5-6 大切なモノ
ホクガンとダイスはその扉を見た。いや、見ている。いや、見続けている。かれこれ30分。
「・・・お前が先に入れよ。」
「嫌じゃ。テメエが先に入れ。」
「俺も嫌だ。なんか障気が漏れ出ているんだもん。」
「眼の錯覚じゃ。」
「なら入れよ。」
「・・・テメエが無事だったら入る。」
「ふざけんな!」
「テメエこそ ふざけ!」
「何をしている。」
ホクガンとダイスは魔界の門・・・いや、軍部会議場の扉から出てきたガツクの低い声に、互いの襟首を掴み合ったままピタリと止まった。
「・・・何にも。」
「・・・何も。」
「早く入れ。」
踵を返してガツクが部屋へと入る。
そこにはガツクと似たり寄ったりな真っ黒い雰囲気のテンレイ、呆れ顔のシラキ、難しい顔のグレン、引き攣った顔のジエン、カイン、雷桜隊の隊士幾人かと・・・部屋の隅っこの方にクーザ、レイレス、目を覚ましたティカ、シャッターが正座させられた状態でいた。
ホクガンとダイスはそれらを開かれた扉から見て、ため息をついてから互いを離し、おもーい空気の中に入った。
「・・・・キングからの連絡は?」
「まだだ。」
ホクガンはガツクの隣に腰かけると進展を聞いた。
「まだ1時間経っとらん。いくらキングでも無理じゃろ。」
ダイスは「アホか」と言う風にホクガンを見て言うとテンレイの隣に座った。
「キングかい、また懐かしい名前だねぇ。元気にしてるのかい?」
シラキがわずかに微笑んでガツクに訪ねた。
ガツクは眉間に皺を寄せたまま、だが丁寧に答えた。
「近頃会っていませんが、相変わらずな様で・・・最近では西地区のゴロツキ共と悶着を起こし壊滅に追い込んだとか。最早地下街で奴に逆らう者はいないでしょう。」
シラキはかっての部下が大変元気に暴れまくっているのを聞き和やかな顔を一変、また元の呆れ顔で
「・・・アイツは昔から手を出すのが早い男だったからねえ。そうかい、ま、元気でやってるのならいいさ。・・・・規則だらけの軍部と違ってアイツも地下なら思う存分生きられるだろう。」
ため息をついた。
ちょっと切なそうになった総所のおっ母さんにホクガンが慌てて慰める。
「なに言ってんだよシラキさん。あいつはただの戦闘バカ。シラキさんが気に掛ける必要なんてこれっぽっちもねえよ。」
「そうですわ。シラキ様が思うほどの男ではありません。キングがいつまでも子供なんです。」
「・・・キングの奴、シラキさんのとこに挨拶にも寄らんのですか?いっちょワシが行ってシバいておきますわ。」
「・・・・やはり軍部に復帰させるか・・・」
「あ、あの、皆さん・・・落ち着いてですね・・・」
果敢にも総所の化け物たちに口を挟もうと試みるカインとジエンだったが普通に無視される。
「君達・・・その話は済んだ事だろう?シラキさんもそういう意味で言ってるんじゃないんだ。キングの事は彼の意思を尊重したまえ。」
代わってグレンが穏やかに、だが通る声でホクガン達を諌めた。
「グレンの言う通りだよ。お前達の気持ちは嬉しいが、アイツにはアイツの人生がある。好きにさせてやりな。」
シラキは微笑みながら言い、立ち上がると暇を告げた。
「さて、キングが出張っているなら私がすることはなさそうだ。ここいらで帰るとするよ。お疲れさん。」
続いてグレンも立ち上がった。
「私も失礼するよ。何かあったら知らせてくれ。」
なんとなくこの場にいたジエンだったが、武具などの不具合がない事を知ると、カインに申し訳なさそうな視線を送り、だが急いで退出した。
後に残された者達に重い沈黙が落ちる。
「そういや、お前達よぉ、何でモモコを攫おうと思ったわけ。」
しかし、場の空気などあってない男ホクガンはもっとも危ない話題を投げた。
途端、ガツクとテンレイから黒い気配が漏れ始め、じわじわと部屋を満たす。
4人以外のこの部屋にいる全員が硬直する。
「そうじゃのう・・・一応理由を聞いておくか。」
普段は止める側のダイスもテンレイにされた事、今モモコに起こっている事に腹が煮えくり返ってくるので遠慮なくホクガンに乗っかる。
「・・・・挑戦です。」
