番外編 『7』はシリアスな章になるだろうたぶんの前の息抜き
お気に入りが2000件を突破した記念の番外編です。
諸君に少しでも楽しんでもらえたら。
『やってはいけない』
ワシの名はショウ。
今年6歳になる、ドーベルマンの雄じゃ。
大国「べリアル帝国」と肩を並べるドミニオン軍部「霧藤隊」に所属する軍用犬じゃ。
飼い主であるダイス・ラズは最高位にいる「大将」を務めている。
ところでワシは今・・・・生命の危機に瀕しておる・・・・・。
「ショウさーん!」
見知らぬ小さな女の子が主の執務室を開けるなり、ワシに抱きついてきた。
この匂い・・・・・モモコか!?まさか!しかし・・・
モモコの説明を聞き驚いた・・・・じゃが不思議なほど警戒心が沸かんかった。
そう、まるで・・・長い知り合いに久し振りに会うような感覚でそっちの方がワシにとって驚きじゃ。
モモコはワシの言葉がわからんようになっても、ずっと友達だと涙ぐみながら言うてくれた。
正直、前の様にモモコとの楽しい会話が出来んのは寂しかったがモモコのその言葉は嬉しかった。人の言葉が出せんワシだが好意を示す事は出来る。ので、尾を振り、モモコの頬をぺロリと舐めた。
いきなり、本当にいきなり冷気が後方から吹き荒れた。
しまった・・・この大将がモモコ一人を出歩かせるはずねぇのに・・・人のモモコに気を取られうっかり忘れておった・・・・
ワシはこの冷気を知っておる。
振り向かのうてもわかる。
主の補佐官であるリコ・クアンの白い顔が真っ青になっているのは、ソレを直接見てしまったからじゃろう。
「モモコ・・・・ショウに舐められたぞ。」
地の底から響くような重い声が「ソレ」から発せられた。
「え? 知ってるよ?」
モモコがだから何?と言う風に小首を傾げる。
ソレの冷気が凍気へと昇格しおった。いや、昇格はおかしいか・・・ともかくレベルアップした。
「舐められたんだぞ?ショウに。お前の頬が。」
ソレ・・・・霧藤と双璧をなす雷桜隊大将、軍部最強の男であり、主と国主の親友でもあるガツク・コクサが・・・・国家の一大事!と言わんばかりにモモコに詰め寄った。
「だから知ってるよ?・・・あのねぇガツクさん、犬は好意を示すために人の顔を舐める習性があるんだよ。ショウさんがあたしにわかったって返事してくれてるんだよ。嬉しいよね、ありがとうショウさん。」
モモコが満面の笑みで最後はワシに言った・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・モモコ。
ええか、世間にはのう。心に思っとる事でも言わねぇ方がええ状況があるんじゃ。それは大人でも子供でも同じなんじゃぞ・・・
「・・・・好意?・・・・嬉しいだと?」
「ガ、ガツク・・・・落ち着け。モモコはそんな意味で言うてるんじゃのうてな?」
果敢にも主がコクサ大将を止めようと割って入るが
「黙れ。」
その一言で沈黙する。
「モモコ・・・ショウがいいなら俺もいいな?」
「何が?」
「俺がお前の頬を舐め」
「ええっ!やだよ!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
主の執務室はかってない程冷え切った。
「ショウは」
ここで串刺しになれそうなほどの視線がワシに刺さる。
「いいのに俺はやだ?・・・・・なぜだモモコ。」
「だって・・・何かさ、犬と人は違うっていうか・・・ガツクさんが舐めるのは違うでしょ?あ、ガツクさんだけじゃないよ?なんて言うか・・・皆そうだと思うし。」
「ではショウだけはいいのか?」
「うん。ショウさんはいい。」
ねー!とモモコがワシに同意を求めるがそんな余裕はねぇ。
モモコ!モモコ!モーモーコー!
ワシの!ワシの背後で!コクサ大将が何かに!何かに変身しそうじゃああぁあああ!!
