3-4 潔いのです
「お兄様、少し時間はあって?お話したい事があるの。」
ホクガンの執務室にアポイントも取らず突然入って来たテンレイの顔を見て、ホクガンは目を瞑って安堵した。
「ようやく決断したか。」
ホッとした様に椅子に深く座り、テンレイを見上げて言う。それを穏やかな笑みでテンレイは受け止めた。
昼過ぎのことである。
ホクガンはデュスカとレキオスに、
「ガツクとダイスを呼んでくれ。あとこいつと話したい事があるから悪いが席を外してくれ。」
と言い、自身はテンレイをソファにエスコートした。
「しかし いきなりだな・・・・・コモモに何かあったのか?」
鋭く問うホクガンに今度はテンレイが目を瞑って悔恨の面差しで頷いた。
「今朝・・・・朝食を食べている最中に・・・倒れたの。」
「・・・・・・・容体は?」
「大丈夫よ。今は点滴を受けて眠っているわ。」
テンレイはあの瞬間を思い出し、やや青ざめた顔でホクガンを真っ直ぐ見詰めた。
「恐ろしかったわ。コモモが死んでしまうかと・・・・。それも私が・・・私が頑なになり過ぎたせいで。」
ホクガンは隣に座り、テンレイが幼い頃してやった様に、肩をぎゅっと抱いた。
「そうだな、ちょっと いやかなり頑固だったな。でもコモモは生きてる。すぐ元気になってあの小生意気な顔でちょこまかし始めるさ。」
ホクガンにツン!とするモモコの可愛い仕草を思い出し、テンレイにも笑みが戻る。
「ええ。獣医さんも安静にして充分な栄養をとれば問題はないとおっしゃてたわ。」
ホクガンは頷いて、テンレイの肩を慰めるように軽く叩くと、真向かいに座った。
「テンレイ。2人が来たら話したい事がある。」
真面目な面持ちでテンレイに切り出した。テンレイはイタズラっぽく笑うと
「もうバレていましてよ。お兄様とダイスが企んでいた事なんて。」
「えっ!嘘っ!?」
ホクガンは驚き、でかい体を前のめりにしてテンレイに近づけた。
「クイズ対決でダイスとよく目配せしてましたでしょう?それにダイスが帰還してすぐ此処に来た事は聞いてます。いつもはガツクと3人で飲みに行ったりしてるのにそれがなかった・・・ダイスは私の私室前まで来て帰還の挨拶までしている。そんな事、あの人を奥に出入り禁止にしてからなかった事なのに。すぐ何かあると思ったわ。」
ホクガンは苦い顔をしてテンレイを見やった。
「なんだ、バレてたのね。んでそれを今まで黙っていたのかよ。」
テンレイは苦笑して
「私自身、それどころじゃなかったわ。それにお兄様達の狙いもわかってはいなかった。今はわかっているわよ、もちろん。」
ホクガンは目をぐるりと回して、天を仰いだ。
「お見逸れしたよテンレイ。さすがだ。後はガツク達が来てから説明すっか。」
両手を頭の後ろに組んでソファの背にもたれた。
「ガツクはどうしていて?この事を知ってるの?」
テンレイは心配そうにホクガンに聞いた。
「俺もあれから会ってないんだよ。たぶん知らないんじゃないか?アイツ、軍部会議にも出ねえで書類仕事と任務ばっかりして、周りに心配かけてるそうだ。カインなんか今にもぶっ倒れそうだと。」
テンレイがため息をついた時 執務室の扉が開き、
「ガツク大将とダイス大将がいらっしゃいました。」
顔を強張らせたレキオスが2人の到着を告げた。
先に入って来たダイスはテンレイを見ると片眉を上げ、次いでニヤリと笑った。
テンレイは気まり悪げに目をそらす。
が、続けて入って来たガツクを見て、ホクガンとテンレイは密かに息を飲んだ。
4週間前とは人相が変わっている。まるで幽鬼のようだ。
頬は削げ落ち、髭は伸び放題。充分な睡眠が取れていない証拠に目の下の黒々としたクマ。だがその眼光は鋭さを増し、ギラギラと辺りを睥睨した。
ホクガンは
(すんげー 人間ってここまでおっそろしくなれるもんなんだなーこんなのに夜中会ったら俺は世界新記録の逃げ足が出せる気がする。)
なんだそれな感想を抱き、
テンレイは
(この顔でコモモに会わせたら間違いなく(コモモが)天国に召されそうだわ。どうやって回避しようかしら。面でもつけさせようかしら。それとも敷居越しにする? コモモ・・・・本当にこいつでいいの?)
