6-5 初仕事は迷子です
ガツクの条件は意外とシンプルなものだった。
「仕事以外の時間は俺と過ごす。」
うーむ、シンプルだが奥が深い。いやむしろ深すぎて底が見えないぐらい深い。
(うーん。)
モモコは腕を組み、難しい顔でガツクの無茶ブリ条件を熟考 (すんなよ。しなくてもわかるだろ)した。
「あの・・・。」
全身にガツクの圧力を感じる。
モモコは汗をかきながらも果敢に言ってみた。
「あ、あの、質問があるんですけど。」
ヤンデレの圧力が増す。
それはリビング一杯に広がり、モモコだけでなくホクガン達も容赦なく晒された。
「・・・・・・なんだ。」
「ね、眠る時はどうするの?」
「無論、一緒にね」
「イヤです。」
・・・・・・・・・・・・・・・・。
うおっ。
モモコは拒否られたガツクの顔がトンデモナイ事になったのに怯んだが、恋する乙女の恥らいパワーはそんなモノには屈しなかった。
「い、いいい一緒になんて眠れないから!無理!」
「・・・・・・なぜ無理なんだ。」
「えっ・・・・・・は、は・・・から。」
?
「聞こえんぞ。」
「・・・は・か・いから。」
ガツクはフウと息をついて
「言えんのなら了承したと」
「恥ずかしいからですっっ!!!」
モモコは大音量で叫んだ。
「・・・・恥ずかしいだと?何を言っている、一緒に寝る事の何が恥ずかしいんだ。猫の時はいつも一緒だったし、最近などお前から俺の体にくっついてくるではないか。」
「あ、あの時は猫だったし!それに寒いんだもの!今は人間だから!無理!」
「何が言いたいのかさっぱりわからん。順序立てて話せ。」
モモコはしどろもどろになりながらも、何とか添い寝だけは回避しようと懸命に説明する。
要するに猫の姿の時はペットとして己を認識していたので特に意識もせず抵抗もなかったが、人間に戻った今、しかも好きな異性と恋人でもない(ここは省いた)男女が一緒のベッドで眠るなど羞恥過ぎてとてもではないが休む事などできない。
ちなみに誤解のない様言っておくが、くっ付いていたのは寒い冬に暖かいモノにすり寄るのと同じで、はっきり言って湯たんぽ代わりだ!と断言し、ガツクにとってショックを受け・・・る事はこの男にとってないので「ああ、そうか」と普通に返され、返されたモモコの方が「え。」となる場面もあった。
諸君も薄々わかっているだろうがガツクは「事、男女の仲に関してはものすっごい鈍い上に斜め思考」の持ち主だ。
自分も相手も好意を持っている男女が一緒のベッドでナニをするかと聞かれれば、
「寝る。姿勢は隙間なくくっ付いて寝るのが好ましい。」
と、お前の嗜好は聞いてねぇよ的答えが返ってくるのが奴なのだ。
何らかの拍子にスイッチが入り、本来のナニに移行する事も、まあ、成人の男なのであるにはあるが、基本ガツクはモモコが常に己に触れているだけで満足する男だ。
「・・・だからその・・・眠る時は別々で・・・それ以外だったら・・・っていうかあたしどこに住めば」
「俺から離れる事は許さんぞ。」
斜め思考だがヤンだけはすかさず入れるややこしい大男。
「お前は(ガツクから離すとガツクが)危険だからよ。ガツクの家に住め。なあに後見人の家で暮らすんだ、誰もなんとも思わねえよ(思ったとしてもガツクが怖ろしくて指摘できねえだろうし)。部屋なら余ってんだろ。」
ガツクがモモコから目を離さず頷く。
「さてと、俺とダイスは新部署を立ち上げっから、ガツク、お前はモモコの事情を必要だと思った奴らに話してコイツと引き合わろ。あんま脅しすぎるなよ。テンレイはモモコに付き合って入用なもん揃えてくれ。言わなくてもわかっと思うけど奥の方は任せたぞ。」
(あ、あの・・・)
ガツクはホクガンが言い終らないうちに、財布からカードを取り出しテンレイに放り投げる。
その、黒く輝くカードを上手くキャッチしたテンレイはにこっと笑って
「これって・・・」
「いくら使っても構わん。必要ならば何でも買え。」
「ですって。よかったわねぇモモコ。」
(えっ?えっ?)
