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偏屈さんと一緒  作者: ロッカ
75/84

7-3 貴方とだけ。

「・・・あのバカに何が起こったのかはわからねぇが・・・これだけは言える、アイツは今でもお前の事を大事に思っているぜ。」


ガツクから決定的な言葉を聞いた夜の翌日、昼ごろホクガンはモモコの部署部屋に来て開口一番こう言った。


「ホクガン・・・・」


モモコはホクガンを出迎えようと立ち上がったまま、黄金色の長髪を無造作に後ろに結わえた大男を見上げた。

強い光を宿した眼はモモコを真っ直ぐ見ている。


「何一つ、疑うんじゃねぇ。」


ホクガンはモモコの前を通り過ぎるとドスンとソファに座った。

ムスッとしたままなのはどうやらガツクの態度にイラついているからのようだ。

モモコは傷ついた心がまたほんのり暖かくなるのを感じる。


「あたしは・・・大丈夫だよ。」


モモコはホクガンに熱いお茶を出すと向かいに座った。


「・・・ホントかよ。」


ホクガンが顔を顰めたまま疑わしそうに見るのを苦笑して受ける。


「そりゃ・・・全然ってわけじゃないけど・・・今朝ね、テンレイさんとダイスさんが来てくれてホクガンと同じ事言ってくれたんだ。皆だけじゃなくて、カインさんや仲良くなった雷桜隊の皆、他の隊士の人達、大将さん達、奥の職員の皆さん・・・」


今朝から電話、連絡機は鳴りっ放し、訪問も相次いでいた。

さりげに慰めたりあからさまにガツクを罵ったり(主にテンレイ。奥の職員、軍部の数少ない女性隊士等)関係のない話をして気を使ってくれたり。


「へぇ・・・」

「だから、大丈夫。ホクガンもありがとう、心配してくれて。」

「フン!・・・・もっと感謝しろ。もっと俺を称えろ。」


偉そうにふんぞり返るホクガン。

だがコレはホクガンなりに何でもなさげを装っているからだ。

モモコはそれを口には出さず笑顔で頷いて返した。

あれこれとガツクとは関係ない話を続けるホクガンを見ながら、モモコは昨夜の侵入者達の事を思い出していた。


(ホクガンに教えてあげたいけど・・・・)


シスに口外するなときつく言われている。






モモコはこれまでの事を時に詰まりながら全て話した。が、自分が異世界人で猫の姿だった事は話がややこしくなるし関係ないので省いた。


「ハァ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


話を聞き終えたシスは額を抑え、長々とため息をついた。

ステルスを見ると眉を顰めて呆れた顔だ。


「あ、あの・・・それだから・・・あたしがガツクさんのお嫁さんとかっていうのはないと思います。」


モモコは満ちる、何とも言えない空気に?となりながら話を結んだ。

シスがモモコを見た。なんとなく生温かい視線なのが気になる。


「コクサって【バ・カ】だったんですね。あの人を人と思わない人でなしにこんな感情ががあるとは意外でしたが・・・歩く兵器にも弱点がありましたか。」


ステルスはバカを区切るように大きく言った後結構失礼な事をすらっと言った。(否定できないところが何とも・・・)


「え。あ、あの」

「話はよーくわかった。で、これから嬢ちゃんはどうしたい。」

「・・・・・・・・正直・・・わかりません。いえ、あの、ガツクさんに、・・・だ、大事なひ、人が出来たのなら、もちろんあの家から引っ越さなくちゃいけないし、分をわきまえるのも・・・当たり前です。でも今は・・・何から手を付けていけばいいのか・・・。」


モモコは首を振って項垂れた。その顔は迷子のような途方に暮れたものである。

シスはうんうんと頷きながら話を聞いている。しかしてその頭の中身は


(ダイジョーブだモモコ。あの人外小僧にそんな甲斐性あるわけねぇ。アイツがンな器用な男だったら俺なんか今頃、あっちこっちにハーレム作っとるわ)


とか思っていた。ちなみにステルスは


(そんな奇特で特殊な女性は、世界中で貴女ただ御一人だと確信を持って思われるので、無用な心配なのでは)


と相変わらず失礼な事を考えていた。


そしてシスはおもむろに口を開く。





「そうかそうか、そりゃそうだよなぁ。ならよ、ちょっくら俺らと世界中を旅してみねェか。」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?


