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偏屈さんと一緒  作者: ロッカ
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4-19 黒猫さんは


黒猫は「よいしょ」という声と共に、モモコとは反対側の手摺に飛び乗った。

そして喧騒に満ちた室内をチラリと見て、闇夜に輝く青い目をモモコに移すと、


[フフッ、そんなに警戒しないで・・・驚かせてしまった?ごめんね。]


緊張で全身を強張らせるモモコを猫特有の笑い方で宥めた。


[危害を加える気はないんだ。同族に会えるなんて滅多にないから・・・嬉しくてつい声を掛けてしまった。]


黒猫はそう言うと一歩足を踏み出した。

が、モモコが後ずさるのを見ると踏み出した足を元の位置まで戻す。

そして優しげな眼差しで話しかける。


[君、名前は何ていうの?その格好・・・人間に飼われてるんだろう?]


モモコは頷いてから用心深く答えた。


[・・・・モモコ。・・・あなたは?]

[僕にいわゆる名前はないんだ。皆には”黒猫”って呼ばれてる。]

[・・・皆って・・・飼い主さんがたくさんいるの?]


モモコは黒猫の言い方に引っかかるものを感じ、小首を傾げた。

黒猫は、アハハと笑いながらモモコの言葉を否定した。


[僕に飼い主はいないよ。まあ、人間風にいうと野良猫だね。]

[・・・野良猫・・・大変じゃないの?ご飯とか、寝る場所とか。]

[そうでもないよ。猫は珍しいからね、結構いろいろな人から可愛がられてる。・・・まあ、中には僕を捕まえて、どこかのバカ野郎に売り付けようとする奴らもいるけどね。]


黒猫は最後、鼻に皺を寄せて嫌そうに言った。


うえ!


黒猫はモモコがギョッとするのを見て意地悪そうに目を半目にし、


[猫だっていう事も珍しいのに、君みたいなさらに珍しい毛色だと大変だ。・・・一歩でも外に出てごらん、周りの景色を見るゆとりもなく、あっという間に攫われ、どこの誰とも知らない奴に・・・]


低ーい声で脅かした。

モモコはガツクから離され、知らない誰かに愛られる自分を想像して寒気がした。

細かに体を震わせるモモコを見て、


(しまった!やり過ぎだ、子供相手に何をしてるんだ 僕は)


焦った。


前にも説明したが、モモコはこの世界の水準よりだいぶ小さい。初めて自分の同種に遭遇したが黒猫の方が3倍は大きい。雌雄の個体差はあるだろうがそれでも小さい。(それはまさに異世界から来た証拠でもあるのだが)なので成獣なのにもかかわらず、相変わらず周囲からはまだ子供だと思われていた。

ちなみにガツクはモモコの事を子供だとも、成獣だとも思っていない。まあ 知識としてはあるが基本何とも思っていない。


話がそれたが、黒猫もご多聞に漏れずモモコの事を子供と思い、脅かし過ぎてしまったかと慌ててフォローする。


[ま、まあ なるべく一匹で外には出ない事だよ。あと、知らない人や動物にも気をつける事。もしも捕まってしまったら遠慮はいらない、思いっきり引っ掻いたり咬みついて。そして大声で鳴いて周りに知らせるんだ。一瞬でも奴らに隙があったらダッシュで逃げる。そしてなるべく高い所まで移動する事。いい?]