刺さっとる。なんか刺さっとる。ガクガクと震えるワシの体。いまだくっ付いているモモコが「あれ?地震?」などとボケをかましているのが遠ざかろうとしている意識の中聞こえた。
しかし、そんな現実逃避を大将が当然許すはずもなく、モモコからワシをベリッと剥がし持ち上げた。
こっ!怖ぇえええ!!主とは比べモンにならんほどの覇気、見る者を石に変える(リコはとっくに石像になっとる)黒い眼は憎々しげにワシを睨みつけ、薄い唇は怒りのため思いっ切りへの字じゃ。
「ダイス・・・・今日、ショウの散歩はまだだな?・・・・・・俺が引き受けてやろう。」
!!!!!!!
主!主!早よう!早よう止めんかぁああ!!固まっとる場合じゃねぇ!ワシの!ワシの生命活動の危機なんじゃぞ!プリシラに好きの言葉もまだ言っとらんのじゃ!死んだら化けて出てやるからのう!いいや!アンタの飼い犬やめてラウンド管理官の所に家出してやるけぇの!
その後、散歩というより地獄の行軍をさせられ、約7時間後帰宅したワシには・・・・記憶がなかった。
唯一記憶に残っとるのはせめてものと付いてきた主が最後の方、シクシクと泣いているのだけじゃ。
もう二度とモモコの頬は舐めてはいけん。というより最初からわかっとった事なんじゃが・・・はぁ。
人になった事でモモコも周りの人間も苦労するのう、アレじゃあなぁ。
それにしてもモモコ、小さぇ体じゃったなぁ。ちゃんと食っとるんかのう。成長期じゃけぇ栄養のあるモンをバランスよく摂取するんが大事じゃぞ、モモコ。
モモコが成長期なんぞとっくに過ぎており、既に成人しておった事を知った衝撃は・・・並みのモンではなかった。
『最強伝説・・・・RETURN』
いつもの集合。
モモコは早めにホクガンの執務室を訪れた。まだ皆来ていない。
ホクガンから
「ちっと用事があっからよ、そこら辺の飲みモンでも飲んで待ってろ。」
と言われた。
そこで冷蔵庫を物色していた所・・・・・運命の再会を果たす事になった。
「あれぇ?この飲み物・・・前に飲んだアレじゃん。」
「ん?モモコじゃねぇか。一人たぁ珍しいのう。ガツクはどうした?」
ダイスはこちらに背を向けてソファに座るモモコに話しかけながら、モモコの横に立った。
そして衝撃的な光景を目の当たりにする。
「こ!これはっ!」
モモコはグラグラする頭と気持ちのいい浮遊感の中、ダイスに気付いた。
「ん~?あれぇ~ダイスさんじゃーん!!こーんーばーんーわー!!!」
満面の笑顔、大きな声で挨拶した。
反対にダイスの顔は青ざめ、視線はテーブルの上に転がった・・・3本の「カルーガ」の酒瓶に注がれている。
「なに騒いでんだ?・・・・げっ!!」
「どうした・・・!!!」
連れ立って入って来たホクガンとガツクも固まる。
「ホクガンおっす!!ガツクさんも~!いらっしゃいであります~!!」
モモコはフラフラと立ち上がり、定まらない手で敬礼らしきものをすると、にゃははー!と笑った。
「なに固まってるの。邪魔よ。」
最後に入ってきたテンレイが、突っ立ったままのデカイウザい男共に眉を顰めて見やると、
「テンレイさんだ~!!」
モモコがホクガンの腹に鋭い突きを当ててどかすと(痛くねぇけど何かダメージ・・・)テンレイに抱きついた。
「モモコ?」
「ふにゃ~テンレイさん柔らか~い!かった~いガツクさんと大違いだね!ねーねー!ダイスさん!羨ま
しい?」
最後ダイスの方を振り向き、いいでしょ~とばかりにフフンと笑った。
ダイスから脱水症状になりそうなほど大量の汗が流れ出る。
「ダイス・・・あなた私の事そんな目で見ていたの?・・・女なら誰でもいいのね。最低。」
脳天撃ち抜かれたダイスがヨロヨロとソファに倒れ込み、そのまま白い灰になった。
親友2人が無念とばかりに屍から顔を逸らす。
「モモコ?」
「なぁ~にぃ~?」
「ガツクに抱きついた事があるの?一応進展はある」
「ううん~ガツクさんが抱きついてきた~」
ゴゴゴゴゴゴォオオオ・・・・・・
「ガツク?もしかして無理強いしていないでしょうね。」
