6-8 秘密の闇
モモコが広報紙第一弾を創刊してしばらく後。ある奥の一室でモモコは困惑していた。
「あの・・・テンレイさん。」
モモコは楽しそうに腰のリボンを整えるテンレイに、戸惑いがちに話しかけた。
「なあにモモコ。もうちょっとこうフワッとならないかしら、そうしたら完璧なのに。」
「あの・・・本当にこの恰好が必要なの?」
モモコは鏡に写る自身の姿を大いなる疑問を持って見つめた。その顔はやや引き攣っている。
簡素な丸襟に赤いリボン。パフスリーブの長袖、腰元できゅっと絞られた紺色の膝下丈ドレス。その上からこの格好につきもののフリッとした白いエプロンドレス。
今では使いこまれた感がある古き良き萌えな職業の方々の戦闘服。
メイド服DAZE☆
奥にはメイドの部署もあるが、彼ら(少ないながらも男性も在籍している)彼女等の制服はいわゆるメイド服ではない。紺色なのは一緒だがその格好は詰襟のすっきりとした上着にメイド部を示すポピーを誂え(部長、副部長のみ、他は腕章)ボトムはスラックスである。
間違ってもモモコの様に実用性に不向きなモノではない。
「もっちろんよ!この緊張高まる事態にこそモモコみたいな癒しが必要なのよ?」
ほんとかなぁ?癒しじゃなくて笑いじゃないの?じゃなかったらアイタタタ・・・みたいな。
今度は微妙な表情を浮かべたモモコに
「はい、これで完成よ!・・・・きゃあああ!可愛いー!!」
モモコの肩につくかつかないかの髪の上部に、これまたお馴染みのフリルとレースのカチューシャが乗せられた。アレがないと起動しないのか?と常々作者は思っている定番のメイド用カチューシャ。
途端にはしゃぐテンレイ。
これ・・・猫の時の着せ替えと同じノリだな。諦めるしかないね、うん。
モモコは他の職員と一緒になってきゃっきゃっするテンレイを見てため息をついた。
今頃会議室では痺れを切らしたガツクが乗り込もうとするのをホクガンとダイスが引き止めているに違いない。
モモコは窓の外を見た。
1週間前から天気が崩れ始め、昨日は風が強いなと思ったら今日にはブリザードが吹き荒れていた。
部屋は閉め切っているのに轟々と鳴る音はいやがうえにも不安を掻きたてる。
毎年、ドミニオンの冬はこういったブリザードが時たま訪れる。
毎度の事で慣れてはいるが災害時なのは変わらないので、総所は今24時間体制で待機している。既にあちこちから軍部に緊急要請が出ていた。
災害対策本部に出ると言うガツクに連れられて、ホクガンの執務室隣の会議場にやってきたモモコであったが、途中で見かけた奥の職員達が忙しそうにバタバタと働いているのを見て「お手伝いしてくるね。1時間ごとに顔出すから。」と渋るガツクを振り切ってテンレイに申し出た所、「モモコにぴったりの制服がある」とアレを引っ張り出してきた。顔を青くして辞退するのを、逃してたまるかと迫るテンレイ以下職員に押し切られ、哀れモモコはメイド服に身を包む事になった。
「そろそろガツクがキレる頃だから顔を見せてらっしゃい。そうそう、モモコの仕事は対策本部の皆にお茶をサーブしたり、奥用の連絡係をしてもらうわね。他は自分の判断で決めて頂戴。わからない時はきちんとそれを言ってメモを取っておく事。いわゆる雑用だけどできるかしら。」
優しく言い聞かせるテンレイにモモコは大真面目で頷いた。
「わかりました!頑張ります!」
真剣なモモコに頬が緩むのを抑えきれないテンレイ。
「可愛いわねぇモモコは。そんなに力を入れないでもいいのよ。自分で出来る範囲で構わないわ。あ、サム!」
呼ばれた壮年の男が振り返る。
「モモコが本部の方を受け持つわ。モモコお茶は入れられる?」
「はい!元の・・・え、えーと向こうの会社で覚えました。」
あっぶねー・・・元の世界でって言うところだった。
「そうですか。では一通り入れてもらえますか?」
おおう。
焦ったが、なんとか合格ラインに達したモモコは、お茶の道具を積んだワゴンを押しながらメイド部部長サム・コディに道々アドバイスをもらいながら本部会議室まで来た。
「いやあ、正直ここを引き受けてくれて本当に有り難いよ。クロックス課長ならわかると思うが中々個性的な面々が多いからねぇ、総所の中心人物達は。お陰で担当がコロコロ変わって人選に困っていた所なんだ。」
悩み深そうにため息をつくコディ部長に、モモコは同情を込めた苦笑いを浮かべた。
「何時でも呼んで下さい。あまり役に立たないかと思いますけど、猫の手もって感じで。」
そう言うと、コディは意味深な眼で頷いたが扉の向こうの騒ぎに気付くと顔を引き締めた。
「・・・・どうやら早速借りる時が来たようだ。よろしく頼む。」
モモコは自分の恰好を見下ろした。
・・・・・・・取りあえずホクガンには笑われるな。