真剣に諭す黒猫にモモコは


(・・・ああ・・・きっとたくさん追いかけられたり捕まったりしたんだろうな。)


よく見ればしっとりとした艶やかな毛に隠れ、そこここに大小の傷が見て取れた。

いろいろな対処法を知っているという事はそれだけの事があり、そこから学んだという事だろう。

黒猫にどんな過去があり、なぜ野良猫なのかは知らないがモモコは少し切なくなった。


[黒猫さんも知らない動物じゃん。]


モモコはわざと明るい声で黒猫にツッコミを入れた。

黒猫は虚をつかれた様に目をパチクリしていたが、やがて朗らかに笑いだす。


[確かにそうだね。感心感心、モモコは意外としっかりした子だね、安心したよ。じゃあと言うのもなんだけど知らない動物から友達に昇格してもらってもいいかな?さっきも言ったけど同族に会える事は滅多にないんだ。友達になってくれると嬉しいな。]


穏やかな眼差しは他意はない事を伝えている。

モモコは二つ返事で承諾した。

会ったばかりのモモコに捕まった時の対処法を教えてくれるし、気さくでお兄さん的な感じも好ましい。(ガツクはもとより周りは遥かに世慣れた者達・・・ショウはお兄さんというよりもお父さん)

同世代に近い感じの柔らかな物腰の黒猫はモモコには新鮮に映った。








ほのぼのとした感じの二匹と、扉を挟んで室内側にいたテンレイは、


(なんて可愛らしいの~!ガツクなんかとじゃ比べ物にならないくらい絵になるわ~!可愛い!!可愛すぎる!!)


黒猫とモモコの、猫どうしにしか醸し出せない完璧な可愛らしさに悶えていた。

自分が席を外した間に、モモコが突然その場から走り去った事を聞かされたテンレイは、向かった方向を聞き捜しに来たところ、あり得ないだろ何だこれ!この可愛いの何だこれ!的場面に遭遇した。


(あの黒い子に蝶ネクタイなんかして白いタキシードとか着せて黒いドレス姿のモモコの横に置いたら!ヤバい!ヤバすぎるほど可愛いわ!!)


幸せすぎる想像をして頬に手を当てキャーとさらに悶えていると






「テンレイ・・・モモコはどこだ。」







その幸せを木端微塵に打ち砕く、低い声が頭上から打ち下ろされた。


「ヒョッ」


その声に虚をつかれたテンレイは心臓が止まりそうなほど驚き、思わずヘンな声が出てしまった。


「ガ、ガツク・・・」


テンレイが振り向くと腕を組んで不機嫌そうにこちらを見下ろす魔王・・・いやガツクがいた。


「モモコはどうした?夫人方の所にはいないぞ。」

「モモコ?あっ、モモコなら・・・」


言い掛けてテンレイはハッとした。


ヤバい・・・ヤバすぎるわ!!ガツクにあの子たちを見られたら!!!


同じ言葉だが悶えていた時とは180度違う意味合いで使いながらテンレイは青ざめた。

自分一人では無理!と瞬時に判断したテンレイは急いでホクガンとダイスに合図を送る。

合図に気付いたホクガンとダイスは青ざめるテンレイとその前に立つ、顔は見えないがイライラしている風のガツクを見てギョッとした。ガツクなど怖くもなんともないテンレイが青ざめるなど余程のことだ。それにガツク専用安定剤のモモコも見当たらない。

二人はできうる限りの速さでその場に向かった。


一方のガツクはホクガン達にだろう合図をするテンレイを不審そうに見やる。


「なぜホクガン達を呼ぶ?・・・まさか モモコが逃げだしたのか?何をしたんだ テンレイ。」

「失礼ね!私がモモコに不快な思いをさせるわけないでしょ!あなたじゃあるまいし。」

「ではモモコは何処だ。」

「モ、モモコはその・・・お、お手洗い!!そうお手洗いに行ってるの!」


妙齢のうら若き女性が、公衆の面前でトイレ!と声を張り上げる様はどうしたんだろうね的モノがあったが黒猫の命が懸かっているのだ、形振り構ってはいられない。


「・・・手洗いだと?・・・テンレイ・・・何を隠している。モモコは何処だ。」


ガツクは軍人のカンというか長年の付き合いとかでテンレイが何かを隠している事に気付いた。

そしてそれは大事なモモコに関する事だという事も。


ガツクが本気を出してテンレイを問い詰めようとした時、かすかに猫の鳴き声が聞こえた。


「・・・モモコ?」


声はバルコニーの方から聞こえた。

ガツクは扉の向こうに広がる暗闇に目を凝らした。

慌てるテンレイなど既に眼中にないガツクが見たものは。

手摺にちょこんと座るモモコと、鼻と鼻がくっ付きそうなほどモモコに近寄る、見た事もない黒い猫の姿だった。









[ちょっと!何すんのよ!]


