4-20 シスさんと二代目国主さん・・・です
充分食べたり飲んだり踊ったりして楽しんだ最後の夜が明け、昼ごろ各国代表団はそれぞれの帰路に就いた。
「ガツクよ!!またお前と戦える日を楽しみにしておるぞ!!そして猫よ!!これからもその勇敢な魂をォ!!忘れるでないぞ!!いついかなる時でもォ!!こ」
「早く帰れ。」
ガツクはうんざりした顔を隠そうともせずベントの熱い別れの言葉を遮った。
その大きな手はモモコの耳を塞いでいる。
ちなみにベントの次の言葉は「向上心を失うなァ!!」である。
「好敵手の言葉を遮るとはガツク!無礼だぞ!!」
「誰が好敵手だ。お前の声はうるさいと何度言ったらわかる。黙って帰れ。」
「何をォ!!」
ガツクさん完璧煽ってるの知らないよね。
ますます声を張り上げ、抗議するベントに嫌がらせのように「帰れ」「消えろ」を連呼するガツク。
そう、ガツクに嫌がらせの意識はない。本当にナチュラルにそう思って口に出しているのだ。
モモコは二人の周りがげんなりするのを肌で感じながら、斜め前を見た。
「ワイズム王陛下、コロナ妃様、また是非いらして下さい。このテンレイ首を長くしてお待ちしておりますわ。」
ギャースカと品の欠片もないあちらとでは対称的な壮麗さと上品な振る舞いで、テンレイとホクガンは最後に出立するべリアル帝国国王夫妻に礼を取った。
笑顔で挨拶を交わす妃とテンレイを見ながらワイズムは、
「・・・ドミニオンは明るくなった・・・主が精進しておる証しだな、ホクガン。」
ホクガンはフッと笑い少し俯いて首を振った。
「私だけの力ではありません。仲間達と二代目と・・・そしてシスのお陰です。」
ワイズムはまばゆい日の光が家々の屋根を反射して煌めく様を目を細めて見、やがて小さく頷いた。
「そうか・・・もうあれから21年も経つか・・・」
無事に友好国を送り出し、片づけやら何やらがようやく終わった夜。
「待たせたな、モモコ。」
ホクガンは巨大なソファに座るガツクの膝に、ちょこんと乗ったモモコの真向かいに腰を下ろした。
(しょうがないよ。皆忙しい人達ばっかりだもんね。)
ホクガンが「待たせたな」と言ったのは。
”属国”という言葉に過剰反応するガツク達の事情についての説明の事。
本当は武道会が終了し、祝賀会が終わったら話してくれる予定であったがモモコが酔っ払って寝てしまい、ガツクも壊れたのでやむなく先延ばしとなった。
だがこの事実をモモコは知らない。
自分は試合後の疲れが出て途中で寝ちゃったんだろうな。ぐらいにしか思ってなかったし、その後も件の事について触れられなかった。
それに皆この国の中心人物なのだからレセプション中は当然忙しく、モモコもなんやかやとあってちょっとあの時の約束を忘れた感があった。
ガツク達がわざわざモモコに混乱の祝賀会の様子を語らなかったのは単純に忙しかったから。
(それにしてもぎっしりと言うかいっぱいいっぱいと言うかいろんなことがあった3日間だったなあ)
モモコがいろいろな意味で印象的だったレセプションの3日間を思い出していると、
「シスの事?」
テンレイがガツクの隣に腰掛けながらホクガンに向かって話しかけた。
「ああ。俺達の事情を話しておこうと思ってな。それにはシスの事から話さんと・・・さてと・・・何から話すかな。」
ホクガンがゆったりとソファに沈み込みながら息をつく。
「・・・・シスはバカな男だった。」
ガツクがモモコを撫ぜながら唐突に口火を切った。
えっ!?