「モモコ・・・・俺も付いて行ってやりたいが仕事がある・・・終わったら迎えに行くからな。」
来なくていいわよ。
何を言う。また攫われたらどうする。
そんなにしょっちゅう攫われてたまるか!
護衛でもつけるか?霧藤は隠密活動もできるぞ
(みんな・・・)
自分の意向などないかのようにガンガン進められるモモコの今後。
だがモモコはああだこうだと話しあう4人に不快感はなかった。それどころか暖かい気持ちで胸が満たされた。
(こんなに甘えちゃっていいのかな?ダメだよね?ダメだけど・・・ヤバい。嬉しくて二ヤける。)
モモコは頑張って真剣な顔をしようとしてついつい上がる口角を手で隠し、まだ買い物に護衛が必要か話しあうガツク達を見た。
突然降ってわいたような出来事にも、変わらぬ態度で自分に接し、親身になって考えてくれる仲間達を。
「そーだ、そういやお前に言う事があったんだ。」
モモコのキラキラ感激をホクガンの間延びした声がいつもの様にぶち壊した。
だが続けた言葉は真剣である。
「いいか、これだけは肝に銘じておけ。・・・絶対、誰に対しても卑屈になったり、自分を卑下したりするんじゃねえぞ。はっきり言ってお前はこの世界じゃ異質な存在だ。体も小さえし顔も子供にしか見えねえ。ガツクの庇護があるとはいえ、周りの奴らにゃガツクや俺らと並ぶとお前は明らかに貧弱で劣って見えるだろうよ。」
「ホクガン。」
ガツクから刺す様な視線と鋭い声が跳ぶが、ホクガンはそれを真っ向から受け止めた。
「黙れよガツク。俺は一般から見て当たり前の事を言ってるんだぜ。いいかモモコ、どんな嫌な事があっても小さくなるなよ。やいやい言う奴らは必ず出てくる、俺らもフォローはするが奴らを黙らせるのはお前自身がしないと意味がねえんだ。そん時ゃあ死に物狂いになってお前を認めさせてやれ。お前がやるんだぞ?わかったな。」
モモコはホクガンの睨みつけるような強い眼に圧倒されたが、やがてその目を見つめたままゆっくり頷いた。
ホクガンはモモコの覚悟を確かに見てとる満足そうにニヤリと笑う。
「まぁまぁ、そんな力まんでものぅ、もっと気楽にやりゃええ。強くなるのはええ事じゃ、じゃがなモモコ、一等大事なんは一人で抱えこみ過ぎん事じゃ。オメエは一人じゃねえんだぞ。」
ダイスの諭すような静かな声。
「そうよモモコ。無粋な男共にはわからない繊細な困りごとがあったら真っ先に相談しなさい。遠慮なんてしたら許さないわよ。同じ女性として、先輩としてドーンと頼りなさい。いいわね?」
テンレイが慈しむように目を細めてモモコに微笑む。
ヤバいよ。ほんとに。なんでそんな嬉しい事言ってくれるかなぁ。我慢できなくなっちゃうじゃん。
「ほんとに・・・あたしみたいな得体のしれない奴にここまでしてくれてありがとう。あたしに・・・何の恩返しができるかわかんないけど。」
喉の奥からこみ上げる塊をなんとか押し込みながらモモコは続ける。
「何の役に立つか、それとも立たないのか、今は全然思いつかないけど。この世界で、あたしにできる事全部して、そしてそして。」
モモコは泣き笑いの顔で、震える声でやっとの思いで言葉を紡ぐ。
「みんなと、ガツクさんと一緒に、思いっ切り楽しむよ。あたしの新しい人生を。」
モモコの頬をとうとう我慢しきれずコロンコロンと涙の粒が転がり落ちる。
ガツクは長い指でそれをそっと拭うと
「・・・まったく・・・笑ったり怒ったり泣いたり・・・忙しい奴だな。」
この男にしては優しい声で言い、ホクガン達でさえ初めてみる穏やかな顔でモモコに微笑んだ。
それにもっともっと胸が熱くなったモモコ。
「ガツク、ちょっと来い。ダイスも。」
ホクガンは訝しげなガツクとダイスをリビングの外、廊下に連れ出した。
「何だ。」
「残る問題はお前だよ。ガツク。」
ホクガンはビシィ!とガツクを指差して言った。
「問題?俺がか?何も問題は・・・」
「あるに決まってんだろ!!モモコに甘いのもいい加減にしやがれ!」
「・・・・モモコは唯一だ。俺が守ってやらねば・・・」
「言うな。お前の気持ちはよくよ~く、わかりたくねえほどわかってる。モモコを真綿で包んで側に置きたいんだろう?だがな、今までの事を思い返してみろ。あいつが黙ってされるタマか?しかもニャンコの時はともかく今のモモコは人間なんだぜ?モモコが動く前にお前がぜーんぶ片付けてちゃモモコのためにはならんだろうが。」
「・・・・・・。」
