3-6 なしですないんです
ホクガンとダイスが危機を無事に回避し、和やかな空気になったところでモモコはさっき感じた違和感が戻って来た。
(あれ?そういやなんかおかしいな。えっとえっと・・・・・なんで私ガツクさんの膝に乗ってんの?ていうかテンレイさん隣にいる!?もしかして争ってない!?名前・・・“モモコ”って!!どういう事?私が寝ている間に何があったんだァァ!!!)
軽くパニックになったモモコはわたわたと慌てふためく。
「どうしたのモモコ。そんなに動いてはまた倒れてしまうわ。大丈夫?」
テンレイはガツク達が聞いたこともない優しい声でモモコの頭を撫でようとして・・・・
「なにするのよ。」
テンレイの手が届かない反対側にモモコを移したガツクを睨んだ。
「他人がコイツを触っているのを見ると腹が立つ。」
モモコへの独占欲が表に出始めたガツクのお前は子供かっ!的発言が放たれた。
こうなるとただでさえガツク達に我慢がきかないテンレイとすぐさま言葉の応酬となる。
「心の狭い男ねぇ。これからが先が思いやられるわ。せいぜいモモコに愛想つかされない様に気をつける事ね。」
「モモコに関してそれはない。」
「あなたじゃないわよ!この戦闘バカ!・・・モモコ・・・・コイツが嫌になったらいつでも私の所に帰ってきてもいいのよ?遠慮なんて必要ないんだから。」
「未来永劫ない事だがな。」
「わからないわよ?案外すぐ私の腕に戻ってくるかも。」
「そう言えばお前には礼を言わねばな。モモコを俺に戻してくれた事に。」
「あなたの為じゃないわよ!礼なんてしないで頂戴!!腹立たしい男ね!!」
「嫁とその母親、そして母親に毛嫌いされてる婿みたく見えないか。」
「ワシらがした事 無駄になってないじゃろな。いつもと一緒じゃ。」
ダイスは背もたれに座って腕を組み、ホウガンは椅子に座って両手を頭の後ろに組んで2人と一匹を暖かく見守った。
ガツクが誰かと対峙する時、相手側は威圧されてる印象を受ける。大半はソレに怯えて小さくなるのだが、テンレイの様に気慨のある者は挑発されているかのような気持ちになりムキになりやすい。なのでガツクがテンレイを雷桜に引っ張ろうとスカウトした時、これが裏目に出て(ガツクは軍部がどんなにやりがいのある仕事かを語っただけだが、なぜ雷桜隊だけでも5千人いる全員を引き連れて語る必要があるのだろうか?行き過ぎと言うか周囲は迷惑どころではない)余計に「今に見てなさいよ軍部!!」とテンレイを奮起させる事となった。
ちなみにこの威圧感、本人は全くの無意識である。
「みゃあーお!ふみみ!(テンレイさん落ち着いて!ガツクさんもストップ!)」
モモコができるだけ大きい声で鳴き、モモコ大事の2人は黙った。
「お、嫁が止めた。」
「モモコのいっちょる事がわかるわけでもないのに、よお止まったな。」
「そこはアレだよ、愛なんだろ。あ・い。」
「殴ってもええか?ホクガン。」
「ふーお!ぶみみ!(そっちもうるさいよ!だいたい嫁ってなんだよ!)」
こっちを向きぎゃーぎゃー鳴くモモコを見てモモコに愛などないホクガンは(likeはあるがloveはない。というかあった日にはホクガンの命はない)
「そういやお前に言ってなかったな。お前、ガツクの飼い猫に戻ったから。」
また経過をすっ飛ばしていきなり結果を告げた。
へ?と首を傾げるモモコに目を細めてからテンレイが説明した。
「モモコ・・・あなたが倒れるまで頑なだった私を許してね・・・。本当はもっと前からガツクの元に戻りたがっている事を察していたの。」
ええー!とびっくり顔のモモコに優しく微笑んで
「私はガツクにあなたを託すわ。本当に好きな人と暮らしなさい。我慢は美容によくなくってよ?」
最後は冗談で締めくくった。その目は少し潤んでいる。
男3人は黙ってテンレイの言葉を聞いた。
暖かでちょっぴリ切ない。それでいて清々しい雰囲気。
嬉しいのと感謝の気持ち一杯のモモコはふとテンレイの言葉に ん? となる所に気付いた。
(”託すわ”・・・違うな・・・”本当に好きな人・・・”・・本当に・・・好きな人!?)
