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スタート

作者: 北原樹

「ごめん。君には悪いと思ってるけど、おれたち別れたほうがいいんだよ」

突然のショックを受けた森山さんの顔が引きつる。様子を伺うように上目遣いで尋ねてくる。サイドで結んだ長い髪が制服の肩からまっすぐ下に落ちている。右手を上にして両手が胸の前で戸惑うように軽く握っている。

「ど……、どうして!?私のこと嫌いになったの」

「いいや」

今度は森山さんの顔が真っ赤になる。泣きそうな表情だ。両手で口を押さえている。

「じゃあ他に好きな子ができたのね」

「別にそんなんじゃないよ」

「じゃあ、どうして……」

目線をあわせられない。

「……ほんとに訳なんかないんだよ」

「うそよ。理由もなしに別れたいだなんておかしいわよ」

森山さんがすがってくる。肩に握った指を添え、あごの下から見上げてくる。

「ねえ、気に入らないなら言ってちょうだい。薫のためならなんでもするから」

目に涙を浮かべておれにつめよってくる。

「お願いだから、別れるなんて言わないで!」

……うっとうしいなあ。

手を軽く払う。

「やめろよ」

森山さんの目を見て、なるべく冷たく言い放つ。

「別れると言ったら別れるんだよ!何度も同じこと言わすなよ。もう、おれら、赤の他人だからな。廊下であっても声なんかかけるなよ」

踵を返す。足早に立ち去る。

「薫!」

後ろをちらりと見る。泣くなよな――。木の下で両手を顔に当てている。泣きたいのはおれのほうだよ。




ばしっ!

「いて!?」

いきなり天然パーマの後頭部を殴られる。

「なんだ武司か」

きっちり髪を整えた友人が左手に本をつかんで険しい表情で立っている。

「なんだじゃない。話がある」

目を合わせにくい。読んでいる雑誌に視線を落とす。

「話なら後にしてくれ。おれ今読書中」

ばん!

