6-11 それは突然に
それは突然だった。
たまたま通りかかった。
ただそれだけなのに時にそれは今まで当たり前だった事を全て覆す事がある。
ガツクはカインを連れ定例会議に出席する為、軍部内を歩いていたところ、ワイワイ騒ぐ集団に出くわした。
「・・・・モモコ。」
いくつかの雪像を製作している連中に埋もれる様にして小柄なモモコがいた。
何かを指差して笑い合っている。
何の憂いもなく大口を開けて笑う姿は常にはないものだった。
「あいつ・・・・あんな顔でも笑うのだな。」
ガツクが見た事のない、向けられた事もない笑顔で男も女も混ざり合い、ああだこうだと何か話している。
「ああ・・・そうですね・・・こうして見ると年相応の顔してますよね。周りが同年代のヤツばかりだからじゃないですか。」
「・・・・・・・・。」
ガツクは眩しそうにモモコのはしゃぐ様を見た。勝手だが何だか置き去りにされたような気分になる。
「モモコちゃん、普段から大体、年上に囲まれてますからねぇ。あまり同年代と関わる事がないから楽しんじゃないでしょうか。」
カインが続けた言葉にガツクの何かが軋んだ。
「・・・・・・・そうか・・・・そうだな。」
カインはガツクの静かな声にハッとなり慌てて取り繕う。
「あっ、でもガツクさんといる時の方がモモコちゃん、嬉しそうですけどねっ!やっぱり好きな人が」
「行くぞ。」
ガツクはカインの言葉を遮るとモモコ達に気付かれないようそこを通り抜けた。
なんだこの気分は・・・
いきなり不確かな何かに放り込まれたようだ。
モモコに満足に会えないので苛立っているのか。
・・・・・・・・いや違う・・・・・
俺は・・・俺は・・・・
ガツクは比べてしまう。自分に向ける微笑みと先程の楽しげな笑い顔のモモコを。
あれが・・・あれがモモコの素の顔だったら?
もしかして俺は・・・モモコに無理を、我慢を強いているのではないか?
ガツクは今までの数々の自分の行いを思い出す。
猫のモモコに激しく拒絶された事、人になったモモコが困った顔になったり頑なになったり、呆れ顔になった事。
あの時本当は嫌だが俺が押し切ったから我慢していた・・・のか?
疑い出すとキリがない。
ガツクはモモコの想いまで疑い出す。
モモコの好意が感謝の気持ちのすり替えからだったら
只の頼りたい気持ちの刷り込みだったら
・・・・そうだ。俺は17も歳の離れた、女が喜ぶ事も皆目わからん無骨な軍人だ。
その俺にモモコが惚れる?本当に?モモコが優しいのを利用して・・・・俺は・・・
モ モ コ の 本 当 の 幸 せ の 邪 魔 を し て い る の で は な い か ?
会議場では、いつにない静かで考え込むようなガツクに周囲は訝しげな表情を浮かべたが、問う者はいなかった。
モモコが殺人的なスケジュールをこなし、家には寝に帰るような生活がしばらく過ぎて後、総所初の雪まつり当日を迎えた。
祭りは、国民達もやって来て趣向を凝らした雪像を鑑賞したり、接戦を繰り広げる雪合戦を観戦するなどして盛況を催した。
ガツクとダイスは雪合戦には参加しなかった。その存在自体が違法な彼らが参戦したら戦場になるとの判断の元だ。ホクガンやテンレイ、モモコ達は忙しくあっちの会場こっちの施設と飛びまわっている。
「いよいよ、始まったのう。」
ダイスがのんびりした口調で隣に居るガツクに話しかけた。
今2人は雪合戦が行われている会場の一角で観覧席に座って雪玉をぶつけ合う部下達を見ていた。
「・・・・・・・・・・。」
ダイスは静かなガツクの顔をチラリと見て、不安げに眉を寄せた。
最近ガツクの様子がおかしい。
塞ぎこんでいる、という程のものではないが静かすぎるのだ。
話しかけても最低限の言葉しか返ってこないし、何かを考え込んでいるようにじっと一点を見詰めていたりするのも気になる。
モモコと触れ合う機会が極端に減ったせいとも考えられるが・・・それにしても様子がおかしい。
「ガツク、聞いちょるんか。」
「・・・・・・・・・ああ。」
何度か話しかけても黙ったままのガツクに、痺れを切らしたダイスが少し険しく問いかけるとやっと返事が返ってきた。
「最近のお前はおかしいぞ。・・・・モモコとなんかあったんか?」
コイツがおかしくなるのはモモコが原因の場合が99%なのでダイスは躊躇わずモモコの名を出した。
すると、
「お、噂をすれば、じゃのう。」
モモコが会場に姿を現し、何やら連絡機で喋っている。トラブルだろうか。難しげに顔を顰めていたがやがて解決した様でホッとした顔になった。
と、ダイスとガツクに気付き手を振った。
それに振り返してから隣のガツクを見ると・・・・・