震える声で、だがクーザはガツク達をしっかりと見てきっぱりと言った。
「・・・・最初は・・・いつものゲームのつもりだったんです。教官達が恐れながらも尊敬するあなたに、偉大な大先輩、伝説の男に挑戦してみたかったんですよ。大事にしているという飼い猫を奪われたあなたがどう出るか・・・・勿論、飼い猫は返すつもりでした。こんな事になってしまったのでは信じてもらえないでしょうが・・・大事にしてあなたの元に返すつもりだったんです。だけど・・・あっさり負け・・・いえ確保されたんですから俺達覚悟はしています。どんな罰でも受けます。」
ホクガンは正体不明な笑みを浮かべ、眼を閉じてクーザの言葉を聞いていたが、
「俺達?普通は”仲間は関係ありませーん僕が悪いんですー”とかでも言って仲間を庇うもんじゃないのか?」
やがて意地悪そうに笑うと4人を見渡した。
クーザ達はそれに臆するどころか挑戦的にホクガンを睨みつけた。
「・・・俺達は全員が納得してクーザと行動を共にしているんだよ。負けたら罰だろうが何だろうが皆で受ける。んな生温い考えじゃねえよ。」
レイレスが語気荒く言うとティカとシャッターも強く頷いた。
が、そんな子供特有のイキがったもの言いも
「・・・・・俺を相手取って楽しかったか?」
この男の一言でその威勢のよさもしおしおとなり、たちまち委縮してしまう。
「ガツクに挑戦したいのなら暗殺だろうがなんだろうが勝手にやれば。でもモモコに危害を加えた事だけは例え神が許そうとわたくしが許さなくてよ。」
テンレイも、お前ら全員死刑。と言った風にクーザ達を睨みつける。
ひえー
クーザ達はこの2人の冷気に生き物の本能かピタッと身を寄せ合いながらカタカタと震え始める。
ガツクはそんなクーザ達をフンとして見やると、席を立ってベランダに出た。
冷たい空気がガツクの頬を撫でる。
モモコ・・・・
今、何処にいるのだ?
お前を一時でも離すなど俺は何を考えていたのだろうな
どんな過酷な所であろうとお前を連れていくべきだった
俺が側にいれば何があってもお前を守れた
俺にはその力があるはずなのに
時には強すぎる力をもった俺が、今はなす術もなく他人に頼らなければならないとはな
なんてお笑い草だ
お前が危機に晒されているというのに
俺は待つことだけしか出来ん
モモコ・・・
たとえ世界中をひっくり返そうと草の根分けてでもお前を捜しだすからな
お前を俺から奪った者、全員に後悔させてやる
握った連絡機に知らず力を入る。
ミシミシと連絡機が悲鳴を上げた。
(・・・・キングが連絡しづらくなるな。)
壊れる寸前で力を抜くとふと自分の影が濃い事に気付く。
ガツクはいつ上ったのか煌々と輝く満月を見上げた。
「お前達がな、ガツクに挑戦したい気持ちはわかるぜ。だが、大事なモンを奪われたガツクの気持ちは考えた事あんのか?」
ホクガンは冷たい外気に立つガツクの後ろ姿を頬杖をつきながら見てクーザ達に話しかけた。
4人が怪訝そうに顔を上げてホクガンを見、次いでハッとした様にガツクを見た。
ガツクはじっと月を見上げている。
その広い背中はさっきまでの痺れるような殺気は微塵もなく、代わりに切なさの混じった焦燥が見てとれた。
「ガツクはよ、モモコに出会うまでそりゃあ無味乾燥な毎日を送る男でなぁ、国と軍部のことしか頭にないガチガチの石頭じゃった。仕事が楽しみと本気で言うてくるほどのな。じゃけ、モモコを手に入れてからというもの、笑ったり怒ったりあのガツクが譲歩したり(モモコが絡む事柄のみ)焦ったりとまあ、おおよそ深い付き合いのワシらでさえ驚くほど変わったんじゃ・・・モモコはのう、ただの飼い猫じゃねえ。ガツクにとって唯一のモノなんじゃ。あいつが初めて心を寄せたモノなんじゃよ。」
ダイスは諭すわけでもなく淡々と語ったがそれはクーザ達の読み違えた思いを正すのには充分なほどだった。
項垂れるクーザ達にホクガンは続ける。
「ガツク程じゃねえけど(ありゃ行き過ぎだ)俺たちだってモモコを可愛がっているんだぜ?お前達をな、ぶん殴りたい気持ちは俺らにだってある。ガツクは言わずもがな。だがぶん殴る代わりに俺達に同行させてやるよ。モモコを奪われて暴れるガツクをしっかりと見届けるんだな。」