「お前のモモコ大事はよぉ、ともすればアイツの人権を無視する事にもなりかねないんだぜ?アイツは人間なんだ。お前や俺らと同じ感情を持ったな。お前に守られたままなんてそんなの自分じゃねぇつったあいつの声をさっき聞いたばっかだろ。・・・・いいか、これからのお前はアイツが猫だった時より相当の我慢を強いられる事になるだろうよ。モモコが時には傷ついたり、挫折したりした時も、アイツが自分で立ち上がるまで手ぇ出さんで見守る我慢がな。その、せっまい心によーく刻むこった。」
「・・・・・・・・。」
ホクガンは黙りこんでしまったガツクを気遣わしく見ながら言った。
「モモコもやる気になってる。その芽をお前が摘まん事を祈るぜ。俺はお前らみたいに好きな女がいるわけじゃねえけど、もしいたとしてもそいつの道の邪魔だけはしたくねえ。例え俺自身の心を殺す事になってもな。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・厳しい事言うのう、ホクガン。確かにその通りじゃが・・・ガツク、モモコから助けを求められたら遠慮のう守ってやりゃええ。お前の場合やり過ぎるんが玉に傷じゃからの。加減は考えんといかんぞ。・・・・そうじゃの・・・取りあえず、仕事に関しては口を挟まん事から始めてはどうじゃ?モモコからSOSがくるまで放っといたらええ。」
ホクガンは言い過ぎだと自分でもわかっていたが、ガツクの暴走しやすいモモコへの思慕にはこれくらいの縛りがあった方がいいと思い敢えて厳しく言った。
だが、これが後に裏目に出るとは思わなかった。
こうしてモモコは第三の人生をスタートさせた。
その後、テンレイと共に大量の買い物にしたり、シラキ達やカイン達に引き合わされ、すったもんだしたりされたり、部署の部屋を決めたり、それらの準備に明け暮れた4日間が過ぎ(この間にさすがというかどうしようもないというかガツクの指示によってモモコの部屋の増改築が行われた。例えばガツクの寝室とモモコの居室との間の壁をぶち抜き、一つの部屋にしてしまったり・・・ヤンデレに栄光あれ!お前のゴリ押しに乾杯!)、雷桜隊隊士全員との今日を迎えた。
挨拶が済み、ぎこちなさが取れない隊士達の訓練が再開されると、モモコは邪魔にならないように訓練場を後にした。
絡みつく様なガツクの視線を感じたがかなり頑張って無視した。
次にモモコは奥とその他の部に挨拶に向かい、行く先々で驚愕と好奇の視線を浴びながらもそれを乗り切った。
「何からした方がいいかな・・・うーーん。まずは軍部の事をしょーじきどう思っているのか奥の職員さん達に聞く事から始めてみようかな。」
モモコはガランとした、一人の部員しかいない割には広い部屋で一人ごちた。
よし!と意気込み、テンレイの執務室へと向かった。
二時間後。
「ぜぇぜぇ・・・・ここ・・・どこ?」
モモコ、就職一日目にして迷子になる。
「・・・・遅い。」
ガツクはモモコのために用意した昼食を前に不機嫌そうに指を打ち付けていた。
移動中の連絡手段として当然モモコにも連絡機を持たすつもりであったが、ジエンのどうせならモモコ仕様にカスタマイズしてみたらどうでしょうという提案を受け、モモコはまだ連絡機を持っていなかった。
「カイン、午後の予定はどうなっている。」
「あとで調整できますが・・・・モモコちゃんを捜しに行きますか?」
カインからゴーサインが出るやいなやガツクは返事もせず飛び出していった。
「一応疑問系だったんだけどな・・・まあいいけど。ハァ・・・・・」
ため息をついてカインは昼食にフードを被せた。
「ここ一体どこよ~!総所ってこんなに広かったの~!」
モモコは誰もいない東屋で力なく叫んだ。
ガツクさん怒ってるかなぁ・・・カインさんに八つ当たりしてなきゃいいけど・・・
モモコはガツクとできるだけ一緒に過ごす事を約束していたので今日も昼食を取る予定であった。
「この所お互い忙しくてあんまり顔を合わさなかったからなぁ・・・楽しみにしてたのに。」
グゥ~ルルルッキュルルル~
「・・・フッ、腹の虫よ。お前もあたしに同意か。」
・・・・・・・・・空しい。
腹の虫に話しかけた所で残り少ないHPをさらに削ったモモコは、生き倒れにならうちによろよろと東屋を後にした。
「歩き続ければどこかに出るだろ・・・ガツクさんには後で謝ろう。」
ナンカクレと主張する腹を押さえながら少し歩いた時、手前の植え込みがガサガサと揺れた。
!
