7-9 ブチキレロード爆進開始とジョーカーの登場です
「・・・・・・・わかった。」
ホクガンは現在の状況を出来る限り伝えるカインの声に応えた。第一報を聞いてから顔は難しげに顰められたまま。
「心配すんなよ、あのガツクだぜ?殺しても死なないばかりかお釣りがくる程の男だ。お前だってよく知ってんだろ?・・・ああそうだ。二人を心配する気持ちはわかるが、お前は預かってる軍校生の面倒をみる事に集中しろ。グラヴィエ山の天候はすぐには回復しそうにない。ビバーク(天候が荒れたり、遭難した際に山中で野宿する事)しつつ無事に下山しろ。そうだ。現状維持に努めろよ、いいな?」
ホクガンはため息をつくと、点きっ放しになっていた別の連絡機の受信ボタンを押した。
「俺だ。・・・・いや、捜索はもう少し吹雪きが収まってからにしろ。・・・落ち着けって。お前達がちっとやそっとじゃ堪えない事は知っている。だがな、万が一にも二次遭難を起こすわけにはいかねェ。ガツクを信じろ。いいな、勝手な行動はするな。ダイスを向かわせた・・・おし、また連絡する。」
ホクガンは通話を終えると深く椅子に座りこんだ。疲れた目を瞼の上からグリグリと揉む。
「お兄様・・・・」
テンレイの掠れた声がざわついた部屋を縫って聞こえ、ホクガンは顔を上げて青褪めた顔の妹を見た。
「・・・聞いたか。」
「・・・モモコが・・・・モモコとガツクが行方不明って本当なの?」
「・・・・・・・ああ。」
テンレイは先程の兄の様に項垂れる。
「・・・・いくら待っても追い付いて来ない二人に、異変を感じた先発が最後にガツクを見た地点に戻ってはみたがやはりというか姿がない。・・・辺りを捜索したところ、少し離れた崖の先にモモコのリュックと乱れた2つの足跡を見つけたそうだ・・・落ちたらしい。」
テンレイが震える息を吸い込む。
「下は増水した川だ。」
たまらず呻き声が出て手で口を覆った。
「大丈夫だ、あのガツクだぞ?あいつがモモコを死なすわけねェ。グラヴィエ山を引っ繰り返してでもモモコを優先するさ。知ってるだろ?ダイスも向かわせたし・・・すぐにモモコに会えるさ。」
そうだろ?ガツク。
お前さ、これチャンスだぜ。
ちゃんとさ、モモコによ・・・・
*
「モモコ、あったぞ。」
薙ぎ倒されそうな風と叩きつける様な雪が視界を妨げる中、モモコはガタガタと震える体を両手で抑えながらその扉を見た。長い年月、風雨に晒せれた小屋はとてもみすぼらしく見える。だが今のモモコにはどんな宮殿よりも輝いて見えた。
ガツクはモモコを抱えたままその避難小屋のドアを開け、サッと見渡して先客がいないのを確かめるとモモコを降ろして暖炉に歩み寄った。
手際良く火を起こすガツク。モモコは尋常じゃない寒気と既に感覚がない皮膚を激しく震える手で力なく擦る。足踏みをするが気休めにもならない。
(これが噂に聞く避難小屋か・・・)
寒気を紛らわすかのように モモコは室内を見渡した。
室内は荒れてはいないがそこここに物が落ち、ここ何カ月かは誰も入った事がないようでうっすら埃がつもっていた。壁には棚がいくつか並び、簡素なベッドには、きちんとはまとめられてはいないが毛布の様なものが確認できた。避難小屋は大分くたびれている。だが、猛吹雪から守ってくれる頑丈そうな屋根と火が付き始めた暖炉は、限界まで疲れ凍えた体には涙が出るほど有り難かった。
さて、モモコが命拾いした喜びを噛み締めていると、火が大きく燃え始めた暖炉を背に、ガツクから
「服を脱げ。」
耳を疑う様な一言が放たれた。
モモコ、体ばかりか脳みそまで凍りつく。
ハッ!
