5-1 一躍時の猫?です
レセプションも無事に終わり、ガツクとモモコはいつもと変わらない朝を迎えた。
「ガツクさん、仕事の前にお見せしたい物が。」
カインはガツクとモモコに朝の挨拶をすると、デスクについたガツクに数冊の雑誌と新聞紙数紙を置いた。
怪訝な面持でガツクは付箋が貼られた箇所を開いた。
そしてその記事を見た途端眉根に皺が寄った。
興味がわいたモモコもガツクの脇から覗きこむ。
そこには
【前代未聞!?ピンクの守護天使現る!!】
【軍部の秘密兵器か?世にも珍しいピンクの猫!】
【軍部のニューキャラクター?新星隊士モモコちゃん!】
モモコがガツクと戦った試合の写真と共にふざけてるのか褒めてるのかな記事が載っていた。
ちなみに、ばっちりモモコは写っているがガツクは体半分切れていたり、その強面が目立たないようにレイアウトとされている。何とかガツクの恐ろしさを和らげようとする編集者達の苦労の跡が窺えて、笑える・・・いや偲ばれる。
モモコはギョッとした。
(な、なにこれ!?いつの間に・・・・あ、そっか、そう言えばドミニオンの記者や他の国の記者もいたっけ)
その時に撮られたものであろう。
スカっと忘れていたがこの世界では自分はどうやら希少中の希少、ピンクの猫なのだった。
「・・・・・・・・・。」
ガツクは変わらず眉間に皺をよせながら記事を見ていたが、
「ガツクさん、レセプション中だったので報告を控えていたのですが、武道会があったその日からモモコちゃんを取材したいという依頼が何件かありまして・・・今日までに17社が返答待ちの状態です。」
続けて言うカインの方へ視線を移すとつまらなさそうに言った。
「くだらん。モモコは見せモノではない。全部断れ。」
「わかりました。」
カインは雑誌や新聞紙を片付けようとデスクの方へ手を伸ばしたが・・・
(う~ん。このあたしの顔変だなァ・・・マジこんな顔してたのか。ていうかガツクさんとの体格差ハンパないよー。猫っていうよりヘンな生き物みたい。)
その雑誌や新聞紙に乗り、ウロウロしながら自分の姿を検討するモモコの姿にその手も止まる。
「なんだ、モモコはこんなものに興味があるのか?」
ガツクも若干呆れたようにモモコに声を掛ける。
モモコはむっとして顔を上げた。
(なにさー 興味あるに決まってんじゃん。ちょっとふざけてる感があるけど・・・雑誌や新聞に自分が(猫とはいえ)載るなんて初めてだもん。)
ガツクはモモコの可愛く睨む顔を目を細めて見ていたが
「そんなに気に入ったのなら切りぬいて保存しておくが・・・。」
(ええっ!?い、いいよ!そんなにナルじゃないし!)
照れたように慌てるモモコにガツクがからかう様に指で顎を掬った。
そんな、仕事中なんだよンな事は家に帰ってやれ的一人と一匹に引き気味のカインはデスクのモノを片付けながら、ガツクさんが上機嫌の今だ!とばかりに、
「実はですねガツクさんもう一つ耳に入れたい事がありましてモ、モモコちゃんを譲ってほしいと言う命知らずな申し入れが何件かありました。」
タイミングを見計らってノンブレスで(ちょっと途中ナンかな言葉があったが)、この申し入れがあった日からカインの胃を痛めていた事柄を言い終えた。
言い切った・・・
やった・・・俺はやったぞ!頑張った俺!
よぉーし!今日を無事生き残れたらあの秘蔵のワインを一気飲みしてやる!
