4-8 頑張ります
「旦那・・・火に油を注いでどうするんです。いくらなんでも言いすぎですぜ。」
ガツクが去った後、べリアル帝国軍ロー・レルモはしかめっ面でベントをたしなめた。
「ガツクがゼレンの連中にバカにされて腹が立つのはわかりますがね、猫に八つ当たりはいけませんよ。」
ローはガツク達とは同年代。戦場や合同演習で何度か言葉を交わすうちこの気のいい男はガツクやダイスとすっかり意気投合し、機会があれば酒を酌み交わすほどになっていた。
「フン!八つ当たりなどしていないぞ。全部本当の事だ。ホクガン、ダイス、貴様らが付いていながらなぜ防げんかったのだ。」
ベントはローに腕を組み、向き合っていた体をホクガン達に向けた。
公式の場以外でベントはホクガンに敬語は使わない。
ホクガンも礼儀など必要としないので両軍ともざっくばらんに話す。
「あのなぁ・・・お前の単細胞具合には本当に呆れるぜ。たまには筋トレよか空気を読む事を訓練したらどうだ。」
ホクガンが疲れたようにベントを見上げた。
「あのガツクとモモコを見てわからんのか、ベント。ガツクがどんなに大事にしちょるか。」
ダイスも呆れたように見やった時、
「おやおや!これはこれは仲良しさん達がお揃いで!」
嫌味な甲高い声が聞こえ、全員がそっちを振り返った。
「本選前におしゃべりに講じるとは余裕ですなぁ~。是非我々も見習いたいものです。」
嫌味をつらつらと並べながら近づいてきたのはゼレン国軍。モルディ・コーク、ノーフェ・ポートラム、グリード・ハーヴィングだった。
皆が一様にイラッとした顔になる。
「それとも試合中、手加減してくれとの相談か?天下のドミニオン軍部もべリアル軍も落ちたものよの。」
「いやいや、棄権の相談かもしれんぞ!メンツにすっかり弱腰なったコクサもいない所を見るともしやすでに逃げ帰ったか?逃げ足だけは早くなったようだな!」
と、声を上げて笑うゼレン国にテンレイはツカツカと近づくと、
「あらあら、ゼレンはたったの3人だけ?おかしいわねぇ今大会中1番参加人数が多かったのに、我がドミニオンの半数とは。ゼレンの軍力もタカがしれてるわねぇ。」
テンレイはバカに仕切った顔で言い終わるとフフンと嘲笑った。
なにを!と気色ばむゼレン国にベントが唸り、エルヴィやダイナン達が強張った顔で睨みつけた。
テンレイはなおも焚き付ける。
「お気に障ったかしら?ごめんなさい、あまりにも予選で無様な負け方をしていたから。今度は世辞を用意しておきますわ。考えるのが難しくて今から頭痛がするけど。」
にこやかに目をしばたたいて微笑むテンレイに怒りのあまり口もきけず震えるゼレン。
そこへホクガンがため息をついて両者の間に入り込んだ。
「どっちももうやめろ。お互いの主張は試合で付けるんだな。」
国主の登場にさすがのゼレンも苦々しくではあるが一応引っ込み、
「国主殿、可愛さの欠片もない嫁き遅れの妹御がいて大変ですな。今後もこのような口を許しておくと後々後悔することになりますぞ?」
ノーフェが口元を引き攣らせてホクガンに厭味ったらしく言った。
ホクガンは軽い笑い声を上げ、ノーフェを見下ろすと、
「ご心配痛み入るよ。妹は万が一の引き受け場所があるから大丈夫だ。それよりすっかりガツクの恐ろしさを忘れてしまったようだな。一つ忠告をしてやろう。ガツクの猫に手を出さない事だ、死にたくなかったらな。」
ホクガンは最後、真剣な顔でノーフェ達に言った。が、ノーフェ達は顔を見合わせると次の瞬間大声で笑い出した。
しばらくヒィヒィ笑いあった後でグリードがホクガン達を見下ろしてニヤニヤと笑いながら嘲る。