何が「ならよ」なのか。

モモコは聞き違えたかと思い、


「・・・あ、あのー・・・よく聞こえなかったんですけど、えーと一緒に、」

「おう、俺らと世界中を回ってみねぇかって言ったぜ。」


聞く前に肯定された。


「せ、世界中・・・ですか。」


しかもちょっと其処までという感じでもない。

シスは悪戯っぽく笑い、目を輝かせてモモコを見、頷いた。

目の端でステルスが額を抑えているのが見えた。何やら呪詛を呟く声も聞こえる。


世界中・・・・


モモコはドミニオンから一歩も出た事がない。世界がどんなところかどんな人達が居てどんな暮らしをしているか実際に目で見て触れた事はなかった。友好国であり、隣国のべリアル帝国にすら行った事がない。


「楽しいぞぉ、見るもの聞くものドミニオンにいたら一生体験できない事ばっかりだ。お前の事は俺がしっかり面倒見るからよ、不自由はさせねぇぜ?こんな嫌な目に合ってる国なんて逃げ出そう。な、いいだろ。行こうぜ。」


シスは大袈裟な身ぶり手ぶりをしながら屈託なく笑うとモモコを誘った。






愛おしむあの光が見えない


圧倒的な熱を持って自分を見ろと訴えてくるあの目が見えない


取って代わったのはガラス玉のような何の感情もない黒い目


そこに写っているのは否定され蒼白になり呆然としている自分だ





逃げる・・・・ココから逃げれる・・・・


軍部から出れば総所から出れば・・・・ドミニオンから出て行けさえすれば

もう嫌な事はなくなる?・・・・

もうあたしに関心がないガツクさんを見ないでいい・・・・

声を掛けてくれないかと目を向けてくれないかと儚い期待もしないでいい




モウ・・・モウ・・・キズツカナイデスム





モモコは瞬間、「行きます」と声を上げそうになった。が、テーブルにきちんと揃えた書類が眼に入った。

ホクガンの執務室から借りてきた資料だ。

何でもいい、取りあえずあの場を収めようと手当たりしだいに持ってきた物だったが・・・・


”俺を本気で怒らせるなよ、ガツク。”

”大丈夫?モモコ。”

”泣きそうになっとるモモコを見て何も感じんのか。”


皆・・・・


モモコはギュッと目を瞑ってゆっくり開いた。スッと顔を上げシスを静かに見上げる。


「私・・・・行きません。」

「・・・・・・・。」


シスが目を少し狭めた。そこからは何を考えているかは窺えない。

モモコはそんなシスを見て目を逸らすとゆるゆると首を振りながら続けた。


「ヤな事ばっかり、でもないですよ。まだここには居場所が・・・仲間がいますから。任された仕事もやっと手応えを感じ始めた所なんです。・・・・・ガツクさんの側にはいられなくても・・・私、ココが好きです。」


モモコは光を戻した目を向けて微笑む。頼りなさげな光だ。だが確かにある。

シスは「ガツクさん」のところでモモコが少し震えた事に気が付いたが何も言わずに微笑んだ。


ーまだ頑張れそうだなー


「そうか。」

「はい。」

「一緒には行かねぇか。」

「はい。」

「ガツクに邪険にされてもか。」

「・・・はい。」

「お前の事、気に入ったぜモモコ。」

「はい。・・・って!ええっ!?」


シスは今度は人が悪そうにニヤッと笑って


「いい女だな、ガツクにゃ勿体ねぇ。なぁ、ガツクに見切りがついたらよ・・・俺の仲間にならねぇか。お前に・・・世界を見せたいな。いろんな経験をさせてやりてぇ。そしたらお前・・・もっとイイ女になるぜ。」


ポカンとしてシスを見たモモコだったが、急激に顔が赤くなりシスをまともに見れなくなった。


「何本気で口説いているんです。」

「いや~いい眼してるぜ。育てたくなった。」

「言動が変態オヤジそのものですよ。死んで下さい。」

「ヒデェ!!・・・どうしてお前はこう人の胸を抉る事ばっかり言うんだよ?オジさんのピュアなハートをなんだと思ってんだ。」

「オジさんではないでしょう、クソジジィの間違いなんじゃないですか。それから貴方のハートは私にとってボロ雑巾です、靴の汚れを拭くには最適ですクソジジィ。」

「滅多打ちってこの事!!?」


ギャーギャーと喧しく、しかし小声で器用に騒いでいる2人を見てガツク達3人の何時もの光景を思い出した。


「フェザーランさんは」

「シスでいいぜ。」

「お待ち下さい、通り名のほうがよろしいでしょう。」


すかさずステルスから待ったが入る。


「いいじゃねぇか、固い事言うな。」

「貴方の身はあなた一人のものではないんですよ、弁えて下さい。若い女の子に本名を呼ばれて見っとも無く浮かれる気持ちもわからなくは・・・いえやはり下衆ゲスの気持ちはわかりませんが」

