4-13 そうだったんです
・・・・・違うよ。
ガツクさん達が怖いんじゃない。
いや、うん・・・そりゃちょっと怖かったけど、終わった今はそうでもない。
わからなくて・・・ガツクさんが何を考えてどうしてああいう行動をとるんだろうって。
私・・・ガツクさんの事なんにも知らなかったんだなって。
どうしたらいい?
ううん、どうしたいんだろ。
私は・・・・
「・・・・・・・質問・・・があるんですけど・・・いいですか?」
モモコはゆる~く話しかけるエミリオの声にもの思いから覚めた。
「何だ。」
ガツクが応じる。
エミリオはゆらゆらと体を揺らしながらガツクを見上げ、
「・・・どうして・・・猫・・・さ、ん を連れて・・・試合に出ようと思ったんですか?」
モモコに視線を移す。(猫、のあたりでガツクの眼がギラッとなったので慌ててさんをつけるエミリオ)
モモコは目を見開いた。今まで誰もそんな事を聞いてくる人がいなかったからだ。
ガツクはしばらく黙っていたがベントに言った事を繰り返す。
「ハンデみたいなものだ。」
エミリオは目を瞑って眠・・・いや考えてからゆるく首を振った。
「・・・違いますよ・・・ね?・・・国主さんが・・・僕達にしつこいほど忠告してくれました・・・命が惜しかったら・・・猫さんだけは・・・攻撃するなと。」
「・・・何が言いたい。」
「・・・その忠告・・は・・裏を返せばあなたがどれほど猫さんを・・・大事にしてるかを表しているんではないかと・・・なぜ、それほど大事にしているのに・・・こんな危険な試合に・・・しかもゼレン国軍にバカにされてまで・・・・猫さんと出ようと思ったんですか。」
モモコはエミリオの最語の言葉にハッとしてガツクを見た。
ガツクはモモコを撫でながら、余計な事を、と言わんばかりにエミリオを睨みつけ、
「気にするな。弱者のたわごとだ。」
ゼレンなど歯牙にも掛けていない事を伝える。
「その子・・・・今、反応しました?」
ガツクはジロッとエミリオを見、モモコはあっ!として見た。
エミリオはいつもより心持大きく開けた目でモモコを凝視し、
「すごい・・・君、人の言葉が・・」
「始めろ。」
ガツクはエミリオを遮るように言いレフェリーを促した。
レフェリーは頷き、開始を告げる。
「ただ今より二回戦第四試合を始めます!始めて下さい!」
エミリオは開始と同時に伸ばされた掌打をバックステップして避けると尚も話す。
「・・・その・・毛色も珍しい・・・けど、中身はもっと・・・すごいんですね。」
ガツクはモモコに耐えうるスピードで間合いを詰めると右拳を繰り出した。
エミリオはその重い拳を何とかガードすると反撃しようとして衝撃をくらった。
「ぐううぅ!」
拳を追い掛けるようにしてガツクのハイキックが頭部に叩きこまれたからだ。
このコンボ技に堪らず膝をつく。
ガツクは少し離れてエミリオが立つのを待った。
「・・・コクサ大将は猫さんが大事・・・出したいわけじゃない・・・・でも現に猫さんと出てる・・・猫さんは人の言葉がわかる・・・・・・君か・・・君が出たがったんだね。」
エミリオはモモコを真っ直ぐ見上げて微笑んだ。
ドンピシャー!
(なんでわかんの!?この人ボケた感じで常時ネムそうな顔して鋭い!)
エミリオはガツクの頭を狙い伸びあがって蹴りを繰り出した。ガツクはしゃがんで避ける。と、モモコがそれについていけず肩から落ちた。
(わあああ!しまったぁ!落ちる!)