モモコは急に近づき、鼻と鼻をくっ付けようとした黒猫の鼻先をピンクの前足でストップした。


[何って挨拶だよ。知らないの?]


黒猫はモモコの前足を口元にくっ付けたままおかしそうにモモコを見下ろした。

モモコは元の世界の猫達を思い浮かべてみた。確かにそういう光景を見た事がある。

だが・・・


[悪いけどそういう事はなしって事でいい?]

[どうして?ただの挨拶だよ?]

[ほんとにごめん・・・だけど・・・されたくないの]


モモコは前足を降ろしてすまなそうに間近の青い目を見つめた。

黒猫はしばらくそんなモモコを見ていたがフッと笑った。


[わかったよ。君が嫌ならしないさ。でも・・・・]


そこまで黒猫が言った時、一陣の黒い風が吹いた。






ヒュッ


テンレイの耳にガツクの息を飲む音が聞こえた。

後ろを振り返ってみるとモモコと黒猫がまるでキスをするように寄りそって座る姿が・・・・

テンレイは、可愛い!と思うと同時に爆発するような怒りのオーラに現実に引き戻された。


ガツクはテンレイを押しのけるとバルコニーの扉を砕けそうに開き、モモコには当たらないよう 黒猫目掛けて手刀を振り下ろした。


ドガガッ!!


ガツクの手刀はバルコニーの手摺を粉々に砕きそれは床にまで到達した。


ガラガラガラ・・・


瓦礫と化したバルコニーの一部が崩れ落ちる。

ガツクは屈んだ態勢のまま、ゆっくりと顔を横に向けた。

そこには間一髪でガツクの殺気を感知し、手刀が当たる前に後ろに飛びのいた黒猫がいた。


「にゃうお!(ガツクさん!)」


黒猫は今でかって感じた事のない殺意と怒りの波を受けながらモモコが発した言葉にハッとなった。


[ガツクさん?この・・・コイツを知っているの?も、もしかして飼い主じゃないよね?]

[その・・・まさか・・な・・んだけど。]


「モモコ・・・知らない奴と話すんじゃない。」


ガツクは何やら話をしているらしい二匹の間を遮断するように立ちはだかった。

そして黒猫の方を向くと


「お前だな・・・お前が俺のモモコを攫う奴か・・・・・出る杭は打とうではないか。芽は早いうちに摘み取るものだ。」


間違いなく始末する方向で黒猫にせまる。

一拍遅れてきたホクガンは一瞬で状況を理解し、黒猫に向かって


「早く逃げろ!死にてえのか!」


言葉が通じるかはともかく、取りあえず叫んだ。


ホクガンの焦る声にくるものがあったのか黒猫はビクンッと体を揺らし最後に一声鳴くと、ガツクが走り寄るよりも一瞬早く夜の闇へと身を翻した。







「ホクガン。」


ガツクは沸き上がる怒りのままに邪魔をした者の名を呼ぶ。

その殺意に沈む黒い目は黒猫が消えた空間を貫く様に睨んでいる。


「レセプション中なんだぞ ガツク。自重しろ。」


ホクガンもガツクに負けないぐらい硬い声で返す。


「客の方は大丈夫じゃ。気付いた奴はおらん。」


ダイスが冷静な声でホクガンに報告する。

そして茫然と固まるモモコへと気遣う様に声をかけた。


「大丈夫か、モモコ。ケガしとらんか。」


モモコは我に返ると心配そうに自分を見るダイスに、大丈夫という様に にゃあ と鳴いて安心させた。

そして、苦虫を噛み潰したような顔のホクガンをすまなそうに見て、ガツクの元へと歩み寄る。


「みゅーう?(ガツクさん、なんか誤解してない?)」


モモコの声にさすがのガツクも怒りをなんとか収める。

そして。


「モモコ・・・奴は誰だ?いつからいた?」


ガツクはモモコに言われてもいないのに床にABC表を広げて質問という名の尋問を開始した。


(ここでやるなよな。ここがどこだと思ってんだ テメエ)