「す、するわけないっ!モモコ!誤解を招くような」
「だってあの時」
ガツクはテンレイからモモコを引き剥がすとその口を大きな手で塞いだ。
「あーあ。こんなに飲んじまって・・・それにしても猫だった時も強烈だったが・・・人間のこいつは半端ねぇな。おい生きてるかダイス。」
「・・・・・最低・・・・最低・・・・最低・・・」
「だめだこりゃ。」
虚ろな目で同じ言葉を繰り返すダイスにホクガンは合掌してからソファに座った。
「あのさ~」
「うおっ!」
いきなり耳元でモモコの声がしてホクガンはビビった。
い、いつの間に・・・ガツクの方を見ると愕然としている。両手はモモコを捕えていた恰好のままだ。
人間になっても酔拳のスキルは健在だった。
驚いているホクガンに構わずモモコは続けた。
「ホクガンさ~」
「な、何だよ。」
「まえ~っから思ってたんだけど。」
「はいはい。」
「ホクガンて~」
「ンだよ。早く言え。」
ダラダラと喋るモモコにイライラしながらビールの缶を手に取る。
「女の人より男の人の方が好きってホント?」
ブシュウウ!!
ホクガンは手に持っていた中身が入ったままのビールの缶を思いっ切り握り潰した。
向かいに座っていたダイスがまともに浴びる。
「・・・ん?な、なんじゃ!?なぜわしはビール塗れに・・・」
お陰で正気に戻ったようだ。
「・・・・・・・・なんだとコラ。誰が言ってんだ。」
「え~みんな噂してるよ~ホクガンがいい年して独り身(ここで37歳独身国主と大将2名に矢が刺さった)なのは男の人の方が好きだからなんじゃとか~でどうなの?」
「どうなのもこうなのもねぇ!!男なんか好きなワケねぇだろ!!気持ち悪い事言うな!」
「女の人の方が」
「当たり前だろ!」
「じゃなんで彼女いないの?」
「ぐっ・・・い、忙しいから、女作る暇なんてね」
「暇がなければ自分から作るくせに~?」
「うっ・・・」
「ね~ね~なんでいないの~デリカシーがないから?国主のくせに威厳が欠片もないから?顔はいいのにおちゃらけた性格が全部残念な感じにしてるから?イベントが絡むと超ウザいぐらいはしゃぐから?ホント迷惑だよね~あれ~。特別手当貰いたいくらい~37歳にウィンクされる身にもなれモゴゴ・・」
「モモコ・・・その辺でやめてやれ。」
まだまだ出そうなモモコの口を押さえてガツクが止める。
ソファからはホクガンのシクシクという泣き声がする。
「モモコって酔うとこうなるの?面白いわ。」
テンレイがモモコの新たな一面を見て興味深そうに目を輝かせた。
「猫の時一度カルーガを飲んでな・・・・」
ダイスがため息をつきながらあの最強伝説を話した。
「その場に居たかったわ。・・・ねぇモモコ。私にも何か言う事ある?」
男3人はギョッとした。
「テ、テンレイやめておけ!回復不可能なダメージを受けるぞ!」
「本当じゃぞ!しばらく立ち直れん様になる!」
「あら、ますます面白そう。」
「テンレイさんは言う事なし~綺麗だし優しいしいい匂いするしあたしの憧れ~!」
テンレイがフフンと慌てる大男達にどや顔を見せると
「でも着せ替えがな~だんだんコスプレちっくになってきたのは勘弁~正直バ二ーちゃんはキツイ。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「ホクガン、ダイス、【バ二―ちゃん】とはなんだ。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「お前は俺のモモコでいったい何を・・・」
説明を受けたガツクは眉間に皺をよせながら呆れたようにテンレイを見た。
「可愛いんだもの。」
「そういう問題か?そんないかがわしい恰好させおって。」
「あら、見たくないの?モモコのバニー姿。」
「ぐっ・・・・み、見」
「でも、お前がバニーガールなんて恰好しても色気もへったくれもねぇだろうなーハハハ。その幼児体型じゃ。」
ガツクが葛藤に満ちた返事をしようとした時、空気を読まない男から爆弾が投下された。
カッ!!!
