4-18 もし・・・・・・です
テンレイはリンドウにエスコートされてこちらに歩み寄るエルヴィを満足そうに見つめた。
「支度はとてもうまくいったようね。」
テンレイは恥ずかしそうに俯くエルヴィに笑顔で言うと、
「顔をお上げなさいエルヴィ・・・戦闘開始よ。」
囁き、エルヴィは決意を示す様に顔を上げた。
テンレイはまず、ホクガンとワイズムに近づき挨拶をした。
べリアル側にはもちろん伝えてあったが改めて王や周囲に礼を尽くさねばならない。
「ワイズム王、いきなりフレク殿をお借りして申し訳ありませんでした。せっかくの舞踏会ですもの、フレク殿を飾らせてもらいました。」
茶目っ気たっぷり、といった感じでテンレイは笑顔でエルヴィを2人の前に押しやった。
エルヴィは慣れないドレスを捌きながらこちこちになってホクガンとワイズムに深く礼を取った。
「王、護衛という立場ながら勝手をしてしまい申し訳ありません。」
「なんのなんの!エルヴィの珍しいドレス姿が拝めただけでもドミニオンに来た甲斐があったというものだ、気にするでないぞ。・・・のう、ホクガン 主の対戦相手のこの艶姿はどうじゃ?」
(おいおいおい!化けやがったなぁ!間違いなくテンレイが絡んでるんだろうな・・・それにしてもここまでやるかね?そんなにガツクと手合わせしてえのか)
ホクガンはいつものように正確に状況を判断し、エルヴィの根性というか執念に半ば呆れながら感心した。
「いやあ、王の仰る通りまことにお美しい。帝国軍の副隊長など勿体ない限りです。どうです、フレク殿私と一曲”お手合わせ”でも?」
ホクガンはわざと”手合わせ”という単語を使い周りにエルヴィの狙いを示した。
エルヴィがギクリとし、テンレイが眉を顰め、ワイズムがやはりなという顔でうなずいた。
エルヴィは王に挨拶をしたら真っ直ぐガツクの元に行こう!と思っていたのでまさかのホクガンの申し出に慌てた。
(どどどどどうしよう!まさか国主殿から誘われるなんて!し、しかし・・・断るわけにはいかないだろうな・・・国主殿に恥をかかせてしまう・・・ここは大人しく・・・テンレイ殿にはもう少し待ってもらおう)
エルヴィは少し俯けていた顔を勢いよく上げると(もう少し淑やかに・・・テンレイは思ったが口に出すわけにはいかない)
「はい!よろしくお願いします!」
元気よく返事をし、危うく敬礼しそうになってハッと我に返った。
可憐な姿に似合わないキビキビとした声に何とも言えない空気が漂う。
カアアァ・・・
目の前のホクガンの肩が笑いを堪えるかのように細かく揺れ、口元がピクピクと引き攣っているのを見てとると、エルヴィの顔に熱が集まりゆでダコの様になった。
「・・・こちらこそ。さあ、お嬢様お手をどうぞ。」
モモコが聞いたら気持ち悪さのあまり総毛立ちそうなセリフを吐くと、ホクガンはエルヴィの手を取り、ホールへと導いた。
「クックックッ・・・お前ほんとに面白い奴だなぁ。そんなにゴテゴテと着飾りやがってちゃんと踊れるのか?」
ぐいっとエルヴィの腰に手を廻しながらホクガンは片頬を上げ、笑い声を洩らすと早速からかった。
エルヴィはムッとするとホクガンを睨みつける。
「国主殿・・・気付いてらっしゃるんでしょう?邪魔しないで下さい!」
ホクガンは余裕そうに頷くと
「ああ。ガツクのことだろ?まあまあ、慌てんなって・・・手合わせにしか気が向いていないようだが、あいつと踊るんだろ?お前とアイツどれだけの身長差があると思ってんだ?俺が練習台になってやるよ。あいつとほぼ同じだからな。」
自分の腹辺りに顔があるエルヴィに言う。
エルヴィは遥か頭上にあるホクガンのニヤニヤ顔をしばらく胡散臭そうに見上げていたが、やがてため息をついて力を抜いた。
「ご教授よろしくお願いします・・・」
「そうそう、素直が一番だぜ。それにしてもここまでしてガツクと手合わせしてえのか?ベントとの試合を見ていたんだろ?」
「・・・わかっていますよ、敵わないことぐらい。でも私は・・・・」
