4-11 未来の恋人はいません
ガツクはゆっくり、じりじりとそれとはわからないようにモモコににじり寄った。
だがモモコは用心深くガツクとの距離を開ける。
「飽きたな。」
「ワシ、テンレイの様子を見に行ってもええか。」
「だめだ。こいつ等の相手を俺一人でしろってえのか?まじめに仕事した方がマシだぜ。」
あんたは!国主!仕事しろぉぉ!と叫ぶデュスカの悲痛な声が聞こえてきそうなセリフでダイスの訴えを却下したホクガンは、いくら呼んでも戻らないモモコに業を煮やし、捕まえようとするガツク(上半身裸)と顔をそむけながらも逃げまくるモモコ達に声を掛けた。
「おーい。ローとベントの試合が始まってるぞ!見ないでいいのか?」
ガツクはモモコから視線を外さず機械的に答える。
「ベントの勝ちだろう。ローは先の試合で右足を痛めたはずだ。蹴りの利き足がああではな。」
ダイスは後ろを振り返り試合を見てみた。
ローは善戦していたが確かに分が悪いようだ。
「モモコ・・・なぜ逃げる?俺が何かしたか?俺はお前に肩を見せようとしただけだぞ?見ろ。」
ガツクは苛立ち始めた声でモモコに見えるように肩を動かした。
モモコはガツクの体を極力見ない様に肩だけを見た。くっきりと残ってはいるが出血はなく大したことはないようだ。
「ガツク、服でも着たらどうだ?裸で猫を追いかけるお前は、変態を通り越して笑えてくるぞ。」
まさに周囲が考えている事をそのままにホクガンは言い、ガツクに上着を投げた。
ガツクはホクガンの方を見ずに上着を受け取るとモモコから目を離さず素早く着た。
また逃げられてはたまらない。前回のピンクの猫が逃げて雷桜隊どころか霧藤隊も駆り出されて総所中捜しまくったよ逃走以来ガツクは用心深くなった。
一方のモモコはやっとガツクが服を着てくれたのでホッと息をついた。
その時ワッと会場から歓声が聞こえ、それに気を取らたモモコはガツクにすくい上げられるように捕まった。
(わあああ!ちょっと待って!心の準備ぃ~!)
モモコは往生際悪くまだバタバタするがもう逃がすガツクではない。
「モモコ、まだ逃げようというのならそれ相応の対応をとるぞ。」
(どうしてあいつが言うと俺が思いつく限りの最悪な対応しか浮かばないんだろうな。)
ホクガンはそれを聞き硬直したモモコと苛立つガツクを見ながら思った。
ホクガンとほぼ同じ事を考えていたダイスが二回戦第一試合が終わった事に気がつきホクガンに声を掛けた。
「おい、お前の出番じゃぞ。相手は女じゃ、手加減せえよ。」
ホクガンはかったるそうにダイスに向き直り
「わーってるよ。心配すんな、すぐ終わらせるさ。」
舞台上に歩き出そうとして誰かに呼び止められた。
「国主殿、その言葉、聞き捨てなりません。」
怒りに顔を強張らせたエルヴィだった。
あちゃー・・・ダイスは額に手を当ててしまったとなる。
が、ホクガンはなんだいたのかみたいな顔で
「いや、あんたが弱いって言ってるんじゃねえよ?ただ俺よりは弱いって言ってるだけだ。あと女だしな。跡がつくほど殴られないだろ?俺はフェミニストなんでな。」
その言葉を聞いたエルヴィは怒りが倍増した。
今すぐこの傲岸不遜な国主に罵倒を浴びせたいが男など口で言っても無駄、実際を見せてやらなければ納得しない生き物だと言うのは体験済みなのでこう返すのみとした。
「その言葉が間違いである事、舞台上で証明して差し上げます。」
そしてすたすたとホクガンを追い越し舞台に向かう。
ホクガンは肩をすくめるとエルヴィに続いた。
「それでは二回戦第二試合を始めます!はじめ!」
雪菫のレフェリーが声を張り上げ、眦を釣り上げたエルヴィと二ヤつくホクガンの試合開始を告げた。