モモコが固まっているとそれは更に騒々しく揺れ、いきなり本当にいきなり男が飛び出してきた。
「あ~!くそっ!やってられっかよ。」
男は盛大に毒づくと髪の毛に絡まった葉や小枝を手でぞんざいに払い落した。
そしてそのまま歩きだそうとして・・・
「ん?」
自分を指差し口をパクパクさせたえらく小柄な女の子 (会う奴会う奴・・・ガンバレモモコ!明けない朝などないぞ!)に気付いた。
「お前・・・迷子か?・・・あれ?今日軍部の見学会あったっけな?・・・おい、お前何処のクラスだよ。見たことない顔だな、転校生?」
訝しげにモモコを見やる人物・・・それはかってモモコを誘拐した4人のうちの一人レイレスだった。
「ダイス、ショウを借りるぞ。」
ガツクはダイスの執務室にいきなり乱入するとダイスの足元で寛いでいたショウを見下ろした。
「なんかあったんか。」
ダイスはデスクに乗せていた足を下ろすと今度は頬杖をついた。
「モモコが昼食に来なかった。部署にもおらん。」
ガツクが眉根を寄せて言う。
「テンレイの所にでもおるんじゃねえか?」
「めぼしい所に連絡を入れたがいなかった。アイツ、迷ったに違いない。早く探し出さねば。」
「そりゃ心配じゃの。総所は入り組んどるからな。よしワシも・・・」
「お待ち下さい ラズ大将。まだ仕事が残ってます。」
リコが冷たーく遮る。
「後でもできるじゃろ。今はモモコ優先・・・」
「後に廻す時期はもうとっくに過ぎてるんですが。これ以上待てないぐらいに待ってます。それはこの書類だけではありません。」
「ガツクだとてサボっとるじゃねえか。」
「堂々とサボると言いましたね。コクサ大将はあなたと違って日頃からきちんと職務をこなしていますから余裕があるんです。あなたには1ミクロンもない余裕が。」
「邪魔したなダイス。」
ガツクはリコに絞られているダイスをあっさり見限るとショウに声をかけてモモコの部屋まで移動した。
「ショウ、頼むぞ。」
ガツクは言いながらショウに屈むとモモコの部署部屋にあったハンカチを差し出した。
ショウはしばらく記憶するようにそれをクンクン嗅ぐと時折地面に鼻を付けながら歩き出した。
「あ、あんた・・・どうしてここに・・・?」
モモコが信じられないように言うと、レイレスもモモコの顔をじっと見て記憶を探るように目を細めた。
「お前・・・俺とどっかで会った事ある?」
今度はモモコがギクッとする。
「しょ、初対面だと思うけど・・・ていうかあたし、あんたより年上だから。」
モモコは事件の後、クーザ達と会う事はなかったが(ガツクとテンレイが大反対、特にモモコも希望しなかった)、クーザ達が13歳だと言う事、モモコを攫ったその理由ぐらいは聞いていた。
ちなみにその後のクーザ達だがもちろん無罪放免になるわけもなく、ホクガンが統括する執政部と、テンレイの君臨する奥の【何でも笑顔で言う事を聞くパシリ】にされていた。期限は半年。
「ガツクに殺させるわけにもいかんからなぁ。仕方ねえ、代わりの罰として俺とテンレイで言い様にこき使ってやるから喜べ。あ、軍校はちゃんと行けよ?サボったら(パシリ期間を)倍に増やしちゃうぞ☆」
獲物を寸前で取り上げられ、不機嫌そうに睨むガツクを前にクーザ達は青ざめながら頷くしかなかった。
なので、軍校が終わった後や、休みの日は総所の執政部と奥に出向、様々な雑用などをして、夜八時ごろ寮へ帰る毎日を送っていた(もちろんそれぞれの親と、軍校の教官達には許可を取った)。
「俺より年上?嘘つけどう見ても中等部だろ。しかしおかしいな・・・それ、軍校の制服じゃねえよな。かといって軍部の制服でもないし・・・・・・お前何者だ?」