モモコは床に落ちる所をガツクの大きな手にすくわれ、直後ガツクは捻った体の勢いを殺さずエミリオに回し蹴りを叩き込んで着地した。
「モモコ、集中力が切れてるぞ。しっかり掴まれ。」
「ふみ!(ごめんなさい!)」
モモコはガツクの肩に乗ると前を見た。
エミリオが吹っ飛ばされ、危うく場外になる所を支柱を掴んでこらえ、瞬時にこちらへと向かってくる。
繰り出された顎への掌打を難なく避けたガツクは、エミリオの手を掴むと背負い投げのように振り上げて床に叩きつけた。背中から落ちたエミリオの顔が激痛に歪む。
速い・・・・
それにしても・・・・
エミリオは床に仰向けのままモモコを見上げた。
(なんて強い目だろう。・・・・・・・うん、気に入ったな。)
エミリオは勢いをつけて立ち上がると、
「参りました。」
唐突に負けを宣言した。
会場がざわつく。
「ギブアップ!コクサ選手、モモコ選手の勝ちです!」
レフェリーはガツクとモモコの勝利を大声で告げる。
「・・・・なぜだ。」
ガツクが訝しそうにエミリオを見る。
モモコもパチパチと瞬きした。
そんな一人と一匹にゆるく微笑んでからエミリオは理由を述べた。
「・・・・これ以上しても・・・あなたには勝てない・・・・それに・・・」
エミリオはモモコにニコッと笑うと、
「猫さんが気に入ったから・・・・もし、猫さんに僕の攻撃が当たったらと思うと・・・・試合に集中できなくなりました・・・」
「お前ごときの攻撃が当たるか・・・・ふむ。」
ガツクは腕を組んでエミリオを見下ろした。
「・・・・・どうか・・・しましたか?」
エミリオは既にトロンとした目で眠たげにガツクを見上げる。
「ベントの部下にもモモコの可愛らしさがわかる輩がいたか・・・・だがコレはやらんぞ。」
しっかり釘をさしてからガツクは舞台を降りる。
「意外な展開だったな。強かったんだろ?」
控室に戻ったガツクとモモコをホクガンはこう言って迎えた。
ガツクはモモコのチェックをしながら応える。
「マシな方だろう。お前と対戦した女よりも使えるだろうな。そんなことよりトーレにモモコが人語を解するのがばれた。」
「マジかい。・・・まあそんなに支障はねえじゃろ。ペラペラ喋るような感じではねえが。」
ガツクはモモコに頑張ったと撫でながら、
「ふん、邪魔になるようなら黙らすのみ。次のベントのようにな。」
次ワシとなんじゃが・・・・
自分を指差しアピールするダイスの肩をホクガンは同情をこめて叩いた。
「ま、いいじゃねえかダイス。どうせこうしようとしてたんだしよ。」
「何の話だ。」
また迷惑な策略か。
ガツクの目が呆れたように半目になった。
「何だよ、その目は。・・・・ガツク、俺達次の試合は棄権するから。」
「何?」
「ふにゃ?(ええー?)」
一人と一匹は同時に声を出した。
ホクガンはガツクの向かいに座ると長い脚を組んで説明した。
「俺達4人が試合したって時間がかかるだけだ。そうなったら俺達はともかく、モモコの体力はヤバいんじゃないのか?ベントは本気でくるぞ。モモコの体力をダイスとの試合で使い果たすわけにゃあいかねえだろ?それに武道会の目的はほぼ達した。総所の士気ならもう充分上がったし、ゼレンの事もあったから結束力も強まったし、他国のデータも取れたし。」
ダイスも続ける。
「それにこれ以上モモコに嫌われたくないしのう。」
そんな・・・違うんだよ、ダイスさん。
モモコは首をフルフルと振った。
「モモコ。」
モモコはホクガンを見た。
「俺達がああいう手段をとるのには理由がある。それを話してもわからんかもしれねえが、話さん事にはお前に嫌われたままだからな。仲間にそんな風に思われんのはごめんだ。だから知ってくれ。ただし、武道会が終わってからだ。」
「そうだ、これから長い間一緒にいるのだからな。モモコも知っておいた方がいいだろう。」
あ・・・・そっか・・・わからないんなら聞けばいいんだ。
私・・・知りたいんだ、ガツクさんの事。ホクガン達の事。
教えてもらえばいいじゃん。
こんな簡単な事がわからなかったなんて・・・・私っておバカ。
モモコはにゃーと鳴いてガツクの前に降り立つ。ちょっとステップして言いたい事がある事を伝えた。
そして、
「き・ら・い・じゃ・な・い」
「モモコ・・・」
さらにモモコはステップした。
「こ・わ・く・も・な・い・よ」
「ガツク・・・」
ホクガンがモモコを見ながらガツクに話しかけた。
「駄目だ。」
ガツク即答。