真っ白になっている場合じゃないとモモコは必死に蘇生した。
「あああああの、ぬぬぬぐぐぐうぅんんですすすすかか?ふっふふふくうううをおおww(←笑ってるんじゃないよ)!?」
寒さばかりではなく心的なモノで舌が縺れる。
「そうだ」
「いやです!!」
モモコは目を剝いて思いっ切り拒否した。寒さのあまり舌がまるで言う事を聞かず「いいいやあああああでずううう!!」となってはいたが。
ガツクは濡れたスノウジャケットをとっくに脱ぎ、今度は防寒着に掛かった手を止めると、コントみたいなモモコの返事に眉間に皺を寄せた。
「お前は・・・この状況を認識しているか?お前は極寒の山で増水した川に落ち、少なくとも1kmは流された揚句、全身ずぶ濡れで山中を彷徨い、今まさに低体温症や凍傷を引き起こしかけているんだぞ?それとも自殺願望があるのか?ハァ・・・いいか、今すぐ濡れた服を全部脱ぎ、できるだけ体を温めろ。」
「で、でも」
もっともな事を、半ば呆れながら言うガツクに一言の反論も出来ない。
だが!男の!しかも好いた相手の目の前で生着替えなぞ!モモコのヘタレ恋愛根性ではキャパオーバーである。
そんなモモコの羞恥など掠りも気付かないガツクは尚もぐずぐずするモモコに唸り声を上げた。
「これ以上無駄なやり取りをするつもりはない。どうしても脱がんなら俺が脱がす」
「ええっ!」
「命に関わるんだぞ、何を躊躇っているか知らんがお前を死なすわけにはいかん。」
驚愕にモモコが叫ぶがガツクの目は本気だ。
だが・・確かに命には代えられない。モモコの寒さはとっくに限界を超えていて、これ以上黄泉に近付くわけにはいかない。
「わ、わかりました・・・あの・・ガツクさん向こう向いててくれます?絶対こっち見ないで下さいね!」(モモコのセリフは聞き取りにくい震え声ですが面倒なので通常に戻します)
モモコはガツクから出来るだけ遠ざかると、背を向けて濡れた服に四苦八苦しながら漸く脱ぎ始めた。
「10秒待ってやる。」
モモコはカウントし始めた背後のガツクにギョッして振り返った。が早くも上半身の服を脱ぎ、次にブーツに取り掛かったガツクが見えると慌てて前に向き直った。
「なんでカウント!?しないで下さいよ!」
「あと5秒。」
ガツクはブーツを脱ぎ、スノウパンツに取り掛かりながら淡々と答えた。
(あわわわわ・・・ガツクさんはやる。絶対脱がす)
モモコは大急ぎで防寒下着を脱いだ。だが・・・・指が止まり躊躇いがちに最後の二枚を見下ろす。
(これだけは・・・でも・・・)
「全部だぞ。」
迷っているモモコに釘を刺すかのようにガツクが促す。モモコは再びギョッとした。
「見ないでって言ったのに!」
「見てなどいない。」
「で、でも」
「・・・時間切れだ。」
「脱ぐ!脱ぐからこっち来ないで!」
叫ぶモモコにガツクは苛立ちも露わにぶ厚い毛布を投げて寄こした。
「羽織れ。」
モモコが急いで素肌に撒きつけている傍らでは、もう一つの毛布を腰に巻いただけのガツクが二人の衣服を絞って暖炉の柵越しに干す。終わると同時にモモコをすくい取る様に抱き込み暖かい炎の前へと座りこむ。と、舌打ちするとモモコの毛布をもっときっちり織り込み、みの虫状態にした。
ガツクは自分の高い体温をモモコに分ける様にピッタリと体を密着させる。
「ヒ・・・」
目の前までガツクの裸の胸やら割れた腹筋やらが迫り、モモコは悲鳴を危うい所で飲み込んだ。だが外に出せない代わりに内心では
(おわぁあああいぃい!なぁああうわぁああいいい!なんで裸ー!寒くないのぉおおお!!!)