エルヴィは突っ込んで体を沈ませホクガンに足払いをかけたが、ホクガンはこれを軽くジャンプして避け、たと思ったらエルヴィに足首を捕まえられた。そのまま下に引っ張られたホクガンは目を見張った。もう目の前にエルヴィがいたからだ。エルヴィは体を捻って思い切りホクガンの胴を蹴り上げる。
「ぐあっ!」
ホクガンは声を漏らすと上体を折って着地する。
間をおかずエルヴィはホクガンのこめかみに蹴りを叩き込む。
「どうです?国主殿。前言は撤回してくれますか?」
腰に手を当ててホクガンを見下ろすとエルヴィは勝ち気そうに声を掛けた。
と、ホクガンの体が揺れている。
? エルヴィが訝しそうにしているとゆっくりとホクガンが立ち上がった。
その顔は面白いおもちゃを見つけた子供のように(不純な感じで)輝いている。
エルヴィはその得体のしれない笑顔に後ずさりした。
「なかなかやるじゃねえか。そういやべリアルの副隊長だったなぁ。悪かった悪かった。」
ホクガンは首を捻り、コキッコキッと鳴らすと
「それじゃあ、それなりに」
喋りながらグンとエルヴィの間合いまで入る。
「楽しもうじゃねえか。」
あ、と思った時はもう遅い。エルヴィは胸に衝撃を感じ吹っ飛んだ。
「ぐうう!」
ズザザザァ・・!
何とか膝をつかない様に堪える。
「おい、休んでる暇ぁねえぞ。」
ホクガンは今度は右足をエルヴィの脇腹に入れた。それを何とかガードする。
エルヴィはホクガンを見上げた。
相変わらず余裕ありげにニヤついている。だがさっきまでの仕方なく相手をしている感じではない。
「いきますよ、国主殿。」
エルヴィは怒りを忘れ、全てを尽くして戦う躍るような時間に没頭して行った。
「どっちが勝つ?」
ダイスはホクガンの長い黄金色の髪とエルヴィの短い銀髪が激しく交差するのを見ながらガツクに話しかけた。
「ホクガンだ。あの程度の動きではまだ(実力の)5割も出してはいまい。俺から見れば遊んでいるだけだ。」
相変わらず面倒な戦い方をする奴だ。
ガツクが顔を顰める。
ホクガンはガツクやダイスには負けるが軍人ではないのが惜しいほど強い。
が、強すぎて試合などをすると早くに終わってしまい面白くないので相手の力量に合わせて闘うようになった。相手を舐め切った戦い方だが、強いものが弱いものに稽古をつけてるようなもの~口惜しければ俺より強くなってみ~ろ~で黙らせた。(諸君の考えうる限りのムカツク言い方で再現よろ)
「みーお。ふみみ。(ホクガンなんてどうでもいいよ。テンレイさんどうなったのかな。)」
ようやく落ち着いたモモコは(意識はするがじたばたするほどではなくなった)テンレイの事を思い出した。
「・・・・・わかるか?」
「なにがじゃ。」
「今、モモコが鳴いたのが聞こえなかったのか?」
「聞こえたが・・・・アホか!わかるわけねえじゃろ!」
うーむ。俺もまだまだだな。もっと精進せねばと呟きながらガツクはボトムの後ろポケットからABC表を取り出すと、それを地面に敷きモモコをそっと降ろした。
(・・・・・いつもどこにどうやってしまっているのかなぁ・・・)
(わかる時もあるんかい!というか わかるようになろうとしとる!お前という奴は・・・・)
モモコは文字の上を歩いた。
「て・ん・れ・い・さ・ん。テンレイの事か。大丈夫じゃ、折れとる個所もないし腱が切れとる事もない。ただ打撲は酷いし顔も殴られちょるから腫れとるがな。」
モモコはちょっと早足で表を歩いた。
「あ・い・た・い。」
モモコ・・・・
ダイスは心配そうに自分と救護室の方を交互に見るモモコに胸の内が暖かくなった。
「ガツク。」
「何だ。」
「モモコを抱っこしてもええか。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ。」
どんだけ逡巡!?
