4-17 ガッツあるのみです
「コクサ大将!お願いします!」
賑やかな会場にエルヴィのきりっとした声が響き渡る。
ガツクはうるさそうに眉間に皺を寄せてエルヴィを見下ろした。
「断る。余所を当た」
「いいえ!コクサ大将に是非手合わせをしてもらいたいんです!お願いします!」
レセプション3日目。
モモコとガツクは犬のレースが行われている会場を訪れていた。
今日は男性陣と夫人方に別れ、見事に復活を果たしたテンレイが夫人方を引き連れお茶会やショッピングを、ホクガンやダイスがレース会場で接待していた。
そこにはベントやロー達と共に国王に従うエルヴィも来ていたのだがガツクの試合を見、ますます手合わせしたくなったエルヴィは、ガツクとモモコを見つけるとベントに断って早速手合わせをガツクに申し込んだ。
が、あっさり断られる。
だが、諦めきれないエルヴィはモモコにいろいろな物を見せて、楽しんでもらおうとあちこち移動するガツクの後を追いまわしては対戦を申し込んでいた。
モモコとの楽しいひと時を邪魔 (しているつもりではないが)するエルヴィにイライラしてきたガツクはエルヴィの利かん気な顔を今度は少し力を入れて睨みつけた。
「断ると言ったのが聞こえなかったか?お前など相手にしている暇はない。」
ガツクの突き刺さるような眼光に、縫いとめられたかのように固まるエルヴィを残し、ガツクはモモコを抱きなおすととコートを翻して去った。
エルヴィは硬直が解けると、歩き去るガツクの広い背中を黙って見送るしかない自分の不甲斐なさに唇を噛んだ。
だが、そのガツクの腕からピンクの猫がぴょこっと顔を出してこっちを見ているのに気がつくと、強張った顔も緩む。そしてそれは昨夜のモモコを思い出すとはっきりとした笑顔になった。
あんなに小さく愛らしい姿でありながら屈強な大男達を(なぜだか理由はわからないが)次々と撃沈していったモモコ。
そしてガツクを守るためであろう、ベントに立ち向かったあの姿。さすがガツク・コクサの猫と評されるに相応しい勇敢な姿だった。
(強く言われたくらいで諦めては駄目だ。私もモモコ殿のように食らいついてやるぞ!絶対手合わせしてもらおう!)
エルヴィは新たに闘志を燃え立たせた。
その後も、ホクガンの要請にレース会場の貴賓席に移ったガツクをべリアル側の席から手合わせを請うアピールをするエルヴィ。
カンぺを出してガツクに見えるように振って見せたり、ワイズムやホクガン達との会話に無理矢理手合わせについて話を持っていったりと様様な涙ぐましい?努力を続けたが、全て無視される。
(て、手強い・・・。)
予想以上に自分を相手にしない(チラとも関心を示されずに終わった)ガツクに焦りを感じ始めるエルヴィ。
(な、なんとかしなければ!・・・時間がない・・・)
そう、明日にはべリアルに帰国してしまうのだ。もし手合わせしてもらえるならば今日中に是の返事をもらわなければならない。隣国とはいえそう行き来できるはずもなく、まして自分は帝国軍の副隊長だ。任務やデスクワーク、雑事もたくさんある。「コクサ大将と手合わせしたいのでちょっとドミニオンにいってきます」なんて通るわけがない。
(う~ん・・・どうすればいいのだ・・・)
思いつく限りの事をやったが、暑苦しくいつでも音量最大のベントに再々、再々再々・・・試合を申し込まれ続けているガツクにとって、エルヴィの手合わせ要望攻撃など蚊が止まったほどのものでもなかった。
万策尽きたエルヴィが夕暮れに染まり始めた総所の中庭をそぞろ歩いていると、
「・・・あら?べリアル帝国軍の副隊長殿ではなくて?道にでも迷われました?総所は入り組んでおりますでしょ、私たちもたまに迷うんですの。」
鈴の音の様な涼しげな声に話しかけられた。
エルヴィが顔を上げると総所の奥管理者であるテンレイ・ラウンドが女神のように微笑んでこちらを見ていた。
艶やかな白金の髪、煌めくエメラルドグリーンの瞳、白磁の様な肌、背が高くスラッとしているのに出るべきところは出、締まったところはキュッと締まっている女性らしい佇まいのテンレイにエルヴィは見惚れた。
(なんてきれいな人だろう・・・・国主殿の妹君は。)
自分とはまったく違うテンレイに圧倒され、声も出ないエルヴィにテンレイは怪訝そうに小首を傾げもう一度話しかけた。
「副隊長殿?べリアル側の部屋ならここを真っ直ぐ・・・」
「い、いえ!部屋ならわかってます!」
国主殿の妹君に迷子だなんて思われたくない!
