5-3 これでもまだまだ冷静な方です
「・・ンド!・・ス・・ウンド!・・・・ミス・ラウンド!」
テンレイは自分の名をしつこく呼ぶ声に重い瞼をゆっくりと開けた。
ここは・・・ハッ。
ぼんやりとした脳と目の焦点が合うとテンレイはいきなり覚醒した。
「・・・・モモコ・・・モモコは!?」
慌てて車内を見渡すが・・・モモコの姿はない。
「・・・辺りを捜しましたが・・・警官達・・・偽者でしょうが・・・奴らに連れ去られた模様です。」
運転手は目が覚めた後、車中にモモコがいない事に気が付き、テンレイが無事なのを確認するとモモコを捜しに車を出たが・・・
「・・・襲われてから1時間は経ってるわ・・・当然でしょうね。」
テンレイはニセ警官達が窓から腕を伸ばし、おそらく麻酔銃だろう、チクッと痛みがした途端意識がなくなったのを思い出した。
油断した事が口惜しくて唇を噛み締める。
しかし、こうしている時間も惜しい。テンレイはすぐ意識を切り替えると運転手に指示を出した。
「モモコはもうこの辺りにはいないでしょう。捜すにしても一端総所へ帰るしかないわ。出来る限り急いで頂戴。」
「わかりました。」
猛スピードで総所に向かう途中運転手は
「なんてこと・・・ガツクに伝えなければ・・・あのバカ者どもを八つ裂きにしてやるわ・・・」
身も凍るテンレイの呟きを聞いた・・・・。
『国主、ミス・ラウンドから緊急の連絡です。お繋ぎしますか?』
後もう少しでドミニオンに着くという中、急なテンレイからの通信にガツク達は顔を見合わせた。
「・・・・おう、繋げ。」
「・・・・・・。」
「なんかあったんじゃろうなぁ。」
ガツクが無言で通信用ディスプレイの起動スイッチを入れ、ダイスが眉根に皺をよせながら画面を見つめる。
総所の留守を任せる事が出来るくらい優秀なテンレイが、余程の事がない限り緊急通信を入れてくるはずがない。しかももう着く事はわかっているはず。
テンレイに繋がる間、部屋は嫌な緊張感が漂い始めた。
『お兄様。』
待つのが短いのか長かったのか、画面に顔を強張らせたテンレイが現れた。
「テンレイ・・・どうしたんだ?」
ホクガンはテンレイの顔を見た途端、硬い声で問う。
テンレイはホクガンの前にガツクが、横にダイスが座っているのを見、ズバリ要件から入った。
『よく聞いて頂戴・・・今から1時間前、モモコが誘拐されたわ。』
!!!
衝撃がガツクの胸を抉る。ホクガンとダイスは息を飲んでからガツクを注視した。
”にゃおーん!ふみ!”
モモコ・・・・
ガツクの脳裏にまるで、いってらっしゃーいとでも言っているような可愛らしい鳴き声と、笑うように目を細めるモモコの顔が浮かんだ。
オノレ
瞬間、ホクガン達はガツクから爆発するような熱波を感じた。
が、それは起きた時と同じように瞬く間に収束する。
ガツクが鉄の意志で凄まじい怒りを抑え込んだのだ。怒りは判断を狂わせる。モモコ最優先で取り戻すには常に冷静でいなくてはならない。
しかし、殺意までは抑えきれないのかソレはちろちろと漏れ出る。
(おーおー・・・怖えーなぁ、暴れるかと思ったぜ)
(やっと帰ってこれたのにの~モモコも災難じゃがガツクも不憫な奴じゃ)
ホクガンとダイスは一瞬身構えたが、ガツクが持ち直すと座り直した。
ガツクは意識して体から力を抜き、黒い目を瞑ってからゆっくり開けた。
「・・・・続けろ。」
早くもどす黒い気配を纏いながらも完璧に抑制した声でテンレイを促した。
ホクガンは操舵室に連絡を入れ、テンレイとのやりとりを船内全域に流すよう指示した。
テンレイは襲われた際の経緯を簡単に説明、犯人達の特徴と印象などを語った。
『後どれくらいで入港出来そう?』
「もう陸地は見えてる。おい操舵室、入港はいつだ?」
ホクガンはテンレイに答えながら操舵室に通信を入れる。
『全速力で入港の準備をしています・・・後30分で着岸かと。』
「よーし、いい返事だ。俺らも準備すっか。テンレイ、出来るだけ急いで総所に向かう。」
『待って・・・帰ってくる必要はないわ。』
テンレイは腰を浮かしたホクガン達を片手を上げて制する。
