5-7 こ~い~しちゃったんだ~たぶん気付いてな~いでしょ~お
サブタイトルコレしか思いつかなかった・・・・・
モモコは気が付くと、今は見慣れた自身の前足を見ていた。
ん?あれ?
モモコは顔を上げた。
目の前には緑豊かな草原が続いている。
サアッ・・・
草の匂いのする風がモモコのヒゲを撫でて吹き抜け、空中に消えていった。
ここ・・・どこだ?あたし・・・何してたんだっけ
その時、困惑するモモコの視界の端に何かが動いたのが映った。
急いでその方向を向くと・・・
ガツクさん!
焦ったふうにあちこちに視線をやるガツクがいた。何かを捜しているようだ。
ああっ!そうだあたし・・・誘拐されたんだ!ガツクさん捜しに来てくれたんだ!
モモコは思うだけでなく口に出してガツクの名を呼んでみた。
ガツクさん!あたしここだよ!ガツクさん!
だがガツクが気付く気配はない。
モモコが焦れったくなって一歩踏み出したその時。
ガシャン!
モモコの目の前に細長い鉄の棒が落ちてきた。
危うく串刺しになる所だったモモコが茫然としていると、次から次へと鉄の棒が落ちてきて、瞬く間にガツクとモモコを隔てた。
これ・・・これ夢だ
ズラッと並んだ鉄の柵を見てモモコは思う。
コレは夢 夢だから 目を覚ませばいいんだから
懸命に思うが目の前に自分を捜して憔悴するガツクに胸が熱く苦しくなる。
ガツクさん・・・ガツクさん!ガツクさん!
モモコは夢だと思っていても声を上げずにはいられなかった。
モモコが目を開けると、視界に入ってきたのは薄汚れた壁だった。
夢から覚めきれず、ぼおっとしたモモコの耳に不意に男達の野太い笑い声が届いた。
ビクン!
モモコは酷い痛みを与えた大男を思い出し、思わず飛び退ったが、引き攣れるような痛みにうめき声を上げて座り込んだ。
大男に締めあげられた喉を中心にズキズキとした痛みが広がる。
じっとして痛みをやり過ごしながら周りを見渡すとモモコは檻、大きな鳥用の檻に入れられているようだ。
モモコは檻からさらに周りの部屋を見渡した。
そこは薄暗く、唯一の明かりといえば天窓から降り注ぐ四角い光と床からの細い光だけだ。
その明かりを頼りに尚も部屋を探ると、ここはどうやら二階に位置するらしく、床から漏れている光は階下の人工的な明かりで、粗野極まりない男達の喚き声や笑い声はそこから聞こえてきた。
じっと聞いているとモモコはどうやら隠されているらしい。
余所の鼻が利く同僚を欺くためだろうか。
怯えたモモコがじっと息を殺すようにしてからどれ位の時間が過ぎただろうか。
階下のおぞましい音とは違う音がした。
カリカリとひっ掻く様な音だ。
モモコが警戒しながら音の元を探ると唯一の窓、天窓からだ。
そこを注視していると黒い影が見える。
モモコは無駄だとは知りつつ鳥籠の隅に体を縮みこませた。
天窓はゆっくり、ゆっくりと徐々に開いていき遂にそこから侵入者がするりと入ってきた。
その者は軽やかにトンと着地すると真っ直ぐに鳥籠まで走り寄り、怯えているモモコに気遣うように声をかけた。
[モモコ。僕だよ。大丈夫かい?]
モモコは黒猫と協力して何とか鳥籠の入口を開けようとしていた。大きな音は立てられない。階下の男達は酔っているとはいえ獲物が逃げだそうとする気配には敏感だろう。
モモコと黒猫は慎重にも慎重を重ね、じりじりしながらも遂にモモコは鳥籠から脱出した。
[ケガはないかい?歩ける?]