まるでエベレスト登頂に成功したかのように自分を褒め称えるカイン。
しかし生還を誓っている場合ではない。すぐさま怒気をふんだんに含んだ威圧に備えて身構えた。
「・・・ほう?・・・で?その者たちの詳細なリストは作ってあるんだろうな?」
やっぱりキター。
口頭や書面で普通に断る。ではなく、申し入れの人物を抹消してなかった事にするのがガツク流断る。(注:モモコ限定)
カインは「後顧の憂いは取っておかんとな」などと物騒な事を呟く上官に心臓麻痺を起さない様しっかりと気合いを入れると、
「もちろん、リストは作って・・・あ、あの、ありますが・・・その・・・いきなりの強硬手段はいかがなものかと。」
ガツクの補佐官として「たぶん言うだろうな」とリストを準備した上で、軍部の一隊士としてドミニオンの一国民として、そして常識があるばっかりに受難を受け続けている人達代表として一応止めてみた。
「モモコを俺から奪おうとする奴らだぞ?モモコを欲しいと思った時点で俺に狙われる事がわかっているはずだ。」
それアンタだけだから!他の人は普通思わないから!的言葉を返したガツクに、もう駄目だと早々と代表の座を降りたカインはモモコに、「この歩くヤンデレ大災害を止めて!」とお願い光線を送った。
モモコはカインが報告した事に驚いたが、続くガツクの超攻撃的な発言を真っ向から浴びているカインと目が合うと内心の動揺を抑えてガツクを止めにかかった。
「みゃーお!みゃうお!(そこまでやる必要ないでしょ!普通に断って!」
「う~ん。困ったわねぇ・・・」
「そうですね・・・こればっかりは・・・」
ここはテンレイの執務室。
テンレイのデスクにはカインがガツクのデスクにのせたモノと同じモノがあった。
指先でそれらのページを捲る。いつ撮られたかわからないドレス姿のモモコの写真もあった。そして、
「テンレイさん、結果はわかっていても一応コクサ大将に打診してみてはいかがでしょう。奇跡が起こるかもしれませんし。」
「そうねぇ・・・」
テンレイのデスクには娯楽誌の他にも数枚の書類が置かれていた。
それらはモモコをチャリティーパーティへの招待したい旨の打診や養護施設からモモコに慰問して欲しいとかの要望書であった。
この類の慈善活動にテンレイに異はない。モモコだってないだろう。
しかし問題は。
「ガツクが承諾・・・はするでしょうけど・・・フゥ」
とうとう部下にまで「ヤンデレ」扱いされている、あの無駄にデカい大男がモモコ一匹を外に出すわけがない。何が何でもモモコに同行、そして誰にもモモコを触らせず、モモコが愛想をふりまいたらそれだけであの悪人面を不機嫌そうに顰めるに違いない。
そうなったらもうおしまいだ。
すぐさまチャリティーパーティーは脅迫会場にかわり慰問は引き付け者を続出、最悪施設は閉鎖するかもしんない。ついでに軍部にも総所にも不名誉極まりない噂が流れるだろう。
軍部や総所はまだガツクとモモコ耐性があるが一般国民にはあまりない、というかそもそもガツクへの耐性そのものがない。
ガツクは総所からあまり出歩かないし、一般国民と親しくした事も記憶に残らないぐらいない。
ガツクはドミニオンを愛してはいるが、ドミニオンに気を使おうと思った事はない。
他国から絶対的軍力で守り抜く事は出来るし、命を掛ける事も出来るが、国民に応えたり、外交で愛想をふりまいたりは出来ない。しようと思った事すらない。
なので先の武道会でも国民の称賛を一切無視したり、接待そのものもどうでもいい態度で流す。
ガツクが情熱を傾けるのは国と軍部と・・・モモコのみ。
それがわかっているだけにテンレイの悩みも深いのだ。
「たとえガツクを引き離すことに成功したとしても、一回が限度でしょうし、こういうモノは一度引き受けると今度は是非うちにもというものなのよね・・・」
二度目はない事を言っても、向こうのは引き受けたのにどうしてこちらのは駄目なのかと抗議されるのは想像に難くない。ならばガツクももれなく付いてきますよ、と言っていいですよと返されても困るのだ。ガツクの恐ろしさを間近で体験した事がない業界の方達にとって絶対「いい」状態にならないからだ。
「癪だけどお兄様達に相談してみようかしら。ガツクの扱いにはお兄様とダイスの方が遥かに慣れてるし、いい知恵でも浮かぶかもしれないわ。」
モモコに諭され(猫に説教される37歳独身大将というのもなんか・・・今更か)ガツク流断るを諦めたガツクはやや仏頂面でホクガンの執務室にいた。