ダイスが思わず腰を浮かして身構えるほど暗く淀んだ目でガツクがモモコを見ていた。
「・・・・・ガツク?」
「・・・・・・・・・・。」
モモコも様子のおかしいガツクに気付いたのか小首を傾げたが、運営委員の一人が呼ぶとこちらを気にして振り返りながらも行ってしまった。
「おい・・・・どうしたんじゃ?」
「・・・・・・・なんでもない。」
ガツクは立ち上がるとコートを翻しながらその場を去った。
モモコとは反対の方向へ。
その広い背に言いようもない不安をダイスは抱いた・・・・
その後、1週間雪まつりは続き、その間ダイスは不安に動かされガツクとなるべく行動を共にしたが、不安はなくなるどころか日に日に増し、それにつれ焦る気持ちを抑えきれないでいた。
ホクガンやテンレイにもこの事を話したがいかんせん忙しい。モモコに聞く事も考えたが動揺させるだけかと思って黙っていた。
(プロポーズでもするんで緊張しとるんか・・・いや・・・ガツクに限ってそれはねぇ・・・いくらモモコの事でも。)
ダイスが一番ガツクに違和感を感じる時はモモコを見かけたガツクだ。
無表情だが、それがまずおかしい。以前なら僅かに喜びを表し、熱い目でひたと見つめる筈だ。だが・・・何か怖ろしいモノを内に抱え込み、無理に抑えつけているかのように苦しげだ。
それにモモコに話しかける事も合図を送る事もない。近づこうともしないのだ。そればかりか狂おしいようにモモコを見た後避ける様にして踵を返してしまう。
おかしい。何かがおかしい・・・
祭り最終日、ダイスはガツクを捜しまわっていた。
朝から見つからない。誰も見ていない。ホクガンやテンレイにも捜す様に連絡を入れていたが見つかったと言う返事はなかった。
夕方頃になり、諦めかけたその時総所の北の方、人気のない建物の屋上で黒い人影を見つけた。
沈み始めた太陽が最後の光を地上に落とす。
それは血の色の様に赤く白銀を染めた。
ダイスが屋上に着いた時、ダイスは息を飲んだ。
紅い残照の中佇むガツク。凍えるような風がハタハタと黒いコートの裾をはためかせる。
どれくらいの間ここに居た?
ガツクまで続く足跡は乱れた様子もなく等間隔で、屋上を歩き回った形跡もない。
「・・・・・・ガツク。」
小さく声を掛けるとガツクが視線だけ振り返る。
「・・・・・・なんだ。」
「捜したんじゃぞ。」
「・・・・・・そうか」
「・・・・・なぁ、ガツク・・・どうしたんじゃ?お前・・・・おかしいぞ。」
「・・・・・・・・何も。おかしな事などない・・・・・以前の俺に戻っただけだ。」
「な・・・に・・?」
どう言う意味かを問いかける前にガツクはダイスの横を通り過ぎた。
「待てガツク!今夜・・・・今夜モモコに言うんじゃろ?」
ガツクは戸口まで足元乱れる事なくたどり着くと、背を向けたままダイスに聞いた。
「・・・・・・ダイス・・・モモコは知っているのか?」
プロポーズの事だろうか。
「いいや。驚かせる予定じゃったろ。お前が雪像を作った事も知らん筈じゃ。」
「・・・・・・・・なら、いい。そのまま黙ってろ。」
「・・・・・・・ガツク!!」
ダイスが呼び止めるが既にガツクは影を残して消えた後だった。
深夜。
ガツクは一人あの雪像の前に佇んでいた。
モモコの姿はない。
今頃何をしているだろう。
優しいモモコの事だ、俺が帰るのを寝ずに待っているかもしれんな。
だが、それも・・・・・
ガツクが自嘲するようにフ、と笑った。
口は口角を上げただけで笑みの形にはならなかったが。
白い息がガツクから漏れ出る。
ドガッ!
唐突にガツクは拳を振り上げ像の一つに当てた。
像はあっけなく崩れ落ちる。
それを皮切りにガツクは次々と拳を当て像を破壊していく。息一つ乱す事なく。
やがて、雪像はモモコの像だけを残して全て只の雪の塊となった。
拳を振り上げるが・・・・出来るわけがない。
雪像でも・・・・モモコだ。
ガツクは振り上げた手を降ろし、そっと雪像のモモコの頬に伸ばした。
冷たい・・・・当たり前か。
ふと、人になったモモコの頬に初めて触れた時の事を思い出す。
暖かで・・・柔らかくて・・・ガツクが笑いかけるともっと熱が上がった。
あの柔らかな甘い熱。
モモコ・・・・
ガツクはゆっくりモモコの冷たい像に手を回し抱きしめる。
モモコ・・・・俺では・・・・・お前を
徐々に力を入れていく。像にヒビが入り始めた。
だが・・・・・愛しているんだ・・・・お前を
ガツクは完全に壊れた、モモコだった像を抱きしめていた。
ずっと。
その姿を満月が見ていた。
モモコが好きだと言っていた冬の冷たい満月だけが。
ブレない男がブレブレです。グラグラきてます。