大絶叫。
「なななな、何するんですか!」
「温め合うに決まっている。お前はそんなに凍死したいのか。」
う。
モモコと似たような毛布に包まれている長い両腕の片方は時折薪をくべ、もう片方はモモコの体をしっかりと抱き締めている。カッチンコッチンの体にガツクの力強い鼓動と体温がじんわり伝わって。
モモコは顔を赤らめたままそっとガツクを見上げる。
ガツクは何を考えているかわからない無表情で、完璧にリラックスした様子だ。
胡坐をかいたガツクの膝に乗せられた状態のモモコ。不意に口惜しくなってギュッと自分の毛布を手繰り寄せると身を縮めた。
(あたしばっかり)
意識しているのは自分だけでガツクが平気なのが癪にさわってしょうがない。自分はガツクが身動きする度に飛び上がりそうなくらいドキドキしているのに。
モモコが今度は恨めしそうに見上げる。視線を感じたのかガツクがチラリとモモコを見て。
「この吹雪が止むまではあいつ等も俺達も動けん。・・・寝ろ。」
深いため息をつくと、今度は火かき棒を動かして火を大きくした。
眠れるわけないよ!といきがったモモコだったが、取りあえずの危険な局面を切り抜けただからだろうか炎が揺らめくガツクの顔の陰影を見ている内にあっさり眠りに落ちた。
「・・・まったく・・・人の気も知らん・・・」
ガツクから洩れた呟きは・・・・聞こえていなかっただろう。モモコだし。
*
「・・・ん」
ゆっくりゆっくり繰り返される何とも心地よい・・・・
モモコは何かが自分の頭部を撫で、やがて髪の毛を広げる様に梳くのをまどろみながら感じていた。
気持ちいい・・・・
もっと
モモコは何だかわからないが、その気持ちいい事をしてくれるものにすりすりと顔を擦りつけた。と、その何かが強張り止まった。
?
刺激が止んだモモコが訝り、まどろみから意識が浮上した。
「・・・・ガツクさん?」
気持ちいいものの正体はガツクの指だった。
ガツクが湿った髪の毛を掻き分け撫でる様に摩っていたのだと知ったモモコは息を飲む。
(な、ななななに!?何してんのガツクさん!)
ガツクはモモコが動揺するのを見て少しバツが悪そうに目を逸らすと
「・・・濡れたままだと風邪を引く。」
宙に浮いたままだった手を顎にやって代わりの様に摩った。
「あ、ありがとうございます?」
顔が熱い。それは暖炉のせいばかりではないようだ。
・・・・・・・・・・・・。
沈黙が部屋を支配し妙な圧力となって2人を包む。
(何か・・・何か焦るんですけど。
ていうか今ってよく考えたら凄い状況だよね。好きな男の人と二人っきりでその上膝に乗ってるなんて。
・・・・裸だしな。
朝にはこんな事になるなんて想像もしてなかった。あんなに素っ気なくしていた人とさ。
久し振りだな・・・ガツクさんとこんなにゆっくり過ごすなんて。
しかし、裸・・・・)
モモコは毛布二枚を挟んで互いが素っ裸なのを極力意識しないようにし、ガツクとの夢みたいな今この時を考える。と、口角が持ち上がり幸せそうな顔になる。
(でも・・・吹雪きが止めばまたあのガツクさんに逆戻り・・・なんだろうな。今は非常事態だから。・・・またあの距離になっちゃうんだ)
今度は眉を顰め、小さくため息をつく。
今のうち・・・
モモコの頭に「今のうちに甘えとけ」という言葉が浮かんだ。
(今のうち・・・そ、そうだよね、今だったら多少くっ付いても嫌がられないんじゃないだろうか。もしかしてこれってすごいチャンス!?)
「モモコ?どうした。」
モモコが邪な事を考えているとは知らないガツクは百面相をするモモコを、(落下のショックか?)と頭でも打ったかと普通に?心配した。
モモコはギクッと体を強張らせたが
「エッ!・・・ナナナンデモナイデスヨ。」
どもりつつ片言で誤魔化した。
「・・・・・ならいいが・・・」
ガツクが訝しげに首を捻る傍ら、モモコはモモコにとっては重大な事に気が付いた。
(ガツクさん!名前!)