「おいぃぃい!」

「とにかく自重して下さい。」

「ちぇっ・・・わかったよ。モモコ。」

「はい。なんて呼んだらいいですか?」

龍冴りゅうご。爺臭い名前だろ?」

「ジジィじゃないですか。」

「そ、そんな事ないですよ!カッコいいです!・・・で、あの・・・」


モモコはまた始まりそうなじゃれ合いに慌てて口を挟んだ。


「・・・・小僧どもの事か?」

「ええ・・・・何故・・・会いに行ってあげないんですか。ガツクさん達・・・龍冴さんに会いたがってました。シラキさんだって・・・・」





「俺は・・・去った人間だ。それだけでいい。」




・・・・・・・・・・・・・


会いたくない、わけではないだろう。ガツク達を我が子の様に可愛がっていたとシラキに聞いた事がある。会えない理由か何かがあるのだろうか。静かに微笑むシスにモモコはそれ以上言えなかった。だがしかし、話を聞いてみると何年か前からちょくちょくドミニオンに来ているようだった。シス達はしばらく雑談した後また来ると言って静かに出ていった。






いつか・・・・会ってくれるといいなぁ・・・ガツクさん、喜ぶだろうな。




「お前・・・人の話聞いてるのか。」


あ。


モモコはホクガンの不機嫌そうな声に回想から還った。


「ゴメン聞いてなかった。」

「アッサリ言うな。・・・ったく。一ヶ月後、年末恒例の【夜会】がある。着飾って出ろよ。」

「夜会?着飾る?・・・なにそれ。」

「日頃から頑張っている総所の職員達を労う大規模なパーティだよ。総所のあちこちの会場で色んな催し物をしたり踊ったり、美味しいもんを食ったりして楽しむんだ。毎年年末ごろやるんだよ。」


(忘年会みたいなものかな・・・?)


「あたしも?」

「お前は一応今年の顔でもあるんだぞ。自覚ねぇのか、お前がいたら盛り上がるんだ。」

「・・・・・・・。」


でも・・・ガツクさんにも会う、のかなぁ。だったら・・・どうしよう。


「ガツクの事なら気にすんな。」


うっ・・・気付かれてる。


「アイツはこんなもんに興味ゼロだからよ。一応顔だけは出すがほんの10分、20分程度だ。目も合わないだろうぜ。」


ホクガンは尚も続ける。


「おい、お前がこの仕事をやると決めた時、俺が言った事覚えてるか。」



モモコは何時にない、強い目で己の覚悟を聞いたあの日のホクガンを思い出した。


「・・・・うん、覚えてる。」

「まさかあのガツク対して示す事になるとは思わなかったが、誰が相手だろうと同じだ。わかってるよな。」




誰に対しても卑屈になるな、自分を貶めるな、それでもわからねぇ奴には死に物狂いで認めさせてやれ。




モモコはまた少し目に光を戻す。


「わかってる・・・ちゃんと準備するね。」

「・・・・それでいいんだよ。」


ホクガンは満足そうに笑うとクシャリとモモコの頭を撫でた。



「あ、恋愛的意味合いはないぞ。どっちかっていうと末っ子の妹とか出来の悪い弟子に対してる感じだからな。」



「ホクガン誰と話してるの?」


モモコはあらぬ方を見て妙な事を言うホクガンに首を傾げた。








モモコは前から歩いてくる人物に息を飲み、固まった。

ずば抜けて大きな体躯。肩で風を切り、隙のない身のこなしで歩いてくる。黒い髪に黒い眼、それは何処までも鋭く周囲を圧倒した。




ど、どかなくちゃ。




モモコはぎこちなく体を動かし廊下の隅に身を寄せた。顔は俯いたまま。


彼が通り過ぎる、その一瞬。


黒のコート、袖口から覗く大きな手が見えた。


風を残して彼が去っていく。





「・・・・お疲れ様です・・・ガツクさん。」





モモコはやっとの思いで口にしたがきっと聞こえなかっただろう。それほど小さな声だった。






モモコがガツクの元から引っ越し、一ヶ月が経とうとしていた。

ホクガン、ダイス、テンレイだけでなく、他の皆は変わらずモモコに接してくれたがガツクだけは違った。「一員として扱う」と言った言葉に誇張はなく、広報課に用事があればカインや書類で済ませ、モモコがガツクに用があればきちんとアポイントを取ってから行われる。今のところそんなアポはなかったが。


