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放課後

帰って来た放課後

作者: 三角まるめ

 千代梅高校、通称チョメ高。平均偏差値は中の下という、県内でもどちらかというと入学がしやすい公立高校。学校の売りは特にない。○○部が全国大会出場だとかいった実績もこれといってない。学校のパンフレットに「特徴がないのが特徴の普通の学校」と開き直ったキャッチコピーを載せているが、一般的な「普通の」学校ならそんな事を自ら謳い文句になどしない。

 そんな学校に彼は通っていた。名は一ノ瀬。一年前このチョメ高に入学した。

 彼は中学時代演劇を行っていた。したがって高校に入学しても演劇を続けようと思っていた。噂では千代梅高校の演劇部はレベルが高いらしい。だったらそこに入ってみよう。俺もそこで演劇の腕を磨こう。別に将来俳優になりたいとかはまだわからないけど、今はとりあえず演劇に打ち込んでいたい。

 しかし彼の学業成績は芳しくなかった。中の下であるチョメ高ですら模試の判定はBだった。だから彼は必死に勉強した。俺は絶対チョメ高に合格して、演劇部に入部するんだ!

 そして、念願叶って下から二番目という成績で何とかチョメ高に入学する事が出来た。やった! よくやった俺!

 だが! 彼は大きな勘違いをしていたのだ! 噂の演劇のレベルが高いという高校は公立の千代梅高校ではなく、私立の千代梅学園だったのである!! さらに! チョメ高には演劇部は存在しなかったのだ!!

 ……………………ッ!

 こうして、彼は入学早々燃え尽きた状態で高校生活を始めたのである。物語はこの一年と少しの後から再び始まる。


「一ノ瀬君」

 朝の校門を通った所で一ノ瀬は誰かに呼び止められた。誰だと思い声のした方を振り返る。そこにいたのは見覚えがある……いや、知らない。知らない。決して知らんぞこんな奴。見知らぬ男子生徒だった。彼が返事をする隙も与えず、その決して見覚えなど無い男子生徒は続けた。

「君にはプライドっていうものがないのか、プライドっていうものが」

 直感に従い彼はすぐにその場から逃げ去った。その時の一ノ瀬もまた素晴らしいほどに華麗なフォームだった。両肘は直角に曲がり、全ての指先は綺麗に伸びきっていた。地面を踏むんじゃない、蹴るんだ。そう自分に言い聞かせた。

 教室に入ってからも彼を追ってにか……謎の男子生徒はやってきた。一ノ瀬はまたしても逃げた。トイレの個室に隠れていても上から覗き込まれ、昼休みに外の花壇の陰でこっそりと弁当を食べていた時も男子生徒は二階の窓から飛び降りてきた。下校時間には校門で待ち伏せしているに違いないと思い運動場の水が流れる側溝のブロックをひとつ外してその水道から学校の外に出ようとしたが、おやこんな所で、奇遇だねとなぜか彼もそこに佇んでいた。

 しょうがない、とまたも観念し、一ノ瀬は仕方無く話をもう一度聞いてやる事にした……俺の馬鹿。

「一ノ瀬君、どうして君はラジオドラマ部をたったの1日で辞めてしまったんだ。男が一度始めた事を途中で投げ出していいのか! 君にはプライドっていうものがないのか! 手え出すなら終いまでやれ!」

「そんな事言われても……」

 だって、お前ちょっと変だもん。とは面と向かっては言えない。

「頼むよ一ノ瀬君……もう一度考え直してくれないか。僕には君がいなくちゃ駄目なんだ。残りの高校生活を、君と一緒に過ごしたいんだ! 君が辞めていった後、僕は気が付くと毎日君の事を考えていた。四六時中、どこにいても、何をやってても君の顔が頭から離れない。その内に気付いたんだ。その度に僕の胸がどこか痛くなる事に。それに最近では夢の中にまで君が出て来る始末さ! どうにかなっちゃいそうだよ!」

「もうどうにかなってるよ! そんなん聞いたら尚更嫌だわ!」

「やり直さないか僕達。教えてくれ、僕の何がいけなかったんだい? 何が足りなかったんだい!?」

「頭のネジが足んねーかな」

 必死に復帰を懇願してくる二階堂に対して彼は冷ややかに告げた。

「頭の……ネジ……? はは……ははははははっ……! 何言ってるんだよ一ノ瀬君。機械じゃないんだからネジなんてある訳ないじゃないか! あはははっ! ……ったく、君には常識が足りないな☆」