武司が強く机を叩く。

「薫!」

ギロッとにらんでくる。コイツ目力がある。恐る恐る視線を上げる。

「な、なーにかなあ」

こえーヤツ。

「薫、おまえ。森山さん、泣かしたんだって?」

がら空きの教室に武司の声がひびく。

「どっから、そんなこと、拾ってくんだよ。おれが泣かしたんじゃねえよ。別れようっつったらあっちが勝手に泣き出しただけで」

再び雑誌に目を落とす。

「同じことだろ」

武司の表情は険しいままだ。

「だいたいおまえ、自分から彼女に交際申し込んだくせに、ひどすぎるぞ」

「うるさいなあ。おれらがつき合おうが別れようが、いったい武司に何のかかわりがあんのさ」

武司の険しさが緩み、戸惑った雰囲気になる。

「そりゃまあ、そうだけど」

「関係ないじゃん」

「話ってそれなら、もうおれ行くよ、次移動なんだ」

雑誌を置いて椅子から立ち上がる。その手を武司がつかむ。

「薫、待てよ!」

武司の視線がおれの手に移る。

「あれ?おまえの手ってこんな細かったか。女の手首みたいな」

カーっと顔が赤くなる。

「はっ…はなせよ」

「薫?」

手を振り解いて立ち去る。ちくしょう。武司のやつ、他人のことまで構うよな。いちいち首をつっこむんじゃね――っての。まあそこがあいつのいい所でもあるんだけど。

ふとガラスに映った自分の顔を凝視する。自分で言うのもなんだが、割と、いやかなりハンサムな天パーが見返してくる。

「これ……おれだよな」

ガラスに右手を当てる。映った手に触れる。

誰が信じる?十七年間のおれの存在が、すべてにせものだったなんて……。




「気分はどうだい?」

総合病院の診察室。医者と看護士ひとり、こちらは母親と一緒に面談している。割と美人な母親は地味なワンピースに首の後ろで髪を束ねている。

「別に……悪くないです」

「ホルモン剤注入後の症状はどうだい?たとえば精神が不安定になるとか」

「別になんともないです」

淡々とした会話が続く。

「では近日中に入院してください。いろいろと検査を始めるからね。そして結果が良好と出たら、すぐにでも手術するからね」

医者が一息入れる。

「覚悟しておいてくれるね」

「はあ……」

正面から視線を受け止められない。空白になる。

医者は敏感におれの様子を察知する。

「不安かい?」

「あ、いえっ」

冷や汗を流しながらあわてて表情を取り繕う。赤くなりながら言葉をつなぐ。

「そんなことは。ただあんまり突然すぎて」

母親はじっとこっちの様子をうかがっている。下に下ろしたブラインドに医者の落ち着いた声が重なる。

「こんな症状が現れたのは、君が初めてではないんだ。珍しいケースじゃないんだよ」

へー、そうなの?なんとなくほっとする。

「最初はとまどうと思うよ。君もご家族の方も。でも、まあ、すぐに慣れるからね」

カルテになにやら書き込んでいる。

「何と言っても君はまだ若いからね。体も成長しきってないし、手術を行うなら早いうちがいい。大人になってからは何かと抵抗が大きいからね。

医者は微笑を浮かべながら話し続ける。

「以前ぼくが受けもった患者はね、三十近くなっていてね、すでに手術は不可能だったんだよ。彼は今でも週に一度はホルモン剤を注入しに通院しているんだけどね」

「あはは……」

それはちょっと恥ずかしい。冷や汗を流しつつ笑うしかない。左足を上に組む。その上に左手を乗せて頬杖にする。

「君の場合、早期に発見できてよかったよ。ホルモンのバランスが崩れて精神に異常をもたらす危険性がある。遺伝子のイタズラとはいえ、今までの自分を捨てることになるのだから不安だと思うよ」

診察室の観葉植物が落ち着きをもたらす。まだ若い医者だが、落ち着いているいい先生だ。

「念のため安定剤をうっとこうか」

肩まで髪を伸ばした看護士が近づき注射器を出す。仕方なくジャージの右手をめくる。注射は苦手なんだよな。

「腕を出して」

怖い。痛い。

「イテーよ。イテーよ。ムチャイテーよ」

赤くなり照れながらも、声に出さずにはいられない。

「少しはガマンしなさい。恥ずかしい」

母親が笑いを隠すように口元に手をやり、注意する。看護士はぷぷっと笑っている。医者が穏やかに話す。

「ホラ、昔から長いものには巻かれろって言うじゃないか。

おれも少しおさまって医者のほうを向く。

「新しく生まれ変わるつもりで、人生を楽しむといいよ」




新しく生まれ変わる?