「国主殿のありがたい忠告ですが、目障りなモノには我慢が出来ん性分でしてな。ついうっかりと殺してしまうかもしれません。が、その時は試合中の事故と言う事でご容赦願いたい。うははは。」
ホクガンとダイス、テンレイに青筋が浮かんだが、ここでむきになれば相手の思うつぼなので、あえてホクガンはかったるそうに頷いた。
「そうかい。まっ 一応、忠告はしたぜ。」
それにまたゼレン国が笑いあう中、
「本選出場選手は舞台中央へとお集まり下さい!これから対戦相手を決める抽選を行います!繰り返します・・・・・」
それを聞いたゼレン国はまだニヤニヤしながら慇懃にホクガンに挨拶すると舞台へと歩み去った。
ダイナンとリコがその背を睨みつけ、ホクガン達に強く言う。
「国主、ガツクさんが出るまでもないですよ。俺があいつらを叩きのめします、必ず。」
「私もです。このまま黙っては引き下がれません。」
ホクガンはうんうんと頷きながらも2人に冷静になれと諭す。
「ゼレンを甘くみるなよ。お前らはまだまだ未熟モンだ。頭を冷やしてガツクより自分の事を考えろ。」
ダイスもイラついた顔を上官を思って憤る2人に目元を緩めたが注意を促した。
「ホクガンの言う通りじゃぞ。それにお前らがあ奴らを負かすのをガツクが許すわけねえじゃろ?逆に発散できなくてお前らが狩られるぞ?」
ダイナンとリコはうっと詰まる。・・・・・確かに・・・・確かにヤバいかも。獲物を横取りなんかしたら今度はこっちが「なかなかやるな。今度手合わせ(デッドアライブ方式)でもするか。」とか言われっちゃたりして、獲物になる事が確約されそう。
2人はあまりにリアルな想像ができてしまい、逆にゼレンと絶対当たりませんように、神に祈った。
これでよし、ホクガンとダイスは目と目で通じあい今度はテンレイに向き直る。
「私は丸めこまれないわよ。ゼレンと当たったら必ず報いを受けさせてやるわ。」
テンレイは先手を打ち、殺る気をみせた。
そしてふんぞり返るベントに向かって
「でももっと許せないのは貴方よ。」
腰に両手を当てパチクリしているベントを睨みつけた。
「よくも可愛くて繊細なモモコを怒鳴りつけてくれたわね。あんな小さな子に大声を上げて恥ずかしくないの?レディにはちゃんと接して欲しいモノだわ。そんなのだからお見合い話もまとまらず59敗もするのよ。」
今度も振られて60敗の金字塔ね。と言い放つテンレイの情報通にべリアル側はそれは禁句!と慌てる。
「そ、そんな事試合に関係ないではないか!卑怯だぞ!」
真っ赤になって大声を出すベントにテンレイは半目になってバカにしたようにフン!と鼻で笑うと舞台に向かった。続いてホクガン達も歩きだす。とホクガンは振りかえってベント達にも忠告した。
「そうそう、お前らもなるべくモモコに近づくなよ。そぶりさえ誤ってもするな。」
「猫に攻撃したらどうなるというのだ?なぜガツクはそこまで固執する。」
ベントは心底わからないという風に首を傾げる。
「お前は闘ってみんことにはわからんじゃろうよ。ワシらに言えるのはこれだけじゃ。後は自分の目で確かめるんじゃな。」
ダイスも肩越しに言うと皆を追いかける。
「旦那、ホクガンやダイスの言う通り、猫は関係ありませんぜ。猫への攻撃はなしにしましょうや。」
ベント達も舞台へ行きながらローが提案した。
「ガツクが本気で怒ったら洒落になりませんぜ。この前コテンパンにやられたのを忘れちまったんですかい。」
黙って考え込むベントに嫌~な予感がするロー。
ベントは普段はうるさいぐらいが普通なのでこうやって黙って考え込む時はたいていろくでもない事が起きるのだ。
