7-8 やっぱりね。です
「おはようモモコちゃん、そろそろ出発しようと思うけど準備はいいかい?」
「おはようございます、ダイナンさん。はい、いつでも行けますよ。」
モモコは取材メモに書きつけていた手を止めると、この心優しき(故に生贄に捧げられやすいジャンケンも弱い運も悪い)少将を見上げた。
幾人かのけが人が出たものの、予定通り登頂を果たし、今は下山の準備が始められていた。モモコはもちろんそこまで同行はせず、ヘリなどで追いかけつつ取材をする予定で、今は下山を始めた隊士達&軍校生達の様子をレポートしている。
「ダイナンさん達が先導でした?」
「そう。下山ルートに何かあったら大変だし。それに・・・」
ダイナンは曇り始めた空を心配そうに見上げた。山の天候は変わりやすい。特に今、冬から春に変わろうとするこの頃は不安定で、昨日快晴だったかと思うと今日には吹雪いているといった具合だ。油断は決して許されない。
「この空・・・もしかしたら荒れるかもしれない。風も出てきたし。」
「そうですか・・・では急いだ方がいいですね。」
「うん。ヘリとの合流地点まで少し遠いからね。荒れる前に乗った方がいい。」
モモコはダイナンの難しそうな顔に気を引き締めるとメモを仕舞い、靴ひもをしっかり締め直してリュックを担いだ。
(・・・・あっ!)
モモコは下山先発グループにガツクがいるのを見て軽く息を飲んだ。ガツクは木に寄りかかって腕を組んでいる。モモコの顔が少し曇る。
(・・・・・声掛けた方がいいんだろうな・・・でも・・・)
この同行取材中、ずっと無視され続けられた身としては、声を掛ける事はなにより、近寄るにもいささかの勇気がいる。それに・・・
(どうせ話しかけたって無視されるに決まってるもんな・・・もういいもん、ガツクさんなんて)
多少拗ねていた。
モモコは恨めしそうにガツクを見て、フンと鼻を鳴らすと傍らに居たカインとダイナンに笑顔で話しかけた。
「カインさん、ダイナンさん、よろしくお願いしますね。」
モモコの挨拶にカインはキョトンとすると
「俺は先発じゃないよ?」
「え?でも、打ち合わせに・・・」
「あれ?連絡行ってなかった?ゴメン、実は軍校生に具合の悪い奴らがいてね、搬送するかどうか微妙な事態になりそうなんだ。」
「そうなんですか・・・。」
「うん、で俺の代わりと言っては恐れ多いけど、ガツクさんが同行するから。」
「えっ!?」
モモコは今度は声に出して驚いた。途端ガツクからジロリと睨みつけられる。
「・・・俺では不服そうだな。」
うわぁ。
「そんな意味じゃないですけど・・・」
モモコは首を竦めて口籠った。
カインは苦笑して
「少し人手が足りなくなりそうでね、先発グループの何人かは残ってもらう事にしたんだ。穴埋めにガツクさんが入るから。ガツクさんなら俺達何百人分にも相当するし。」
はははーと乾いた様に笑うカインの説明を口を半開きにしながら(ガツクはモモコの口に指を突っ込みたい衝動を堪えている)聞いていたモモコはドキドキしてきた。
(ガツクさんと一緒に下山か・・・おおう・・・ヤバい。どうしよ嬉しいドキドキしてきた)
あの広い背中を見ながら、もしくは後ろに感じながら歩くなんて・・・ここ何日かで一番ガツクに近づけると気付いて自然、緩む頬をモモコは必死に引き締めた。
「あ、あの、よろしくお願いしますね、ガツクさん。」
モモコは頬を赤らめながらガツクを見上げると多少ぎこちなく微笑んだ。
(・・・っ!モモコ!!!)
モモコの笑顔を久し振りにまともに見てしまったガツクはクルっと回れ右をすると、何を思ったか近くにあった木に頭突きをかました。
バキッ!ミシミシミシ・・・・ズドゥン・・・・
その攻撃に耐えられず轟音を響かせ倒壊する大木。固まる周囲。啞然とするモモコ。ツンドラのような空気。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
ハッ!
我に返ったモモコは倒れた大木と動かないガツクを見て駆け寄ると そっ・・・とガツクの袖を掴んだ。ビクッと揺れるガツク。「やめてー!!!」と心の中で絶叫するカインとその愉快な仲間達。
「・・・ガツクさん?」
先程大木を死に追いやった大男はギギギと振り返る。
「やっぱり・・・おでこ赤くなってますよ?切ってないですか?」
(木の心配をしてやれよ!あいつなんか折れてんだぞ!)カインとその愉快な・・・
木に頭突きした位でどうにかなるガツクではないが、何かが抜けているモモコはガツクの額の心配を普通にした。クイクイと掴んだ袖を引っ張る。
「ガツクさん、少し屈んで下さい。」
久し振りに本当に久し振りにモモコを間近に感じて、なすがままのガツクはモモコの顔をガン見しながら素直に片足を付いた。モモコはポケットからハンカチを取り出すと手を伸ばしてガツクの木端が付いた額を優しく拭い・・・・
「ハイ取れました。すり傷もなくてよかったです。」
満面の笑顔で・・・・・・・止めを刺した。
「カっカカカカカカベだっ!!今すぐ壁の用意を!!」
それまで呆然と2人を見ていたカインが突然叫んだ。何が起ころうとしているのかは分からないが、今から軍部に入ろうとしている軍校生に見せてはいけないモノだろうっ!そんな悪寒がする!寒気がする!軍部始まって以来、初の雷桜隊入隊者0という汚点を叩きだすかもしれんっ!!カインは本能という名の雷に打たれ、命の叫びを仲間達に上げた。
オオオォォオオオ!!!