モモコはあまりにも身長差があるため、エルヴィがほぼ仰け反る様にしてホクガンと踊るのを気の毒そうに見つめた。
(首、痛そうだなぁ。・・・ていうかこの世界の人って身長高すぎないか?ベントさんなんて私から見たら巨人だよ。・・・ガツクさん何センチあるんだろ・・・う~ん聞くのなんか怖いなぁ。)
でも気になる・・・
ここにきてモモコはようやくというか今さら感さえ漂う事を、(そろそろ帰るか)などと、来てから一時間も経たないうちに帰ろうとしている(国主の任が押され、正式な招待状を出している)ドミニオンの中心人物の一人でもある接待側間違いなし、の大男に聞いてみる事にした。
ガツクは早くも入口の方へと足を向けた自身の胸をモモコがべしべしと叩いてので立ち止まって察し、(それを見たエルヴィ、テンレイは慌てたがモモコが結果引き止めるのを見るとホッとした。)周りを見渡したが適当に開いている場所が皆無なのを見ると近くの部屋へと入り、
「どうした?」
優しく言うと袖口から出したABC表を床に敷いた。
下ろされたモモコはちょっとドキドキしながら動く。
「ガツ・クさん・しん・ちょう・い・くつ・?」
質問が終わると小首を傾げてガツクを見上げた。
「俺の身長か?どうでもいい事を聞くんだな。」
ガツクは顎に手を当て片眉を上げてモモコを見下ろした。
うっ・・・確かに。
「み、みーお!ふにゃ!(い、いいじゃん!気になったんだからさ!)」
ガツクはちょっと気まり悪げにするモモコに微笑んでから、答えた。
「俺の身長は2m78cmだ。ついでにダイスは77、ホクガンは76だ。ほぼ変わらんな。」
・・・でかっっ!!!
モモコは目をひん剝いて驚愕した。でかいでかいと思っていたがこれほどとは・・・・
(あ、あたしが人間だった頃の身長が158だったから・・・げげげ 1m20cmも違う!)
モモコはリラックスして腕を組み、部屋の壁にもたれてこちらを見やるガツクを改めて観察した。
どこまでも長い脚に引き締まった腰、厚い胸広い肩。その堂々とした体躯は今夜、黒のタキシードに包まれている。黒く豊かな髪は後ろに撫でつけられているが、額にはいく筋の髪がハラリと掛っている。
整っている方なのにそうは見えない怖ろしげな顔の、なかでも印象的なのは目だ。時には殺意に満ち、無関心になり、冷徹で何もかも見透かすような黒い目。が、それは今 熱く輝きモモコをまるで愛撫するように見ている。
あ・・・・・
モモコは息を飲み、引き込まれる様にガツクの目に魅入った。
「モモコ・・・」
ガツクは切なそうに低い声でモモコの名前を呼ぶと、屈んで片膝をつく。そしてそっとモモコの頬に手を伸ばした。
モモコの心臓があり得ない速さで打ち始める・・・・・
「おーいガツク。」
ドアがノックもなしに開き、ホクガンが顔を出した。
「あ・・・悪ぃ。」
ホクガンは心肺停止起こしそうなほど睨みつけてくるガツクと、どぎまぎしているモモコを見比べて取りあえず謝った。
「何か用か。」
ガツクは無茶苦茶不機嫌な声でホクガンに言うとモモコを抱き上げて部屋を出た。
そこには夫人方を相手に一通り踊り魅了して帰ってきた(口説いとるんじゃねえぞ!仕事じゃ!)ダイスもいた。
「用かって、お前ね。・・・もしかしてもう帰ろうとしてねえだろうな?」
「そのつもりだが。」
「アホォ!来てまだ30分も経ってねえだろうが!てめえも仕事せんかい!」
「お前達で事足りるだろう。俺とモモコは帰る。」
接待などするより早くモモコと二人きりになりたい。
顔にも態度にも表わすガツクに、
(こりゃ埒が明かねえな。もう俺達では無理だ。時間もねえし、アレいっとくか)
早々と悟ったホクガンは最終兵器に命じた。
「おいモモコ。」
モモコも呆れてガツクを見ていたがホクガンの声に頷き、
「みゃお!ふみみ!(ガツクさん!お仕事です!)」
ガツクに接待続行を促した。
ガツクはしばらく嫌そうに顔を顰めていたが不承不承頷いた。
2人と一匹がホッと胸を撫で下ろした時、サラサラと衣擦れの音がして一人のレディがガツクの前で立ち止まった。