いつもは堅苦しそうに「クロックス」と呼んでいるのに今は名前呼びに変わっている。
モモコはその事に今度はガツクに変に思われないようにギュッと目を瞑って幸せを噛みしめた。
(~~~~~!!!う、嬉しい!嬉しいよぉ!もうじたばたして床を転がりたいほど嬉しい!)
モモコはもっとガツクに自分の名を呼んで欲しかった。ガツクに「クロックス」と呼ばれる度に2人の距離を感じていた。絶対にガツク側に入り込めない距離。それはガツクに近寄ろうとするモモコの心をチクチクと刺した。
(ああ・・・もっと呼んでくれないかなぁ・・・でも)
モモコはフルフルと体を震わせながらも下手を打ってガツクがその事に気が付かないように気を付けた。
妙に意識してしまえばガツクはあっさり呼び名を戻してしまうだろう。
(そんなの勿体なさすぎる!)
モモコは何とか平素を装った。
「モモコ?寒いのか?」
ガツクはそう言うともっと体を抱き込む様にし、モモコは危うく「うあっひゃああああぅ!」などと奇声を上げる所だった。
「ああああの!」
「さっきから顔を顰めたり緩めたり・・・挙句に震えて・・・具合が悪いのではないか?」
モモコの赤い顔を心配そうに覗き込むガツクに意識が跳びそうになる。
どうやらモモコの平素を装う行為はまるで無駄だったようだ。
「やっ!あっ!ぐっ具合は・・・悪くはないんですけど。」
(ちょっとくらい・・・チャレンジしてみてもいいよね。あたしだって!)
「モモコ?」
モモコは促すガツクに(頑張って)上目遣いで
「・・・・・寒いです、ガツクさん・・・あの・・あの・・もっとくっ付いていいですか?」
うう・・・・ダメだーこれが自分の精一杯だーこれ以上は無理だー
ビキッ
ガツクが固まる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「・・・・クソッ!モモコ!」
ガツクが乱暴にモモコの肩を掴む。それは引き離すようであり、また引き寄せるかのようだ。
苦しそうな顔は何かを我慢している様にモモコには映る。
「ガツクさん?」
「・・・何故だ?・・・・お前・・・好きな奴ができたのだろう?・・・何故そんな顔をする。」
・・・え?
「あ、あの、好きな奴?って?」
「・・・昨日軍校生等に話していただろう。『私の好きな人は・・・・背がうんと高くて眉間に皺がいっつも寄ってて眼つきが悪くてあんまりしゃべる事もなくてしょっちゅう暴力の気配に包まれていて何かあるとすぐ殴っちゃったり脅したり排除しようとしたりたまにおかしい事を言ったりしたりしてすごくビックリさせられる事が多いんだけど優しくて照れ屋さん』だと。確かに聞いた。」
モモコの言った事を一言一句間違えず、淀みなくスラスラと話したガツクは眉間に皺を寄せたままモモコを見詰め続ける。
一方のモモコはあの時の会話をガツクが聞いていたのかと慌てたが、ガツクが自分の事だと全く思わない事にいささか呆れた。
(ガツクさんて何を思って自分を認識しるんだろ?まんまガツクさんじゃん。しかし・・・これは・・・どうしよう。・・・何か今さら「ガツクさんの事です」何て言うのも恥ずかしいしな・・・でもこのまま勘違いさせておくのも・・・)
モモコはかなり逡巡したが、このままだと自分も周囲もタイヘン事になる様な気がしたので(ガツクに対する経験値は充分貯まった様子だ)羞恥に耐えてガツクの勘違いを正す事にした。それにしても本人には前に告白した様な出来事もあったし、「二回もさせんな!」という理不尽な気がする。が、相手がガツクなのでソコはぐっと耐えた。
「あの・・・ガツクさんです。」
モモコが赤い顔で小さく言うと
「?」
ガツクはモモコが良くする仕草の一つ、小首を傾げた。その様は違和感だらけというか異空間というかひとつ間違えば「お前の命殺っちゃっていい?」と尋ねているようにも見える。とても17も年下の若い女子に告白されているようには見えない。が、今はどうでもいい。
「だ、だから、ガツクさんなんです。」