「・・・あっ!遅れる!」


モモコはしばしボーッとしていたがハッと時計を見て慌てて駆けだした。


「ごめんなさいテンレイさん!」

「あら、いいのよ。そんなに急がなくても時間はまだ充分あってよ。」


テンレイは最終点検を終えて振り返って言った。(これがホクガン達ならば小一時間の説教が待っているのだが)


「わぁー・・・」


モモコは完成した夜会用のドレスを見て感嘆の声を上げた。


「こんな綺麗なドレス・・・ほんとにあたしなんかが着てもいいのかな。なんか・・・気後れしちゃう」


モモコが少し不安そうにテンレイを見る。


「何言ってるの。モモコのサイズに合わせて作られているのよ?モモコ以外誰が着るの。・・・大丈夫、このドレスに負けないぐらい素敵にしてあげるわ。まずはお風呂に入ってらっしゃい。もう女の戦いは始まってるのよ?」


悪戯っぽく笑ってテンレイはモモコを浴室へと促した。

モモコの姿が消えると、


「ガツク・・・モモコを例えどんな理由があるにしろ手放した事・・・今夜はたっぷり思い知らせてやるわ。」


メラメラと碧の目を燃やしてテンレイはあの「冷酷冷血流れてる血は絶対青い鉄仮面人でなし注意報発令中男」に戦線布告した。


今夜は夜会当日。

今日と明日、総所は休みを取って一年間のお互いの労をねぎらう日だ。皆、一か月前からウキウキとタキシードやスーツ、煌びやかなドレスを用意してこの日を待ちわびていた。


お風呂から上がったモモコはプロのスタッフによって(テンレイも勿論嬉々として混ざった)頭のてっぺんから爪先まで徹底的に磨き上げられた。





「す・・・すごい!!すごいよ皆さん!!魔法使いだよ!マジでミラクル!!」


モモコは鏡に映った完成された自分を見て、どや顔で立つテンレイとスタッフを褒め称えた。


光沢のある生地で作られた濃いブラウンのドレス。袖はパフスリーブ、襟元はハイネックだが後ろは肩甲骨の下まで開き、モモコの真っ白な肌を晒している。

スカートは踵まであるが中央を開け、そこは透けるレースが幾重にも覆い、チラリと見える白い脚が扇情的だ。

今夜はモモコの髪もドレスに合わせクルクルと巻き、ブラウンの小さなリボンを沢山散らした上、真珠、濃いピンクの蝶と黒の蝶をあしらったヘッドドレスを頭に飾った。

仕上げに薄くメイクを施しピンクのルージュとグロスを引いて完成だ。


「可愛いー!!可愛いわ!!ザマ-ミセらせガツク!臍を噛んで口惜しがればいいわ!!バーカバーカ!!ホォーッホッホッホー!!!」


「テ、テンレイさーん・・・・」


モモコは明後日に向かって高笑いするテンレイを焦った気持ちで一応止めた。

このままだとドコかに行ってしまいそうなテンレイを漸く止め、テンレイの支度が済むともう始まっている会場へと足を運んだ。





「おー!可愛いじゃねぇかモモコ。お前も綺麗だな、さすが。」


ホクガンは入って来たモモコとテンレイに世辞ではなく、褒めた。


「モモコは何着ても似合うが今夜は特別だの。」


ダイスも恥ずかしくなるほど褒める。





「フフフフ・・・・もっと褒め称えなさい。崇めなさい。靴の裏でも舐めるといいわ!」




・・・・・・・・・・・・・・・・・。


「・・・どーしたコイツ。」


ホクガンは今夜も相変わらず美しい、けど、目が恐い事になってる妹を見てモモコに訪ねた。


「いや・・・あたしにもわかんないけどテンションは高いよ。」

「テンレイはどんな姿でもええ女じゃ。」


うっとりとテンレイに見惚れるダイスを、シラーとした目で見てからモモコはこっそり会場を見渡した。


「ガツクならまだ来てないぜ。」


ホクガンが目敏く言うとモモコは首を竦めた。


「・・・あ・・・うん。ほんとに嫌いなんだね、こういう催しとか。」

「嫌いっていうか意識の欠片にもないと言った方がいいな。なぜ出席しなければいけないかではなく夜会そのものが頭に入ってない。天気予報の方が覚えてるんじゃないか?訓練や任務に少し影響するからな。」