レイレスが怪訝そうな表情から険しい表情へと変わるのをやましい所はないはずのモモコは焦った。
「何者って・・・べ、べべ別に怪しい者じゃないよ!今日赴任したばかりで・・・」
両手を大きくバタバタさせ、汗をかきながら慌てるモモコをますます疑うレイレス。
「ならなんでそんなに慌てて・・・・!!」
レイレスはそこまで言いかけるといきなり踵を返し、出てきたばっかりの茂みにもう一度ダイブした。
???
モモコがワケもわからず呆気にとられているとやがて。
「今度から誰かに案内してもらえ。」
独特の低い声が聞こえたと思ったらガツクに抱きあげられた。
「ガツクさん!ショウさんも!」
モモコは今度は嬉しい驚きに声を上げ、思わずガツクの首に抱きついた。
ガツクはそれにビクリとなるも、空いた右手でモモコの小さな頭をそっと撫でた。
が、
「・・・・・・・。」
ガツクは無言でモモコを下ろすと静かにというように口元に指を当て、茂みに近寄った。
あ・・・バレてる!バレてるぞ!少年!
モモコが(あわわ・・)と焦る中、ガツクがその長い腕をさっと伸ばして引き揚げると・・・・青ざめたレイレスがその手にぶら下がっていた。
・・・・・・・・・・・・。
ガツクの相手の魂を削り取るような黒い眼差しがレイレスを容赦なく抉る。
「ここは軍部敷地内だが・・・なぜお前がここにいる。奥で働いているはずではないか?・・・もしやと思うがサボっているのではないだろうな。」
今ここで獄門の刑を言い渡す。とでも言われているかのような声音で言われ、レイレスは冷や汗を滝のように流しながら震えた。恐怖のあまり悲鳴すら出てこない。
「答えろ。」
ガツクがレイレスを持った腕をまるで体重を感じないかのように上下に振る。
お、俺今日、死んだかもしれん・・・
およそ人間にする扱いではない事をされ薄れゆく意識の中、レイレスは死を覚悟した。
「ガ、ガツクさん!」
いい加減痺れを切らせたガツクが今度は頭上で振りまわそうとした時、モモコが呼びとめた。
「どうした。」
「そ、その人!ああたしと一緒で迷っちゃったんだって!奥に行こうとしていたみたいだよ!ねっ!」
モモコの懸命なフォローだったが、身近にサボり魔が2人いるガツクにとってきかず、バレバレな嘘なのはわかった。が、
「本当か?」
モモコが言うのなら話は別である。反対にモモコ以外のどんな奴が言ってもガツクに言い訳は通らない。
「・・・ゲホッ!ゲホゲホ・・・は・・・はい。み道に迷って。す、すいません。」
「・・・いいだろう、今回は見逃してやる。だが・・・次はないぞ。」
ガツクがレイレスを持ち上げていた手を緩めると九死に一生を得たレイレスは重力に従って落ちた。が、屑折れるのではなく片膝をついて着地し、荒い息を吐く。
意地の様なものだ。これ以上目の前の大将に無様な所を見せたくなかった。
「ショウを付けてやる。行け。」
「ありがとうございます・・・失礼しました。」
レイレスは最後、ガツクに向かって敬礼するとモモコをチラッと見てショウに続いた。
「ガツクさん・・・あの子・・・」
「言ってなかったな。お前を攫ったあの4人は執政部と奥で放課後、休みの日は無償で働く事になった。
未成年の、しかも13の小僧共とあってはさすがに法で裁くのは忍びないとホクガンがな。」
「そうだったんだー。さっき偶然会ったんだけどあたしすごい疑われちゃって。」
「・・・まあ、一見何処の部署かわからんからな。」
モモコの軍部の制服はガツク達の様に文様がない。
真っ黒な制服の胸に小さな桃が刺繍されているだけである。