怖ぇぞぉと脅すホクガンにクーザ達は反応を返すこともできない。
怖いのはさっき廃船置き場での暴れぶりを見ているので充分過ぎるほどわかっている。
だがガツクの気持ちを傷つけモモコを怯えさせ、周囲にクーザ達の想像をはるかに超える(モモコとガツク以外のことだったらここまでではないんだが)迷惑をかけた事に、麻痺していた罪悪感が今更のようにクーザ達に起き始めた。
既にたかがネコだろ?と思う気持ちはない。
唯一のモノ・・・・
優れているとはいえまだ精神が未熟な彼らにガツクの感情は理解しがたいものがあったが(いや、大人でも無理なんだけど)モモコを切実に欲している事だけはわかった。
ガツクの手にあるモモコへと繋がるモノがピクリとも鳴らないまま3時間が過ぎた。
「ちょっと殺してくる。」
ガツクが苛立つままにキングを消しに行こうとした時、殺気を感じたのか、キングから漸く待ちわびた報告がもたらされた。
「そうか。今すぐ向かう。・・・いや俺の部隊を使う。犯人共に気付かれる事なく秘密裏に運びたい。いいな?」
まだ何か言っている風なキングの言葉を聞かずに、ガツクはまた途中で切った。
「・・・たまにはあいつの話も最後まで聞いてやれば。」
ホクガンがキングを憐れむように言うがモモコのことしか頭にないガツクは
「キングの事か?奴などどうでもいい。奴が俺にどれだけ借りがあると思っているんだ?唐突に軍部をやめた奴に気を使うつもりはない。」
冷たい目で返される。
「ま~だ根に持ってんのかよ。・・・・・ガツク、俺達も行くよ。」
「何?」
「ワシも行く。」
お前達・・・
いいってことよ。
遠慮なんぞ水臭いぞ。ワシらとお前の仲じゃろうが。
ガツクが軽く目を見張り、ホクガンがわずかに微笑んで頷く。ダイスがガツクの肩を叩こうと手を寄せた。
麗しき友情の光が生温かーくガツク達を包む。
が。
「お前達・・・・・・・・・・・そんなこと言ってもモモコはやらんぞ。」
「誰がいるか!!」
「いるかボケェ!!」
ホクガンとダイスが同時にツッコむ。
「そうか、ならいい。勝手にしろ。」
「・・・うっうっ、酷い!さっき感じた俺のピュアな友情を返しやがれ!」
「・・・お前なぁ・・・そのモモコに対する百分の一でもええからワシらに気を使わんかい!」
ホクガンが顔を両手で覆って泣き真似をする傍ら、ダイスがガツクの肩ではなく襟を掴んで喰ってかかる。
「今更お前達に気を使ってどうする?」
「テメエこら!」
「いいかガツク・・・俺らの友情という名の大木だってなぁ、愛情と思いやりがなければ枯れちまうんだぜ?いいのか?」
「枯れろ。今すぐ。」
「ひどっ!この人真顔で言ったよ!ひどっ!」
「馬鹿には付き合っておれん。」
ガツクはホクガンに止めを刺すと身を翻し足早に会議場を後にした。
「どう思う?あのモモコとは180度違う俺らに対しての愛のなさ。」
「ガツクの愛など極端過ぎて全力で尚且つ断固拒否じゃが、もうちょっと付き合いがあってもええと思う。」
「だよな。でもあれが普段のガツクなんだがな。」
ホクガンは悪ふざけを止め、隊士達にクーザ達を同行させるように言うとダイスと共にガツクの後を追った。
テンレイはというとガツク達に
「あなた達はどうなってもいいけど、モモコだけは傷ひとつ付けずに取り返して来て頂戴。そしてちゃんと始末してきて。」
ええーー
という様な事を言い、最後にクーザ達をギロリとひと睨みするとモモコが帰ってきた時寛げるよう準備をするため、奥のスタッフと共にとうに部屋を出ていった。
「氷山の様な熱いお言葉だったな。」
「口惜しいのじゃろ。テンレイだって行きたいに決まっちょる。」
責任感の強いテンレイは今回の事が自分の油断した心が招いた事だと思っている節があった。
「悪いのはこいつ等だろ。そんなこと言ってたらモモコを置いていくように言った俺も悪い。」
「テンレイもそれはわかっちょる。じゃがそれでも許せんのじゃろ。」
「・・・難儀な奴だな。」
テンレイの心を上向きにするためにもモモコの救出は絶対だ。
ダイスは改めて気を引き締めた。