モモコの目から怪光線が放たれた。
シクシクシクシクシクシクシク・・・・
部屋の隅でホクガンのうっとおしいすすり泣く声が聞こえる。
ダイスが青ざめてモモコの仕打ちに怯えている。ガツクは額を押さえ、テンレイは感心したようにモモコを見た。
「ねぇ、ガツク。」
「・・・なんだ。」
「モモコ、またカルーガを飲もうとしているわ。」
「なにっ!」
ガツクが急いで酒瓶を取り上げようとするのをモモコはするりとかわす。
「・・・モモコ、ソレをこっちに渡せ。」
傍から見ると脅迫しているようにしか見えないが、ガツクにしては珍しく緊張したマジな顔だ。
「ええ~!!やだ~!もっと飲~み~た~い~!」
「呑み過ぎ!呑み過ぎじゃモモコ!もうやめ」
「はぁ!?」
・・・・・・・・・・・・・・・・。
ダイスはソファで蹲り出来るだけ体を縮めた。デカイ体がウザったい。
「・・・わかった。だが、もうその一本で終わりだ。いいな。」
モモコはガツクのそうは見えないが焦った顔とカルーガの瓶を交互に見ていたが
「う~ん~・・・わかった~でもじょ~けんがありま~す!」
いいこと思いついた!と言わんばかりにクスクス笑いながらモモコが頷く。悪寒がするのはなぜだろう。
「どんな条件だ?言ってみろ。」
しかし解決策を提示され、ガツクは飛び付くように言った。さすがガツク。雷桜隊大将は何者も今この場で最強のラスボスをも恐れない。きっと心臓は鉄塊で出来ているに違いない。
「んふふ~ガツクさんが~」
・・・あれ?鉄塊がドコドコいってる・・・
「か~わ~い~く~こうやって~」
モモコは顔の横で両手を組んでニッコリ笑った。
タラ・・・・・
ガツクの背に冷たい汗が流れる。
おいっ!鉄塊がふにゃふにゃし始めたぞ!どうしたガツク!
「『オ・ネ・ガ・イ♪』って言ってくれたらこの一本で諦める。」
パリーーーーン!!!ガツクの鉄の心臓は砕け散り中からヒヨコがピヨピヨ鳴き始めた。
・・・・・・・・・・・・・。
「・・・断ったらどうなる?」
固まった空気の中、ガツクはどうにか声を絞り出すと交渉の余地はないかと尋ねる。
HPはもう残り僅か。賢者はとうに死に絶え、剣闘士は戦意喪失、そして白魔道士は勇者を助ける気は更々ない。
「冷蔵庫の中の・・・これ「カル~ガ」?全部飲んじゃうかも~うへへ~」
孤立無援の勇者は無言で冷蔵庫を開け、目視確認だけで20本はあるカルーガを見た。
ホクガン・・・・・・
ガツクは隅っこで膝を抱えて顔を伏せたホクガンを死ね!という風に睨みつけた。
いや・・・知り合いに大量に貰ってよ・・・・
お前のせいで俺は・・・・
俺だって見たくねェよぉおお!!
ワシも見たくなぁああいぃい!!