気遣う黒猫にモモコはゆっくりとあちこち体を伸ばしてみた。
多少の痛みはあるものの移動には差し支えない様である。
[うん、大丈夫。]
黒猫は安堵した様に小さく息を吐くと、
[さて、どうやってあの天窓まで行くかな。]
猫にとっては遥か上の方へと首を傾げた。
モモコはそんな黒猫に目線を向け、確信するように明るく言ってのけた。
[大丈夫だよ。たぶんガツクさんが来てくれるはず。]
だが黒猫は、人間ならばバカにしたように片眉を吊り上げた様な感じで言い返す。
[君の飼い主が?・・・来るわけないよ。]
[・・・そんなことないもん。]
[来ないね。・・・言っちゃあ悪いけど君は確かに毛色は珍しいかもしれないがただの猫だ。ドミニオンでも最高権力のあの男がそこまで君にこだわるとは思えない。]
[面子もあるだろうしね]と続ける。
[・・・・ガツクさんはそんな人じゃない。]
モモコはじっと耐える様に黒猫に反論する。
[・・・ねえ、どうして信じられるの。人間なんて所詮は自分の事しか考えてない。好き勝手に僕らを扱う奴らだ。]
黒猫は固まるモモコに更に続けた。
[温室育ちの君にはわからないだろうが、今でも、望まれて飼われたのに飼い主の都合で捨てられたり、非道いものでは飼い主自ら処分してくれとその類のセンターに持ち込む輩がいるんだよ。]
黒猫はやり切れないという様に首を振るとモモコに眼差しを映した。
[・・・すまない。君の所為ではないのに詰るようになってしまったね。・・・だがこれが僕らの現実だ。僕ら猫属は珍しいせいもあってそんな話は聞かないが、他の皆は・・・酷い話を毎日のよう聞くよ。]
黒猫の悲しみに満ちた目をなす術もなく見つめるモモコ。
元人間側としては耳が痛いを通り越して打ちのめされる。だが。
[・・・・黒猫さんの言う事は・・・わかるよ。]
黒猫は青い目を少しだけ緩めると賛同したモモコに先ほどとは違った優しげな声で返した。
[だろう?]
[でも!]
モモコはガツクやテンレイ、ホクガン達や周りのみんなを思い起こしながら力強く断言する。
[そんな人達ばっかりじゃない!ちゃんとペットを家族の一員として大事にしてくれる人達だっているよ!少なくともあたしの周りにはそんな酷い事する人はいない。本当だよ!ガツクさんは言ってくれたんだもん。]
[・・・・何を?]
モモコはあの夜を思い出し胸が締め付けられるように苦しくなった。
[・・・何があっても側にいろって。離れるなって・・・・言ってくれた・・・だからあたし・・・。]
そして自分が言った事も思いだす。
切なくて。
セツナクテ。
--あなたの側にいたいーー
[・・・・まるで恋だ・・・君のそれは。]
え・・・
黒猫の静かに言う声が一瞬遠く聞こえる。
恋・・・?
あたしのこの・・・これが?
ガツクの事を想うたびに沸き起こる、ザワザワして落ち着かなくって、こんなの自分じゃないって思いながらも照れくさくて妙に居心地がいい・・・・
これが恋なの?
モモコはふと、ソレを認識した。
ああ・・・・
一日に何回もガツクの事を想うのは
ガツクに相応しくないのではないかと思い悩むのは
少しでもガツクが離れるのを不安に思うのは
エルヴィがガツクに触れるのを、2人が笑い合うのが我慢できないのは
ガツクがふとした拍子に自分を見つめる眼差しに、どうにかなってしまうのではないかと狼狽えるのは
[・・・・ガツクさんが好きなんだ。]
モモコはポツッと零した。
黒猫は目を細めてモモコの告白を聞く。
[どうしよう・・・あたしガツクさんの事が好きになっちゃたんだ。]
階下では相変わらず騒々しい音や野租な怒鳴り声や笑い声が響いている。
しかし、先程までそれらに怯えて凍りついていたモモコは、今はまったく気にならないでいた。
これまでずっと感じていた、名前が付けられないにもかかわらずいつも自分の胸にいた想いの正体にやっと気付いたのだ。
[・・・そう。あの男の事が好きなんだね。でも君はすぐにその間違いに気づくさ。]
冷たくはない。逆に優しく聞こえるような黒猫の声にモモコはなぜか背筋が寒くなった。
[ど、どう言う・・・何を言ってるの?]
