3-3 駄目でした
時間を少し逆戻ししてみよう。
モモコがテンレイの元に戻って来た翌日、変化は早くも訪れていた。
モモコはシェフが戻って来た記念にと腕によりをかけたご飯がうまく飲み込めない事に気がついた。
租借ができないという事ではなく、時間をかけて租借しても喉を通っていかないのだ。
この時は慣れた日常がまた変わったからかなと思ったのだが、考えてみると、ガツクの所では1日目にして、虹魚の煮魚を腹一杯食べている。
(体は正直って事なのかな。でも・・・・今さらどうしようもないじゃん。)
今さら・・・モモコは最後に見たガツクの顔を思い出す。
どこか痛そうな苦しそう顔。その顔をさせたのは自分なのだ。
覚悟は決めたつもりだったが、心は誤魔化しきれなかったようだ。
ガツクが恋しい。
あの魔王にしか見えない顔やでかすぎだろ何食ったらそんなに育つんだ なガタイ(高身長な者が多いドミニオンでもガツクは異常にでかい)、無意識だろうに漏れ出る威圧感、排除=始末する な極端な思考が。(マジで!?)
(それに・・・テンレイさんにも悪いよ。こんなに良くしてくれているのに本当はガツクさんの方がいいんですなんて言えないよ。まあ 伝わらないだろうけど。猫だし。でも態度に出ちゃうかもしれないなぁなるべく前みたいにしないと。落ち込んでる所なんか見せちゃ駄目だ。がんばれがんばれ 自分。いつか忘れ・・・忘れられるかもしれないじゃん・・・・・。)
泣きたくてたまらないが、泣いても事態は好転なぞしない。
ならば今耐えるしかないこの思いが薄れるまで・・・・。
モモコは決意した。
それからは租借などしなくても無理矢理喉にご飯を押し込み、人気がある所では常に明るくひょうきんに振舞い、特にテンレイの前では甘えたり、着せ替えにも積極的に参加した。
しかし、
ふいに押し寄せる恐ろしいまでの寂寥感。たくさんの人に取り囲まれているのにたった一人でいるかのような感覚。それらが徐々にモモコの体をむしばみ始める。
モモコは夜、寝ているテンレイを起こさない様に庭に面している窓に飛び乗り、ボーっと幻想的な庭を眺める事が多くなった。
この時だけだ 息がつけるのは。
そんなある夜、いつものように庭を見ていると、モモコの視界になにか黒いモノがぴょんぴょん跳ねているのが映った。それに目を凝らして初めてショウが庭に来ていることに気がついた。
モモコは久しぶりに見たショウに嬉しくなったがすぐにガツクとの思い出が蘇り、悲しくなった。
ショウは何か喋っている。モモコは耳をすませた。
[げ・・ないの・・モコ。だい・ょう・か。]
途切れ途切れではあるがどうも大丈夫かと聞いているようだ。
テンレイがいるので下手に声が出せないモモコは頷いた。
(ほんとは大丈夫じゃないけど。)
ショウは疑わしそうに皺を寄せていたが、(怖いよショウさん!素でモモコは思った)ため息をついて、
[なぁ・・コ。実・ガツクた・・ょうのこ・・んじゃが。]
ショウがガツクの名を出した途端、モモコは窓から飛び降り、自分の寝床に戻ってできるだけ小さく体を丸めた。
聞きたくなかった。今のガツクがどうしているかなんて。とうに自分なんか忘れてしまい自分が来る前となんら変わらない日常を過ごしているんじゃないか。自分はただの猫だ。ただの・・・。
あくる夜、ショウが明け方まで待っても窓にモモコの姿はなかった。
[モモコ・・・自分の気持ちに気付いたんじゃな・・・余計に苦しめてしまったかもしれん。]
ショウは毎日のようにテンレイの庭に通ったが、モモコは時折姿を見せるも、ショウが現れるとすぐに寝床に逃げ帰ってしまい、ショウはモモコと話すどころではなくなった。
モモコは自分の小さな体から溢れだすかのような苦しさを押さえ、普通通りに振舞う事に精一杯だったため、テンレイの気遣わしい眼差しもたまにやって来てモモコをからかっていくホクガンのクマにも気付かなかった。
戻って来て4週間も終わる頃、
それは来た。