「なぜだ。」
ガツクがテンレイを睨みつける。射殺されそうだ。
『怖い顔ねぇ。別に意地を張っている理由ではないのよ。これを見て。』
そして一枚の写真を取り出してガツク達に見せる。そこには可愛らしいピンクのネックレスが写っていた。濃いピンクと薄いピンクのチェーンが交差する先には小粒のピンクダイヤモンドが煌めいている。
『これは一見本物に見えるけど模造品よ。モモコには本物を贈りたかったんだけど加工が難しくて。これ発信機なの。』
「・・・ほう。」
ガツクは写真をよく見てテンレイに視線を移すと、思い当たった事を口に出した。
「なるほどな。モモコが逃げた際に使用か。」
『ええ。・・・・本来ならね。』
テンレイが頷きながらガツクに応える。
モモコは大人しい猫だが、思いがけない事でいきなり逃げ出したりする前科があるので(モモコなりに理由はあるのだが)会場や施設で何らかの拍子にモモコが逃げ、見失った時の保険としてモモコには知られないように(賢いモモコは見つけられたくないと思ったら外してしまうだろう)あくまでアクセサリーとして着けさせた。
『不幸中の幸い、とでも言うのかしら。この発信機の端末をリンドウ君に持たせて港に待機させて置いたから、受け取って潜伏先に直行して頂戴。お兄様やダイスの分も持たせてあるわ。』
テンレイは冷ややかとも取れる表情でホクガン達に言い、
『残留組の雷桜隊と霧藤隊を待機させてあるけど。ショウ達軍用犬もね。目標地点へ向かわせる?』
犯人達の潜伏先をこの国最強の二部隊で包囲するか尋ねた。
相変わらず仕事のできる女じゃのう。さすがじゃ。
ダイスは愛しい女の顔を惚れ惚れと見つめた。
「場所は。」
ガツクは立ち上がりると、そんなダイスとは正反対にテンレイに背を向けながら尋ねるともう用はないとばかりにドアに向かって歩き出した。
『北の廃船置き場よ。』
「任意の者だけでいい、来たい奴らだけ向かわせろ。」
ガツクはドアをくぐりながら短く言うと格納庫へと姿を消した。
指示を出すためテンレイも通信を切る。
「俺らの留守を狙うっつう案はいいが対象がなぁ。」
ホクガンは腕を組みながら、やれやれという風に首を振った。
「モモコの希少さに惹かれたか。見た目だけだったら高く売れそうだからな。」
「ワシらにケンカ売るたぁ、ええ度胸じゃのう。」
ダイスも格納庫に向かうため、ガツクが開けっぱなしのドアまで歩みながら言う。
「ま、な。俺らっつうかその線だとガツクに絞られてる感じだがな。」
「・・・この国に、いや他国にもじゃがそんな骨のある奴がおるんかい。」
ダイスは出入り口で立ち止まり何やら思案しているホクガンを振り返った。
最近も圧倒的な力の差で己の強さを知らしめたばかりである。
「いるんだろ?モモコの重要性を理解していないのがな。・・・金になると思ったか、テロの一種か、はたまた・・・」
ホクガンはドアを潜り抜け、ダイスと共に格納庫に向かいながら思わせぶりに言葉を切った。
「・・・ガツクの恐ろしさを知った上で挑んどるっちゅうのか?ますます正気を疑うの。」
ダイスは顎に手を這わせながら首を振る。
「現場にいってみねえと何ともな。急ごうぜ。」
一方、一足先に格納庫に向かったガツクは、既にレイマドがエンジンがかかった状態でスタンバイしているのを見て、レイマドの側に立つカインに軽く頷いた。
「ガツクさん、レイマドに[ブレイド]を装着しておきましたが・・・使用する事がない事を祈っていますよ。」
カインが難しい顔でガツクに言うが・・・
「・・・情けなど必要か?ついでに死体袋も用意しておけ。」
無表情で淡々とガツクに返されため息をこぼす事となる。
「俺は後から隊士達と共に合流します。もう残留組は現場に?」
「任意の者だけな。・・・聞け!これは軍務ではない!俺個人の問題だ!お前達がついて来る事はないんだぞ!」
ガツクはゴーグルを装着すると、カインとその後ろでガヤガヤと出る準備をしている雷桜や霧藤の隊士達に向けて隅々までいきわたる大声で言う。
静まりかえる格納庫。