ああ~・・ありそう。


モモコは苦笑した。そしてもう一度会場を見渡す。

色とりどりのドレスを着た綺麗な女性達。ビシッと決めたタキシードやスーツに身を包んだ男性達。大袈裟にならない程度にまとめられたロマンチックな会場。グラスを交わす音や笑いさざめく笑顔の人達。中央では楽団の音楽に合わせて優美にだがリラックスしてダンスを楽しむ人達で混み合っている。


「踊るか?」


頭上からホクガンの声がするもモモコは首を振った。


「ううん。」

「何だよ。ガツクじゃなきゃダメってか。」


ギク。


「あ~・・・うん、それもあるんだけど、えへ・・・。実は昨日ダンスの練習中に少し足首を捻ったみたいでちょっと痛いんだ。だから今夜は無理して踊らないでいようかなって。あんまり上手くもないし。」


モモコは否定してもホクガンにはお見通しであろうと素直に肯定した。


「ったく、お前は・・・。でもよ、センスがなくったってダンスはノリだぜ。ちっとステップ間違えてもいいじゃね?・・・おっ、見ろよ。」


ホクガンが行儀悪く顎をしゃくった先にはダイスがテンレイをエスコートして中央に進んでいるところだった。

楽団が楽しげなワルツを奏でると銀黒と白金が一礼して踊り始めた。


「ふわぁー!凄ーい!息ピッタシ!」


そこには普段憎まれ口を叩きあっている2人はいず、微笑み合ってダンスを楽しむひと組の男女がいた。


「ふーん。・・・何か進展でもあったのかねぇ。」


モモコはホクガンの何気ない言葉にズキッと心が痛むのを感じた。





もし・・・もし、ガツクさんが変わらなければあそこで踊っていたのは自分だったかも・・・・いいなぁ。





考えても仕様のない事だと思うがモモコはテンレイが羨ましくて仕方ない。


(ハァ。あたしなんて嫌な奴だろ。あんなによくしてくれるテンレイさんに嫉妬しちゃって・・・ダメダメ!気分入れ替えよう!)


「どうした?」


ホクガンは側を離れようとするモモコに声をかけた。


「・・・ちょっと人に酔ったみたい。バルコニーに出てくる。」

「大丈夫か?テンレイ呼ぶか。」

「大した事ないよー大丈夫。テンレイさん達が戻る頃にはあたしも戻るよ。」


モモコはヒラヒラと手を振りながらバルコニーを目指した。

ホクガンはその後ろ姿を何とはなしに見ていたがある事に気付いた。会場のそこここでモモコを目で追っている若い男達が何人かいる。


ふーむ。


ホクガンは改めてモモコをじっくり見てみた。なるほど、ガツクの超合金のガードが外れたモモコは中々魅力的に映っているようだ。元から小柄な体は儚い印象を与えているが、今夜のモモコはテンレイの力作も手伝ってまるで甘いチョコレートソースに包まれた美味しそうなモモ。しかもガツクとの事で愁いを帯びている顔は男の庇護欲を大いにソソるだろう。


「ガツク・・・このままだと取り返しのつかねぇ事になんぞ・・・誰かに攫われた後じゃあ・・・何もかも遅いんだぜ?」


ホクガンは眉間に皺を寄せながらまだ会場に現れない、頑なな馬鹿男に向かって一人言を言った。







綺麗な月だな。


バルコニーに出たモモコは冬の清冽な空気を胸一杯に吸い込んだ。




ガツクさん・・・夜会には来ないのかな?