モモコの文様を考えるにあたっていろいろな形が考案されたがどうしても軍部寄りになってしまい、中立の立場には相応しくないものになる。なので、思い切って全く関係のない桃の実を、しかも刺繍という形にしてみた。ちなみに刺繍に下深い意味は特にない。桃の文様を肩から背にかけてしまうといかにも子供っぽく、ただでさえ童顔なモモコをさらに幼くさせてしまい、モモコから猛烈な拒否が出たため。
「そうだよね・・・総所の外から来た人は何コレ?って思うよね。」
モモコは胸の桃を小さな人差し指で撫でつけちょっと淋しげに呟いた。
と、その指をガツクの大きな手がそっと握った。指どころかモモコの手全体がすっぽり収まる。
「なら、ちゃんと仕事をして外であろうが内であろうがその文様を誰からも認められんといかんな。お前の頑張り次第だ。」
モモコはモモコの手を握るためであろう膝をついたガツクを見上げた(それでもモモコより数十センチは高い)。ガツクの励ますような眼がある。
「うん。ドミニオン中に認められるようになる。」
モモコの強い眼と決意を込めた言葉にガツクはクッと口の端を上げて笑い、
「国中に広めるか。大きく出たなモモコ。それでいい。」
そう言うともっと笑みを深くして、モモコの手をさっきよりも少しだけ強い力で握りしめる。
重ね合う手と手は触れ合った分だけ熱くなった。
軍部の無骨と言えば無骨、実用一点張りの「え・・・・庭園?」と疑問系で始まる庭園 (花壇など軟弱!と言わんばかりにキレイさっぱり皆無、実のなる木の群れとベンチはないのになぜか東屋があって、かろうじて芝生だけは敷いてある庭園の定義を問いただしたい庭園)で少女にしか見えない女と、人外にしか見えない男は見つめ合い微笑む。
ガツクのもう一方の手がモモコの頬に添えられ、親指で小さな唇の輪郭をゆっくり撫でる。
「・・・紅いな。それに柔らかい・・・・・モモコ。」
少し掠れたガツクの声。
モモコの目が大きく開き頬に熱が集まり始める。ガツクが上体を少し倒した・・・・
グウウッ!キュルルゥル!
その時、モモコの腹の虫が「イチャつく暇あったらナンカ食わせろや!こちとらもう限界なんだよ!テメエらいい加減にしろや!」とばかりに盛大に鳴った。
「・・・・そういえば昼食がまだだったな・・・・」
「・・・・う、うん・・・・」
モモコは今度は別の羞恥で顔を赤くさせた。
と、ガツクはモモコの膝裏に手を入れるとそのまま抱き上げ、立ち上がった。
「ガ、ガツクさん!」
「腹が減って死にそうなんだろう?ここから俺の執務室まで少し距離がある。お前の足で歩くよりも俺が抱えて歩いた方が早い。それに・・・もう体力もさほど残ってないように見えるが。随分歩いたのだろう?」
ガツクの合理的な話しにモモコは頷くしかなかった。
ガツクはモモコが恥ずかしそうに自身の胸に寄りかかるのを満足そうに見やるとやや速足で執務室へと向かった。
ホクガンは気に入った相手には結構面倒見のいい次男タイプ。本質を見抜く目も確かなので、ズバリ要点を突き容赦なく畳み掛けます。というかガツクにこの種の説教できるのもホクガンだけでしょう。
ダイスは常識を持った長男タイプ。あれこれ気に病んで胃に穴を空けてそう。
テンレイは真面目で芯も強い三番目の長女タイプ。意地っ張りなのが玉に傷。
ガツクは言わずもがな自由闊達三男タイプ。己の道をひたすら突き進む周りは見えない意見も聞かない猪突猛進型。
モモコは皆に猫っ可愛がられ(特に三男)甘やかされるも自立心旺盛な末っ子無敵タイプ。
・・・・・・・・これ・・・なんちゃって小話に使えるネタなんじゃ・・・・