「こんばんわ、コクサ大将。一曲願いますか?」
「・・・・・・・・。」
またお前か。
ガツクは緊張気味に微笑むエルヴィを無表情で見下ろした。
沈黙が辺りを覆う。
エルヴィの顔が強張り、背中を冷たい汗がツツッと滑る。
(エルヴィさん・・・綺麗だな)
向かい合って立つ流麗な2人を交互に見てモモコはなぜだか胸の奥がチクッと痛んだ気がした。
「ことわ」
「まさか断るなんて言わないでしょうね?」
エルヴィの背後から様子を窺っていた、豪奢なエメラルドのドレスを纏ったテンレイがそれだけは許さん!といった感じで口をはさんだ。
「今夜は正式な舞踏会。しかも女性の方から申し込んでいるのよガツク。それを断ろうなんて、いくら無作法が当たり前のあなたでも・・・しないわよねぇ・・・?」
こ、怖い・・・
モモコとエルヴィは緑の瞳を怒りでメラメラと煌めかせ、艶やかに紅を刷いた唇が弧を描いて笑っているはずなのに全然笑顔に見えないテンレイに慄いた。
だがガツクはまったく意に介さず逆に あ? という風にテンレイを見やった。
ますます瞳を鋭く尖らせるテンレイ。
2人の周りが氷河期が訪れたかのように凍りつく。
この なんだかなぁな空間を初めて体験し、色をなくして立ち尽くすエルヴィ。
ホクガンとダイスはこの恐ろしい戦いを周囲に気取られない様取り繕うのに必死だ。
な、なんとかしなければ!
これを食い止めるのは自分しかいない!と、モモコは雄々しく決意するとガツクの肩にするすると登り、ガツクの頬にすりすりと額を擦りつけた。
途端にガツクの雰囲気が和らぐ。
「どうしたモモコ。」
その場にいる全員がますます凍りつくような甘い声でガツクが聞いた。
モモコも えっ? となりながらもエルヴィをじっと見つめ、またガツクを見つめる。それを二度ほど繰り返し、ガツクに言いたい事を伝えた。
「・・・そいつと踊ってこいというのか?面倒なんだがな・・・」
「ガ・ツ・ク。」
「みゃーお!(ガツクさん!)」
テンレイが普段の声からは想像もつかない様な声で名を呼び、モモコが注意した。
テンレイは無視すればいいだけだがモモコに呆れられるのは避けたい。
ガツクは大きくため息をつくとぞんざいにエルヴィに手を差し出した。
「一曲だけだぞ。」
エルヴィはすぐさま頷き緊張気味に手をガツクの大きな手に重ねた。
「おい。」
ガツクはエルヴィの手を軽く握りながら、モモコに手を伸ばすテンレイに警告を込めて声を掛けた。
「何よ。モモコを連れて踊る気?どこまで無作法なのあなたって男は。モモコは私が喜んで預かるからちゃんとエルヴィをエスコートなさいよ。」
モモコはテンレイの常識たる声を聞き、もっともだと納得するとガツクの肩からテンレイの腕に飛び込んだ。
ガツクはそれを見て思い当たった。
「なるほどな。コイツを俺に押し付け、その間にモモコを代表団の夫人達に紹介するのが狙いか。・・・こんな回りくどい事などせんでも要請があれば赴く。」
「モモコにはあなたが付いてくるでしょ!あなたみたいな無骨者がセットではご婦人達が心から楽しめないじゃない!そんなのもてなしてるとは言わないわよ!いい加減察しなさい!」
テンレイは開き直ってガツクにすぐさま応酬した。
ガツクはそれにまったく頓着せず「一曲だぞ」とテンレイに念を押して漸くホールへと歩き出した。
テンレイはハアと息をつくと、気を取り直したようにモモコににっこりと笑いかけた。
「さあ、皆さんお待ちかねよ。」
そしてひと際華やかな一団へと足を進めた。
「お前、しつこい性格だと言われた事がないか。」
ガツクはいささか乱暴にリードを取りながらエルヴィに話しかけた。
「ありません。ガッツはあると言われた事はありますが。」
エルヴィは国主殿と馴らしておいてよかったとホクガンに感謝しながらガツクになんとかついていき、返事をした。
「物は言いようだな・・・・・なぜそんなに俺と手合わせがしたい?お前よりも強く、まだ対戦していない者ならいるだろう。」