ローが何とかしようとしていると
「ローさん、そんなにコクサ大将は強いんですか。」
エルヴィが話しかけてきた。コンパスが違うので早足だ。
ローは歩調を緩めてエルヴィに合わせる。
この若き副隊長は自身の地位の方が上にも関わらず目上の者には必ず敬語を使う。だが、
「ああ、強え。強すぎて生きた伝説になるくらいにな。」
「そうですか・・・・そんなに・・・。」
強い者と戦う事が趣味という非常に困った、いやある意味軍人という職業にとっていいような趣味を持っていた。
ローはエルヴィにも何かきた。
「おい、ホクガン達が言うのを聞いてなかったのかい。ガツクはヤバい。さっきのでわかったろう、しかもあんなの奴にとってはほんの小手先だ。」
エルヴィは先程のキ・・・ンと空間が凍るようなガツクの殺気を思いだした。
今迄に晒された事のない恐ろしさだった。
あれがガツク・コクサ。
軍人である以上知らぬものがいないとまで言われる男。
「ガツクともし当たったら猫だけは攻撃するんじゃねえよ?おめえもだぞ、エミリオ。」
ローは後ろを振り返って部下にも念のため釘を刺した。
「・・・・・はい。」
無口なエミリオは言葉少なに返す。
そして関心なさそうにあくびをして目をこすった。
本当にわかってるんだろうな?ローが確かめたくなるほどの無関心さだ。
そうこうしているうちに舞台中央は本選出場者が集まった。
「国主。」
ジエンがホクガンに走り寄る。
「ガツクさんがまだです。」
「もう少し待て・・・・・ん?」
ザワ・・・・会場がざわめいた。ガツクが姿を現したのだ。
肩にはモモコが乗っている・・・・・乗っているだけだが。
モモコ・・・・・そのしょぼくれ具合にホクガンはため息の一つもつきたくなったが、あえて普段通りにガツクに声を掛けた。
「いけんのか?」
「ああ。」
ガツクはジエンに短く「始めろ」と言うとホクガンの隣に並んだ。
ジエンは頷くと本選の開始とルール説明に入る。
「長らくお待たせしました!これよりドミニオンと友好国の方々による武道会を始めます!」
ワアアアアァァ・・・!!!
波の様な歓声が会場全体を包み込む。
「それでは武道会のルール説明に入ります!時間は無制限!ギブアップするか場外に出てしまうと負けになります!それから武器やそれに準じる道具の使用、急所への攻撃は即刻 失格となります!」
モモコはある意味最強のアイテムになり、インチキ!(主にドミニオン側)と糾弾されても仕方ないが、ベントに代表されるようにふざけているかハンデ(動きが鈍るかも)にとられていたので他の友好国から苦情はなかった。
「それでは対戦相手を決める抽選を行います!」
ジエンがそう言うと、雨牡丹の一人が番号が書かれた紙が入った箱をAブロックのアリオ・メイヤーに差し出し次々と選手が引いていく。
「16番だ。」
ガツクはジエンに自身の番号が書かれた紙を見せた。
ボードにガツクの名が書かれる。
1回戦最後 8試合目だ。
モモコ・・・・ガツクはそっとモモコの顔を自分の頬に寄せ、先程のモモコとの会話 (?)を思い出
す。
「モモコ・・・本選が始まる。どうする・・・やめるか?今のお前では俺の肩にさえ乗れないだろう。」
モモコはアナウンスにハッとした。
(そうだ・・・本選が始まるんだった。・・・・どうしよう。)
怖い・・・・闘う事だけではなく、また非難されるのが。今まで誰にもされた事のない中傷や怒号にモモコはすっかり委縮してしまい、皆の前に出るのが嫌で仕方ない。
もしかして他の人も思ってるのかも。
ガツクさんの側にいるのが許せない人がもっといるかも。
そんでもってガツクさんが私のせいでまた苦しくなるかも。