時刻は互いの仕事が片付いた午後10時。
「今度はなんだ。」
ガツクは一人掛け様のソファに座りモモコを膝に降ろしてから斜めに座るホクガンを見た。
「何だよ、用がなけりゃ呼んだら駄目なのか。」
「じゃあ帰るかモモコ。」
「わー!嘘嘘!あるあるある!あるぞ!ガツク!」
(またバカやって・・・)
モモコは本気で帰ろうとするガツクを、腕を掴んで必死に止めるホクガンを呆れて見た。
「早速というか嫌な事は早めに済ましちまおうと言う事なのかゼレンからの謝罪申し込みが今日届いた。んで詳しい日程なんかを詰めてようってんでな。」
ガツクを元の椅子に座らせる事が出来たホクガンは、息をつきながら今回の招集理由を述べた。
「ゼレンにしては早いの。」
ダイスは怪訝そうにホクガンを見る。
「ゼレンにもまともなのが中枢にいるらしくてな、これ以上の失態をして俺達を敵に廻さないよう国王を説得したらしいぜ。迅速に行動して誠意とやらを示そうって事らしい。どこまで本気かはしれてるけどな。」
フンとホクガンは仰々しいゼレンからの手紙とゼレンの情勢を探らせていた商人達からの報告書をテーブルに投げた。
「まるで21年前の再現の様ね。」
「役者が違いすぎるがな。だが・・・同じ状況だな。」
テンレイがため息をつき、ホクガンが苦笑した。
「話はわかった。会見の場はどこだ。」
「中立国がいいんじゃねえかと思ってる。・・・俺達は復讐者じゃねえ。シスと二代目の事があっても国の代表として誇りを持たねえとな。・・・で、グランモアなんかどうだ。」
「賭博の国じゃねえか!」
ダイスが驚いて前のめりになる。
「そこがいいんじゃねぇかよ~ ケケケ。いかにもあいつ等をバカにしてんだろ?」
キリッとした顔から人の悪そうな顔に変わり、意地悪そうに笑うホクガン。何が国の代表だ。
(思いっ切り私情入ってんじゃん!最初からやる気だろアンタ!)
モモコは「どお~やって追い詰めてやろうかなぁ~」などと既に計画を練り始めている、上機嫌が逆に怖ろしいホクガンから心持離れる様にガツクの膝を移動した。
「モモコ、グランモアという国は」
「あ、モモコは留守番な。」
グランモア国について説明を始めたガツクの言葉を、勇気があるというか我が道を行くホクガンは遮った。
留守番な・・・留守番な・・・留守番な・・・
ガツクの脳にこれらの言葉が到達するまでたっぷり1分。
げげげ。
いつもの気配を察したモモコは急いでテーブルに飛び移った。
そして予想通りというか、ガツクはおもむろにホクガンの襟首を掴んでソファから持ち上げると。
「よく聞こえなかったんだがなホクガン。・・・・モモコは留守番だと言ったか?まさかな。」
ホクガンはぎゅうぎゅうとマジで首を絞めてくる親友の腕を、ギブギブと叩きながらも国主として頑張る。
「連れて行けるわけねえだろ!どんなヤバい事があるかわからねえんだぞ!・・・・言っとくがモモコは耐えられねえぞ。国同士が本気のぶつかり合いをする場だ。何時間も部屋に詰めて話し合いをするんだ。気配に敏感な動物でしかも子供のモモコにそんな苦行を強いるつもりなのか?お前は。」
ホクガンが、本気でモモコの事を心配して言っているのがわからないガツクではない。
徐々に腕の力も緩んだ。
脳裏にはあの忌まわしい21年前と6年前が蘇る。
罵声や怒号が飛び交う場内。突き刺さる敵意。己らを蔑む驕った目。
ガツクは自身が立ちあがった時テーブルに飛び移って今はこちらを心配そうに見上げるモモコを見下ろした。
ホクガンは続ける。
「会見に出ないでもだ、部屋に残ったモモコに何があるかわからねえ。ゼレンは俺らへの嫌がらせのためにモモコを殺しちまうかもしれねえんだぞ?お前だってそんな緊迫した場所で会見に集中できるか?モモコの事になったら抑えが利かねえお前が。それよかは最初からドミニオンに残っていた方がいい。」
ガツクはホクガンを離すとモモコを抱き上げた。
「みーゆ・・・ふみ?(がつくさん・・・大丈夫?)」
ガツクはしばらくモモコを見つめていたが、ため息をつくと
「モモコ・・・俺が数日いなくても平気か?」
・・・・・・・・・・・・・・。
(頼むーモモコー へ・い・き☆って言ってくれ!)
(行くっつうたらどう対処しようかのう・・・いやモモコは聞き分けのええ子じゃそんな事は・・・ないとも言い切れんが・・・)(ダイスの脳裏にモモコが発端となったあーんな事やこーんな事が浮かんだ)
(もうひと押しよ!お願いモモコ!)