黒猫は小さな子供に言い聞かせるように諭すように続ける。
[わかってるだろう?君とあの男の決定的な違いを。]
ゴクリ。
モモコの喉が鳴る。
[そ、それは・・・。]
[そう。君は猫だ。そしてあの男は人間だ。僕達動物は人とは少し異なる考えを持つ。君のね、その気持ちが勘違いとは言わないよ。でもいつか薄れる。番いを求める頃になるとね。]
[つ、番い?]
[君とパートナーとなって子供をつくる相方さ。人間風に言うと奥さんと旦那さん。君はまだ子供だからそんな気にはならないかもしれないけどもう少し成長したら自分から探し始めるはずさ。]
まるで生徒に教えを施す教師の様な黒猫の言い方にモモコは反論する。
[探さないから!だってあたしは!]
[モモコ・・・そんな不毛な想い、早く見切りをつけた方がいいよ。]
モモコの反論を黒猫が遮る。
[ふ、不毛って。]
[僕達の生は短い・・・僕はそうは思わないけど、人間と比べたら瞬く間に終わる。君に残された時間、その貴重な時間を少しでもあの男にくれてやるなんて勿体なさすぎる。]
[・・・・・寿命・・・そっか。]
猫の平均寿命は約14年。
人間の平均寿命は約80年。
もっと短くなるかもしれない。病気になったり事故にあったり。現に自分だって事故で死んでしまったではないか。猫に生まれ変わった?からといって寿命を全うできるとは限らない。
全うしたとしても・・・短すぎる。
(今、猫としての肉体が何歳ぐらいかは知らないけど、たぶん成人には達してる。この世界の動物達と比べると小さいかもしれないけど向こうのじゃこれくらいだったはず。後、12年・・・ううん10年かも。だけど・・・)
ガツクが自分を見る何かを含んだ深く激しい目を思い出す。
意識し始めた途端モモコの口元が緩んだ。
黒猫は厳しい事を言われているにもかかわらず、にまにましているモモコに不思議そうに首を傾げた。
[モモコ?僕の言う事が理解できてるかい?]
ム・・・
モモコは緩んだ口元を引き締め抗議した。
[わかってるよ!子供扱いしないで欲しいな、あたし大人だし!]
[そうかそうか。]
[ちょっと!バカにしてない!?]
[そんな事ないよ。モモコはいい子いい子。]
「やっぱバカにしてんじゃん!]
そんな事より。
黒猫はムキになるモモコを軽くあしらいながら話は終わったとばかりに天窓へと続く足場を捜し始めた。
[ねえ、ガツクさん来てくれると思うよ。]
黒猫はモモコが再度言いだした事に耳を片方だけ向けた。
[あの男が来る来ないは置いておくとして、取りあえずはこっちの、]
黒猫は前足でトントンと床を軽く叩いた。
[野蛮な男達からはできるだけ離れた方がいい。酔っ払ってるし、どんな無茶をされるかわかったもんじゃない。今から移動することだってあり得る。]
[でもガツクさんが来たら。]
黒猫はいつまでもぐずぐずするモモコにイラついたようにしなやかな尻尾を大きく左右に振った。
[そこまで言うならモモコ。賭けをしないかい?]
[賭け?]
薄暗い部屋。天窓から満月の柔らかい光が降りている。
モモコは唐突な黒猫の言葉に訝しげに青い目を見返した。
[そう・・・僕が勝ったら僕の番いになってほしいんだ。]
えっ・・・・えええー!!
モモコのブラウンとグリーンの目が大きく見開かれる。
[そ、それって・・・えっ、あ、あの。]
突然の黒猫の申し出に慌てまくるモモコ。ワタワタするモモコに面白そうに視線をやった黒猫はずい、とモモコのすぐ近くまで寄った。
[なあに?僕では不満かな?少なくともあの男よりは君を幸せにする自信があるけど。]
[か、賭けって一体どんなの!?]