モモコは急に声を発したガツクにも驚いたがその内容にも驚いた。
「身も蓋もない言い方だが、その一言に尽きるな。」
「本当にのう。あれだけ頭に血が上りやすいのによう大将なんか務められたもんじゃ。」
「シスの話題になると真っ先にそこから入るわね、いつも。」
他の3人も同様な感じでうんうんと頷く。
「まず行動してから考えるという、軍人としてまた隊士を預かる立場としてあるまじき行為をする男でな。それに振り回される当時の隊士達に深く同情したものだ。」
ガツクが苦い顔で言うと、
「どうしてあれだけ目茶苦茶な戦い方なのに最後は何となくうまくいってたんだろうな。」
「運だけはよかったからのう。ああでなきゃ何回死んどったかわからん。」
ホクガン達も心底同意するようにまたうんうんと頷いた。
(・・・あ、あれ?)
「呆れるほど下品な男だったわね。」
「そうそう。下ネタばっか喋ってたな。」
「お偉いさんの前でも平気で屁をこいたのを自慢げに話しとるのを聞いた時にゃ、こんな奴の下で働かんといかんのかと思って目の前が真っ暗になったもんじゃ。」
「大酒呑みでもあったな。いくら酒があっても足らんようだった。」
(あの・・・だいぶイメージと違うんですけど・・・もっとこう・・何かさあ)
”シス”という名に神秘的な印象さえも感じていたモモコは、神秘的どころかダメ親父全開のシス像に呆れた。
「・・・だが、いい奴だった。」
ガツクが沁みいる様に声をつく。
「・・・・むちゃくちゃ部下達や将校達に慕われてたな。女にはモテなかったがガキどもやじーさんばーさんにはモテまくってた。」
「・・・シスの周りはいつも笑いが絶えなかったわね。」
「そうじゃな・・・嫁はおらんかったが大変な家族思いでもあった。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・。
静かで穏やかな優しい沈黙が落ちる。
モモコは皆のしみじみとした顔を見ていたが、さっきから気になっていた事がある。
みなシスの事を過去形で話すのだ。
(もしかするとシスさんはもう・・・・・)
やがてホクガンは顔を上げ、モモコを真っ直ぐ見た。
「シスはもういねえ。今から21年前追放されたんだ。」
!!
モモコに衝撃が奔る。
ホクガンは両膝に肘を置き指を組んで、過去を見ているかのように自身の手をじっと見た。
「二代目国主の時代、ドミニオンは復興の最中でな、それに加えて元の宗主国、ゼレンやゼレンと同じ考えを持った他の国からやっかいな提案を国際会議で提案、可決させたドミニオンに恨みを持ってしょっちゅう嫌がらせやテロ行為を受けていた。それを鎮圧するために軍部は夜も昼もない状態だったようだ。」
ふうと息をつくホクガン。
ダイスが作ったオン・ザ・ロックを舐めるように口をつけると先を続けた。
「俺達が16の頃だ。ゼレンのたび重なる非道なやり方に遂にシスがキレた。アイツはよりにもよって国際会議の真っ最中にゼレン側の大使をぶん殴って重傷を負わせちまったんだ。・・・何があったかははっきりとはわからねえ。シスは俺達に何も言わなかったからな。ゼレンと他国の裏工作やテロは巧みに隠され、それを知らない和平と倫理を尊ぶ世界中からシスは、ドミニオンは非難された。シスは責任を問われて追放となり、シスの実の姉でもあった二代目国主はゼレンに深く謝罪したってワケだ。」
・・・それはどんなに悔しい事だっただろう。
国土を荒らされ、弟を失って尚、その原因たる国に頭を下げねばならなかった二代目国主。
彼女の心を思うとモモコはやり切れない思いでいっぱいになった。
「追放と言う処断を下したのは二代目だった。」
そんな・・・・・・
ガツクはモモコの顔を自分の方に向けその愛らしい(注:ガツク視点)瞳が切なげに細められるのを見て、穏やかに微笑むと日本酒 (ッポイもの。ツッコまないように)の入った猪口をグイッと傾けた。