ガツクはスローテンポな曲なのにそれを感じさせない動きでエルヴィをターンさせた。
「あなたが一番強い。それだけではいけませんか。」
エルヴィは挑戦的に笑うとガツクの腕に戻る。
「・・・・あなたと闘えば今の自分よりもっともっと高みに近づけるような気がするんです。もっと帝国のために力をつけたい・・・・王やベントさん、軍の皆の期待に応えたいのです!」
エルヴィはそう言うと決意を込めてひたとガツクを見つめた。
ガツクはエルヴィのそれを真っ直ぐ受け止めながら機械的に体を動かしていたが、やがて目元をフッと緩めて微笑んだ。
「・・・確かにガッツはあるようだな。わかった、お前の望みどおり手合わせしてやろう。」
エルヴィが信じられないと言う様に目を見開く。
そして勢い込んでガツクに確かめた。
「ほ、本当ですか!もう撤回はなしですよ!いえ、させません!」
ガツクは面白そうに笑って頷き、
「ああ。雷桜隊大将ガツク・コクサ、エルヴィ・フレク副隊長との手合わせ しかと了承した。」
正式な返答をして約束した。
エルヴィの顔に会心の笑顔が浮かぶ。
ガツクは呆れたようにそれを見、首を振って言った。
「まったくベントといいお前といい、べリアルには変わった奴が多い。普通俺と手合わせしたがる奴なぞいないぞ。」
あまりにも強すぎ、ガツクとの手合わせは相手にとって死闘を覚悟しなければならない程なので滅多に声など掛けられない。それは軍部に入った頃から続いている。ガツクが手合わせするのはせいぜいダイスかホクガン、何か血迷った者 (ダイナンのような)ぐらい。
が、そんな事を言われてもニコニコと笑い続けるエルヴィにガツクもつられる様に笑った。
(・・・・嫌がってたわりには楽しそうじゃん・・・)
モモコはご婦人方にちやほやされながらもガツクとエルヴィが気になり、2人を見つめ続けた。
エルヴィはガツクに振り回される様に踊り?ながらも何かを必死に訴えている。恐らく対戦を申し込んでいるのだろう。それはわかる。わかるのだが・・・・
(なんだろう・・・この気持ち・・・)
そのモヤモヤとした感じはガツクがエルヴィに微笑むと一気に嫌なモノへと変わった。
(う・・・なんかやだ)
エルヴィが笑い、ガツクが応える様に笑う。
2人がゆったりと踊りながら微笑みあっているのを見てモモコは胸が詰まった様に苦しくなった。
(もし私が・・・人間だったら・・・あそこにいるのは私だったのかな。ガツクさんと手を繋いで・・・猫じゃね・・・手も繋げないし、ダンスもできない。ドレスだって・・・)
モモコはエルヴィの薄紫色のドレスを見、周りのご婦人方の美しく煌びやかなドレスを見渡した。
似たような物をモモコも着ている。だが平素は何とも思わないこの恰好が、今だけは人間の真似をしているようで惨めだった。
たくさんの人の声、目まぐるしく変わる光景、多種多様な香水や人の匂いが混ざりあう中、ガツクとエルヴィの姿が時折垣間見える。
これ以上笑いあう二人を見たくない!
モモコはリンドウに呼ばれたテンレイが席を外すと、ぴょんとテーブルから飛び降りバルコニーへと走った。
驚き、呼び止める声も耳に入らなかった。
ちょうどバルコニー側から入ってきた人の足元をすり抜け、モモコは冷たく新鮮な空気を胸いっぱいに吸った。
それはすぐため息に変わる。
(どうして・・・こんなに苦しいんだろ?・・・エルヴィさんにガツクさん触ってほしくない。ううん、誰にも・・・・私どうしちゃったのかな・・・苦しい・・・どうしてこんなに苦しいの?)
モモコが感じた事もない感情を持て余していると、不意に人間ではない声がした。
[こんばんわ。今夜は人間達が随分うるさいね]
モモコが聞いた事もない声に警戒して身構えると・・・・
[やあ・・・初めまして。]
手摺の影から闇に溶け込みそうな黒い色をした猫が姿を現し、青い色の目で自分を見上げた。
モモコの初焼きモチ!やったなガツク!・・・だけどそれを上廻って大気圏に突入しそうなガツクの嫉妬の対象が・・・・