モモコは後退りながら迫る黒猫をかわすように急いで話を戻した。
[フフフ。簡単だ、あの男がここに来たら君の勝ち。来なかったら僕の勝ち。そうだな・・・期限は夜明けまで。それ以降だと逃げるのが難しくなる。どう?受けて立つかい?それとも勝つ自信はないかな?]
にんまりといった表現がぴったりな黒猫の表情にモモコはムカッときた。
[あるにきまってるでしょ!ガツクさんは絶対来る!」]
[賭けは成立だね。]
うぐぐ・・・
余裕綽綽の黒猫とムキになって睨みつけるモモコ。
[さて、勝敗はともかくここからは一刻も早く脱出した方がいい。理由はさっき話した通りだ。反論は認めないよ。・・・・心配ないよ、そんなに遠くまでいくわけじゃない。賭けの対象はここの屋根にでも上って見物しようじゃないか。それならいいだろ?]
う~ん。
でも確かに黒猫の言う通りだ。ここにいつまでもいたら何をされるかわからない。
[わかった。]
モモコと黒猫は音を立てないように何とか足場を捜し、時間を掛けて天窓までよじ登った。
びゅうびゅうと吹きすさぶ冷たい風にモモコはブルっと身震いした。
ガツクは来るだろうか。
眼下の通りはこの倉庫らしき物以外は静かなものだ。
モモコは震える自分にピタッと身を寄せ、冷たい風から自分を守ってくれる黒猫を見上げた。
黒猫は辺りを警戒するように四方へと視線を巡らせている。
(違い過ぎるかぁ)
黒猫の言葉は決定打となってモモコに打ち下ろされたはずだった。
モモコは確かに猫だ。
フワッとした毛に覆われた肢体。四足歩行。尻尾。よく動く大きな耳。感情の幅通りにピクピクするヒゲ。
どこからどう見ても。
だがただの猫でもない。
猫と人。
だが、異種族すぎるという意見にモモコは逆に自分の思いに自信を持った。
[あのね、訳は言えないけどこの気持ちは絶対に薄れたりなんかしないよ。]
[え?]
いきなり宣言したモモコに黒猫が何の事かとモモコを見れば。
モモコがなんとなく吹っ切れた様な顔をして自分を見上げている。
[・・・・さっきの話の続きかい?]
モモコはにっこり笑って頷いた。
[あのね、あたしがガツクさんと違うっていうのもわかり過ぎるほどわかってる・・・人の中にいると嫌ってほど思い知らされるしね。それにガツクさんと同じ時間生きられない事も・・・・でも]
[・・・・でも?]
モモコは黒猫から視線を外し、再び暗い通りを見つめた。
[・・・でも、最後の日になってもガツクさんに側にいて欲しい。たぶんガツクさんに悲しい思いさせちゃうかもしれないけど・・・すごく我が儘だとも思うけど・・・でも、それでもガツクさんの側のいたいんだ。]
静かに、だけどしっかりと本当の気持ちをモモコは黒猫に伝えた。
ガツクが自分に向けるあの眼差しの意味はわからないが(鈍いにも程が・・・)「いつまでも側にいろ」と言う言葉に甘えてしまおう。
[・・・・我が儘か・・・いいんじゃない?猫らしくてさ。]
[黒猫さん?]
[気まぐれと我が儘は僕ら猫属の特徴だよ。君のその想いは賛成しかねるけどね。
[うん。ありがとう。本当はさ、黒猫さんだってそんなに人間の事嫌いなわけじゃないんでしょ?動物の事が大好きで真剣になってあたし達の事考えてくれる人達がいる事知ってるよね。]
[・・・・・・・そうかもね。]
とぼけたように返す黒猫に[素直じゃないんだから]とモモコが呆れた。
でも、と黒猫は
[賭けに負けたら僕の番いになるのを忘れちゃ駄目だよ?わかってるよね?]