「たとえ世界中から非難されても、命を賭して国のために戦ったシスを処断なぞしたくない。しかし、二代目や中枢の者共がシスを庇えば庇うほど軋轢を生んで新たな火種ができ、このままではようやく復興の兆しが見えてきたドミニオンを再び戦いの日々へと逆戻しする事もわかっていた。」
「・・・シスはな、最初死ぬ気だったんだ。ドミニオンの不利益となるくらいなら自ら自分の喉をカッ捌いてみせるってな。だが、それだけは二代目が許さなかった。シスの周りも必死に止めた。俺らもな。二代目は言ったよ。言ったっていうよりシスをビンタして怒鳴ってたな。死ぬ気があるんだったら死んだ気になって生きて見ろ、死ぬ事よりも生きる事の方がもっとずっと困難だとな。シスは間抜け面してア然と二代目を見ていた。後で聞かせてくれたよ、知らぬ間に逃げ道を捜していた事に気がついたってそれを二代目に見抜かれて恥ずかしかったってな・・・・。」
ダイスはテンレイのために作ったカクテルをテーブルに置くとホクガンの隣に座った。
「決心したシスの動きは早かった。あの日から二日後、身辺整理をすませたシスはドミニオンから去っていった。ワシらに見送りもさせんでのう・・・・もうシスは心底愛しとったドミニオンの土は踏めん。
大事な友も、仲良うしとったガキ共とも、たった一人の家族でもある姉も何もかも失くした。こんな理不尽な事があってええんかとガキだったワシらは憤ったもんじゃ。」
「・・・・ベルニカ様、あっ、二代目国主はベルニカ・フェザーランって仰るの。ベルニカ様の苦難はまだ続くわ。シスを失いゼレンに謝罪した後もドミニオン国内ではこの事を巡って賛否両論が沸き起こり、軍部も荒れ、ベルニカ様をリコールする動きもあったの。ベルニカ様は誠意と知恵を持ってそれに対応してらした。政務をこなし、尚且つゼレンや他国との小競り合いを退けながらね・・・・本当に素晴らしい方だった。”シスに見てもらいたいんです、皆が幸せそうに笑うドミニオンを。”これが口癖だったわ・・・」
テンレイは目を閉じて、穏やかな中にも強い笑顔を浮かべるベルニカを胸が締め付けられるような切なさと共に思いだす。
「・・・・シスが去った後、シスがゼレンの大使を殴った理由がわかった。あの日シスは、シスの部隊の新隊士がゼレンの大使に殴られていた場面に遭遇した。新隊士は黙って殴られていたそうだ。ここで騒ぎを起こしたらドミニオンに迷惑がかかるってわかってたんだろうな。シスも最初は物陰に隠れてぐっと我慢していたそうだぜ。だがな、聞こえちまったんだ「属国の奴隷民が」と罵りながら部下を殴る大使の声がな・・・後はさっき話した通りだ。・・・こんな事もう二度とあっちゃならねえ。俺達の国を、国民を蔑む奴らを俺達は絶対に許さねえ・・・・・わからねえならわからせてやるさ、骨の髄までな。」
ホクガンが口の端を上げ静かに笑って見せる。
ひょええー!!
モモコはホクガンの凶悪そのものの笑顔にゾオ~とした。
と、次はダイスがビールを片手に話し始める。
「ワシらはそれぞれ軍部と総所の執政部で力をつけた。まず手始めにドミニオンにくだらんちょっかいを出すゼレンと他国をきれ~いに掃除してやった。べリアルと手を組み大規模な軍事演習をして兵法を学び実践してきたんじゃ。各々が国主と大将に就任した年の事じゃ、シスと同じような事がワシらにも起こった。発言しようとしたホクガンに向かって「属国だった国は大変だな」「歴史ある国々に認めてもらおうと必死だ」「前の国主は何を考えている、未熟者の国主と軍人に毛が生えた程度の若造をここに(国際会議)寄こすとは」「やはり属国だった国の考える事だ」その他モロモロ。そりゃあ酷いヤジじゃった。良識ある他の国々やべリアルが間に入らんかったらシスと同じ事を、・・・いや、殺していたかもしれんのう。」
ぎょぎょぎょ!!
