ロマンスデッド
にこにこと、人の良さそうな笑みを浮かべる目の前の男に反吐が出そうでしょうがない。ほんともう、帰ってくれ、という思いを込めて睨みつけると、何故か頬を染められた。気持ち悪い。言っとくけど、それが全部演技だって知ってるんだから。ほんとう、あの人とは正反対。元は同じだってのにね。
「生憎、ルシファーさまは外出中です」
「ん?いいよいいよー、待ってるから。変わりにナナちゃんが相手してー?」
誰がするか。きっとまた仕事を溜めてここに来ているんだろう。部下に愛想尽かされる前にさっさと帰って仕事しろ。じゃなきゃストレスでそのサラサラな銀髪を毟り取ってしまいそう。帰れ。メルさまが居ないから私もすこし油断して、うっかりお客様に対して暴言を吐きそうになってしまった。これじゃあメイド失格だ。でも、この男をお客様として認めていいのだろうか。どうせ不法侵入だろうし。だいたい軽々しくこんな冥界に来ていい身分じゃないだろ、あんた。
「ミカエル様、どうせまたお仕事を溜めていらっしゃるんでしょう。ルシファーさまがご帰宅なさったらこちらからまた連絡いたしますので、とりあえずお帰りになったらいかがでしょう」
「ミカエルじゃなくて名前で呼んでよ。えー、めんどくさい。せっかく禮さんの目を盗んで来たのに。ナナちゃんお喋りしようよ」
「ルイス様、申し訳ございませんが私にも仕事があります」
「いいじゃん、仮にも天界のトップが来てるんだよ?そのお持て成しより優先する仕事があるの?」
トップはお前じゃなくて禮さまだろうが。とか、お持て成しよりメルさまが帰って来たときのためのコーヒーとお菓子の準備のほうが大切だよ。とかいろいろ言いたいことはあったけれど、そこはぐ、と我慢してにっこり笑みをつくった。負けるか。
「そんなにお一人が嫌でしたら、ちょうど屋敷にベルフェゴール様がいらっしゃっております」
にっこりと笑ってそう言うと、にやにやしていた顔が途端にしかめられた。内心してやったりで壁際にあるアンティーク調な電話を手に取った。指は迷うことなく内線でゲストルームの番号を呼ぶ。
「ちょ、待っ…」
「あ、もしもしベルフェゴール様ですか?ええ、ナナです。…いえ、今ミカエル様がお見えになられているんですが、どうもミシェルさんに仕事を押し付けて来たようで。…はい、大広間に居ます。いえいえ、では」
かちゃん、と電話を置いて振り返る。きっと今私は満面の笑みを浮かべているだろう。眉間に皺を寄せてすこしバツの悪そうな顔をする男を見て思った。ざまあみろ。私だけならまだしもミシェルさんに迷惑かけた罰だ。どうせまたミシェルさんに仕事を押し付けてここに来たんだろうし。毎度毎度仕事を押し付けられるミシェルさんの身にもなってみろ。
はん、と心の中でミカエル様を鼻で笑うのと同時に、大広間の扉が大きな音を立てて開かれた。流石のベルフェゴール様もミシェルさんのこととなると早いな。ゆらりと負のオーラを纏いながらゆっくりと近付いてくる。一瞬だけミカエルさまの頬が引き攣った。ざまあみろ。
「あー、悪かったって、ロイ。そんな怒らないでよ」
「はあ?俺のミシェルに迷惑かけといて許すと思ってんの?」
「おっと」
すさまじい音を立てて調度品の壺が壊された。あーあ、あれ時価三千万はくだらないって前メイド長が教えてくれたやつなのに。メルさまには申し訳ないけど、大広間がすこし壊れるよりあの男に制裁を加えることのほうが重要でした。メルさま、ごめんね。後悔はしてません、反省はしてます。
「あ、おかえりなさいませ。メルさま」
「ただい…え、何この状況」
ベルフェゴールさまとミカエルさまが暴れられて半壊な大広間でございます。