三人の願いは・・・・・
「レイレス見てみろよコレ。お前、動物好きだろ。」
明るすぎる金髪の青年が、ボサボサの黒髪のいかにも今起きました的青年に呼びかけた。
青年は大きく伸びをすると、長身を折り曲げて床に散らばっている服の中から適当に一枚選ぶとダルそうにそれを着た。
「・・・・動物は好きだけど。」
そう言いながら金髪の青年に近づく。
「あんた、どんだけ寝てると思ってんの?20時間は経ってるわよ。」
金髪の青年の前に座っていた、腰まである真っ直ぐな茶色の髪をした女性が呆れたようにレイレスと呼ばれた青年を見た。
「昨日完徹した。予定もない。」
レイレスは茶髪の女性、ティカに腫れぼったい目を向けた。
そして「限度ってモンがあるでしょ!」と言うティカを無視して金髪の青年、シャッターの手元を覗き込んだ。
「【新種か!?ピンクの猫に業界騒然!!】だってさ。ちょっと白が勝ってるけどこれはピンクだよね。」
「・・・ああそうだな・・・ん?これコクサ大将じゃないか?」
「そうよ。このモモコって猫、コクサ大将の飼い猫なの。軍校じゃ、すごい話題よ。」
「ティカ、夜中にアイスを食うと太るぞ。」
台所と思わしき所から、銀髪の青年が後ろ向きなのにもかかわらず、今まさにアイスを掬ったスプーンを口元に持っていこうとしていたティカに釘を刺した。
ギクッとティカの手が止まる。ティカは、
「ぷーにぷに。」
「ぶーよぶよ。」
ニヤニヤ笑うシャッターとレイレスを睨みつけると開き直ってこう言った。
「いいもーん。明日余分に走るから。問題ない問題ない。」
レイレスはそう言ってアイスをぱくつき始めたティカを呆れて見た後、
「クーザも知ってたか?」
手を拭きながら部屋に入ってきたクーザに話しかけた。
「いいや。今聞いたところだ。」
そう言ってシャッターの手元を覗き込む。
「・・・前代未聞、か。確かにこの猫とコクサ大将じゃ前代未聞だな。」
ククッと苦笑らしきものを口元に登らせて、クーザはモモコの凛々しくも可愛らしい顔をじっと見た。
「噂じゃ、片時も離さない程可愛がっているらしいわよ。あのコクサ大将が。意外よね。」
「へぇー!そんなに?想像つかないな!」
シャッターが思わず声を上げる。
「体に悪そうな想像だよな。・・・なんか悪寒がする。」
何度か見かけた事があるガツクの怖ろしい姿に、ピンクの猫が抱っこされている図を思い浮かべクーザを除く一同は、ははは・・・・と力なく笑った。
ガツクの話題から自然に武道会の話題へと移った一同を余所に、クーザはまだモモコの写真を見ていた。
時折、その口元から言葉が漏れる。
「コクサ大将か・・・軍部最強の男・・・相手にとって不足はない・・・」
そして雑誌を開いたまま、書類が乱雑に積まれた書棚をごそごそと何かを捜し始めた。
「何してんの?」
シャッターが肩越しにクーザを見やる。
クーザは作業を続けながら応えた。
「ちょっとな・・・お前ら暇だって言ってただろ?お、あった。」
「・・・言ったけど。」
訝しそうにレイレスもクーザに注目した。
クーザは総所のスケジュール表をテーブルにのせながら3人を順番見渡した。
「総所のスケジュール表じゃない。こんなのどうやって手に入れたの?門外不出でしょ?」
「企業秘密だ。・・・さてと、並みのスリルじゃ味わえない事に挑戦してみないか?面白いゲームを思いついたんだ。」
そう言ってモモコとガツクが並んで写っている写真をコツコツと指で叩いた。
「この猫を誘拐してみようぜ。ククッ、我らが偉大な大先輩はどう出るかな?」
確かに並みのスリルは味わえないであろう・・・・
だが決して「面白いゲーム」にはならない。
あのガツクが相手では・・・・
ここに、やがて新しい総所を背負って立つ事になる、若きドミニオン自治領国第4代国主クーザ・ショットと仲間達の「ありとあらゆる力と知恵と命を掛けたモモコを誘拐しようと思った時点でタダでは済まないゲーム」が始まる。
「知らないって怖いよな。」
これは後にこの事件が収拾し、クーザが呟いた一言。
早めにアップ!とかほざいてごめんなさい。
どうか土下座でお許し下さい。
新章突入で新キャラ登場です。
彼らがどんなひどい目に合うかは皆さんの想像通りかと・・・