「そ~だぜぇ?にゃんこを迎えに行くだけっつう事だからな、要はな。」
「それだけで済めばいいんじゃがのう。」
と、そのどデカイ扉からガツクと同じように手袋を嵌め、ゴーグルを着けたホクガンとダイスが言いながら現れた。
そして、エンジンが掛けてあるウィンドニクの前にダイスが、後ろにホクガンが乗り込む。
「やっぱり行くんですか。」
ここに来るだろうと確信し、本当に現れた上司にデュスカが呆れたように言い、
「あなたは国主なんですけどね、自由過ぎませんか。」
レキオスが冷たい声でホクガンの行く気満々のニヤけ顔を見ながら言うと。
「誰が暴走したガツクを止めるんだよ?ダイス一人に出来ると思うのか?」
「無理。」
ダイスが即答する。
「ガツクさん、俺達全員任務だなんて思ってないです。」
雷桜と霧藤の代表のように(生贄)ダイナンが前に出て、
「なんか自然に集まって・・・モモコちゃんが心配なんです。決して邪魔はしないので同行させて下さい。」
青ざめながらガツクに引き攣った笑顔なのか泣きそうななのか判別しづらい顔で言う。
これから起こる大惨事を考えれば「決死の覚悟で止めます」が正しいのだが、見間違いのない本物の殺意を全身に纏うガツクにそこまで言う勇気はない。
それにガツクが暴れる(決定事項)のを一般国民に知られないようにするのも大事だし、何よりモモコとガツクのセットがなければなんか落ち着かない。(強烈すぎる刷り込み?は完璧かと思われる)
『15分後に着岸です。』
船内放送が格納庫に流れる。
カインが指示していたのか、タラップまでの通路には他の隊士たちのバイクは綺麗にどかされ、いつガツクが出てもいい様になっている。
ガツクはスタンドを倒すと
「勝手にしろ。」
とだけ言い、グリップを回した。
ドオルゥン!
腹に重く轟くレイマドのエンジン音が辺りに響きまくる。
「カイン、タラップを降ろせ。」
ドルル・・・まるで威嚇するかのように唸る、全体が黒色のレイマドに跨るガツクは突っ立ているカインに命じる。
・・・まだ船は岸へとついていない。本来ならきちんと着岸してから降ろすべきだ。
カインはギョッとしたが諦めたように操舵室に連絡を入れるとタラップのロックを外し、降ろすスイッチを押した。
ゴウン・・・ゴウン・・・ゴウン・・
黄色い回転灯が廻り、ゆっくりとタラップが開き始めた。
ドルンドルンドルルゥン!!!
「おいおい・・・まさか。」
「そのまさかなんじゃろ。」
どんどんアクセルを回すガツクに嫌な予感がするホクガンとダイス。
・・・そしてガツクに関しての嫌な予感は高確率で当たる。
周囲の者が高まる緊張感に息を飲む中ガツクはレイマドを発進させた。
ギャリリリィ!!!
ガツクはほとんど垂直のタラップを一気に駆け上がると、細い隙間をレイマドを真横に倒して外へと飛び出した。
啞然とした空気が流れる中、
「続くぞ。」
「おーう。あんま離されんなよ。」
暢気なホクガンの言葉にダイスが苦笑して応える。
「無茶ばかり言いおって。テメエこそ落ちるなよ。」
ダイスは思い切りアクセルを回すと先程より開けたタラップをガツクと同じように上り、タラップの口から勢いよく飛んだ。
リンドウはもう数十メートル前まで来ている国主専用船が岸に近づくのを、若干震えながら待っていた。
手にはテンレイから渡された発信機の端末を持っている。
テンレイが中々帰ってこない事にやきもきしながら待っていた所へ、襲撃されたという報を受けて仰天したが、続くモモコが誘拐された事には血の気が引きすぎて立ちくらみがした。
そして運が悪いと言うかテンレイから「直接ガツクに渡すように」と端末を届けるという任が降りた。
普段、外見も内面も怖ろしいガツクに怯えるあまり避けるようにして生活してきたのに、ここにきて今までのが比較にならない程激怒しているであろうガツクに対面しなければならないとは。
リンドウが犯人達に向けて呪詛交じりの恨み事呟いた時である。
突然ゴウンゴウンという音を立ててタラップが開き始めた。
(あ、あれ?・・・お、おかしいな。まだ岸にはついていないのに・・・不具合かな?)