なが~い葛藤の末不承不承に頷くガツク。
ちなみに今ホクガンはエルヴィの蹴りを空中で受け止め、その足を掴んで床に叩きつけようとしていた。
が、モモコが他の男の腕に抱かれるのを目の当たりにしなければならない(なんか18禁な文章だが猫が大男に抱っこされてるだけ)ガツクの頭の中にはホクガンの存在など微塵もない。
ダイスはガツクに呆れながらも滅多に抱っこできないモモコの柔らかな体をそっと持ち上げた。(ダイスもホクガンの事は眼中にありません)
「モモコ、忘れちょったがテンレイから伝言じゃ。自分の事は気にせず試合に集中しなさい、ケガなんてしないでじゃと。それに今、奥の職員が医者と相談しながらテンレイの顔面修復しとるけえ。ばたばたしとるし、お前が行くとなればガツクも行くんじゃ、こいつがいったらどうなるかわかるじゃろ?」
モモコの頭を撫でながらゆっくり話す。
(テンレイさん・・・・苦しいはずなのに・・・・私の事なんか心配しちゃって・・・・・あとダイスさんて3人 (ガツク、ホクガン、テンレイ)に比べるとそうでもないと思っていたけど結構口悪いな。顔面修復って・・・・)
モモコはダイスが話すのを口を半開きにして納得しながら聞き、
「ふみ!にゃーお!(わかった!テンレイさんに良い報告できるように頑張る!)」
じっとダイスの目を見つめ可愛らしく鳴いて返事をした。
「おお、モモコは聞き分けのいい、ええ子じゃのう。テンレイもこれくらい素直じゃったらええんじゃが。」
ダイスも目を細め、微笑みながらモモコを見つめ返す。
恋愛度はないがほのぼのとしたすごくいい雰囲気だ。
が、なんか忘れてないか。アレの存在を。
ダイスとモモコのほのぼのをぶち壊して暗黒のかなたに放り投げ、ダイスをズタズタに切り刻んでしまいたい鬼がここに一人。
その冷気にダイスとモモコが微笑み合いながら固まったままの超間近に立ち
「ダイス・・・・・・お前の接触具合は行き過ぎだと思わないか?・・・・・俺は思うんだがな。」
マイナス45度感を醸し出しながらの声音は生きたまま新鮮に冷凍保存してくれそうだ。
その頃、ホクガンは調子に乗って油断していた所にエルヴィに鳩尾をしたたかに蹴られ悶絶していた。
ダイスはパキパキに凍りながらもモモコをガツクに渡した。(ある意味盾)
「お前、とんでもなく心の狭い男じゃな。これでモモコに恋人でも出来たらどう・・・・す・・るん・・」
恋人~の辺りでガツクの、その気になれば人を殺せるらしいと軍部の七不思議のひとつに数えられている眼光がダイスに容赦なく突き刺さり、ダイスは危うくそれが本当だった事を証明した事で軍部の歴史に名を残す所であった。
モモコは先程の冷気などそよ風に感じるほどの圧力に晒されているダイスに同情しながらも
(恋人ねぇ・・・・・ないな、うん。中身人間だし。人間だった頃も・・・・・・あんまり興味なかったって寂しい~!私って寂しい~!)
