3-2 心配されてます
「そろそろ誰かが動き出すだろ。」
ホクガンはめったに見せない真剣な面持ちでダイスを見た。
モモコがテンレイのもとに戻ってからホクガンの執務室で2人はこの日初めて、2人と一匹について話し合った。
「そうじゃといいがの。いくらガツクの体力と精神力が限界知らずでも今回はちとヤバい。」
ダイスは組んでいた足を下ろすと肘かけに片肘を置き、指で顎をなぞった。
ホクガンはため息をついて椅子に深く寄りかかった。
「俺が始めた事だけどよ、コモモの方も見てらんねぇ。あのまーるいモコモコが・・・・ハァ。」
「テンレイはどうしちょる。」
「あいつもつらそうだぜ?薄々感じるモノがあるんだろ。頑固な性分が邪魔して認めたくないようだがな。」
「周りから埋めるか。ワシやお前がゆうても逆効果にしかならんからのぅ。」
「まあな。ショウはどうしてる、コモモと仲いいんだろ?」
「コモモにしょっちゅう会いに行っちょる。ショウは賢い奴じゃ、コモモを慰めてるのかもしれんの。」
「それもあんま効果なさそうだけどな。でもあいつの言葉がわからん俺らよりはマシか。」
ダイスは深く息をついた。
「そんなにひどいんか。」
「なんとか明るく振舞っているぜ?特にテンレイの前ではな。だがなぁ・・・聡い奴は気がつくだろ。」
「ホクガン。」
「我慢しろダイス。ここでネタばらししても何にもならねぇ。最初に言っただろ。あいつらを信じろ。」
「わかっちょるわ。じゃがそう言うお前も・・・・。」
ダイスはうっすらクマのできたホクガンの顔色を見やる。
「ふん。お前も人の事言えるのかよ?リコに心配かけてんじゃねえのか?聞かれたぞ?」
「奇遇だのぉ。ワシもデュスカとレキオスから国主が変なんですとこの前聞かれたんじゃが。」
2人はじと目で互いを見つめあった。
暗い部屋でおっさん2人が見つめ合うという気持ち悪い場面になったのに気がつくとうめき声を上げてすぐ逸らしたが。
「ダメージ半端ねぇ。」
「こっちのセリフじゃ!ボケェ!!」
とにかく!2人は気を取り直し、今は周りが動いてもらう事に期待をかける事にする。
「2、3日中に動きがなければワシらが動かんといけんじゃろうな。」
「そうなるな。」
だが2人は確信している。
必ず誰かが動く。
テンレイはもとより、ガツクは傍からは見えないがあれで結構部下達から慕われているのだ。
総所内の制服を製作する部署で働くジーン・オーレンはこのところ胸を痛めていた。
彼女の憧れであるテンレイ・ラウンドの元に先頃可愛がっていた猫が帰って来たのだが、どうも様子がおかしい。ジーンはモモコの服も製作している関係でよくデザイナーと共にテンレイのもとに赴くのだが、その際服をモモコの体に着せたりしてサイズを直す事もある。が、その寸法が小さくなって来ている。
少しづつではあるが、確実にモモコがやせてきているのだ。
最初ジーンはあの恐ろしいガツク大将に飼われていた事によるショックが今頃になって・・・と思ったのだが、1週間、2週間と経つにつれ、どうもそうではないようだと思い直した。同僚たちにも気づいている者がいるらしく、ジーンは時折心配そうにモモコとテンレイを見ているのを何人か目撃している。3週間が過ぎる頃にはもしかしてガツク大将が恋しいのではないのかと思い始めていた。
「あの!」
掛けられた強い声にもの思いから覚めたジーンはハッとした。
今日、ジーンは受付の当番でカウンターに座り まさか・・・いやでも・・・と唸っていたので、何回か呼ばれているのに気付かなかったらしい。
ジーンが顔を上げると、軍部の幹部クラスを示す、黒いコートを着た若い将校がこちらを見下ろしていた。
若いといってもジーンより歳は上そうだ。黒い髪に濃い緑の目が印象的である。
直前までガツクとモモコの事を考えていたジーンは息を飲んだ。知らず声もか細くなる。
「な、なんでしょう?」
男は強く声をかけすぎたかと思い今度はなるべく穏やかに聞こえるようにゆっくり話す。怯えさせてはいけない。なんとか繋ぎを持ちたいのだ。
「あの・・・実は折り言って話したい事があるんです。その・・・そちらにいる猫のことで。」
固まるジーンにせっぱつまった様子で話す男の名はダイナン・ギャッツ。
ガツクとモモコの究極のミスマッチを目撃し、試練?を乗り越えたうちの一人であった。
ホクガンとダイスが話し合った翌日のことである。
ジーンが眉を顰める。
ダイナンは焦った。
「いやあの!決して文句とかそういうものではないんだ!そちらの猫の様子を聞きたいだけであって!」
「声が大きいです!静かに!」
ジーンは慌ててダイナンを遮った。幸い今は昼休みで製作部は人がいないがいつ誰がくるかはわからない。
「す、すまない。」
トーンを落とし、大きな体を縮めるダイナンを見て、胸を上る雷と桜を見た。
(雷桜隊・・・でもこの人なら私の話しを聞いてくれるかも。)
テンレイを裏切るようで後ろめたいが、このままでは絶対良くない結末になりそうなのだ。
