力は解除出来ない。
「じゃあ君はこのまま何年もずっとこうしているつもりかい?それはきっと無理だよ。だってそうだろう?君は僕がこうして干渉する直前まで思考が半ば停止していたじゃないか。停止していない時だって君は命の天秤を右に左にと揺らしているだけだったじゃないか。それは君にとって幸福なことだったのかい?」
人は皆が皆幸福には生きられない。
「でも幸福を追い求める義務はある。その選択肢は人によっては極端に少ない。君なんかはその最たる例だ」
生きるか死ぬかの二択。究極過ぎて泣けてくる。まあ時が止まっているから実際には泣くこともままならないんだけどな。
「そこで一つ提案だ」
俺の命を助けてくれるとか?
「それは君の能力の影響で不可能だね。それがなくても規則上無理なんだけどね」
変に希望持たせるなよ。まあどうせそんなこったろうと思ったよ。
「でも君の選択肢に色を付けることは出来る」
色?
「そう。結果は変えられないけど、君の願いを一つだけ、僕に出来る形でだけど叶えてあげるよ」
その代わり死ねと。
「正解。」
断った場合は?
「君の心を屈服させるまで僕が罵詈雑言の限りを語り続ける」
結局俺にある選択肢は自殺するか遠回しに殺されるかなんだな。
「因みにこれは脅しではないよ」
余計にたちが悪い。
「本当にそうかな?ぼくは正に地獄に仏って思うんだけど」
胡散臭い仏もいたもんだ。だけど、合理的に考えれば悪い話じゃない。
「だろう?さ、そうと決まれば願い事、言ってごらん」
俺の願いはーーーーーーー
彼が願いを祈りを懸けた時、止まっていた時は動き出す。
彼がそうと思った時にはもう彼は隕石の巨体な質量に押しつぶされていた。それこそ木っ端微塵に。彼の周囲数百kmをクレーターにして。
世界は文字通り激震した。地域差はあるが、地震に見舞われ、次いで津波が地表を流した。空は塵を含む雲が覆い隠し、世界は闇に飲まれた。
斯くして文化は滅びたが、それでも生き残った者達はいた。
生き残った者達は明日が見えない中でも懸命に生きている。僕はそれを見守ることしか出来ないが、これからもそれを続けるだろう。いつしか彼の願いが風化してしまうその日まで。
俺の願いは、皆に俺の言葉を伝えて欲しいーーーーー足掻けって。