釘を刺すのを忘れなかった。
屋根に上って結構な時間が過ぎ、夜明けを待っている二匹の耳に騒々しく騒ぐ男達の声が聞こえてきた。
[まずいな。どうやら君が逃げたのがバレタらしい。モモコ、隣の倉庫まで移動しよう。物陰に隠れてやり過ごそう。]
[うん。了解。]
黒猫がしなやかに、モモコが幾分よたよたしながら隣の倉庫に着いた時、尋常じゃない、明らかな破壊音がした。
[・・・・今の聞いた?]
モモコが恐る恐る黒猫に問うと、黒猫は頷いた。
[ここにじっとしてて。様子を見てくる。]
黒猫は硬い、緊張した声で言うと器用に物陰に隠れながら先程までいた倉庫を窺った。
が、案外早く戻ってくる。
[ど、どうだった?ヤバい感じ?]
[そうだね。ヤバいって言えば相当ヤバいね。]
ちょっと引き攣り気味に黒猫が返す。
その間にも背後の倉庫からは悲鳴やモノが破壊される音、それと何だか分からない判別しづらい音が続けざまに聞こえてくる。
[ええー!ど、どうする?移動した方がいい?それともここでじっとしてた方がいいかな。]
下手に動くと目立つもんね。モモコは慌て気味に呟いて腰を上げると,ふと黒猫が静かな事に気が付いた。
?
[どうしたの?黒猫さん]
呼びかけると黒猫は真剣な顔でモモコを見下ろす。
[もう一度聞くけど。本っ当にあの男が好きなんだね?何があっても奴の側で生きるんだ?]
[えっ?あ、う、うん。なんか大変そうだけど・・・ガツクさんちょっと変わってるから(アレをちょっとと言えるモモコは案外大物かもしれん)。で、でも うん。好き。]
てへ、と恥ずかしそうに笑うモモコは第一級の可愛さ。
本当に勿体ない・・・・
黒猫はため息をつくと
[そこまであの男を慕っているのならうんとやってみたら。]
[えっ?ええ?]
[振りまわしちゃえよ。君の事で頭が一杯になるまでさ。とことんまでやっちゃえば。]
[いや、あの、ただ側にいてくれたらいいなあって思ってるだけで、あの。]
黒猫は意気地がないッ!とばかりに前足をダン!と打ちつけた。
[何、弱気な事言ってるんだ。この僕を振ってあんな鬼みたいな奴を選ぶんだろ?そこまでやってくれないと面白くないじゃないか。]
は、はい?
モモコの目が点になると黒猫は笑ってモモコに近づいた。
[モモコ・・・幸せになるんだよ。君が幸せそうに笑ってると僕もいい気分になれる。いいね?]
[黒猫さん?]
黒猫は目を細めるとそっとモモコに顔を寄せた・・・
と、いきなりモモコ達がいた倉庫の屋根が吹き飛んだ。
モモコが目をまん丸にしてびっくりしていると
[モモコ。]
再度名前を呼ばれたので黒猫の方を向くと・・・
鼻先に冷たい湿ったモノが触れ、そして離れていった。
[別れの挨拶だ。モモコ。]
そう言われて初めてモモコは黒猫に猫の挨拶をされた事に気が付いた。
[え、お別れって、どういう・・・]
ビュウオオオ!!
モモコが黒猫に問いただそうとした時、風を切り裂くような音がした。
ザクッッ!!
物騒な音と共にモモコの目の前にいきなり鈍く光る何かが現れた。
(な、な、なに、これ・・・)
さっきまで黒猫がいた辺りに、モモコの3倍はありそうな幅広の金属が倉庫の壁に深々と刺さっていた。
いいいいいいいい!!!
モモコはそのブッ刺さったでかい包丁のような金属に慄いていたが、ハッとして辺りを見渡す。
[く、黒猫さん!!大丈夫!?]