モモコはなぜか焦った。
しんみりした感傷も吹き飛び、ドキドキと突如なりだした心臓がうるさい。
(ち、違うでしょ。テンレイさんが言ってるのは飼い主としてっていう意味だし。いいい異性っていうのはない!っていうかなし!なしったらなし!!)
誰に言い訳しているのか必死になしなしなしなしなし・・・・・と呟くモモコであった。
「ところでガツク。」
モモコの脳内が なし で埋め尽くされている頃、テンレイはさっきまでの慈愛に満ちた顔とは打って変わった顔でガツクに話しかけた。
「なんだ。」
また小言か・・・・
ありゃ何かの文句じゃな・・・・
ここで居眠りなんかしたらこっちにくるんだろうなぁ。黙って終わるのを待つか。犠牲はガツクだけでいいだろ・・・・
男3人はなるべく短い小言である事を祈った。
「私の所に戻ってきた時、モモコの毛並みがボサボサで艶もなかったけど何で洗っていたの?」
厳しい鬼監督の突き刺さるような視線の中、男3人はモモコの毛並みを見た。滑らかで指通りよく、ふわっふわっで柔らかげだ。毛の一本一本がキラめいている。テンレイの努力の賜物だろう。
ガツクはため息をついて
「石鹸だ。」
これからくる小言の嵐に備えた。
「せ・っ・け・ん? あの固形の?」
「ああ。」
長いな・・・・
長くなりそうじゃな・・・・・
長いんだろうなぁ・・・・・
男3人は自分たちの祈りは届かなかった事を察した。
その後、モモコの美容のためにシャンプーはこれで!トリートメント!食べ物はこれ!あとは・・・
とまさに過保護ママ全開テンレイの怒涛の小言が1時間続いた。
「あなたの女性に対するマナーの悪さは知っていたけどこれほどとはね。いいこと週に1度はあなたがモモコにちゃんと接しているか確認しに行きますからね。もし基準に達してなかったら・・・・。」
徹夜の疲れだけではない疲労にぐったりした男3人は密かに目と目で通じあった。
以下目での会話
”どうにかしろガツク。お前の嫁・・・じゃなくて飼い猫だろうが。”
”このボンクラが。俺の方が被害は甚大だ。”
”その被害はこっち(霧藤)にも飛び火じゃぁ!なんとかせぇガツク!”
”お前がどうにかしろ。女は得意だろうが。”
”無理!テンレイだけは無理じゃ!”
”う~ん。なんとか機嫌を取らなければ。なんだなんだ何かあっただろ!思い出せ俺!あっそうだ!”