ガツクはますますわからないという顔をする。
「~~~~~っ!だから!好きなんですよ!ガツクさんの事が!背がうんと高くて眉間に皺がいっつも寄ってて眼つきが悪くてあんまりしゃべる事もなくてしょっちゅう暴力の気配に包まれていて何かあるとすぐ殴っちゃったり排除しようとしたりたまにおかしい事を言ったりしたりしてすごくビックリさせられる事が多いんだけど優しくて照れ屋さんってガツクさんの事です!」
ゼーハゼーハ・・・
息継ぎもせず一気に言いきったモモコは肩で息をしながらもガツクを窺った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・。
その顔は呆けていた。モモコが見るのは二度目になる。
「・・・ガツクさん?」
モモコの呼ぶ声にガツクは意識を戻し、やおら手を上げて口元を覆う。
「・・・・脅したりが抜けている。」
「はい?」
「さっきの言葉だ・・・「脅したり」が抜けていた。」
「・・・あっ・・そ、そうですか・・・」
だからなんだ。
モモコは思ったが口に出すのはやめておいてあげた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
痛い沈黙が落ちる。
(何か言ってよ・・・・)
先程から口元を覆ったまま、部屋の隅を見詰めるガツクにモモコは泣きそうな視線を向ける。
(・・・迷惑だろうなってはわかっていたけど・・・そんな何の反応もないとツライ)
「・・・モモコ。」
「・・・・・・。」
「モモコ。」
「・・・・・・はっ、はい!」
突然ガツクが名を呼んだのでモモコはビックリして反応が遅れる。
「・・・本当に、本当に俺に好意を持っているのか?」
「そ、そうですよ。さっきから言ってるじゃないですか。」
「勘違いではないか?・・・お前はこの世界に身寄りがない。それが只の頼りたい気持ちのすり替えではないのか?庇護を求める者はその対象に疑似恋愛感情を持つものだ。それが異性に対する好意だと何故言いきれる。」
「それはないです!そんなコト絶対にない・・・上手く言えないけど・・・ガツクさんへの想いはそんなんじゃない。」
モモコはもどかしい思いに逸る気持ちのままガツクを見つめる。
「・・・あの俺の仕打ちを受けていてもか?お前に酷い事をした、この俺を。」
モモコの真っ直ぐな思いを受け、辛そうに顔を歪めるガツク。モモコはふっと微笑んで
「酷い事したって自覚はあるんだ?・・・本当に酷いよ。あたしに関心がなくなったのは仕方ないと思うけどもう少し柔らかく」
「違う!」
「へっ?」
モモコは自嘲気味に話していたのを強い口調で遮られキョトンとガツクを見上げた。
「・・・違う。」
「ガツクさん?」
ガツクは首を振りながらモモコを抱きしめた。柔らかな首筋に顔を寄せるとモモコが息を飲む。
「・・・違うんだモモコ。俺は・・・俺は・・・お前にいつか酷い事をしてしまう。いや、もうしていたんだ。」
「ガツクさん?」
「お前が俺の側に寄れば寄るほどお前を離したくなくなるんだ。今は・・・今はいいかもしらんがお前は若い。数年・・・いや何ヶ月か後俺などよりもっと若くて女の扱いに長けた奴を好きになれば。」
(・・・・・・ん?)
「ね、ねえ、ガツクさん、待って」
「その時・・・・俺はお前を離す事など出来はしない。絶対に。お前を監禁するくらいの事はしそうだ。そうなってからでは遅い。・・・・だが・・・だが。どうすればいいんだ・・・」
「ちょ、ちょっと待ってっば!」
モモコは体を捩ってガツクの腕をぺチぺチと叩き言葉を遮った。
「意味わかんないよ!ガツクさんの言ってる事。でも・・・もしかしてだけど。・・・もしかしてだよ!?もしかしてだけど!・・・ガツクさんも、あたしの事・・・その・・・す、好き、なの?」
(うう・・・何かこういう事聞くのって自意識過剰っぽくてイタイぞ。もし間違ってたら熱があったって事に)
「そうだ。」
(だよね、熱のせいに・・・・ん?)
