4-7 いいんですか?
今回初の武道会においてドミニオンからも友好国からも結構参加者が多かったためAからPまでをブロック分けし、予選を行う事となった。
そこから勝ち残った16人が本選へと出場する。
モモコはガツク達と共に予選が行われる屋内訓練場にいた。
広い訓練場には16のリングが用意され、たくさんの腕に自信のある者たちで溢れかえっている。
「モモコ。」
モモコはテンレイに呼ばれそちらを振り返った。
テンレイは白のスポーツウェア姿でモモコを心配そうに見つめている。
「試合中は絶対ガツクから離れちゃ駄目よ?ガツクなんかズタズタにされてもいいから貴方だけは生き残るの。いいわね。」
テンレイさん・・・・モモコは何とかえしていいかわからず曖昧に首を傾げた。
「ガツクとモモコなら大丈夫だろ。問題なのはガツクと当たった時の俺たちだ。」
ホクガンがグローブを装着しながらガツク以外を見やる。
「うまくブロック分けされるとええんじゃがの。」
ダイスもバンテージを巻きながら心配そうにテンレイをちらっと見た。
「それではブロック分けを行います!選手の皆さんはこちらへ集まって下さい!」
雪菫の一人が集合をかけた。
今回、出場するガツク達や警備に忙しい波桔梗隊に変わって雨牡丹隊と雪菫隊が運営、警備の合間に手の空いた雷桜や霧藤が手伝うことになった。
「それではルールを説明します。試合時間は3分、ギブアップするかリングから落ちた場合は負けとなります。武器またはそれに値するものの使用、急所への攻撃は失格となります。それでは抽選を行いますので渡された番号を持って各ブロックにてお集まり下さい。」
モモコはガツクが持っている番号を肩に乗ったまま見た。
74番。
「ガツク!おまえ何処だ!」
「何処じゃ!」
「うるさいぞ。Fブロックだ。」
「あぶねー!俺はEブロックだ。お前は?」
「ワシも外れた。Cじゃ。テンレイはどうした。」
「あいつHだったぞ。うまくバラけたな。」
ホッとするダイスの頭上を各ブロック第一試合開始のアナウンスが流れる。
「じゃあな、お互いの健闘を祈ろうぜ。あとモモコ、ケガするなよ?ガツクが暴れたら困るからな。」
わかってる。モモコはしっかり頷いた。脳裏に昨夜のガツクの薄笑いがよぎった。(自分のためだけではなく相手の命もある意味守らなければならない)
「モモコ、相手をしっかり見ちょれよ。怖いだろうが目は絶対瞑っちゃいかん。」
ダイスのアドバイスにモモコはフンッ!と気合を入れて応えた。
そんな可愛いモモコに思わず頬が緩みダイスはモモコの頭をうっかり撫でようとして
「ダイス、これ以上は敵とみなすぞ。」
早くも臨戦態勢に入ったガツクの一言に空中で手を止めた。
あ、危ねぇ・・・ダイスのこめかみに冷や汗が伝った。
ばーか。ホクガンが呆れてダイスを見やる。
この武道会中、常にモモコの周りを警戒するガツクは例え試合中でなくてもモモコに接触する(しようとしても)奴は容赦しない事にしている。
危うく試合前に死体となるところだったダイスはゆっくり手を元の位置に戻し、
「が、頑張れよモモコ。」
モモコに激励の言葉を小さく掛けてCブロックの方へと姿を消した。
「74番と35番はリングに上がってください!」
雨牡丹のレフェリーがガツクの番号を呼びあげた。
「おっ、モモコの初陣だな。」
ホクガンが二ヤつきながらモモコを見やるが茶化すホクガンに言い返す気持ちにもならないくらいの緊張感がモモコの体をガチガチにした。
「おいおい 大丈夫かよ。固まったまんまだと落ちるぞ。」
あまりの緊張具合に思わずホクガンが心配そうに呟くがそれすらモモコの耳には入らない。
ガツクはリングに上がりながらそっとモモコの顔を自身の頬によせ低い声で優しく囁いた。
「深呼吸しろ モモコ、すぐ終わる。」
レフェリーが開始を告げるとすぐに相手が突っ込んできた。
それをガツクは予備動作ひとつなく相手の胸倉を掴むと自身の上体をちょっと捻り、相手の勢いを殺さぬまま場外へと投げ捨てた。
ズウウゥン・・・相手が落ちた重い音が響き、ハッとしたレフェリーが慌ててガツクの勝利を告げる。
「じょ、場外!74番の勝ち!」
す、すげえ・・、さすがだな・・・とあちこちからザワザワとあがる声を他人事のように聞き流しながらガツクはさっさとリングを降りた。