待合室には患者が手持ちぶたそうにしている。母親と二人で話す。

「長いものに巻かれろ――だって。診察に来てカウンセリング受けてしまった」

「良かったじゃない、気が晴れて。最近のあんたって落ち込んでたもの」

「落ち込まずにいられますかって!」

また顔が赤くなる。おれは割りと表情が出るタイプだ。必死の笑みを浮かべて話す。

「私は平気よ」

母親は気楽そうな笑みを浮かべている。立ち上がって向こうを向く。

「じゃあ私、入院手続きしてくるから」

「俺、先帰ってるよ」

おれも立ち上がる。コートを左手に持つ。母親が近づいてくる。目を見て、左手の人差し指を指して、ちょっと表情を引き締めて言う。

「いいこと!?いくらショックだからって、馬鹿なこと考えるんじゃないわよ」

コートをジャージの上に羽織り、視線を逸らす。

「…………ば――か」




馬鹿なこと考えるな――――だってさ。


海辺に出る。波が強く押し寄せている。岸壁に立ち、波の音に浸りながら、空を見上げる。


ここから飛び降りたら死ねるのかな


「薫!おまえ今日学校はどうしたんだよ」

「これはおふた方」

武司と森山さんだ。心配そうな目でおれを見ている。おれは能天気そうな笑みを浮かべる

「おまえらこそ、どーしたのさ。今ごろは授業中のはずじゃん?」

「森山さんが薫のこと心配だから、見に行こうって言うんだよ。それでなくても、おまえは出席日数が足りないくらいだし」

どこまでも武司は心配そうな表情だ。森山のリボンで結んだ両サイドの髪が風になびいている。不安なときの癖で、あごの近くに右手を伸ばしている。

「やるじゃん森山、もう武司に乗り換えたのかよ」

「何言ってんだおまえ」

おれより一回り大きい武司が怒る。逆におれはニヤニヤ笑っている。その表情を少し緩める。

「武司ならやさしいからな。すぐに別れるなんてしないぜ」

森山の表情がこわばる。

「これでおれも君の顔見ないですむよ。しつこく追われるのは嫌いなんだよ」

「薫」

森山さんは目に涙を浮かべている。

「ごめ……んね、私……。もう、追わないから……」

ダッと駆け出す。

「森山さん」

武司が叫んで追いかける。

……これでよかったんだ……。




「森山さん」

手を差し出す。

「森山さん、落ち着いて」

手を拒まれる。

「いやっっ、放して!」

「あれは薫の本心じゃないよ!あいつ最近おかしいんだ。変なんだよ!」

必死に説明する。森山さんは顔を伏せている。

「・・・・・・・・・・・・わかってるわ」

森山さんは少し持ち直して話す。

「あれがいつもの薫じゃないってこと」

目に涙を浮かべ、必死に笑顔を浮かべようとしている。

「でも、どんな理由があるにせよ、私と別れたいのは本当だものね」




「薫」

武司が声を掛ける。ずっと海を見ていた。いきなり胸ぐらを掴まれる。

「おまえ、いったい何のつもりだ」

ぐいっと引っ張られる。

「森山……泣いてた?」

「当然だ!」

「武司……彼女のこと頼むよ。いい子だからさあ」

武司が手を離す。その目を直視する。

「そんなの、薫がしてやればいいだろ」

「おれじゃだめなの!!」

ギュっと両手を握り締める。武司はまた心配そうな視線を送ってくる。直視できない。

「薫……たのむよ。言ってくれよ。何がそんなにおまえを変えたんだよ」

目を逸らしたままでいる。

「薫……!」

必死な武司の表情に抗えない。少し武司のほうを見て答える。

「おれ……男じゃないんだって」

武司の表情が真っ白になる。おれは淡々と続ける。

「少し前からさあ、体に変調があらわれたんだ。体重がぐっと減って、体格が変化して。病院で検査してもらったんだよね。セックス・チェックっての」

自分で何かおかしいみたいだ。笑みさえこぼれてくる。

「そしたらさあ、染色体がXX型なんだって」

頬に両手を当てる。

「生まれてからずっと男だと思ってたけど、おれ、女なんだぜ」

「うそ……だろ?」

「ば――か、こんなこと冗談で言えっかよ」

武司は蒼白になっている。この世の最後が来たかのようにショックな顔だ。

「手術したら、子供産むこともできるんだって。笑っちまうよなあ。これから女として生きていかなきゃならないんだぜ。森山とだって、別れるっきゃないじゃん」

武司は全身で震えている。武司の方が泣きそうだ。

「そんな……、そんなのって……」

おれは海を眺める。岸壁に手をかける。

「おれさ――ここにお前らが来るまで、ここから飛び降りること考えてたんだぜ」

「――薫!?」

「だって生きてたってしょうがないじゃん」

風に髪をなびかせ上を向く。