過去に思いを馳せその色気のない人生にちょっと凹んだ。
過去に意識が向いてるモモコを余所に闇のフィールドと化したこちらでは魔王様が
「もし・・・・もしそんな存在がこの世にいるのなら是非とも会いたいものだな・・・・・・。」
要注意発言を発信。
ガツクに見つかった時点で”恋人がいます”から”いました”と光の速さで過去形にされるのは必然だ。
いや、最初からいなかった事にされるだろう。
ダイスは仮死状態から復活するとモモコに同情した。未来のモモコの恋人にもした。そして予測できない程の惨劇に奔走するだろう自分と周りの方々にもした。
まあモモコの恋人云々はともかく、これから奔走する大事件が待っているのは確かだが。
それはもう少し先。
「場外!ラウンド選手の勝利です!」
レフェリーの声とそれを打ち消さんばかりの大歓声に、あ、そういえばホクガンの試合じゃったのうと漸く親友の事を思い出したダイスが舞台に視線がやると、ホクガンがエルヴィに手を貸して舞台に引っ張り上げている所だった。
「大丈夫か?痛みの酷い所があったら素直~に行っておいた方がいいぞ?」
あっけらかんとしていうホクガンにエルヴィはムカッとなる。
この二ヤけた男が全てにおいて自分よりも上だなんて認めたくはない。
だが息が切れ、ヨレヨレの自分と比べて余裕綽々に立っているホクガンの違いは歴然である。
口惜しいがエルヴィは礼を取ってホクガンに敬意を示す。
「対戦できて誠に光栄でした。国主殿。お見逸れしました。」
ホクガンはエルヴィの乱れた髪をさらにグチャグチャにしながら
「お前との試合面白かったぜ。べリアル軍の未来は安泰だな。」
太陽の様な、と、形容される笑顔でエルヴィの健闘を(ホクガン流に)称えた。
その眩しい(のか?)笑顔にエルヴィはドキンと胸が鳴った。ついで顔がカァーッと熱くなる。
「ん?おい 顔が赤いぞ。大丈夫か?」
ホクガンが熱さを確かめるようにエルヴィの頬に手を当てた。
!!!!
エルヴィが試合後と思えない早さで後退する。
「だ、大丈夫、ですから!ぜん、ぜん!あ、ありがとうございました!」
そのままダッシュで舞台から遠ざかる。
ホクガンは手を当てた恰好のまま取り残された。
「何だアレ。」
「国主、次の試合の準備があるのでとっとと舞台から下りて下さい。」
雪菫のレフェリーは淡々と返した。
急に赤面し、しどろもどろになったエルヴィに首を傾げながらもホクガンは国民に応え、貴賓席に礼を取ってからガツク達の所に戻ってきた。
「おい、お前ら仮にも国主の試合、シカトしてたなって・・・・どうしちゃったのコレ。」
黒い存在となり果てた親友とその腕に抱かれなんか落ち込んでる風な猫。(精神的に)疲れてしゃがんだままのもう一人の親友。
ダイスは立ち上がり、ホクガンを労った。
「なんでもねえ。ご機嫌じゃったな。」
「おう。なかなか面白い奴だった。久々に普通に楽しめたな。」
黒い感情から浮上したガツクはホクガンに
「戻ったか。勝ったんだろうな?」
それすら!?的な言葉で迎えた。
「・・・・・まあな。ハァ。」
「にゃー。(ホクガンお疲れー)」
モモコも、あ、いたの。って感じで声を出す。
「・・・・・もう俺泣きたい。」
斜がかかったホクガンは呟く。
「次はワシじゃな。」
ダイスは整備が行われている舞台を見つめ、脳裏にそこで執拗に攻撃されていたテンレイが浮かんだ。
「おい。」
ホクガンが険しい顔になったダイスに声を掛けた。
「なんじゃい。やり過ぎるなというやかましい事は言わんじゃろうな。あいつはテンレイどころかワシらの国まで貶めたんじゃぞ。」
既にギラギラと戦いを欲する青い目を見返しながらホクガンは
「言わねえよ。俺達を怒らせるとどうなるか忘れちまったみたいだからな・・・もう一度わからせてやれ。・・・・シスに敬意を拝して。」
シスに敬意を拝して。
それはホクガン達が敵を前にして言うある符号だ。
「シスに敬意を拝して。」
続けてガツクが言う。
ダイスは普段は甘いと評される笑顔を戦士のそれに代えてワラウ。
「シスに敬意を拝して。」
彼の心の狭さはアリンコの額ほどでしょう。