どんなにタラップが長くてもまだまだ距離がある。
リンドウが訝しげに船を見つめていると・・・・開ききっていないタラップから一台の巨大なバイクが突然飛び出してきた。バイクは真横になった態勢のまま宙を高らかに舞うと真っ直ぐリンドウ目掛けて落ちてくる。
「ヒイィ!!」
潰される!
リンドウが恐怖に固まったすぐ横にズドオン!!とガツクの黒い戦闘バイクが着地した。
ブワアァ・・・
ガツクが着地した時に巻き起こる風にリンドウの綺麗に手入れされた髪がバラバラに舞い上がった。
熱っ・・・ハッ!
リンドウはレイマドから発されるエンジンの熱風に茫然自失から我に返るとガツクを見上げた。が、その顔はすぐさま強力なGが働いたが如く地面の方へと俯けられた。
「早く渡せ。」
底冷えする声と差し出された手に震える手で端末を差し出すとガツクはひったくる様にして受け取り、レイマドを北に向けて奔らせる。
リンドウがホッとしたのもつかの間、それを狙ったかのように銀色の、レイマドに負けず劣らずの戦闘バイクウィンドニクが、ガツクが降りた場所と寸分変わらぬ位置にドウンン!!と着地する。
「おお、驚かせたか?すまんのうリンドウ。」
「おい、早く渡せ。ガツクが見えなくなる。」
リンドウはぎくしゃくしながらも2人に端末を渡すと
「ここここ国主!ままま待って下さい!」
もう一つの任を思い出しすぐガツクを追いかけようとする2人を慌てて呼び止めた。
「あんだよ。」
ホクガンが煩わしげにリンドウを振り返る。
「テンレイさんからです。これをどうぞ。」
リンドウは後ろにあった何かからさっとカバーを取り去る。と現れたのは群青色の巨大な戦闘用バイク[ジ・トリック]であった。
「ヒョオ!まさかジ・トリックまであるたぁなあ。さすがテンレイ、気が利くぜ。しかしよくあんな短時間で運べたな。」
「苦労しましたが間に合ってよかったです。呼びとめた僕が言うのもなんですがお早く。」
ホクガンは特別にカスタムチェーンした愛車に大喜びで乗り込むと、リンドウに親指を立てて先にガツクを追いかけたダイスに続いた。
ああ・・・・ようやく・・・ようやく終わっ・・・
大任 (リンドウにとっては)を果たしたリンドウが今度こそホッとした時、
ブオォンブオン!ブオオン!
いつの間にか着岸していた船から次々と雷桜や霧藤のマシンが吐き出され、轟音を響かせながらリンドウのすぐ横を通ってガツク達を追いかけ始めた。
その中にはリンドウに向けて片手で謝る仕草をするカインもいた。すぐに見えなくなったが。
「・・・・だから軍部は嫌いなんだ。」
隊士達がいなくなった後、バサバサになった髪と排気ガスで煤まみれになったリンドウはスタッフ達に同情の眼差しを注がれながらポツリと呟いた。
「おい、いたか!」
「ダメ!そっちは!」
「こっちも駄目だ!もう少し範囲を広げて捜そう!」
「モモコちゃ~ん。おいしいご飯だよ~。出ておいで~。」
夕闇がヒタヒタと夜を先導する頃、だだっ広い廃船置き場では4人の若人が何かを必死になって捜していた。
一人の青年がかっては栄華を極めていただろう何十メートルもある廃船にスルスルと器用によじ登ると、
「マジかよ!こん中からどうやってあのネコを見つけりゃいいんだ!!チクショウ!!」
辺り一帯を見渡して絶望の叫びを上げた。
そこには青年から見える何キロ先まで大小さまざまな船の死体達が、朽ちたその体を夕闇に真っ赤に染め上げ所狭しと並んでいた。
「どうにかして早く見つけないと・・・くそ!・・・甘く見ていた。」
叫び声を上げた青年とは別の、銀の髪をした青年が焦りを含んだ声で呟いた。
彼らはクーザ、レイレス、シャッター、ティカ。そして・・・
しかしそこには、彼らに連れ去られたはずのピンクの猫の姿が・・・・・・・なかった。
ホクガンとダイスはそうは見えませんが相当頭にきてます。
モモコは最早彼らの大事な仲間なので。
そして唸りを上げながらクーザ達に迫る恐怖の大王。