冷静にモモコに会わせた際の事を考えた。
とうとう人間やめちゃった?的な事を思われている本人はテンレイに気がつくと眉を顰めたがすぐホクガンの方に視線を移し、
「何だホクガン。ふざけた用事だったら帰るぞ。」
ホクガンを睨みつける。
(俺、こいつと腐れ縁でよかったぁ~ 見慣れてないと心臓麻痺起こしてるかもしれん。いやマジで。)
ホクガンは自分の幸運?に感謝してから、いきなりガツクに言葉の刃を振り下ろした。
「ふざけた事かはおまえが判断しろ。猫が倒れた。今 病院だ。」
ガツクの身の内に戦慄が走った。
ダイスが深くため息をつく。
茫然として微動だにしないガツクを横目で見てダイスが聞く。
「それで 大丈夫なんか。」
「ああ。命に別条はない。ゆっくり休んで栄養のあるモン食っとればいいとよ。」
「そうか・・・・テンレイ、お前は大丈夫か?」
ダイスが心配そうにテンレイの顔を覗き込む。テンレイは俯きがちになった顔を上げ、ダイスに微笑んだ。
「ええ。」
「!」
ダイスはテンレイにもう一声 声をかけようとして目の端に動くものに瞬時に反応した。
ソレを羽交い絞めにして、言い聞かせるようにゆっくり喋る。
「何処に行く気じゃァ。ガツク。」
少しでも気を抜くと振り飛ばされそうだ。ついでに睨みつけてくる顔も怖い。
「離せ ダイス。お前でも容赦せんぞ。」
「おっそろしいのう~。で?何処に行く気じゃ。」
言葉は普段通りだが、2人の手足にはそうとう力が入っている。
ホクガンはあ~あという顔をして、扉前に移動し、そこにもたれて腕を組んでガツクを宥める。
「落ち着けガツク。猫は大丈夫だって言っただろ。」
ガツクはホクガンを睨みつけ、
「大丈夫かどうかは俺が判断する。そこをどけ。」
ダイスを振りほどこうといっそう力を入れ始めた。
「今のお前の状態じゃぁ猫には会わせられんな。」
「許可など求めてない。」
「ガツク、話があるの。」
それまで黙って見ていたテンレイが口を開いた。
ガツクは一瞬体を強張らせ、テンレイを見ないで言った。
「俺にはない。ダイス、ホクガン、これが最後だ。そこをどけ。」
ホクガンが身構え、一気に場が緊迫した。
「コモモをあなたに譲りたいの。」
な・・・に?
途端ガツクがピタッと止まった。
ダイスは 、立ち上がりガツクの前に移動したテンレイを見て、ガツクの代わりの様に問いかけた。
「どういう意味じゃ テンレイ。」
テンレイは真っ直ぐガツクを見上げて
「言った通りよダイス。コモモをあなたに託したい・・・承知してくれるわね?ガツク。」
ガツクは信じられない様にテンレイを見た。ダイスは力の抜けたガツクを用心深く押さえていたが、ホクガンが頷いてソファに戻るのを見、腕を外してガツクも座らせた。
続けてテンレイがホクガンの隣に座る。
「まず、謝りたいの。コモモが無理に無理を重ねたのは私のせいよ。ごめんなさい ガツク。あんなに大口叩いて置いて情けないわ。」
「なにがあったんじゃ テンレイ。」
ダイスが膝に両肘を置きこの男独特のゆったりした口調で尋ねた。
テンレイは目を閉じてここ最近頭を占めていた事をぽつぽつと語り始めた。
「奥に配属希望してからずっと思っていたのよ。軍部に対等に認められたいってね。」
総所では軍部と奥・その他の部の人の数の割合が半々ほどで、人数が多いせいか軍中心の風習が少なくともあり、奥・その他の部を軽んずる空気があった。
「変えたかった。奥の仕事だって軍と同じぐらい大事なものなのよって。」
男3人は顔を見合わせた。知っていたからだ。事あるごとに張り合ってくるテンレイは当時、話題になったほどである。それはテンレイが管理者となってからも続き、奥と軍部の確執は深まっていった。
「でもそこに固執するあまり、頑なになり過ぎてしまったようね。お兄様にも奥の皆にも迷惑を掛けてしまって。ついでに軍部。」
ついでか。ガツクとダイスはため息をこらえた。
「ガツク。」
テンレイに呼ばれガツクは視線を向けた。
「コモモはあなたを慕ってるわ、それを無視し続けたのが今回の原因よ。あなたから非難される覚悟はできてる。でも奥の職員は関係ないわ、彼らには矛先を向けないで。お願いよ。」
テンレイはそう言うと真摯にガツクを見つめた。ガツクは今度ははっきりため息をつき、ソファにもたれた。
「お前は昔からそうだな。」
テンレイがきょとんとなる。
「頑固で人の話は聞かんクセに間違いに気付くと並みの男より潔い。お前が奥に行かなければ軍部に誘ったものを。」
今度はえっ!となったテンレイにホクガンとダイスも笑いながら頷く。
「ガツクはのう、テンレイ。お前が奥にいってしきりに口惜しがってなァ。その後も雷桜に引っ張り込もうとしとったんじゃ。」
「そうそう。ま、確かに欲しくはなるよな。頭はキレるし、根性はある。それに度胸もな。さすが俺の妹。」
「惜しむらくはこいつと兄妹という点だけだな。」
「ほんとにのう。まあ何事も完璧などないっちゅうことじゃな。」
畳み掛けるように親友達は親友を崖から落とした。
「羨ましいんだろ?遠慮すんな もっと俺を称えていいんだぜ?」
しかし親友はしぶとい。またたく間に這い上る。が、
「誰が称えるか。罵るの間違いではないのか。」
「おーおー羨ましいのう、美人で有能な妹がおって。兄貴とは大違いじゃァ。」
親友達も負けてはいない。崖の上に立ち指を踏みつけた。
とこうなってはこいつ等のじゃれあいは長いし面倒くさいのでテンレイは話してる途中のホクガンを遮り(これも愛情の裏返しってやつかな・・・あれ?目から水が・・・)
「それで、コモモの事はどうなの?」
ガツクに問いかける。
「無論。引き取るに決まってる。」
「そう・・・・。」
これでよかったのだ。もう無理して明るく振舞うコモモを見たくない。寂しいがコモモの事を思えば。
河原で殴り合ってお互いを認め合い、がっちり握手したような感じになった所でガツクは
「ではモモコに会ってくる。」
と言い出し、それはちょっと・・・・・と3人に止められていた。