モモコはため息を堪えるとワゴンの横に立って扉を開けた。
・・・・・そこには。
ホクガン、ダイスに羽交い絞めにされたガツクがそれでもなお、出て行こうとしている所だった。
扉を蹴破ろうとでもしていたのか片足は振り上げたままである。シラキとグレンを除くその他は壁際に避難していた。
「ガツクさん・・・・・・・・・」
モモコが呆れた声で名を呼ぶと、ガツクの動きがピタリと止まり、信じられないモノを見るようにモモコを凝視した。ホクガン、ダイスもモモコを見る。ついでに部屋中の視線がモモコに集中した。
・・・な、なんか居た堪れない・・・・
やっぱアイタタタの方だったかとモモコが消えたい、と思っていると
「モモコ・・・遅いと思ったら・・・そんな恰好を俺のために」
「ううん違う。テンレイさんが用意してくれたの。」
ガツクがやけに艶っぽい声で呟くのをバッサリ否定するモモコ。
「テンレイが?ああ・・・着せ替えか。」
「テンレイの趣味全開じゃの。」
モモコに否定され両手両膝をついた鬱ガツクに、ちょっと同情しながらホクガンとダイスはコスプレの域に達しそうなモモコの恰好に納得した。
「・・・くっ。」
ガツクはモモコを取り囲んで楽しそうにするテンレイ以下職員達の図を簡単に想像できた。苛立ちと嫉妬心で眉間に皺が寄る。
俺のモモコで遊ぶとは・・・己テンレイ羨ましい!・・・・しかし・・・くそ・・・正直可愛い。
モモコは割合あっさりした服装を好むのでこういった格好は珍しい。
ガツクはいかにも女の子らしいちんまりとしたモモコの可憐?な姿に胸が高鳴った。同時にほーーっほほほと高笑いするテンレイの残像がチラつく。
何だか負けた様な気がして口惜しいやら嬉しいやらで複雑な表情のガツクに
(そんなにアイタタな恰好なのかな。でも着替える時間もないし・・・ええい!仕事仕事!これは仕事だ!)
モモコは今にも脱ぎ捨てたい気持ちを男らしく切り替えると、ガツクににっこり笑いかけ
「ガツクさん、お茶入れるからどうぞ会議を進めて下さい。」
まずはガツク達を座らせた。
それからそれぞれの好みの飲み物を順番にサーブして周り、最後、ガツク達の番までやってきたところ
「おら、美味しく入れろよ。」
ニヤニヤ笑いながら偉そうにのたまうホクガン。
モモコのデコに青筋が浮かぶ。
モモコはポットを高く、自分の頭上近くまで掲げるとその位置からお茶を注いだ。零れたお茶は当然、勢いよく、カップどころかホクガンの手にまで容赦なく飛び散る。
「うぉ熱っちゃあああ!・・・モモコォ!何すんだテメエ!」
「え?ああこれ?元居たせか・・・所のお茶の入れ方だけどナニカ?」
「嘘つけ!他の奴らは普通だったろ!」
「一番偉い人に入れるやり方ですぅ。」
「わかりやすい嘘だなオイ!」
モモコはべーッと舌を出し、今度は普通に入れた。
「これは・・・」
「テンレイさんがダイスさんにはこれがいいでしょうって。あの・・・」
なぜか驚くダイスにモモコは首を傾げ、次いで困った顔で「・・・替えます?」と言うと
「・・・そうかテンレイが・・・いやこれでええ。・・・ええ香りじゃ。ありがとうモモコ。」
嬉しそうに口に含むダイスにホッとする。
そして。
「ガツクさんは緑茶がいいかな。」
ワゴンから急須を取る。
「お前が入れるのなら八頭眼茶 (毒草茶。ひと匙で致死量)でも飲む。」
でーたー でたよー なんかでたー
真顔で言えるのがすごい37歳独身大将。オプション・人類最強。
「それ死んじゃうから。」
モモコがさくっとツッコむ。
(ツッコミ合ってるけどそっちはスルーか。しょうがねぇかモモコだし)
ホクガンはモモコが緊張しながらガツクに茶を注ぐのを馬鹿らしく思いながら見た。
ガツク達全員に配り終えるとモモコは彼らの補佐をしている人達にもお茶を入れ始める。
その背にグサグサ突き刺さるガツクの熱視線。
(何か刺さる・・・・)
ジュー・・・と刺さるどころか会議場を真っ二つに切断しそうなガツクの視線を、やりにくいなぁと思いながらもガツクに慣れたモモコは普通に動いた(隊士達の驚愕的な「それで動けるモモコちゃんスゴイ」的尊敬の眼差しもついでに注がれた)。
その後も他の隊士や補佐官らに混じってモモコも忙しく立ち働いた。
そうこうしている内に真夜中もとうに過ぎ、だけれども変わらない忙しさにモモコが馴れてきた頃、突然明かりが落ちた。
一瞬の空白の後「電線がやられた!」「補助電源ONにしろ!」と言う声がする。
モモコはその時ちょうど3回目の茶を配り終えた所であった。
「きゃっ!」
突然の暗闇にトレイを抱えて呆然とするモモコに誰かがぶつかった。
「あっ悪い!」
謝る声が聞こえたが、ぶつかった拍子に落としたトレイがコロコロと転がり慌てたモモコは聞いていなかった。
(誰かが足を引っ掛けたら大変だ!早く回収しないと!)