ホクガンは閃いた。
「そんな暇あるのか?ただでさえ忙しいお前が。そんなに頻繁に来るよりも軍部に月1泊で手を打ったらどうだ。」
「えっ?」
「なに!ホクガ・・・」
ダイスはガツクを黙らせようとガツクの膝でまだなしなしと呟いていたモモコを攫った。(そして0・1秒後 後悔した。)
「そうすれば、ゆっくりチェックできるし くだらな・・・いや楽しく着せ替えしたりして遊べるぞぉ。」
人間離れした速さで動き、モモコを取り返してからダイスを叩きのめしたガツクだったが遅かった。
事態はすでにホクガンの悪魔の声にテンレイがあっさり承諾した頃であった。
ソファに降ろされたモモコに今度会いに行くからと告げるテンレイの上機嫌な声が聞こえる執務室のもう一方では
「ホクガン、貴様・・・・殺されたいのか。どうしてくれる。」
殺意を全身に纏い、親友の首元を締めているガツクがいた。
「しょうがないだろ。週1だぞ?月1の方がいいじゃねえか。」
「泊るんだろうが。俺はアイツを誰とも分かち合う気はない。たとえ1分1秒でもだ。」
今にもホクガンの首をへし折りそうだ。しかし話術に置いて総所、いやドミニオンでコイツに勝る奴はそういない。
「だ~れがそんな事言ったよ?年頃の女をお前の家に泊らすわけねえだろうが。軍部の賓客用の宿泊施設があるだろ?テンレイはそこに泊めてやって時間になったらモモコを迎えに行けばいい。それにたまにはモモコだってテンレイに会いたいと思うぞ?ここはなぁガツク、男の甲斐性をみせてやるべきだろ。な?1日半程うるさいのを我慢すりゃいいじゃねえか。な?」
うぐぐ・・・悩むガツクを見てホクガンはここぞとばかりに畳み掛けた。
ちなみにすぐ側には腹を押さえて蹲るダイスがいる。
「ここでお前が強硬に反対してみろ、テンレイのことだ も~っとうるさくなるぞ?いいのか?」
「チッ!わかった。もういい。」
ガツクはホクガンを放し、テンレイに優しく撫でられているモモコをさっと取り上げると(テンレイから「なんて乱暴なの!あなたって男は!」などと抗議の声が上がった)もう用はないとばかりにドアに向かった。
「ガツク。」
テンレイが呼び止め、ガツクが不機嫌さ全開で振り返る。
「モモコを・・・大事にしてね。決して悲しい思いをさせないで・・・私の様に。」
テンレイが寂しげに微笑む。
「みゃあ。みゅう。(テンレイさん・・・ごめんなさい。ありがとう。)」
ガツクは小さく鳴いたモモコを見下ろしてから
「言われるまでもない。お前の決断、後悔させはせん。」
またテンレイ達を見てわずかに笑う。
「・・・・・ねえ ガツク。」
「まだ何かあるのか。」
うんざりしたガツクはそう言いながらさっさとドアを開け、すでに体半分外に出たところでまたテンレイを振り返った。
「あなたがモモコを抱き上げてるその姿・・・・何度見ても全然似合わないわ。」
澄まして言うテンレイにガツクはしかめっ面で答えると今度こそ本当に出て行った。背後から聞こえてきた笑い声はいつものように無視した。
懐にモモコを抱えながら足早に進むガツクは人々に「ヒィ!」とか「ウワアァ!」とか言わせながら自宅まで帰って来た。
玄関を開けるとほこり臭いような籠った匂いがした。思わずモモコが顔を顰めると、
「匂うか?閉め切っていたからな。」
ガツクは窓を開け、新鮮な夕闇の空気を吸い込んだ。服を軽く引っ張る感覚に下を見るとモモコがもの問いたげな顔で己を見上げている。
(締め切っていた?どうして?)
「お前と離れてからここへは帰っていない。」
(え?)
モモコが大きく目を開く。ガツクはそのブラウンとグリーンが綺麗に混ざり合ったモモコの目を満ち足りた思いで見つめ返す。
「お前との・・・思い出というには短い日々だったがあるここに入る事ができなくてな。応接室にずっと寝泊まりしていた・・・。情けないだろ?」
(ガツクさん・・・)
「モモコ・・・俺はな、今までどんな過酷な任務もこなしてきた。辛いこともやり切れない事も多々あった。だがお前と離れていたこの4週間ほど自分を抑えるのに苦労した事はない。・・・モモコ。」
ガツクはモモコを目が合う位置まで抱き上げた。モモコの心臓はまた高鳴りだす。
「あんなみじめな思いをするのはもうたくさんだ。これから何があったとしても俺の側にいろ。」
抑えても抑えても溢れてくるこの想いは何なのだろう?熱くて、切なくてそれでいて時々イライラしてしまう。
モモコはやっとのことで返事を返す。
「う・・うみ。・・・ふにゃあーお。(うん・・・うん、うん。・・・約束だよ。ガツクさん。)」
その声は小さく少し震えていたがガツクにちゃんと伝わった。
ガツクは力を入れ過ぎない様にモモコをそっと胸元、心臓のあたりに抱き締める。
モモコの耳にガツクの心臓の音が聞こえる。
それは自分と同じスピードで打っているようにモモコは感じた。
そんな一人と一匹をいつの間にか上った三日月が優しく照らしていた。