ガツク達が少数の隊士達を連れてキングとの待ち合わせ場所に着いた時、時刻は既に夜中を指そうとしていた。
「久しぶりだな、キング。」
ホクガンはジ・トリックから降りると堂々とした体躯の男に歩み寄った。
「国主がこんな所に来ていいのか?」
キングはホクガンとは色合いが違う金色の目を狭めると片方の口角をクッと上げてホクガン達を迎えた。
「お前のう、たまにはシラキさんとこに顔ださんかい。」
「出せるか。俺は軍部を辞めたうえ地下で生きる人間なんだぜぇ?シラキさんの迷惑だろ。」
「お前がそんな殊勝な事を考えるタマかよ。気まずいんだろ?いくつだテメエ。気持ちわるいんだよ。」
「国主とは思えねえ口の悪さだな、おい。」
キングは灰色の短い頭髪を撫で上げながらホクガンに呆れたように言った。
「場所は。」
片や一国の代表、片やドミニオンの裏の顔が仲良く歓談する様は異様であったが、このモモコに通じる道だけをひたすら爆走する男だけは目に入らない様で、キングが苦労して突き止めたモモコの居場所を労いの言葉一つ掛けずに居丈高に聞いた。
「・・・・お前も相変わらずだな、ガツク。」
だがそんなガツクに慣れているのか、キングもただ苦笑してガツクを見やった。
「モモコは何処だと聞いている。」
しかし、戦場以外では感じた事のない凄まじいまでのガツクの圧力にキングは眉を顰めた。
(・・・噂以上だな。あのガツクが・・・この目で見ないとピンとこなかったが、これは。)
キングは何か言おうと口を開いたが
「・・・・こっちだ。」
結局言葉を飲み込むと先に立って案内を始めた。
しばらく行くと地下街でも一番危険な区域まで来た。
一般人は決して入り込めない、そして命の保証も出来ない場所である。
そこを何もかも規格外の男達とまだまだ線の細い子供の隊列が進む。
平素であれば、闖入者は寄ってたかって身ぐるみ剥がされ運が悪ければ死んでしまうものだが・・・・
明らかに軍人とわかる身のこなし、そしてキングの背後を歩く男の凶暴な姿に裏通りの住人も顔を背けて縮こまった。
キングはゴミゴミとした道を進んだ後寂れた倉庫の前で止まった。
辺りも似たり寄ったりの倉庫群が並び、赤錆だらけの機械や船の部品、薄汚れたロープなどが散乱している。
「この家だ。お前の飼い猫を盗んだのはヤクシーとホータイという、廃船の部品を掠め取って裏で流しているケチな野郎共だ。・・・わざわざお前が出る相手でもないと思うが。」
「モモコを俺から奪うとする者は全て処分の対象になる。どんなゴミでもな。」
”ヤバいモード?”
キングはガツクの背後のホクガンとダイスに目で語りかけた。
”超ウルトラド級ヤバいモード。”
それを受けたホクガン達も親指を立て、頷きながら返した。
キングが少し目を見開いてホクガン達に何かを言おうとした時、その脇をスタスタとガツクが抜けた。
え?
ガツクは持っていたブレイドを軽く振る。
バシュッ
ブレイドの鈍く光る刀身にホクガン達が息を飲む。
「邪魔だな。」
ガツクは倉庫の錆びた扉を見上げて呟くと、ブレイドを大上段に振りかぶった。
そしてそのまま斜めに剣を奔らせる。
ズドォッ!
続いてガツクはざっくりと倉庫の扉に入った亀裂をちょっと助走をつけて蹴りつけた。
ドゴオォオオン!!
轟音を立てて扉が破壊される。
「・・・あいつ、俺に秘密裏に運びたいとか言ってたような・・・」
それらを黙って見ていたキングから当然の様な言葉が出る。
「・・・そりゃ・・・アレだよアレ、なんつーの、アレ。」
「・・・そうそう、アレじゃ。アレ以外ない、アレ。」
「・・・アレって何だ?・・・・・・いや、いい。」
ガツクと付き合いの長いキングは賢明にも黙った。
そして急ぎ足でホクガン達と共にガツクの後を追った。
「そこまで言うならモモコ。賭けをしないかい?」
「賭け?」
薄暗い部屋。天窓からは満月の柔らかい光が降りている。
モモコは唐突な黒猫の言葉に訝しげに青い目を見返した。
「そう・・・僕が勝ったら僕の番いになってほしいんだ。」
じりじりとモモコに近づくガツク。
あっさりとプロポーズまできた黒猫。
この違いは一体!?