「十七年男として生きてきたんだぜ。今さら女になれっかよ」

「ばかやろう」

武司が強くこぶしを握る。

「なぜそのことをもっと早く言わなかった!」

ムッと来る。顔に血が上る。

「お前に行ったからってどうなるんだよ」

「ならないさ!だけど、それじゃああんまり薫がかわいそうじゃないか」

真剣に理不尽を怒ってくれるのは分かる。でも……。

「かわいそうなんかじゃないよ」

「かわいそうすぎるよ!」

武司が岸壁ににじり寄る。

「もし死ぬというなら、俺も死んでやる。薫を一人でいあかせられないからな」

「うるさい!うるさい!うるさい! 武司に何がわかんだよ。同情なんてまっぴらだかんな」

頭に左手を当てて叫ばずにはいられない。吐き出してその場を走り去る。

「薫…、薫………!」

海傍の公園に武司は一人取り残された。




「薫、支度はできた?」

荷造りしている母さんが尋ねる。

「母さん、俺が入院したらさあ、この部屋のもん、全部捨てちまってくれよ。写真一枚残さないで」

母さんはわかったような笑みを浮かべて

「―――いいわよ。おまえがそうしたいのなら」

おれはベッドに腰掛けながら話を続ける。落ち込んだ気分を無理に励ましたり、逆に同情したりしない平穏な母さんの存在がありがたい」

「ごめん……ついでに転校の手続きしといてよ。どこでもいいから」

「はいはい。それで御用はおしまい?」

「あと武司に……」

いや、何も言えない。

「ううん……何でもない」




外科医が落ち着いて声で語りかける。手術室だ。手術用ライトがまぶしい。

「薫くん、何も不安なことはないからね。目を閉じで、君は深い眠りの中に入るよ」

――ずっと考えていた。おれはいったい何者なのか。今のおれがにせものならば、十七年間の存在は意味のないものだったのか――

「それは深い眠りで、君は何も感じなくなるよ。痛みも苦しみも。そして再び目が覚めたなら…それからが君の新しいスタートだ」

――ずっと悩んで、それでも答えは出ない。だれかおれの代わりに答えを出してくれたなら、その時こそ新しく生まれ買われると思う――




数か月経った。とある女子校の理科実験室。授業終了後のざわめきが包む。紺の制服にスカートを着たおれがいる。胸元には以前のネクタイではなくスカーフだ。もともと髪は長めだったので、女子の格好しても違和感はない。大柄だけどね。セミロングの女子が声をかける。

「尾藤さん」

「後で職員室寄ってくださいって、先生が」

「あ、うん。ありがと」

「学校はもう慣れた?」

「ああ、おかげさまで」

「この時期に転入なんて珍しいのね。でもどうして女子校なんか選んだの?」

うっ!焦る。顔を赤らめながら無理やり笑みを浮かべて何とか答える。

「か、母がね、もう少し女らしくなりなさいって言うんだよね」

「ふ――――ん」


たしかにどこでもいいって言ったけどさあ。

母さんは満面の笑顔を浮かべて言った。

「女のことを学ぶにはここが一番!!ほらほら、あんたの体にあわせて特注したのよ」

女子としては大柄なおれに合わせて大きな制服を出して言う。

いきなり女の園にぶち込まれてボロが出たらどうしてくれるんだ!


「やーん」

肩までの髪型の小柄な女子が困っている。薬品を棚に入れようとしているが届かないようだ。おれならなんてことはない。代わりに入れてあげる。

「これだろ?」

軽く微笑んで話しかける。ちょっと男の笑みだったかもしれない。

「あ、ありがと」

女子はカ―――っと赤くなりつつお礼を言う。おれもにこやかに笑う。

女子はさっと立ち去る。隣の女子が付き添う。

「ミナちゃん、顔赤いよ?

「や、やだっっ、どしたんだろ」

どうしたんだろ?


セミロングの女子がまた話しかけてくる。

「でね、さっきの話なんだけど、世間の人って誤解してるのよ。女子高に通っているからって、けして女らしいわけじゃないもの」

「そうなのか?」

「うん。だから尾藤さんもそのまんまでいいと思うの」

その言葉は心にすごく響いた。思わず足を止める。

「尾藤さん?どったの?」

「おれ……、いろいろあってすごく落ち込んでたんだよね。だからそういうこと言ってもらえると安心するんだ」

右目を手で押さえながら話す。またも男の笑みだったかもしれない。

「……おれ?」

その子は顔を赤らめ、それを隠すように頬に手を当てる。心臓もドキドキしてるようだ。

「あっ、いや、わたし! いや――ね、口が悪くって」

真っ赤になって照れる。冷や汗を浮かべながら照れ笑いをする。

その子も真っ赤になっている。……なっ何で動悸が!?