エルヴィは慌ててテンレイの言葉を遮った。
テンレイはパチパチとまばたきをしたがすぐに柔らかく微笑んだ。
「それではなにか困り事でも?私たちの誰かが無作法でも致しました?ただしその場合、兄は含まないで下さいね、あの人は無作法で当たり前ですから。」
デリカシーがゼロでごめんなさいねと頬に手を当てながらため息をつくテンレイに苦笑してからしばし躊躇い、エルヴィはガツクの事を話した。
「いえ、あの・・・国主殿の事ではないんですが・・・実は・・・コクサ大将に手合わせを申し込んでいるのですが全然相手にされなくて・・・・」
「まあ・・・」
「明日には帰国するので・・・その前になんとか、ひと試合だけでも。と、思っているんですが・・・」
暗い顔で俯くエルヴィにテンレイは
(あのガツクを追いかける子がいるなんて世界は広いわねぇ。”手合わせ”と言うところが引っかかるけど。まあ、愛はないけど夢はあるってことにしておこうかしら。)
「そうでしたの。・・・あの男はその・・・興味がない事には動かないというか・・・無関心と言うか偏った性癖と言うかとにかく扱いずらい男ですの。あら、ごめんなさい。」
テンレイは自分の言った事にますます暗くなるエルヴィに謝った。
エルヴィは急いで首を振って
「いいえ!妹君が謝る必要なんてありません!コクサ大将に認められない私が悪いんです。副隊長と言う名誉ある任を任せてもらってはいますが、何ぶん未熟者で・・・。」
もちろん実力が伴って任されているのだが、エルヴィより強い者は帝国にもたくさんいる。ローやエミリオに劣るの知っている。ワイズムやベントの真意はわからないが任された以上、受けた以上は全力で頑張りたい。その上でガツクと戦う事はもっと自分を高めてくれるに違いない。きっと貴重な体験になるだろう。だが、肝心のガツクから相手にされないのでは・・・・
悩み深そうなエルヴィの顔を見てテンレイは何とかしてあげたくなった。
(まったく融通の利かない男ねぇ。手合わせぐらい減るもんじゃなし、してあげればいいものを・・・う~ん・・・ちょっと変わってるけどガッツはあるわね・・・・あの男の性格を考えて・・・・そうだわ!)
テンレイは名案を思いついた。
「ねえ副隊長殿、私にいい案があるんですけどお聞きにならない?」
「えっ!」
エルヴィは勢いよく顔を上げテンレイを縋るように仰ぎ見た。
「お、お願いします!もうどうしたらいいのか困り果てていました!」
テンレイはあらあらと言うようにウフフと笑うと、名案とやらをエルヴィの頭上に投下した。
「舞踏会に出てガツクと踊りながら説得すればよろしいわ。」
「ええー!!!」
「あらいい反応ですこと。ガツクが逃げられない状況を作ってから実行した方がいいわ。女性から申し込んでいるのに断るなんて無作法、いくらあの男でもしないと思うわ。それにね」
一転して顎に手を当てこちらも悩み深そうになったテンレイは、エルヴィに目下の懸案事項を打ち明けようとして・・・
「実はこっちもあなたにガツクと踊ってほしいワケがあるんですの。ガツクの飼い猫は知っていまして?」
「はい。モモコ殿ですね。」
「まあ!モモコ殿ですって!可愛い~!」
話がズレた。
急に違うテンションになったテンレイにギョッとするエルヴィ。
「あ、あの・・・」
「儚げなで可愛いモモコもいいけど凛々しい感じのモモコも可愛いわ~!副隊長殿はわかってるわね!・・・・それに比べてあの暑苦しいゴリラは!!!」
今度は怒り爆発的テンレイ。
「私がいない間 (顔面修復中)にモモコに攻撃するなんて!!殴るならガツクだけにすればいいのに!というかもっと頑張りなさいよね!ガツクがケガで動けなければ私がモモコと舞踏会に出れたのに!」
そこにはさっきまでいた慈愛に満ちた女神はいない。
かわりに一万本ノックの後42・195キロを走破。さらに寒中水泳で50キロほど泳がせて戻ってきた者たちに「遅い!」と怒鳴る鬼監督がいた。
あまりの変わり様に茫然として言葉を失うエルヴィ。テンレイは一頻りベントを罵ったりガツクを羨んだりモモコのドレス姿がどんなに可愛いか力説した後
「と言うわけで協力し合わない?」
ワケがわからないまま大人しく聞いていたエルヴィを置き去りに一人で完結してしまった。
エルヴィは恐る恐るテンレイに聞き返す。
「あの・・・まだ何も聞いていませんが・・・」