「それだよ……それがいけないんだよ……」

「わかった!」

 すると何かを思い付いた様に二階堂はぽん、と手を合わせる。

「じゃあ君がやりたい事をしよう! なるべく君の意見を尊重するよ! それでどうだい?」

「やりたい事っつってもなあ……」

 そもそも俺、ラジオドラマの事そんなにわからんし……。

「じゃあ、そうだなあ……ラジオドラマ以外の事をやりたい、かなあ……」

 一ノ瀬は少し意地が悪い返事をした。戻るつもりはないという意思の表明である。

「……そっか。わかった」

 二階堂は何かを決心した様に頷いた。

「じゃ潰すよ、ラジオドラマ部」

「お前プライドねーのか」

「ところで君、お腹空かないかい? 焼肉おごるよ! いや回転寿司がいいか! ……いや、ラーメンだ! そうしよう! ええいハンバーガーでどうだ!」

「何でどんどん値段が下がってってんだよ! 財布の中を把握しとけよ!」


 結局一ノ瀬は彼に乗せられるままにファミリーレストランに入ってしまった。まあ、飯をおごってくれるって言うんだからいっか…。

 しかし、彼の思考はそこで止まらない……ほんとにそうなのか……? ほんとに、タダ飯食えるっていう理由だけで付いて来たのか? 先ほどの二階堂の言葉を思い出す。こいつはあんなにあっさりと、俺を引き入れられるんならラジオドラマ部なんて潰していいと言った。さっきは少し呆れたけど、よく考えると、それだけ俺に賭ける(・・・)覚悟があるって事なのか……? 自分のプライドを捨ててまで……?

 今までいただろうか、そんな奴。俺はこいつをあっさり拒絶したのに、こいつはそこまでして俺と……?