この頃、すっかりダルくなった体を傍からは見えない様に起こし、モモコは朝食を用意して待っているテンレイの元に駆け寄り、元気よく朝の挨拶をした。
「みゃおう!(おはよう!テンレイさん!)」
「おはようコモモ。昨日はよく眠れて?」
ぎく・・・・実は眠れてない・・・モモコはバレタ!?と思うも、優しく額を撫でる指先にほっとして気持ち良く目を細めた。
しばらくそうしていると、
「ねぇ コモモ・・・・ううん。さあ、ご飯よ。」
テンレイが話しかけて途中でやめる。
(どうしたんだろ?テンレイさん・・・ハッ!愚痴!?またホクガンがなんかやらかしたのかな。なんならまた引っ掻いてやろうかな。ホクガンなら躊躇せずできそうだしね!いややっぱ無理。・・・でも雷桜隊の事だったらどうしよう。・・・ガツクさんの事だったら・・・ヤダ。)
テンレイはモモコの事で悩んでいるのだが、自分の下手なカラ元気はバレてないと思っているモモコ。
しかも自分の内に籠もるあまり、自分が戻ってから軍部が妙に大人しくなり、奥や他の部から不気味がられている事に気がついてなかった。
モモコはテンレイに雷桜隊に振れられない内にご飯で誤魔化そうといつもの様に猫のご飯にしては豪華な朝ご飯に近づいた。
だが、ご飯を見た途端、
(・・・あれ?なんか足がグラグラするぞ?それに・・・気持ち悪い。)
胸が詰まった様にギュッと絞られる感覚。
(がんばれ!テンレイさんが見てるぞォ!今!命を振り絞れぇ!)
たかが朝食に命を掛けるモモコ。バカバカしいが本人は必死だ。
それに振り絞ったら死んでしまうのだがそんなツッコミを入れる余裕もモモコにはない。
モモコは決死の覚悟でいきなりご飯の半分を口に入れた。
「コモモ!?」
テンレイが慌てた声を上げるが、ご飯を完食するのに命を燃やすモモコには届かない。
目を白黒させながらなんとか飲み込み、次に取りかかろうとした瞬間・・・・・
「ぎにゃう!」
モモコは自身の体が波打ったように感じ、次に激痛がきた。事故以来感じた事のない痛みだ。
動転して人を呼ぶテンレイを見、
(ああ・・・ごめんね・・・テンレイさん。けっきょく・・・だめだったな・・・・)
そう思った直後、モモコは気を失った。
テンレイは手を祈るようにして口元に持っていき、立ちっぱなしで獣医がモモコを診察するのを眺めた。
獣医はまず、モモコの口を開け、吐瀉物を取り除いた。いろいろ検査した後、弱っていた体に点滴をつけてから、以前モモコが検診した際のカルテと比べ、重苦しくテンレイに告げた。
「ストレスですね。長期にわたる心労・・・といっては大げさですが。それに体が耐えきれなくなったのでしょう。・・・しかし無理に食べたのが喉に詰まったままだったら危なかった。テンレイさんの応急処置のお陰ですよ。」
獣医はテンレイを優しく見つめた。テンレイは力なく首を振ると、
「コモモがこんなになるまで我慢させたのは私のせいですわ・・・。もっと早くに決断すればよかった。
・・・気付いていたんです。ガツクの元に帰りたがっていることは。」
テンレイは横たわるモモコを痛ましそうに見、細くなった体をそっと撫でる。
あの勝負をした時からわかってた。いや、ガツクの腕に抱かれているのを見たときからだろうか?
でも認めたくなかった・・・悔しかったのだ。コモモが奥より、軍部を選んだような気がして。
オモチャを取り上げられた子供のようね・・・・・まったく・・・自分に呆れるわ。
テンレイはやれやれというう風に首を振って
「そんなにあの戦う事しか能のない男がいいの?到底あなたに相応しくないと思うけど。言っておくけどコモモ、これは私だけの意見じゃなくてよ?誰に聞いてもそう言うわ。ねぇ?」
テンレイはわざといつもの厳しい口調で、獣医や看護士に同意を求める。
獣医達は苦笑して頷く。
確かにガツクとモモコのミスマッチ具合は慣れるのに時間がかかりそうだ。
「あなたの気持は充分わかったわ コモモ。頑固な私をどうか許して。それに・・・こんな事もう終わりにしないとね。」
振っ切れたように笑うテンレイの目は、もう陰りなどないいつもの強い光があった。