「さすが。」
ホクガンが笑いながらガツクとモモコを迎えた。
「当たり前だ。」
ガツクは呼ばれたホクガンがリングに上がるのを見ながら、モモコを肩から下ろし気遣う。
「すぐ終わっただろう?次もすぐ終わる。お前は俺から離れない事だけを考えていればいい。」
それまで何が何やらわからぬうちに終わった試合に茫然としていたモモコはガツクの声に我に返った。
(す、すごい・・・・ほんとにすごいよ!殴ったり、蹴ったりするものとばかり思ってたけどこんな勝ち方もあるんだぁ。これなら私でもいけるかも。・・・でも絶対落ちないようにしなきゃ。あとなるべくずれたりもしないようにしないと。)
決意も新たにモモコはガツクを見上げた。
ガツクは自分を強く見つめるモモコにフッと笑みをもらしてからモモコの顎をクイッと持ち上げる。
「そんなに気負わなくてもいい。お前が身構える前に全て終わらせるからな。」
モモコは目をパチクリした。
それは・・・その方がありがたいがなんか違う気がする・・・何が違うのかわからないけど・・・
もどかしくなったモモコは困った顔になったがガツクには伝わらない。
ガツクはその後もモモコに何もさせず勝ち続け、
「ギブアップ!74番の勝ち!本選出場決定です!」
16ブロック中1番に本選が決定した。
よくやったとばかりに撫でてくれるガツクにモモコは割り切れない感情を持つ。
ガツクがモモコの乗っている肩をほとんど動かさず闘ってくれたお蔭でモモコは楽だったが、どこか納得できないのだ。モモコはわがままだと自分でも思うがそれはしこりの様にゴロゴロと残った。
ガツクの後を追うように各ブロックで次々と本選出場者が決定し、以下の者に決まった。
Aブロック:アリオ・メイヤー(他国)
Bブロック:エミリオ・トーレ(べリアル)
Cブロック:ダイス・ラズ(ドミニオン)
Dブロック:ウィード・ラドック(他国)
Eブロック:ホクガン・ラウンド(ドミニオン)
Fブロック:ガツク・コクサ&モモコ(ドミニオン)
Gブロック:モルディ・コーク(ゼレン)
Hブロック:テンレイ・ラウンド(ドミニオン)
Iブロック:エルヴィ・フレク(べリアル)
Jブロック:キース・マーカー(他国)
Kブロック:ルーザー・ベント(べリアル)
Lブロック:ノーフェ・ポートルム(ゼレン)
Mブロック:グリード・ハーヴィング(ゼレン)
Nブロック:ダイナン・ギャッツ(ドミニオン)
Oブロック:ロー・レルモ(べリアル)
Pブロック:リコ・クアン(ドミニオン)
(ドミニオンが1番多いなぁ。やっぱ強いんだな、うんうん。)
ちょっと鼻が高いモモコだがガツクの考えは違ったようだ。
「雷桜からはお前だけか、ギャッツ。」
「は、はい・・・申し訳ありません。」
ゴオオォォオ・・・とガツクの後ろから効果音が聞こえてきそうだ。空耳なんだけどそれを許さない感じ。
ダイナンは頑張って選出したのになぜ猛吹雪の中、尋問されてるような空気に晒されなくてはならないのだろう・・・と素朴に思ったが、思うだけに留めておいた。
「よお残ったな、リコ。霧藤のメンツも立ったのう。」
「ありがとうございます。本選も頑張ります。」
リコは常は無表情な顔を今は少し緩ませてダイスからの労いの言葉を受けた。
「何か温度差ないか。」
「そうねぇ・・・性格かしら。」
ホクガンとテンレイは試合の後とは思えない程のほほんとして2組の軍部を見た。
予選が済み、しばしの休憩の後、本選が行われる事となった。
モモコはガツクの猛チャージを受けながら青くなっているダイナンを気の毒に思いながらこれから本番を迎える舞台を見た。
真っ白の舞台は並みはずれた大男たちが暴れまくっても大丈夫なように広めに作ってある。その正方形の舞台の四隅には高い支柱が建てられているがボクシングのリングにあるようなロープなどはない。
その舞台正面20メートルほど離れた所には波桔梗隊が警護する中貴賓席が設けられ、そこから少し離れた所に逆円錐型に作られた一般観客の席には今を遅しとたくさんのドミニオン国民で埋まっている。
あそこでさっきよりももっとすごい戦いが始まるんだ。
モモコはゴクッと喉が鳴った。
ガツクが予選の時よりも自分に気をつけてくれるのはわかっているが、
(これでいいのかな。私・・・何がしたいんだろう?)