おぼろげに光るトレイを追いかけるが暗闇の中、しかも皆が右往左往するので中々追いつかない。その内トレイがスッと消えた。
「あ、あれ?」
戸惑うモモコの前にズッ・・・と質量を伴った大きな影が立ちはだかり、覆いかぶさった。
影はそのまま軽くモモコを抱きしめる。首筋に湿った何かが軽く触れた。途端ジッ・・・と痺れにも似た何かが奔る。
あ・・・え?なに・・・誰なの・・・
突然の事に動転するモモコにふわっと慣れ親しんだあの人の匂いが・・・・した。
あ・・・この匂い・・・ガツクさんだ・・・
影がガツクだと確信したモモコの手が衝動的に動いた。
影の白いワイシャツを一旦ギュッと握り締めると、そのまま背中の方に廻す。縋りつくようにして影に抱きつくと体重を預けた。暗闇がモモコを大胆にしている。
熱い・・・熱くて熱くて燃えちゃいそうだよ・・・何も・・・考えたくない。ガツクさん・・・
一瞬硬直した影だったがあやす様にモモコの背をゆっくり撫でた。その優しい仕草とは対称的にモモコの首筋にある熱は一層強くモモコに押し付けられる。
影の熱を感じたちまち目も眩む様な、爆発し溢れる様な感覚が体中に広がりモモコを揺さぶった。
・・・・・ガツクさん ガツクさん
・・・・・・・スキ。大スキなの。ガツクさんだけ。
モモコは想いの丈を込めて影の胸に顔を押し付けると震える息をついた。
同調するように影も息を荒げて。
モモコの小さな体を抱く手に力が籠る。
周囲は相変わらずバタバタしているが2人の周りは別世界の様に静かな闇があった。
優しくて秘密の闇。
やがて影は大きく息を吸うと吐き出し、モモコの背をポンポンと二度軽く叩いて、今の状況をモモコに気付かせる。
モモコはハッとして顔が火の様に熱くなった。急いで影から身を離す。
クスリと影が笑った様な気がした。羞恥に顔ばかりか体中が熱くなる。
「あ、あの・・・」
焦って何か言おうとするモモコに影はそっとトレイを渡すと、モモコの頭をクシャリと撫でた。
そのまま気配が消え、モモコの周りに喧騒が戻ってきた。
間を置かずパッパッと光が瞬き部屋に明かりが点くと、明かりが消える前より少し散らかった部屋を照らした。
モモコがおずおずとガツクの方を見ると。
ガツクは明かりが消える前と全く変わらない姿勢でテーブルに座っていた。
デスクで重ねた手の甲から熱さを含んだ艶やかな黒い眼が真っ直ぐモモコを射抜く。
今、あたし絶対顔が赤い。シャレになんない程真っ赤だ。
「やるのうガツク。」
ダイスが意味ありげにガツクに向かって話しかけた。
「・・・何の事だ?」
「しらばっくれちゃって。ヒューヒュー恰好いいねぇ。」
ホクガンもニヤニヤ笑いながらからかう。夜目が利く2人はガツクとモモコの刹那な逢瀬にも似た短い時間を見ていた。呆れる気持ちと「あのガツクが」と言う感慨深い気持で半々と。
ガツクはうるさく囃したてるホクガン達の声を聞きながらも頬を赤く染めたモモコを見つめ続ける。
やがてモモコの唇が声には出さずゆっくりと動いた。
”ア・リ・ガ・ト”
言い終ったモモコははにかむ様に微笑んだ。
「フ・・・・何とでも言え。」
ガツクはホクガン達にそう返すとモモコに応えるように薄く笑った。
Loveってみました。イェイ。