会いたいけど・・・会ってもどうしたらいいかわかんない。

きっと・・・何にも言えずに俯いているだけ。縮こまってガツクさんの目に入らない様に息を殺してるだけ。




モモコはガツクをできるだけ避けるようになっていた。恐がっていると言ってもいい。




傷つきたくない




シスに「まだやれる」と感じさせたモモコだったが、いざガツクに会う事を考えると無意識に体は竦む、足は止まる。ガツクの執務室はもちろん、行きそうな施設や訓練場、雷桜隊の皆とでさえ接触を避けるまでに。




そっとガラスの扉から会場を窺う。まだテンレイ達は踊っているようだ。

扉を閉ざしていても楽団の音楽が聞こえてきた。

誘われるようにモモコはそっと体を揺すりステップを踏み出した。


ガツクさんはおっきいから右手は肩には届かないなぁ・・・この辺・・・?


モモコは目を閉じてガツクと踊っている想像に浸った。ガツクのやや強引なリードは自分には大変なものになるだろう。





でも・・・・今はその強引さが欲しい・・・自分をきつく抱きしめてずっと放さないで欲しい。

誰とも踊りたくない。

ガツクさんとずっと・・・見つめ合って。





モモコは月が照らすバルコニーで一人踊る。

だが、微笑み、軽くステップを踏む様はまるで誰かと踊っているようだ。


「あっ」


片足に体重を掛け過ぎたのかズキッと痛みが走った。


「・・・・これ以上はやめた方がいいかな・・・・」


モモコは確かめるように少し歩いてみて、大丈夫そうだと確認すると暖かい会場に戻った。







「・・・・・・・・。」


モモコが戻って数分経った頃、植え込みの陰から大きな体躯の影がそっと出てきた。

影はしばらくモモコがいた辺りに佇んでいたがやがて音も立てずに去った。







モモコはその後戻ったテンレイ達や親しくなった職員や隊士達と暫くワイワイと楽しんでいたが・・・


(うーん。ちょっとヤバいかも)


1時間経った頃、足首の痛みが無視できない程になってきた。

歩けないほどではないがこれは早く部屋に戻った方がいいかもしれない。


「テンレイさん。」


モモコはシラキと歓談するテンレイに声を掛け、部屋に戻る事を伝えた。


「まぁ大変。今すぐ送るわ。」

「大丈夫大丈夫、一人で戻れるから。歩けないほどじゃないし。」

「でも」

「テンレイさんが抜けたら困る人がいるかもしれないよ?あたしはホント大丈夫だから。」

「誰かに・・・」


それでもテンレイが渋っていると


「いいって。皆楽しんでいるんだし、部屋だってそんなに遠くないから。だいじょーぶっ!」


明るく笑ってモモコは断った。

心配そうに見送るテンレイとシラキに手を振り、ホクガンとダイスに挨拶をすると(大男2人にもうるさく言われたがモモコは同じ理由で断った)







モモコは部屋に戻る回廊を歩きながら考える。


(最近なんだか皆が過保護になって来たような気がするなぁ・・・気使ってくれてるのかな?ううーん、しっかりしないとな、あたし)


フウ・・・とため息をついて目の前を見ると、


「あれっ?ココ何処だ?」


見慣れた場所とは全く違う回廊に出てしまった事に気がついた。


「ヤバい!考え事なんかするから~!あたしのバカ!」


急いで踵を返した途端、尋常じゃない痛みが足首から起こった。


「痛っ!!」


痛みに力が抜けそのまま転倒してしまう。


「うう。」


モモコは転んだ痛みにも呻きながら上体を起こし、足の具合を見てみる。酷く捻ったらしくジンジンと痺れるような痛みだ。が、やがてそれはズキズキと脈打つように変わる。ためしに動かしてみたが立つのも無理そうだ。


「どうしよう・・・うーん。テンレイさんに・・・迷惑掛けるなぁ・・って!」


こうなってはテンレイに助けてもらおうと連絡機が入ったクラッチバックを・・・会場に忘れた事に気がつく。


「あたし・・・超バカだ。超絶バカ。自分で自分の首を絞めてやりたい。」


項垂れながら回廊の壁に寄りかかる。


ハァ・・・・こうなったら誰かが通るのを待つしかないか。


モモコがズキズキと痛む足を堪えながらヒールのストラップを緩めようと身を屈めた時、俯いた視界に黒い靴が入ってきた。




急いで顔を上げた先には。





「ガツクさん・・・」




黒いコートを着たガツクが無表情で立っていた。

ホクガンが主張しているのは諸君に。

シスとステルスにはまったく気付いていません。

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