(モモコ・・・すまんが無難な答えで頼む)


ホクガンとダイスは一人と一匹をそれぞれの思いを込めて(疲れた様に)見つめた。

ガツクは片膝をつき食い入るようにモモコの一挙一足を見ている。


え、えっと・・・


モモコは鋭すぎるガツクの視線に戸惑いながらも表の上をちょこまか動いた。

お前は妻の浮気を問い詰める夫か。


「な・まえは・くろ・ねこ」

「さっ・き・あっ・たばか・り」


ふーむ。

ガツクは息をつくと深呼吸して肝心な事を聞いた。


「奴と何をしていた?まさか・・・まさか・・・」


ガツクの声が異様に低くなる。


ヤベえ・・・


ホクガンとダイスのこめかみを冷たい汗が滑る。


(あ、あれ見えたのか。だからこんなに怒ってるんだな。やっぱり誤解してる。)


モモコはそれまで、ガツクのキレように戸惑っていたのだが、思っていた通りの事だったので納得した。

そして元気よく表の上でステップする。


「だい・じょう・ぶ・あい・さ・つ・だよ・」

「・・・・鼻先がついてる様に見えたが。」

「されそ・う・に・なっ・たけど・がー・ど・し・た」


えへへ・・・


モモコは得意そうに前足をヒラヒラしてみせた。

それを見たホクガンとダイスは不覚にも涙が出そうになった。

が、続けてモモコが露わした言葉に感傷は霧散する事になる。




「こう・げ・きな・ん・てさ・れ・て・ないか・ら・!・けが・も・して・な・いよ・!」




・・・・・・・・・・・・・・・・。


ちげーよ

違うのう

違うんだがな


ふう・・・・


モモコのあまりに脳天気で的外れな言葉にガツクの体からも力が抜ける。


「まっ、そういう事だガツク。・・・お前よう、もう少しソレ抑えられねえのか。今にモモコにウザがられるぞ。」


いや、もうウザがられてるか?

ホクガンは昨日の騒動を思い出した。


「フン、抑えられるモノならとっくにしている・・・言っただろう、もうそういう時期は過ぎたと。」


表を畳み懐に入れてから、ガツクはモモコを優しく抱き上げてその小さな顔に自身の頬を擦り寄せた。


「奴が今度現れたら・・・・。」


その先をガツクは口にしなかったが剣呑に狭められた目から言いたい事は充分過ぎるほど伝わった。


やれやれ。


ホクガンは首を振りながらため息を漏らすと、


「おらおら!会場に戻るぞ。いい加減仕事しろガツク!モモコはテンレイと共にご婦人方のご機嫌を取ってこい。ガツク、お前はダイスと一緒に他国の軍に妙な動きが最近ないか探ってこい!・・・国のためにな。」


ホクガンは最後、ガツクにとってモモコと同じくらい大事なドミニオンの事を出して、モモコと(呆れるほど渋々)離す事に成功した。



こうしてレセプション最後の夜は更けていった。




黒猫が最後に発した言葉は


[また会おう。今度は飼い主なしで。]


モモコが子供だろうが成獣だろうが関係ない所にガツクのマジ度が窺えて空恐ろしいですねぇ。

あと、猫どうしが鼻先をくっ付け合うのは挨拶だという論と、他にはあるようですが、作者は断然、挨拶派ですので、あの世界の猫は鼻先で挨拶!と断固させてもらいます。

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