4-10 第八試合です
モモコは舞台上のノーフェと今の所互角に戦っているテンレイを、心配そうに見つめた。
試合が開始してしばらくしてガツクが「迷いがある」と評したテンレイの動きが気になって仕方がない。
(テンレイさん苦しそう・・・気のせいかな?・・・・でも。)
モモコは隣で腕を組み舞台の上を眉根を寄せて観戦しているダイスを見た。
(ダイスさんも心配そうだ。そうだよね、好きな人が闘ってるんだもん。)
モモコは乗っているガツクの肩からダイスの肩をちょんと突ついた。
ダイスが ん? と言う風にこちらを見、モモコがもの問いたげにしている事に気がつくと焦りと怒りがない交ぜになった顔で笑おうとして失敗した。
「お前にもわかるんかモモコ。早うギブアップすりゃあええんじゃが。」
ダイスはまたテンレイに視線を戻した。
その時、テンレイが何かの拍子に転倒した。その機を逃さずテンレイの腹に掌打を叩き込むノーフェ。
テンレイの体は大きく曲がった。
ダイスが息を飲み、
「テンレイ!!」
掠れた声で叫んだ。
ノーフェは身動きできずにいるテンレイに馬乗りになり、酷薄そうに笑うと執拗に顔を殴り始めた。
それを懸命に防ぐテンレイ。あまりに非道な戦いに会場がざわつき、悲鳴も混ざる。
ガツクは舞台に向かって一歩踏み出したダイスの腕を掴んだ。
「今出ればテンレイは失格になるぞ。お前もな。」
「だから何んじゃ?惚れた女が殴られるんを黙って許すワシじゃあねえ。」
ダイスはギラつく青い眼光をガツクに置き、続いてホクガンに移した。
「なぜ止めんのじゃ、ホクガン。」
ホクガンは淡々と返す。
「ギブか失神するか場外以外止める事はできねえ。そういうルールだ。」
だがホクガンの拳はぎゅっと握りしめたまま。力の入るあまり少し震えている。
「ルールじゃと!そんなものクソッ食らえ!!」
「落ち着けダイス。」
ダイスはガツクの首元をガッと掴むと間近に顔を寄せ怒気を含んで
「あれがモモコだったらどうするガツクよ。それでもお前は大人しゅう見ちょられるんか?」
吐き捨てるように言い、放した。
ガツクとダイスがにらみ合っているその時、
「ぎゃーお!!(テンレイさん!!)」
男たちが押し問答をしている間、ずっとテンレイを見ていたモモコが悲痛な叫びを上げた。
ダイス達が見たものはノーフェに背中を蹴られ、転がるテンレイだった・・・。
大きな衝撃に息が止まったテンレイはそれでも立ちあがろうと四つん這いになった時、ノーフェが大きく足を振り上げるのがスローモーションのように見えた。
その向こうにいるガツクに抑えられてるダイスも。
何かを叫んでる。
ダイス・・・・・
テンレイは朦朧とする頭と力の入らない手足の最後の力を振り絞って跳んだ。
ドサッ
ダアンッ
し・・・んとした会場にテンレイが場外に落ちた音とノーフェがテンレイのいた場所に足を叩きつける音がやけに大きく聞こえた。
「チッ!」
ノーフェが舌打ちする。
そして強張った顔で固まるレフェリーを促す。
「落ちましたよ?ぼやぼやしないでほしいものですねぇ。」
雪菫のレフェリーは目の前にいるゼレンの軍人を蔑む心象を隠し、勝敗を告げた。
「場外!ポートラム選手の勝ちです!」
会場は拍手よりもざわめきの方が多い。ダイスはガツクの腕を振り払うと飛ぶようにしてテンレイの元に走り苦痛に喘ぐその体を、そっと起こした。
「大丈夫かテンレイ。痛みの酷い所はねえか?」
ざっと見た限りでは折れた所はない。酷い打撲で済んでるようだ。顔もそれほど殴られてはいない。が、腫れてくるのは時間の問題だろう。
「だい・・・じょうぶ・・よ。今の所・・・はね。」
ハアハアと苦しそうに息を継ぎながらテンレイが応える。
「これはこれは!麗しい同胞愛ですなァ。それにしてもこれしきの事で大騒ぎ。ドミニオンの軍部は随分ぬるいようで。」
舞台上からノーフェが芝居がかった仕草で大げさに手を広げる。
ダイスはテンレイからノーフェに視線を移し、テンレイは軍部関係者ではないと反論しようとして