 店員に案内され席に着くと、二階堂は少し偉そうに言った。

「さあ一ノ瀬君、何でも好きな物を頼みたまえ。カレードリアにしようか」

「どんな文章だよ今の台詞」

「カレードリアを馬鹿にしちゃあいけないよ。カレーとドリアが一緒になってるんだよ。こんなに嬉しい事はない」

 彼はぽちっと店員呼び出しボタンを押した。ほどなくしてウェイトレスがやってくる。

「はい、ご注文がお決まりでしょうか」

「カレードリアふたつお願いします。あとドリンクバーもふたつ」

「結局俺もカレードリアかよ」

「カレードリアを馬鹿にしちゃあいけないよ。カレーとドリアが一緒になってるんだよ。こんなに嬉しい事はない」

「それさっき聞いたから!」

 ウェイトレスは注文を復唱すると厨房へと戻って行った。ふたりはドリンクバーからそれぞれ好きなドリンクを選び再び向かい合って席に着いた。

「さて、さっきの話の続きだ。ラジオドラマ以外の事がやりたいと言ったね。一体何をやりたいんだい?」

 コーラを一口飲むと二階堂は真剣な眼差しで一ノ瀬に尋ねてきた。

「……」

 一ノ瀬は黙っていた。

「お待たせ致しました。カレードリアおふたつになります」

「あ、ありがとうございます」

 注文したカレードリアがもう運ばれて来た。二階堂は早速スプーンを付ける。

「演劇、かい? ……ふー、ふー……」

「……そうかもしれねーな……けどよー、はっきり言うと、さっきのあの言葉適当に言ったんだわ」

「……え?」

 一ノ瀬は思っている事を正直に話す。

「お前があんまりにもラジオドラマをしようだのうるさいから、めんどくせーと思ってよ。さっさとどっか行っちまえって思って、適当な事言ったんだわ」

「……!」

 二階堂の動きが止まった。

「……ショックか? 自分がめんどくさがられてるって知って」

「このカレードリア、めちゃめちゃ美味いぞ」

「……」

 一ノ瀬もスプーンに手を伸ばす。

「そうか、僕は君にうざがられていたか」

「……」

 彼は俯いたままカレードリアを食べ始めた。二階堂とは目を合わせない。

「……俺はお前をそういう風に見てたって事だ。わかったらもう俺に絡んでくるな」

「……新学期が始まってすぐの頃、僕は昼休みの屋上である人を見付けた」

「……?」

 何の前置きもなく、突然二階堂は話題を変えた。何の話をしようとしているのか一ノ瀬には見当が付かない。

「その人は時折そこにやって来ては、寂しげに運動場を見下ろしていた」

「……!」

 ここまで聞いて彼ははっとした。

「君だよ、一ノ瀬君」

 カレードリアを半分ほど食べた所で二階堂はいよいよ上に乗っていた半熟玉子の黄身を割る。とろとろとした玉子はすぐに染み込んでいく。

「なぜだろう、あの瞳を僕は忘れられない。一ノ瀬君、君は高校に入っても演劇をやりたかったそうだね」

「お前……調べたのか」

 まだ目を合わせない。

「まあね……あれから1ヶ月……また色々と調べさせてもらったよ……もぐもぐ……君の事はお見通しさ……うん、玉子が甘みを出してる」

 一ノ瀬も玉子を割る。

「だけど演劇は出来なかった。チョメ高には演劇部はないからね。だったらどうして演劇部を作ろうとしなかったんだい?」

「……それは……」

 彼は入学時を思い出す。当時の彼は完全に燃え尽きていた。何に対してもやる気が起こらなかった。

「それに、やりたい事がなかったとしても、別のやりたい事を見付ければよかっただろ?」

 一ノ瀬の脳裏に入学してからこれまでの日々が蘇る。気付けばもう300日以上が経過していた。

「だから僕は君を誘ったんだよ。君の声に惚れたなんてのは嘘さ。本当は君を救いたかったんだ。ほっとけなかったんだよ。ラジオドラマなんて単なるきっかけさ。楽しい事はそこら中に溢れてるんだって事を教えてあげたかったんだ」

「……お前……どうしてそこまで……」

「さあね。一度気になっちゃうとどうもほっとけない性質(たち)でね」

「……!」

 何てこった……こいつは見ず知らずの俺に対してそこまでやろうとしてたってのかよ……。

 ……それに比べて俺は何だ。

「……確かに……ずいぶん長い間下を見てたかもな」

 彼はようやく二階堂の目を見た。

「高校に入学してから今まで……どれほどの時間を無駄にしてたのかって事がようやくわかったよ」

「……だったら、これから色んな事をやっていこう。僕らは友達だろう?」

「……そうだな」

「よし! じゃあ演劇部にでもするか! 新しい部!」

「ラジオドラマでいいよ」

「え?」

「ラジオドラマでいいっつってんだよ。潰すなよ。せっかく作ったんだから」

「……でも、そんな無理に……」

「好きなんだろ? ラジオドラマ……ならそれでいいよ。やりたい事も見付かったし」

「本当かい!?」

「ああ……つか、まだあんのかよ、ラジオドラマ部。確か先月中にラジオドラマを1本作り上げられなきゃ廃部とか言ってなかったか?」

「僕を誰だと思ってるんだい? 第一、部として正式に活動出来てなかったらこうしてもう一度君を誘わないよ」

 にこりと二階堂は微笑む。

「確かにな。んじゃ、明日にでも入部届け出すわ」

「こうなる事も考えて籍はまだ残してるんだなーこれが」

「へっ……ほんとに何でもお見通しってか」

 一ノ瀬は涼しく笑った。

 俺のやりたい事……それは、馬鹿みてーなこいつと馬鹿みてーな時間を、残りの高校生活で過ごす事……ちょっと変わってる奴だけど、認めるしかねーな……こいつは俺の友達だ。

「それにしても」

 最後の一口を終えて二階堂は続けた。

「君も馬鹿だねえ。まさか告白してフラれた娘と入学後に顔を合わせ辛いと思ったから、志望校を変えてチョメ高に来るなんて……」

「……」

 あれ? こいつ、そこは見通せてねーんだ……。

 誰の話だよ、と思いながら一ノ瀬は黄身がかかったカレードリアを食す。マイルドな味わいが口の中に広がっていった。

ギャグのつもりで始めた本作品ですが、早速コメディーになっちゃいました。

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