2人そろって謎の笑い声をにゃはははは……と上げる。


女子が騒いでいる。

「ね――校門にカッコいい男子がいるって」

「大きな花束持って」

「ここに彼女がいるのかなあ」

「きゃーーーん、見に行ってみようよ」


――自然に……女の子の集団に慣れてきて……

鏡をのぞくたび、女となった体が見つめ返してくる。

覚悟はしていたけれど、知らず知らず、男だったころの面影を探す自分に気づく。

おれってくらいかも……


校門の外をふと窓から見る。女子が騒いでいる。学生スーツにネクタイ。

あれは――


「武司」

声をかける。

「お前――どうして」

「それは俺のセリフだ。黙って転校しちまいやがって。八重さんが教えてくれなかったら、おまえとはあれっきりになってたぜ」

そして穏やかな笑みを浮かべて

「でも思ったより元気そうで、安心したよ」

「おふくろが言ったのか!?」

「ああ、娘をよろしくたのみますって」

「ちくしょー」

頭にくるやら、恥ずかしいやらで顔が真っ赤になる。怒りも少しある。

「笑えよ! おれのこんなカッコ見ておかしいだろ!笑えばいいんだ」

「どうして? 綺麗じゃないか」

サラッと言う。心なしか顔も赤い。こっちまで真っ赤になる。

「キレイ……?」

何なんだ、コイツは!?

通りかかった女子が「やだー尾藤さんの彼氏?」「かっこいーね」などと話している。

武司も武司だ。営業スマイルなんかしている。武司の背中を引っ張った。

「ちょっ…武司、こっち来いよ」

ああ、恥ずかし。


再び以前話をした海辺の公園に向かう。テトラポットに波が打ち寄せる。おれは岸壁に腰掛け、足を組む。やっぱり男が足を組むのと女が足を組むのとは違う。

「何の用なわけ? もうお前とは会わないつもりでいたけど」

「……おれ、あれから考えたんだけど。二人して死ぬより、二人で生きていくほうがいいと思うんだ。もちろんそっちのほうが何倍も難しいし、おまえの苦しみは変わらないと思う」

風におれの髪がなびく。髪の長さ自体は大して変わらないけど、女のショートヘアにしか見えない。右手で髪をもてあそび、口を開く。

「――武司、おまえさあ、おれの姿見てそういうこと言うわけ?」

岸壁からストッと降りる。自然に内股になっている。武司は花束を持ったまま、突っ立っている。

「それって残酷過ぎない?」

そして向こうを向く。

「同情ならよしてくれって、前にも言ったろ」

武司にだけはこの姿見られたくなかった。

「ん――でも」

ふと振り返る。やはり内股になる。

「姿かたちは変わっても、薫は薫だろ。昔からおれのそばにいたし、今もおれの前にいる」

雲交じりの青空の下で武司は言う。

「おれはこれからもずっと薫と一緒にいたい」

また顔が赤くなる。――――こいつって…………おれの悩んでた答えをすらっといいのけてやがる。

「…………ば――か」

少し笑みが戻る。

「それじゃあ、くどき文句になっちまうよ。お前が女に不自由しないわけだ」

「なんのことだ?」

「別にィ、こっちみんなよ」

すっとぼけた武司にこっちが真っ赤になり、向こうを見る。

「森山――どうしてる?」

「あ?元気だよ。彼女、かわいいからな。他の男がほっとかないよ」

「ふーーん」

「落ち着いたら会ってやれよ。彼女、心配してたぜ」

「そのうち…ね」

「薫はかわいげがないからな。おれぐらいでちょうどいいんだよ」

またにっこり笑う。女に対する笑顔だ。

「ばっ…気持ち悪いこと言うなよ」

「そ――か? おれ本気で言ってんだけど」

「ちくしょう~~、おまえなんか相手にできないぐらいの美人になってやるからな」

「期待してるよ」

「ちくしょう~」

「そんなわけでこれやるよ」

ぱさっ。花束を放り投げる。おれは胸で受け止める。この感情はなんだろう?顔が赤い。

「おれとお前の新しいスタートを祝して」

花束に顔をうずめる。いい香りだ。

「薫!?おまえ、泣いてんのか」


―――薫くん。眠りから覚めたらそれからが君の新しいスタートだ―――


「泣いてなんかいねえよ。ば―――か」

涙をポロポロこばしながら笑顔を浮かべる。


―――スタートだ―――




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