「ダイス・・・やめて・・・ちょう・・だい。負けは・・・負けよ。」
テンレイから止められる。ダイスは汗に寝れ、激しい戦いで汚れたテンレイの顔から張り付いた髪をそっととってからテンレイを横抱きにして立ち上がった。
「これしきとは言うたもんじゃなァ。自分が這いつくばった時も果たしてそう言っちょられるかのう。見ものじゃな。」
ダイスはそれだけ言うと救護室が設けられた部屋へと足早に去る。
ノーフェは肩をすくめると、ホクガンの方へニヤリと笑って見せた。
ホクガンはノーフェの笑いの意味がわかったがこみ上げる怒りを隠し表情筋一つ動かさずノーフェを真っ直ぐ見詰めた。
「何があった。」
ガツクから声がかかる。
「何もねえよ。コークに勝ったのをまぐれ扱いしやがったから言い返してやっただけさ。」
「他にも何か言われただろう。」
ホクガンは隣にいるほとんど同じ目線のガツクを見据える。
「・・・・・ああ。元属国のたかが国主が、だとよ。頭にきて殺しちまうところだった。」
ガツクが怜悧な目をグリードと上機嫌で話しているノーフェに向ける。
「よく我慢できたな。」
「シスの事を思い出したんだ。俺たちによく喋ってただろ?あれをな。」
モモコは2人の会話の不穏な部分にギョッとしつつも”シス”という聞き覚えのない名前に興味をもった。
(ホクガンって結構危ない奴だな。それにしてもシスって人の名前だよね。シス・・・シス・・・聞いた事ないよなぁ・・・誰だろう?)
ホクガンの口調では殺しにいくのを思い止めるくらいなんだから大切な人なんだろう。
モモコはそれは後で聞く事にして今はテンレイが気になる。
「にゃーお、にゃぶ。(テンレイさんの所に行こうよ、酷いケガしてたらどうしよう。)」
ガツクはモモコの意図を察し、救護室に向かおうとしてホクガンに呼び止められた。
「もう少し2人にしてやろうぜ。まぁ、俺達が行かなくても他の奴らがいくだろうが。」
ダイスはホクガンにモモコはどうやら自分の気持ちを知っているようだと既に話していた。
共犯めいた顔で悪戯っぽくモモコとガツクに笑いかけた。
「ダイスの代わりにリコの試合を見ようぜ。後であいつに聞かれるだろうからな。」
「そういうことだモモコ。どうしても行きたいか?」
なるほどね。
モモコは首を振って舞台でべリアル軍のエミリオ・トーレと対峙しているリコを見た。
リコは女性ながら背が高い。その長い手足を駆使して間合いを詰め、一気にエミリオの懐に入り顎を突き上げた。かに見えたが、エミリオは普段のボケた態度とは段違いのスピードでそれをかわすとリコの後ろに回り込み、
「ごめんね。」
一言いい首に手刀を叩き込んで終わらせた。
意識を失ったリコがゆっくり崩れ落ちる。エミリオは床に落ちる前にその体を支えた。
慌てて雨牡丹のレフェリーが駆けより、リコに意識がないのを確かめると両手を上げエミリオの勝利を知らしめた。
「リコ選手 意識喪失のため、この勝負はトーレ選手の勝ちとします!」
モモコを始め観客達はぽかんとして舞台上を見ていた。
たぶんこの本選で一番早く試合が終わったのではないだろうか。そう思わせるくらいの素早さだった。
「早いな。」
ふーんと言う風にホクガンが感想を述べる。
「クアンには見えていなかっただろう。べリアルにも有望な奴がいるようだな。」
フンとガツクが腕を組んでレフェリーにリコを渡すエミリオを見た。
「次、お前等とだな。どう戦う?結構楽しくなってきたんじゃないか。」
グリードは当然ガツクに倒される。
そう前提したような性格の悪い言い方でニヤニヤしながらホクガンはガツクとモモコ両方を交互に見やる。
「にゃん!にゃうお!(頑張る!とにかく頑張る!)」
モモコは気合を入れるように高く鳴く。
「立ち塞ぐ敵は全て蹴散らすのみ。モモコを貶めるような奴の部下なら身をもって知らしめてやろうではないか。なあモモコ。」
フフフ・・・黒い笑みでモモコに相槌を求めるガツクだが、
(えっ・・・な、なんか違うくない?トーレさんは関係ないっていうか・・・・試合の話だよね?)