「あらそうだったかしら?」
頬に手を当ておかしいわねと首をひねるテンレイ。
「実は今日ご夫人方とお茶会があったんだけど。」
「知っています。コロナ様もご出席されてましたから。」
「ええ。その時モモコの話題が出たのよ・・・皆さんあんなに小さくて可愛らしいのにゴリラ達に混じって勇敢に闘うモモコがすっかりお気に召したようなの。是非会いたいという要望だったんだけども・・・あなたも知っていると思うけどあの心の狭~いデカブツが絶対許すはずがないわ。」
テンレイは忌々しそうに眉間に皺を寄せた。
ゴリラ達・・・ま、まあそこは置いといて・・・・
エルヴィはモモコがベントの頬を舐めた後のガツクの怒りようを思い出した。
「そうですね・・・コクサ大将からモモコ殿をお借りするのは難しいかもしれません。」
「でしょう!!そこで!あなたの出番よ!あなたがガツクにダンスを申し込んで!」
エルヴィは急に大声を出し、自分の両手をひしっと掴んで顔を寄せるテンレイに引き攣った顔をした。
「あなたと踊っている間にモモコを夫人方に紹介できるのよ!あなたもじっくりガツクと話せるし・・・あいつは手強いけどガッツがある子は嫌いじゃないと思うわ。あなたがこうまでして真剣に訴えればOKしてくれるかもよ?少なくとも試してみる価値はあると思うのよね。」
テンレイは最後優しく言ってエルヴィを見つめた。
「・・・そうですね・・・もう時間もありません。テンレイ殿、よろしくお願いします!」
追い詰められたエルヴィはとうとうテンレイの策に乗っかかる事にした。
がっちりと握手を交わした二人は早速身支度を整えるため今か今かと待っている着付け部屋のスタッフの元へと早足で向かった。
テンレイによってエルヴィが新たにファイトを燃やしているとは知らないガツクは
「モモコ、これはべギ―ル産のチョコレートでな、世界でもっとも有名なチョコレートの一つだ。」
パティシェが腕によりを掛けた宝石のようなチョコレートをモモコの前に差し出した。
おおー!
モモコはガツクの手にちょこんと乗った魅惑の食べ物に目が釘付けになった。
「にゃ、にゃうお!?(こ、これ食べていいの!?)」
「ああ。」
モモコはキラキラした瞳でチョコから感謝の眼差しでガツクを見上げた。
そしてチョコの事など吹っ飛びそうなガツクの眼差しに固まった。
まるでモモコを焼き殺さんばかりのレーザーの様な熱い視線。チョコなど爆発した跡形もなくなりそうだ。
(ま、まただ・・・このガツクさんのワケわからん視線・・・・私、昨日何かしたのか?)
モモコは二日酔いにもならず、すっきりと目覚めたのだが・・・・
(なんかガツクさんの視線が・・・・ヘン・・・・)
朝、起きた頃からガツクの妙に熱い視線を注がれ困惑していた。
(昨日、なんかしたのかなぁ・・・・あの甘い飲み物を飲んだとこまでは覚えてるんだけど・・・)
そして、まるっと肝心の記憶の部分が抜けていた。
う~ん と唸るモモコとは対称的にガツクの機嫌は最高潮。
ガツクはモモコがなんかカクカクしながらもチョコを食べ、その顔がうっとりとなる様を見ては楽しんでいた。
(それにしても・・・・むさいな。)
モモコは極上のチョコをじっくりと味わいながら周りを見渡した。
軍部、しかも攻撃部隊の大将という立場にあるからか・・・・ガツクの周りは厳つい大男率が高い。
今も標準よりだいぶデカいウザい男ども(それはベント達が加わるとグンッと跳ねあがった)に囲まれている。
(なんかなぁ・・・)
当初よりはだいぶ慣れてきたとはいえむさい事に変わりない。
(それに比べてあっちはいいなぁ・・・)
モモコは今にも「押忍!!」とでもいいそうな雰囲気のこことは対極にあるような一角を横目で見た。
そこには代表団の夫人方とテンレイが中心になって女性らしい華やかさとたおやかさに満ちたなんだかキラキラした楽しげな光景が繰り広げられていた。
その光景を羨ましげに見てからモモコが再度自分の周りを見渡し、げんなりした顔でため息をついた時、舞踏会会場入り口付近が少しざわついた。
なんだろう?
興味を引かれたモモコが目にしたものは。
ガツクに猛アタックする女子・・・・(なのか!?)そしていつものように斜め45度な日常。
それでもいい!といって下さる方々に感謝の祈りをささげる今日この頃です。