「何でだよ!まだ何にも言ってねえだろが!」
「どうせモモコを抱かせてほしいとかその類だろう。駄目だ。」
「当たってるけど、ダイスはよくてなんで俺は駄目なんだ!贔屓だぞ!グレるぞ俺は!」
「勝手にグレろ。ダイスが抱いた時、到底我慢ならん事が分かった。ダイスも次はない。」
「・・・・お前さあ、心どんだけ狭いんだよ。・・・じゃあ撫でてもいいか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「なげえんだよ!モモコに感動した俺の気持ちがどっかいっちまったじゃねえか!つっこませんな!」
「ダイス・・・・触るな。」
ホクガンを無視してガツクは、いつの間にかモモコの両前足を取ってブラブラしていたダイスの側頭部を殺意を込めて蹴った。
触るのも駄目か。
壁に激突して呻くダイスを見てホクガンは悟った。
残像を残して飛んでいったダイスに心の中で合掌してからモモコは、
「にゃん!(ガツクさん!)」
ガツクに注目させると表の上をこの頃はすっかり慣れ、速く移動できるようになった足さばきでちょこまか動いた。
「がつ・く・さんの・こと・もっ・としり・たい・おしえ・て」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「・・・・・なるほど、ああやってガツクが全力を出す事になったワケね。」
「・・・・・モモコは無意識なんじゃろうなぁ。罪作りな・・・と言っていいのかわからんが・・・猫じゃのう。」
「つうかもう面倒くさい。」
ホクガンとダイスはモモコのうるうるな瞳にやられ、前かがみになって額を覆い、なにやらブツブツと(恐らくドン引きな内容)呟くガツクと不思議そうに小首を傾げて大男を見上げるモモコを見て正しく理解した。
「まあ、なにはともあれ。」
ホクガンはダイスと共に飛んでいった椅子を元に戻して座りながら、モモコを見下ろしてまとめる。
「全部は武道会が終わってからな。必ずベントに勝て、モモコ。アイツのあの暑苦しい口を塞ぐのは闘って勝つしかねえ。お前の事を認めさせてやれ。力ずくでな。」
モモコは本日何度目かになる衝撃を受けた。
「にゃ・・・にゃあああああ!!!(ああああ!!!そ、それだよホクガン!!あんたってたまにはいい事言うじゃん!!)」
大男3人は急に大声を出したモモコにビクッとなった。
(そうだよ!私、認めてもらいたいんだ!ベントさんだけじゃない、他の人達にも!そして・・・ガツクさんにも。ガツクさんと・・・・対等になりたいんだ。守られるだけじゃない。隣に立ちたいんだ。これだったのか・・・・うん、しっくりくる。間違いない、この気持ち。)
大男たちはなにやらウンウンと一匹で納得している猫を首を傾げて見ていたが、会場のアナウンスを聞いて表情を引き締めた。
「ラウンド選手とラズ選手の棄権により、準決勝戦は行いません!よって、ベント選手とコクサ選手、モモコ選手による決勝戦を行います!両者とも準備がよろしければ舞台上までお越しください!!」
「モモコ・・・・ベントを黙らすぞ。」
「にゃあ!(はい!)」
モモコは両手を広げたガツクの腕に飛び込む。
モモコを軽く抱きしめてからガツクはモモコを肩に乗せ、
「・・・ベントの首、楽しみに待ってろ。」
「違うじゃろ!ベントの暑苦しい首なんかいるかい!死人を出すんじゃねえ!」
ダイスに怒鳴られる。
「チッ!」
「コイツ舌打ちしやがったぞ・・・ほどほどにな、ガツク。頼むぜ?」
「・・・・わかっている。」
ほんとかよ。
不機嫌そうに舞台に向かうガツクとモモコを、不安げな表情で見送ってからホクガンはダイスに呟く。
「ベントは五体満足で終わると思うか?」
「無理じゃろ。」
「即答すんなよ。嘘でもいいから だいじょーぶっ!って言え。」
ダイスは気持ち悪いのうという風に顔を顰めてホクガンを見た。
「言うかっ!その口塞ぐぞ!」
舞台上ではベントとガツクが睨みあっていた。
「ガツクよ!本気でその猫と共に闘うつもりか!」
「うるさい。怒鳴らなくとも聞こえている。」
「他の奴らではお前には勝てないであろうが、この俺は違うぞ!たとえ猫というひ弱なおまけがいようと容赦せん!」
「黙れ。お前も俺には勝った事がないだろうが。」
「何をー!」
「おい、キリがない 早く始めろ。」
ガツクはうんざりした様にレフェリーを促した。
「はっ!それでは決勝戦を行います!始めて下さい!」
モモコの自立がや~っと形になりました。