(だから、戦場じゃねえって・・・・・)
え、あの、えっと・・・・と視線を泳がせまくるモモコ。
正々堂々と頑張るっ!の健全なモモコと明らかに獲物を狩る捕食者のような殺る気を見せるガツク。
姿形だけではなくズレまくる一人と一匹は健在のようだ。
とりあえず、ただの憂さ晴らしにやられるエミリオに合掌。
モモコがガツクの黒い笑顔をどうしようと思っていると第八試合の選手を促すレフェリーの声が舞台上を流れた。
「第八試合を始めます!ハーヴィング選手とコクサ選手、モモコ選手は舞台上にお上がり下さい!」
「では行くか。」
ガツクは普段と変わらない口調で軽く言うとモモコを肩に乗せ舞台上へと上がった。
舞台では既にグリードがいて、薄笑いをしながらガツクとモモコを待っていた。
(ぎょえ~!でかっ!むちゃでかっ!ガツクさんよりでかい!)
ガツクよりも大きいグリードはモモコから見るとまるで巨人だ。
モモコが口をあんぐりしていると、
「よお、ガツク 久しぶりだな。いつから軍人やめてペット屋でも始めたんだ?吐き気がするほど似合ってるぜ。」
グリードはせせら笑いを浮かべて早速嘲った。
ムカッ!モモコはガツクの悪口に腹が立ちグリードを睨みつけた。
「・・・・・お前誰だ?・・・・会った事があるのか?」
首を捻りながらガツクがグリードを見上げる。
やーい!モモコはベーッと舌を出した。
「・・・くっ!」
グリードは怒りと羞恥で紅潮した顔を憎々しげに歪めるとモモコを睨みつけた。
(ひいっ!な何!)
「この試合が終わってもその虫唾が走る色をした猫が生きているといいな、ガツクよ。」
えっ・・・雨牡丹のレフェリーは自分の耳を疑った。
今・・・今・・・何か聞いてはいけないものを聞いた気がする・・・・コイツ・・・・死ん・・
「何をしている・・・・早く始めないか・・・・」
ヒイイィ!!きたあぁぁ!!
「た、ただいま第八試合を始めます!は、はじめっ!」
グリードの言葉に死人を見るように本人を見ていたレフェリーは、ガツクの殺人衝動を抑えた声に震えあがり急いで試合開始を告げた。そして巻き添えを食らわないうちに急いで退避した。
グリードは真っ直ぐモモコに向かって平手を出した。叩き落して床に叩きつけようという魂胆だろう。が、その拳はモモコに届く前にガツクに受け止められ、ついでガシっと手首まで滑らせると
「モモコ、しっかり掴まれ。」
モモコに言い、直後、砕けんばかりに掴んだグリードの手首を上に放り投げた。
グリードの巨体が高く宙に浮く。同時にガツクもモモコを抑えたまま飛び上がった。モモコはしっかりと爪を立て耐える。ガツクはグリードよりも高く舞い上がるとあっけにとられているグリードの顔を掴み勢いをつけて舞台の床に叩きつけた。
ドガアッッ!!!
舞台の床の石が砕け散り飛び散る破片。ガツクは床にめり込んだグリードの顔を離すと、
「おい、気絶しているぞ。まだ待つか?」
規定より離れた所 (避難)にいたレフェリーに声を掛けた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
会場全体が静寂に包まれる。
その中、たったっとレフェリーが舞台に戻る音が響く。レフェリーは恐る恐るグリードに近づき、死んでいない事を確かめると
「ハーヴィング選手意識喪失のため、コクサ選手、モモコ選手の勝利とします!」
ガツクとモモコの勝利を告げた。
次の瞬間、津波のような大歓声が鳴り響く。
万雷の拍手とガツクの圧倒的な力を称えるドミニオン国民の歓声の中、ガツクはそれに応えるでもない普段と変わらぬ態度で控室に戻ってきた。当然というかホクガンの様に貴賓席に礼をとりもしない。
控室ではホクガンと救護室から帰って来ていたダイスが迎えた。
「圧巻じゃったな。それにしても相変わらず愛想のない奴じゃのう。」
「まったくだぜ。お前さ、国民に手ぐらい振ってやれよ。あと友好国無視すんな。」
ガツクはモモコを肩から降ろし傷がないか入念にチェックしながら2人に応えた。
「称えるなり罵るなり勝手にすればいい。俺にとってどうでもいいことだ。モモコ、傷はないようだな。よく頑張った、偉いぞ。」
目を細めてモモコを撫でるガツク。
えへへ~
褒められたモモコもちょっと得意げだ。なぜなら訓練中、今のスピードで飛ぶガツクの肩に止まれた事がなかったからだ。ガツクに助けられて、という前提ではあるがモモコとしてはガツクの邪魔にならなかったのは嬉しい。
(あっでもガツクさんの肩に傷つけちゃったかも!爪、立てちゃったしな)
モモコが心配げにガツクの肩を見ているうちにも3人は会話を続けられる。
「それにしてもやけに力入ってたのう。ハーヴィング程度の奴に・・・どうしたんじゃ?」
「だよなぁ・・・最初から飛ばしてたな。」
ここでホクガンはガツクの肩をじいっと見つめるモモコに疑念がわいた。
「おい、モモコ。」
なに?