「どうしたの~?」
ラスボスが痺れを切らしたのか、ちょっと眉間に皺を寄せて思念だけで会話する勇者パーティに不機嫌そうに尋ねた。
やるしか・・・やるしかないのか・・・・オノレ ホクガン・・・後で覚えておれよ・・・
無茶ぶりしているのはモモコなのだがなぜか矛先はホクガンに向かった。
ガツクは震える拳を更に握り締めると両手を組んだ。
ソレを顔の横まで上げる。
モモコの目がキラキラ輝く。
ホクガンのHPがマイナスになった。
ダイスがワッと泣き崩れ、
テンレイがプッと口から吹き出し慌てて口を押さえた。
「あっ!笑顔でね~かわいく~」
止めというか追い込みというかラスボスの技に半端はない。
ガツクはヒクヒクする口元を無理矢理上げ、笑顔というか見た者を即死させるような壮絶な顔になり、
「オ・・・オ・・・・・・・・・・オ・ネ・ガ・イ・・・・」
2m78cm、37歳独身大男が震える両手でお願いスタイル。
そのオーラは苦渋に満ちている。そしてその声は世界破滅を願っているかのようにしわがれた。
「俺は今なら貝になれる。」
「ワシなんて無機物になれる。」
ホクガンとダイスから感情を根こそぎとった声がした。
直視するには死と引き換えにせねばならない程衝撃的な姿だったが
「か~わ~いい~!!!」
ソレを要求した全ての混乱の原因、ラスボス最終形態モモコは違った。
ドコをどう取ったらアレが『可愛い』のかそう言うとガツクに抱きつく。
ガツくがそのままの姿で固まる(嫌な固まり具合だ)。
「も~しょ~がないからこの一本で終わりにするね~ガツクさんだからだよ~特別だからね~聞いてる?」
「き、聞いてる。そうか特別か・・・・」
ガツクが最低な石像から復活を遂げ安堵した時、
「ごちそうさま~!」
モモコがカルーガをペロリと飲み干した。
はやっ!
はぇ!
・・・・・。
瞬きしている内に無くなったわね・・・・。
この調子ではあの20本も・・・・・大男3人は戦慄した。
モモコはそんな男達には構わず眠くなってきたのか目を擦ると
「ね~む~い~!ガツクさん抱っこ~」
ガツクにトロンとした目を向け上気した顔で両手を伸ばす。ガツクは
「そうか、帰る気になったか。」
安堵したのかまたもや斜めに考えた。
そうじゃない
そうじゃないのう
そうじゃないでしょ
他の3人から無言のツッコミが入った。
ガツクはモモコを抱き上げると3人に声を掛けることなく部屋を出た・・・・その直後。
「モモコ?・・・どうした?・・・降ろせ?なぜだ。」
「・・・・っ!モモコ!ここで服を脱ぐんじゃない!」
「モモコ待て!その格好で走るな!!」
「違う!ソコは家じゃない!隊士達の詰め所だ!モモコっっ!!!」
ガツクの今迄に聞いた事もない焦った声。
それが聞こえてきたホクガンとダイスは・・・・・深いため息をつくと部屋を出てガツクを助けに向かった。
その明くる朝。
「お早うガツクさーん!昨日の集合なんだった?あたしなんか途中で寝ちゃったみたいで覚えてなくて。あれ?ホクガン・・・?ダイスさんまで・・・昨夜泊ったんだ?」
爽やかな笑顔でリビングに入って来たモモコは、そこでぐったりしている大男3人を見て首を傾げた。
「・・・・モモコ・・・昨夜の事覚えてないのか?」
「うん。何かあったの?」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・あったにはあったが。」
”もういい・・・・”
モモコは声を揃えて疲れたように言った大男達にもう一度首を傾げた。
『コレくらい』
ここはべリアル帝国。
ガツク達は年に数回行われる両国の合同訓練にべリアル帝国を訪れていた。
その日も過酷な演習の後、疲れた体を癒すため温泉に入った。
「カーッ!いいねぇ~!俺達の国にも温泉はあるが山に囲まれるのもオツだな。」