モモコはダイスの酷薄そうな無表情に目を開いて固まる。
「俺達が軍部と執政部に入り、楽になった二代目はかねてから準備していた事を始めた。海を渡る商人達に貿易をしながら上は王宮、下はアンダーグラウドの者たちとコネクションを持つように指示した。結果そこの者たちと信頼を築いた商人達からありとあらゆる情報が集まり始める。それを有効に使わせてもらった。とても、有効的に、な・・・二日後、奴らは俺達に頭を下げる事になる。それからだ、ターゲットが決まり、実行に移す際の符号を”シスに敬意を拝して”とすることにした。
すぐに消す事も出来るが、やるなら徹底的にだ。口にした者も、その悪習を許す国もまとめて潰す。」
ガツクは冷酷そうに黒い目を光らせた。
・・・・・・・。
その目をまともに見たモモコは声も出ない。
「あなた達にしては鮮やかな手並みだったわねえ。あの時、何があったのかしら?」
うふふ・・・
とテンレイが無邪気そうに首を傾げて男達を見やる。
さぁねえ・・・・
さあのう・・・・
さあな・・・・
男達は当時を思い出したのか一様に楽しそうに嗤った(ちょっとお見せできない程 非道な笑顔です)。
闇の会合のようになってしまった場ではあったがモモコはその後のシスの様子が気になった。げしげしとガツクの膝を叩く。ガツクは懐からABC表を取り出しテーブルに乗せた。
「しす・さ・ん・どう・し・たの」
・・・・・・・・・・・・・・・。
重い様な気遣わしい沈黙が流れる。
「・・・・わからねえ。ここを出た後べリアルに向かったのはわかったんだけどな。その後の消息がパッタリ。生きてるんだか死んでるんか。・・・国籍を失くしたシスにゼレンや他国は刺客を放ったことはわかってるけどな。」
ええっ!
「安心せいモモコ。全部返り討ちにあったそうじゃ。シスは顔も性格も悪かったが、腕と運だけはよかったからのう。しぶとく生きて、今頃どこかでワシらを高みの見物でもしとるじゃろ。」
でた。ダイスさんの毒舌が。
(たまに出るから効果があるのかなぁ)
他の3人もなんとも言えない顔でダイスを見ている。
「・・・というのが俺達の事情だモモコ。・・・・まだ俺達が怖いか?」
ゴホンと咳払いをして気を取り直しながらガツクがモモコに問いた。
モモコは即座に首を横に振った。
ガツク達のしている事は褒められた事ではないかもしれない。
でも正攻法では解決できない事もある。
力があれば。知恵があれば。結びつく心があれば。
大事な国が
大事な人達が
傷つかずに済む
それは決して理解できない事ではない。
(あたしはアリだと思う・・・アレがいい事とは思わないし第一怖い!・・・けどね)
モモコはにゃあと鳴いてガツク達に是と返事をした。
それを聞いたガツク達は大なり小なりホッと息をついた。
「やれやれ・・・おい、まだ何か質問あるか?俺様が特別に応えてやってもいいぜ。」
ホクガンが偉そうにふんぞり返ってモモコを見下ろす。
(ふん!お前なんかに教えてもらう事なんかあるもんか!)
モモコはホクガンに向かってベーッと舌を出そうとしてふともう一つの気がかりを思い出した。
ちょこまかと表の上を移動する。
「べる・に・か・さ・ん・どう・した・の」
「二代目か・・・二代目はな・・・・」
ドミニオン自治領国第二代国主 ベルニカ・フェザーランはホクガンに国主の座を渡した翌年。
静かにその生涯を閉じた。
戦争で両親を亡くし、属国中、ゼレン国に対する抵抗運動で愛した男と上の弟を奪われ、下の弟を失くし、苦難に合い続けながら、それでもなお国土を愛し、国民を愛し、ドミニオンに寄りそい続けた。
シスに再会する事はついぞ無かった。
ここを出ていく事はお前にとって死ぬに等しい事でしょう。
どんなにかお前の心は傷つき疲弊するでしょうか・・・
それでも生きなさいシス。
お前が夢見たドミニオン。
それが実現するのを見届けなさい。
生きてさえいれば必ず道は開かれます。
生きなさい、シス。
生き抜いて。
姉の訃報を遠い異国の地で耳にしたシスは国を出てから初めて泣いた。
辺りを憚らず大声を上げて泣き噎んだ。
ちょっと切ない話になってしまいました。
”シスに敬意を・・・”はただの符号だけではなく、ガツク達の祈りにも似た思いがあります。そしてそこにはもちろんベルニカへの思いも。
あと、ここどうなってんの!?的箇所がポコポコありますが気にしない気にしない。