モモコがホクガンの方をくりんっと向いて、小首を傾げた。
その可愛い仕草にガツクの胸が高鳴る。
可愛い・・・なぜ皆テンレイ以外はモモコの愛らしさを称えないのだろうか。俺が日常でよくやっている事より(グリードにした事を任務や訓練ではいつもしている)モモコのこの仕草を称えればいいものを。まったく。
モモコ一匹ならそれも叶うだろうがガツクとセットでは無理。可愛いというより衝撃が先に来るようでは出来ない相談である。自分がモモコの最大の妨げになっている事に気づきもしないガツクを余所に
「お前 なんかしただろ。」
ホクガンが件の事をモモコに訪ねていた。
何かって何?
モモコはもっと首を傾げた
「ガツクに何か言うか、しただろって言ってるんだよ。心当たりないか?ガツクがあんな雑魚にいきなり大技仕掛けるなんてあり得ないからな。」
(それは・・・たぶん悪口言われたせいなんじゃないかな?始める時も怖かったし・・・)
う~んとなるモモコに代わってガツクが答える。
「フッ・・・それはな、ホクガン。モモコが武道会中の俺のケガをいたく心配してな・・・」
あ~・・・何か展開が読めた気がする・・・
ホクガンとダイスは顔を見合わせた。
「・・・・で?」
バカ 聞くな!
ホクガンが目でダイスを止めたがどうせ促さなくても強制的に聞かされるので同じ事だ。
「モモコにいらぬ心配を掛けないためにも、俺は俺の全力を持って戦い抜く事をモモコに誓ったのだ。」
どや顔でホクガンとダイスを見やるガツク。
親友達は呆れるべきか戦慄すべきか迷う。
さらに
「ハーヴィングがもう少し骨のある奴だったらもっとモモコに(誓いの証を)見てもらえたんだがな。残念だ。」
あそこで気絶しててよかったね的発言が続いた。
(あ~・・・あれか、あったなそういえば。)
モモコはあの時の事を思い出し、そしてガツクの肩に自分が傷をつけたかもと心配したのを思いだした。
「みゃーん、にゃう?(ガツクさん、肩大丈夫?)」
モモコはガツクの肩の方に届かないが前足を伸ばした。
ガツクは察し、モモコを膝に乗せたままいきなり上着を脱いだ。
ガツクの鍛え抜かれた逞しい上半身がモモコの目の前に晒される。
一瞬の空白の後
モモコが毛を逆立ててびょおおん!と後ろに飛びぬいた。
その距離2m。
「・・・・モモコ?」
ガツクが不思議そうに毛を逆立てたままのモモコを見る。
ホクガンとダイスもコイツどうした的にモモコを見る。
モモコは前足、後ろ足をじたばたと意味なく動かしながら
(バカーッ!!!いいいいきなり裸になんないでよ!ガツクさんの変態!あたしはねぇ!猫だけど!猫だけど中身は成人した女なんだからな!バカ!なんかバカァ!)
やっぱり思考もじたばたなモモコ。
顔どころか体中熱い。
それもこれも無神経な、でも・・・
モモコは目を隠した前足の隙間からまだポカンとしているガツクを窺った。
まだ上半身裸のままだ。
(ガツクさんて・・・すごい体してるな・・・・)
思わず見惚れてしまい、それに気づいて今度は床を転げまわるモモコをますます不可解そうに見つめる大男三人。
ちなみにガツクの肩にはモモコが心配した通りくっきり爪のあとが残っていたのだがそれが話題になるのはもう少し先になりそうだ。
ガツクが服を着なければ。
鍛えられた成人男性の体は女子の敵だと思うんですよ。あるゆる意味で。