ホクガンが長い腕を露天風呂の岩縁にかけながら言った。
「俺はアンタんトコの温泉好きだぜ。海を見ながらなんて最高じゃねぇか。」
ローが手拭いで顔を撫でながらホクガンに返した。
軍事演習とは関係ない国主がなぜべリアルを訪れているかというと、ワイズムにテンレイと共に招かれたからである。
「いつも苦労を掛けているテンレイにたまには羽を伸ばさせてやれ。優秀なスタッフであると共に妹にな。」
「ガツク!!その軍略では敵に後方を突かれるぞ!!俺ならば!!」
「うるさい。お前の意見は聞いてない。」
ガツクは今日展開した布陣を熱く語るベントを冷たく遮ると、湯の中に入った。
「ガツク!!話はまだ終わってないぞ!!」
「黙れ。これ以上騒げばここから放り投げる。」
ガツクは露天風呂の、真っ白な雪原が広がる外を親指で指し示した。
「望む」
「旦那、猥褻罪で捕まりますぜ。帝国軍の名折れなんでやめて下せぇ。」
うぐぐぐぐ・・・・
ローの呆れたような声がベントを遮り思い止まらせた。
『わーー!!広ーい!あっ!露天風呂だ!!』
その時、岩の仕切り向こう側から可愛いらしい女性の声がした。
『まぁ・・・素敵。風情があっていいわねぇ。』
『ありがとうございます。我がべリアル自慢の天然温泉です。持病や美肌にも良いそうですよ。』
淑やかな中にも艶のある声が聞こえ、続けてきりっとした声が続いた。
モモコ!?
テンレイ!?
エルヴィか!?
すぐさま反応する男達。男湯はいきなり静かになった。
しばらくすると声が近くなった。湯に入ったのだろう。
『テンレイさんいいなぁ。』
『ふふ・・・何が?』
『胸だよ胸ー!大きくて形も良くてホント羨ましい!あたしもそうならないかな・・・』
ダイスが不必要に前屈みになるのを周りの男達は黙殺した。
『まったくです・・・・。』
エルヴィのため息混じりの静かな声がする。ホクガンが仕切りの岩にピタッと体を寄せた。
『モモコもエルヴィも申し分ないぐらいあると思うけど。』
『あたしは体が小さいからそう見えるだけで実際はそうサイズないよ。』
『私も半分は筋肉で底上げしているようなもんですよ。』
『あらいいじゃない。大きい小さいの問題じゃないわよ。』
抗議するように騒ぐモモコとエルヴィにテンレイの諭すような声が聞こえる。
『いいこと。バストの大きさなんて手のひらにすっぽり収まるくらいがちょうどいいの。』
『すっぽりかぁ・・・ガツクさんの手にはコレくらいかな?余裕で収まるな。ガツクさん手大きいもん。』
ガツクは思わず手をお椀形にしてじっくり見た。
それに他の男共の視線が集中する。
そして自分だったらこの位・・・・という想像に手をガツクの様に曲げてしてしまった。
「そうか、モモコはこれ位か・・・・」
ベントから余計なひと言が洩れる。
ホクガンを始めドミニオン側とロー達べリアル側は・・・・・・・・・ハッとした。
瞬間、感覚的に湯が氷水に変わった。ブリザードも吹き荒れている。凍結したような空気の中・・・・
「全員・・・・・・・・・・・歯を食い縛れ。」
直後、男湯から破壊音が轟く。
そして、ベントだけは雪原に放り投げられた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「ねぇガツクさん、男湯騒がしかったけどなんかあったの?」
帰り道、湯冷めすると大変!というガツクの強硬により懐に抱かれ、コートに包まれたモモコは聞いてみた。
「・・・・・・・何もなかった。」
それにガツクはブスッとして答える。
モモコはガツクの後ろに続く、片頬を腫らした集団を見て首を傾げた。
その日の夜。
「モモコ、お前の胸の大きさは俺にとっては充分だと・・・」
「何の話!?」
という会話があった様ななかったような・・・
時系列は人間になった直後、人間になった中間、本編終了後となっています。