同じ雷に打たれた隊士達は瞬く間に全員集まると、日頃の過酷すぎる訓練で培った団結力で目にも止まらぬ速さで隣の同僚と肩を組み、第二隊は第一隊の肩に乗ってこれまた肩を組んだ。二段構えの壁である。
直後、あちこちに生えている大木群にガツクが頭突きをかましてはへし折るという森林破壊が始まった。
先程よりも酷い光景にモモコの混乱も拍車がかかる。
「えっ・・・あ、あの皆?あっガツクさん!ダメ!おでこがもっと赤くなっちゃう!ガツクさん!」
ドガーンドガーンと響く破壊音に、遠巻きに見ていた軍校生もザワザワと騒ぎだす。
「何だ?何かあったのか?・・・なんだこの音。」
「怖いなー、只でさえ天気悪くなりそうなのに・・・」
「つうか先輩達何してんだ?組体操?」
「雷桜隊がか?聞いた事ねぇよそんなの」
「もしかして激レアなもんじゃないか?もう少し近くで見ようぜ!」
フッ
カインは気が遠くなるのを感じた・・・・・
うわぁーキレイ。
モモコは吹雪く雪にも負けずに凛と咲くスノウホワイト(花)に見惚れた。
(こんな過酷な環境にも負けずに・・・まるで・・・)
モモコの目にそれはこれまでのドミニオンに見えた。
(カメラ!)
モモコは降り出した雪や風に邪魔されながらもリュックを降ろすとゴソゴソと中を漁りだす。
「クロックス、遅れるな。」
途端、ガツクの低くだがよく通る声が立ち止まるモモコを促す。
「あっ・・・ちょっと待って!待って下さい!少しだけ!」
何かあるのかゴソゴソとリュックを漁るモモコを見、荒れ出した空を見上げてガツクはため息を付いた。
「早くしろ。」
と、連絡機が鳴ってカインから体調不良者についての定時連絡があった。ガツクは話しながら前列で止まって2人を待っていた部下達に進むよう促すと、そのままモモコに背を向けてカインと話し始めた。
一方漸くカメラを取り出したモモコ。とその時、ポロっとある物がリュックから落ちた。
「あっ!」
それはポトッと地面に落ちると折しも吹雪いた風に煽られビュウと舞い上がる。モモコはカメラをリュックに戻すと慌てて追いかけ始めた。
「待って!」
必死なモモコの声に留められてか、その物は突き出した枯れ枝に辛うじて引っ掛かった。
「やたっ!」
ホッとしたモモコだったが走り寄って驚いた様にその手前で止まる。
「が、崖・・・」
枝が突き出た向こうは断崖絶壁の崖であった。その下は雪解け水で増量した川が轟々と唸りを上げて流れている。
(落ちたら一巻の終わりだ・・・でも)
ゾゾッとモモコの背筋が走る。だが諦めきれぬように枝に引っ掛かったあるモノを見た。それは。
ピンク色の平たいお面、あのウサちゃん魔王のお面であった。モモコはこの思い出があり過ぎるお面を仕舞う事が出来ず、同行取材の際には必ずリュックに入れて持ち歩いていたのだ。
(これがあると何か・・・勇気が出てくるんだよね、もうお守りって感じ?)
夜、テントの中でお面を引っ張り出し、ニヤニヤ笑うモモコの不気味な光景があるのは・・・ここだけの話にして置いた方がいいだろう。
とにかくそれほど大事なウサちゃん魔王が今ピンチだ。
モモコは白く吹雪く雪の向こうのガツクを振り返った。こちらに背を向けて誰かと連絡機で話している。
(何かあったのかな・・・)
ガツクにお願いしようと思ったが生憎電話中のようだ。モモコはしばらく逡巡していたが意を決するとじりじりとお面の方に近寄って行った。
ガツクが少々込み入った通話を終えてモモコの方を振り返ると、リュックを残して姿がなかった。
「!」
急いで引き返し辺りを見回す。
と、右方向にチラチラと動くものが見え、ガツクはモモコのリュックを背負うと走った。
「もうちょっと・・・・」
モモコは木の枝に掴まりながらウサちゃん魔王の方へ手を伸ばした。風に煽られ時折 面が指先が掠る。
「下を見るな・・・下は見ちゃだめ・・・」
モモコは震える足をもう少し擦りだす。バタバタと踏まれた雪が崖から落ちて川に消えていった。
掴んだ枝が汗でズルッと滑った。慌てて掴み直す。
(早くしないと・・・ガツクさんに皆に迷惑掛けちゃう)
皆に気付かれる前に元の場所に戻らなければいけない。自分を捜しに引き返してくるだろう皆の難儀を考え、モモコは深く深呼吸すると思い切って大きく足を踏み出し、手を伸ばした。
「やった!」
勢いをつけて伸ばした腕は今度こそ面に届き、モモコの手にしっかり収まった。
その時。
バキッ!
掴んでいた枝が・・・折れた。
足が雪の上を滑り、倒れたモモコの体は空中に放り出された。
う そ
身を切るような風を頬に受け、現実感がまるでない浮遊感を感じた、モモコの目に。
「モモコっっ!!!」
軋むような声で自分を叫び、こちらに走ってくるガツクの姿が見えた。
ガ ツ ク さ
ガツクは迷うことなく地を蹴った。
下は川か。
ガツクは圧力まで感じる墜落のスピードを無視してモモコの腕を引き寄せると、胸に取り込んでモモコの頭を抱え、落下の衝撃に備えた。
あー落ちる落ちる・・・・やっぱ落ちた。
・・・へイ!王道!・・・・でもないか。