「えっ・・・ええっ!」
「・・・・・・。」
「あっあのっまさかほんとに!?そうなの?そうなんですかぁ!?」
「ああ。というか気付いていなかったのか?そっちの方が驚きだ。」
「う、うん、いや、もしかして~っていう時はあったけどガツクさんだし。間違った方向に走った行動かなぁ、なんて・・・えへ。」
ガツクが嘘だろ?的な顔をしたのでモモコは最後笑って誤魔化した。
ガツクがため息を付いて優しくモモコの髪を梳くとモモコは照れながらもガツクを見詰めた。モモコが大好きなあの頬笑みがガツクの顔に広がる。
「・・・そんな目で見るな。我慢が効かなくなる。」
ガツクが掠れた声で言い、頬をゆっくりと撫でる。がモモコはガツクから繰り出された独り言の様な告白の中に気になる箇所があった。なので、
「ガツクさん。」
「何だ。」
「聞きたい事があるんですけど。」
ガツク限定の脳内ピンクな空気にストップをかけた。
「何でも聞け。」
愛しい女からの質問である。自分の知っている範囲の事なら昨日食べた食事の感想から果ては過去の戦いに置いて、敵の詳細な殺し方についてまで何でも答えようと気軽に応じた。
「ガツクさんとあたしって、そ、その・・・お互いに好きなんだよね。」
「そうだな。」
「・・・じゃ、じゃあ、あの・・・雪まつりが終わった時のガツクさんの行動って何だったの?あたしに言った事も・・・本心ではなかってって事?」
キタ
慎重にも慎重を喫し、言葉を選びに選んで厳選し尽くし、尚且つ深海の如く深~~~~~い謝罪と、真摯に愛を訴えなくてはいけない場面に、
「あの事か・・・無論、俺の本心ではない。」
この男は
「どういう事?」
生涯最大の大失言を零してしまう。
「俺の性格を知っているか、モモコ。」
「うん、大体は。」
モモコはモヤモヤとしたモノを抱えながら素直に返事をした。まだ。
「俺が一旦執着すると並みの事ではそれを手放さん事は。独占欲が激しい(レベルだろうか?)のは?」
「え・・・・・あっ・・・」
モモコは過去、何回も迷惑を被って来た(主に周囲の方達)騒動に思い当たった。
(あれってそういう事だったんだ・・・結構前からそれらしい事が・・・うう、あたしってもしかして鈍いのかなぁ?・・・ん?猫の時もあった様な・・・)
モモコが自分の激鈍具合と、ガツクの変態具合に気付く前に、当の特殊な嗜好の大男が話を進める。
「いいか、よく聞くんだモモコ。」
腕の中でキョロンとしている毛布一枚素っ裸の自分を覗き込んでこれまた毛布一枚素っ裸上半身裸のガツクは真剣に・・・・爆弾を投下し始める。
「お前は若い。子供と言ってもいいぐらいだ。」
ピク。
モモコが小さく反応する。
「人生経験も少ないお前には多分に恋愛の経験も少ないだろう。」
ムッ
モモコはいささか、カチンときてガツクを見た。
「お前は俺を好きだと言ってくれるがこれが何年も続くかどうかはわからない。特に若いうちはコロコロと変わるものだ。」
ちょっと・・・
モモコは今度ははっきりと眉間に皺を寄せた。
「対して俺は一度是と云う返事を貰えば何があろうと誰が何と言おうとお前を絶対に離さない。いつかお前が俺から離れたいと思った時、」
・・・・ゴゴゴゴゴゴゴgg
「俺は執着のあまり何をするかわからない。・・・だから・・・だからお前を遠ざけた。俺から守るために。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・ブチッ
モモコ、キレた。
お前を傷付けたくないんだ、酷い行いだとは思っている、だが、ああでもせんと・・・等とガツクが続ける声も最早耳に入ってこない。モモコの顔はすっかり青褪めている・・・・あまりの怒りに。
