街を離れて
マンションの裏に止めてあった里香の黒い車を見つけた。助手席に座ると、里香はCDを選んでいた。
「何かけるー?夏とドライブなんて久しぶりだよね♪」
と笑って言った。里香はこういうところがある。今の暗い雰囲気を変えようとしてくれているんだ。私は里香のテンションに甘えて一緒にCDを選んだ。結局、里香の好きなアーティストのCDになったのだけど。
「さ、行っくよー。」
車は静かに深夜の街を抜けていった。
里香とたわいもない話をしながら、深夜の高速道路を走った。途中、パーキングに着いて休憩した。私が自動販売機で買ったお茶とおにぎりを手にしながら帰ってくると、里香は電話をしていた。
「うん……そう。わかった、ありがとう。昼までには帰れるから荷物とかお願いね?あ、夏に変わる。はい、隼人から。」
と私に気づいた里香は携帯を差し出した。
「もしもし?夏希です。」
「あ、もしもし夏希ちゃん?」
と安心感のある低い声が聞こえた。
「さっき、あいつと別れて今家なんだけどさ。もう街からだいぶ離れてんだろ?あいつ車持ってねえから、ちゃんと逃げられるわ。ま、余裕っつーことだ。だから安心しろよ?」
「そうですか、本当にありがとうございました。隼人さんは、大丈夫なんですか?」
「おう、俺と里香ですぐにここを出るし、あいつとは縁切るから心配すんな。…元気でな、夏希ちゃん。」
「隼人さんも。本当に色々お世話になりました。」
携帯電話を切ってから自分が泣いていることに気がついた。一生のお別れじゃないんだから、と笑う里香も少し涙ぐんでいた。
買ってきたおにぎりを食べて少しだけ仮眠をとってから再出発することになった。里香は隣で微かに寝息をたてている。かれこれ3時間は運転させてしまっていた。彼女には今までもたくさん迷惑かけてきたな…。それでも、嫌わずにずっと親身になってくれていた。里香と隼人さんがいなかったら今頃まだ私は……。
考えるのをやめた。でも眠れないから、瞳だけを閉じて、里香と隼人さんの幸せを願った。
車を再び走らせて、目的地に着いたのは明け方の4時だった。目的地というのは私の新しい住まいだ。こじんまりとした小さな3階建てのマンションだった。
「さすがに明け方4時に大屋さんの家に突撃は不味いよね。」
となったので、近くにあったファーストフード店で時間を潰した。
「ごめん、夏。ちょっと隼人に電話してくる。」
と店の外に出ていった。
店内には私達と数名のサラリーマンしかいなかった。それが、もう安心だ、大丈夫だ、っていう証拠な気がして私はやっと少し落ち着くことができた。