ガツクの肩に止まっているだけにすぎない自分は何なのだろうという疑問が明確に育ち始めていた。
「ガツク!予選は通ったようだな!!」
突然のベントの大音量がモモコのもの思いを破る。
モモコとガツクが振り返るとベントがエルヴィと背の高い2人の男と共にこちらへやって来るところだった。
ベントはガツクの正面に来るとモモコを睨みつけながら、吐き捨てるように声を荒げた。
「これがお前を腑抜けにした猫か?なんだこの色は!どこまでもこの戦いを愚弄しおって!そんなモノにかまけているからゼレンごときにもバカにされるのだ!さっさと捨てろ!以前の誇り高きガツク・コクサに戻るのだ!」
モモコはいきなり怒鳴られ、睨まれて頭が真っ白になる。
(え・・・?なに・・・・なにを・・・なに・・)
ベントがまだ何か言っているが・・・・聞こえない。音を消したテレビのように口だけが動いている。
モモコがショックのあまりぼうっとしているとサッと目の前が暗くなり、しばらくしてガツクの服の中に入れられた事に気がついた。
ガツクの素肌に初めて触れるがそれを気にしている余裕もない。
外ではなにやらまだ応酬が続いている。
モモコはガツクが震えている事に気がついた・・・・・いや違う・・・自分が震えているのだ。
ガツクはモモコが震えているのに気がつくと冷たい怒りに身の芯まで痺れるのを感じた。
「黙れ・・・・ベント。」
その声はベントよりずっと小さく低い声だったが、ベントを黙らせ周囲の者が息を飲み、ガツクから流れ冷たく地を這う冷気にも似た殺気に身動きできなくなるのに充分であった。
「ガツク。」
ホクガンが硬い声でガツクを抑える。
ダイスはすばやくガツクの背後に移動した。いつでも押さえられるように。
「必要ない ダイス、ホクガン。」
ガツクは平坦な声で2人に告げるとベントを見上げ、
「ベント・・・・たかが猫なのだろう?いちいち熱くなるな。お前が正しいか俺が正しいかはすぐわかる・・・・あの舞台でな・・・・。」
静かに、優しささえ感じさせて言葉を置いた。
だがエルヴィはその声に全身が震えるのを隠せない。
ガツクはベント達の間をさっと通り過ぎると屋内訓練場の男子更衣室に入り、ベンチに座るとそっと服の下からモモコを取り出した。
モモコを見たガツクの顔が歪む。
「モモコ・・・・。」
ガツクはモモコの名を呼びながら慰めるように背を撫ぜた。
ビクッとモモコが体を縮める。
「モモコ、気にするな。アレは俺が排除してやる。2度とあんな口など利かせんからな。」
モモコはゆっくり顔を上げてガツクを見た。
(ガツクさん・・・・・私は・・・・・)
揺れる瞳、垂れさがったヒゲ、伏せられた耳、時折震える体。
ガツクは大声を上げ暴れ出したくなるのを歯を噛み締めて堪え、代わりにモモコを胸に抱きしめた。
「大丈夫だ モモコ。大丈夫・・・。」
ガツクの軋むような苦しげな声と胸の鼓動を聞きながらモモコは宙ぶらりんの気持ちを持て余す。
ガツクさん
わたしは
わたしは
ここにいていいのかな?
どうして・・・・いるんだろ?
ガツクさん・・・くるしいの?
わたしの・・・・せい?
”さっさと捨てろ!”
ベントの言葉が耳に蘇り、いつまでもモモコを揺さぶり続けた。
一つの影の様に寄りそう一人と一匹。
その空間に本選出場選手は集まるよう 促すアナウンスが響いていた・・・。
おおう ・・・・シリアス!・・・だよね?