[やれやれ・・・勿論大丈夫だとも。それにしても君の想い人は凶暴極まりないな。]
黒猫はモモコに挨拶をした後、背後からの強烈な殺気にいち早く反応してそこから飛び退っていた。
モモコは自分から少し遠くにいる黒猫のしゃんとした姿にホッと息をついた。
そして、すぐ傍らに立つ大きな影を見上げる。
平素は相手によっては死んだ方がマシ、な冷酷な黒い眼だが、今はモモコだけに向けるあの眼差しでモモコを見下ろしていた。
途端にモモコの心臓が跳ね上がる。
「ににゃーお、ふぎゃ?ふふみー?(ガガツクさん、駄目でしょ?く黒猫さんはあたしを助けてくれたんだよ?)」
うるさく踊る心臓にアタフタしつつも、照れ隠しにモモコが詰まりながらガツクに呼びかける。
「モモコ・・・・」
ガツクは掠れた声でモモコの名を呼び、震える手でそっと抱き上げると、万感の想いを込めて抱き締めた。
「にゃーん・・・、うううみ!(ガツクさん・・・、うわー なんか恥ずかしいよお!)」
モモコはドクドクと鳴るガツクの暖かい胸に包まれ、意識し始めた事も手伝って照れて照れてガツクをまともに見られない。
「モモコ・・・・。」
モモコの柔らかな肢体を感じたガツクの身の内に甘く痺れる感覚が流れた。
瞬く間にあの充足感が体中に拡がる。
[まったく・・・見せつけてくれるね。]
一人と一匹の世界に割り込んだ声に、モモコはハッとして慌て、ガツクはギロリと黒猫を睨んだ。
「性懲りもなく現れたか・・・今度こそお前を殺す。」
ガツクはモモコを片手に移すと先程投げたブレイドを壁から引き抜いた。
えっえっ!?
モモコは慌ててガツクを止める。
「みみみゃーお!(だだだめだよーやめて!)」
ガツクは腕の中のモモコが自身の胸に手をついて抗議するのと、憎き黒猫を眉根を寄せて交互に見ていたが、諦めた様にため息をつくと
「わかった。・・・・・・・消えろ。」
凍える様な声で黒猫を追い払う。
黒猫はフンと言う顔をして一人と一匹に背を向けた。
[黒猫さん!]
黒猫はモモコの声に顔だけこちらを振り返った。
[あの!ありがとう!助けに来てくれて・・・。あたしに何ができるかわかんないけど、黒猫さんが言った事、何とかならないか頑張ってみるから!]
黒猫は目を和らげた。
[・・・こちらこそ、ありがとうモモコ。君の気持だけで充分嬉しいよ。でも君にそんな時間あるかな?その嫉妬深い男が相手ではね。]
からかうように黒猫は言うと今度こそ深い闇夜に消えた。
(嫉妬深いってガツクさんの事だよね?う~ん・・・男の人としてっていう意味じゃないよなぁ・・・そうだったら嬉しいけど・・・でへへ。でもあたし猫だからな・・・あ、なんか空しくなってきたぞ。)
ガツクはモモコがへにゃとなったり、ズーンと落ち込んだりするのを片眉を上げて見ていたが、
「おーい、ガツク。モモコはいたか?」
ホクガンの声に振り返った。
モモコもホクガンの声に若干驚いて顔を上げた。
「ふにゃ・・・?みゃお!(あれれ、ホクガン・・・?ダイスさんも!)」
ホクガンはガツクに抱かれたモモコにホッと胸を撫でおろした。
「漸くか・・・長かったなあ・・・全く手間掛けさせやがって。」
「モモコ・・・何かエライ久しぶりの様な気がするのう。ケガぁねえか?」
モモコは呆けて開いた口を慌てて閉めるとダイスの言葉に頷いて答えた。
その後ろにはカイン達の姿も見える。
(あ・・・みんな心配してくれたんだ・・・やだ・・嬉しい泣きそう。)
ジーンとモモコの胸に嬉しさが込み上げる。
感動に少し震えるモモコの体をガツクは少し強めに抱きしめる。
モモコは潤んだ目をガツクに向け、次いでホクガン達に向けた。
そして。
「ふにゃん!!ふみみ!!(おかえりなさい!!みんな!!)」
犯罪者達の、夜よりさらに濃い闇の街に、まるで似つかしくない声が高らかに響いた。
つ・い・に!
やっとここまで来たよ・・・・
長かった・・・つってもまたここからが長いんですが。