「モモコ・・・・俺はどちらでもかまわん。お前が嫌なら棄権しよう。」
ガツクは今すぐにでもベントを血祭りにあげ、ゼレンの連中を黙らせたくて仕方がなかったがモモコが試合に出れる状態ではなかったらすぐにでも辞退しようと思っていた。
(惜しいが(ベント達の首☆)俺よりモモコの方が大事だ。もう嫌な思いなどさせたくない。)
両者とも相手のことを思いやっているのだが、一方通行なのは否めない。言葉が通じないのでは仕方ないかもしれないが。
ガツクはモモコを真綿でくるみ込み、雨にも風にもあたらせたくない。嫌の事などモモコの一生から全て防ぎ、排除したい。
モモコはモモコで、この武道会の事だけではなく、ガツクにずっと守られたままではよくない、と考え始めた所に他人からガツクに相応しくない事を突き付けられ、ショックを受け委縮する。そしてそんな自分を見て苦しむガツクにまた自分も苦しむ。
モモコはガツクの言葉とアナウンスを聞きながら迷う。が、
(棄権・・・・したいかも。でも・・・でも皆の前には出たくないけど、それは駄目な気がする。この感情が何なのかわからないけどこのままじゃ駄目な気がするんだよ・・・やりたい・・・うん、私 決めたじゃないか。どこまでできるかわかんないけど 私 でたい。)
モモコは自分の心に何とか決着をつけるとガツクを見上げてまだ弱弱しい声で決意を告げた。
「にゃお、うーな。(私出たい、頑張りたい。)」
ガツクはモモコの予想外に強い目を見ていささか驚いた。
「・・・・本当か?無理に出るものではない。時には引くことも大事だぞ?お前に傷ついてほしくないんだ。体も心もな。」
モモコはわがままで子供っぽい所もあるが人に遠慮し無理してしまう所もある。
ガツクはそういうモモコの所が言わせているのかと思ったが、モモコが首を振るのを見て渋々了解した。
「わかった。本選に出よう・・・だが俺が無理だと判断したらすぐに降りるぞ。お前のこと以外どうでもいいんだからな。」
モモコは頷いてガツクを促した。
ガツクはモモコを肩に乗せると更衣室を出、舞台に向かった。
「これで全ての対戦が決まりました!」
ガツクはジエンの声に回想から覚め、ボードを見た。
1回戦
第一試合ロー・レルモVSキース・マーカー
第二試合ダイナン・ギャッツVSルーザー・ベント
第三試合ホクガン・ラウンドVSモルディ・コーク
第四試合エルヴィ・フレクVSアリオ・メイヤー
第五試合ダイス・ラズVSウィード・ラドック
第六試合ノーフェ・ポートラムVSテンレイ・ラウンド
第七試合エミリオ・トーレVSリコ・クアン
第八試合グリード・ハーヴィングVSガツク・コクサ&モモコ
「それでは第一試合を始めますのでレルモ選手とマーカー選手以外は舞台から降りて選手控室にてお待ちください。」
大歓声の中ガツクは舞台を降りながらテンレイが手招きしているのに気付いた。
「何だ。」
テンレイはモモコを慰めたいとガツクに訴える。
ガツクもテンレイにはイライラさせられるが一応テンレイの事は認めてはいるので渋々モモコを渡す。
「モモコ大丈夫?かわいそうにこんなに怯えて。・・・・そうそうガツク。」
ここでホクガンとダイスがテンレイが何をしようとしているかに気がつくが既に遅し。
「貴方の対戦相手のグリードって大男だけど。」
「ゼレンか。」
「そう。あの人、モモコを殺すって言ってたわ。真っ先に狙うつもりよ。わかってると思うけどさせないでね・・・殺っちゃって。」
言っちゃったぁー!!!
テンレイはわざとです。参謀ですから。ええ。モモコを害するものなどこの世に必要ない!!と思いっきり思ってます。