モモコはもがく様にガツクの膝から降りると立ち上がり、無言で干してあった下着を取ると着つけた。まだ湿っていたがそんな事は構わない。次いで服を乱暴に掴むと呆気に取られているガツクを尻目に勢いよく山小屋のドアを開けた。
いつの間にか時間が経っていたようで、まだ薄暗いが外は朝になっていた。昨日の吹雪が嘘のように治まり、辺りはキィンとした静謐な空気に包まれている。
モモコは裸足でその雪の中へと踏み出した。怒りのままにズンズンと。
「モ、モモコ!!!」
モモコの突然の行動に硬直が解けたガツクが慌てて追いかけてくる。だがこれにもモモコは構わずそれどころかガツクから逃げるように走りだした。
「モモコ!待て!どうしたというのだ。そんな恰好で外に」
ガツクは当然あっさりモモコに追い付くとその小さな腕を掴んだ。
が。
「離してっ!!」
モモコはガツクの手を振り払う。
「モモコ・・・」
ガツクが強い拒絶に戸惑い、モモコの名を呼ぶ。だが振り返ったモモコの頬が濡れている事に気付くと言葉は続かず棒立ちになった。
「・・・っう・・っく!ふ、ふざけないでよ!何が子供だからだよっ!何があたしを守る為だよ!全部・・・全部ガツクさんの勝手じゃん!何で一人でみんな決めちゃうの!?ガツクさんがそんな事するとか・・知らないよ!あたしの気持ちは?それはどうなの?関係ないの!?あたしがっ・・・!あたしがあんなこと言われてどんなに悩んだかわかってる!?どんなに傷ついたか、どれだけ泣いたかっ!」
ガツクは目を見開いたまま呆然と立ち尽くした。
ぼたぼたと大粒の涙が頬を伝い、モモコから嗚咽が漏れる音だけが明け始めた雪原に零れる。
何か・・・何か言わなければ・・・
だが麻痺したように舌は動かず、手足は縫い止められたかのように動かない。
違う。
違うでしょ。
ガツクさんの言いたい事はわかる・・・具体的に何されるかわからないけど言いたい事はわかる。
あたしの事、あたしの先の事考えてくれたんでしょ?
その為に自分の事諦めさせようとしたんでしょ?
それはわかる、わかるよ。
でも。
でもそれは違うでしょ。
確かにあたしは未熟で。まだまだガツクさんに追いつけてないし、釣り合ってないと思うけど。
でも。
二人の事でしょ?
あたしの事でもあるし、ガツクさんの事でもあるじゃない。どうしてあたしを置き去りにするかなぁ。
あたしの好きはガツクさんの好きとは違うの?
その好きに子供だからとか経験がないとか。
一言でもいいから言ってよ。
何でも一人で決めないで。
置いてかないでよ。
一緒にいたいのに。
「・・・・もう、いい。」
やがてポツリとモモコが呟く。
冷たい雪に埋もれた素足がジンジンと痛い。毛布を握る手が震えている。
ガツクがビクと体を揺らすのが視界に入った。
疲れた。怒っていて、遣る瀬無いし・・・悲しかった。
「もうガツクさんなんて知らない。自分勝手なガツクさんなんか。ガツクさんがそうならあたしも勝手にする。」
モモコは再びガツクに背を向け歩きだした。
「・・・モモコ・・・・待っ」
ガツクの金縛りが解け、体を動かしたその時、
ドウォオゥッ!!!
突然2人の間に雪煙りが舞い上がり、ナニカが地面から飛び出してきた。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーーーーーン!!!!貴女のシス・フェザーラン!ここに推★参★!!」
シリアスな雰囲気があっという間に霧散な不思議。
ナゼ出した!いやナゼ出てくる!だって出てきたんだもん!
完結・・・・出来るのか!?待て次回!!!