「わかりました。」
ジーンの承諾の声を信じられない思いでダイナンは聞き、勢い込もうとしたが、
「でももうお昼休みも終わって皆が帰ってきます。皆が皆、聞く耳を持つ者ばかりではないので・・・勤務が終わってからでもいいのでしたら・・・・。」
「そ、それでいい!あなたに合わせます!何時頃終わる予定ですか?」
「ちょっと残業がありまして、9時頃にならないと終わりそうにありません。」
「了解しました。そうだな・・・オーシャンズ通りの「ダウンジ」という店があるんですが知ってますか?」
ジーンは少し考え首を振った。
「あまり出歩かないので・・・。」
「じゃあ、総所の門前で待ってます。なるべく人目につきたくない・・・ですよね?」
「ええ・・・・あなたも?」
ダイナンは苦笑して頷いた。
「俺がモモコ・・・いやコモモちゃんの事を嗅ぎまわってるなんてあの人に知れたら殺されるでしょうね。」
ジーンはそれを聞いて今度は心配そうに眉を顰めた。
ダイナンは微笑んで暇を告げる。
「では、9時頃門前で。」
ジーンはダイナンが扉をスルリと抜け出て行くのをほっとして見送った。
軍部にも自分と同じように心を痛める者がいる事を知ったジーンはこれから何をすればいいのか考え始めた・・・。
ふと時計を見たジーンは約束の時間まで10分を切っているのを見て慌てた。
デートぉ?とからかう同僚達に苦笑いしてそうだったらどんなにいいかと思いながら門に向かう。
門前の通りは暗く、ジーンがキョロキョロ見渡すと暗がりの中から体半分現れたダイナンが呼びかけた。
「自己紹介がまだでしたね。」
ジーンはびくっとしたが昼間の声に力を抜いた。
「俺はダイナン・ギャッツといいます。あなたは?」
「ジーン・オーレンといいます。ギャッツさん。」
ダイナンは首を振って、
「ダイナンで結構です。俺もジーンと呼んでいいですか?あと敬語もやめませんか。腹を割って話したい。」
「わかったわ ダイナン。」
「では、店に案内するよ。小さくて静かなバーだが意外とデザートが旨いんだ。」
2人は会話が途切れがちながらも店に着き、それぞれの飲み物を注文してから本題に入った。
「早速だが、コモモちゃんの様子はどう?」
真剣な面持ちのダイナンに見つめられ、ジーンは今のモモコの状態を思い出し、うなだれる。
「はっきり言って良くないわ。一見、前と変わらない様に見える。でも・・・・。」
「見えるけど?」
ダイナンが先を促す。
「・・・・私はコモモちゃんの服を作っているんだけど・・・」
「えっ・・・猫に服?猫に服なんか着せるのか?」
驚いたように遮ったダイナンにジーンはきょとんとした。
「ええ。知らないの?この頃ではペットに服を着せるのは普通よ?コモモちゃんもすごく可愛いの。」
にっこり笑うジーンに未知の世界を垣間見てダイナンはマジ?と思ったが話の修正をした。
「そ、そうか。それで?」
「コモモちゃんの服を作っているんだけど、だんだん寸法が小さくなってきてるの。」
「つまり、痩せてきているという解釈でいいか? 」
「ええ。」
ダイナンの顔が険しくなった。
「テンレイさんが悪いわけではないのよ。」
慌ててジーンはかばうが、ダイナンは笑って、
「わかってるよ。テンレイさんはコモモちゃんにとても良くしてくれるだろうなという事は。前のバトルでしっかり見届けさせてもらった。」
ジーンはホッとしてカクテルを一口飲んだ。
「そちらの方もね。正直、ガツク大将があんなクイズに出るわけないと思っていたからびっくりしたけど。言っては悪いけど全然コモモちゃんと似合わないから。大変だったんじゃない?その、周りが。」
ダイナンは初めて目撃した時を思い出し深く頷いた。
「まあな。皆、必死で見ない振りしてたよ。最後らへんでは慣れたけどな。」
慣れるモノなの?ジーンは口元が引き攣った。
「で、そのガツク大将はどう?」
ダイナンは再び顔を険しくさせ、ため息をついた。
「はっきり言って最悪な状態だ。ほとんど不眠不休でデスクワークや任務をこなしてる。ガツクさんの体力は化け物級だけど、なんていうか・・・不安定で見ていられないんだ。」
ジーンもつられるようにため息をこぼした。
「テンレイさんも。コモモちゃんを見ては隠れてため息をこぼしているわ。コモモちゃんは賢い子よ。テンレイさんの前や人が居る所では普通だけど、誰も見ていない所で項垂れているのを見た事があるの。心配かけたくないのね。」
2人は深刻そうに互いを見つめ合った。
「どうにかならないか?コモモちゃんはガツクさんが恋しいんじゃないのかな?テンレイさんは俺達を嫌ってる。国主と大将2人もな。訴えても頑なになりそうでな。」
「あなた達が悪いんでしょ。いつも奥を馬鹿にするから。」
「う・・・でも俺達だけが悪いわけでもないだろ。そっちだって・・・・あーやめよう。今はそれどころじゃない。」
「そうね ごめんなさい。これからの事だけど。」
こほんと咳払いをしてジーンは続けた。
「こっちこそ悪かった すまない。俺は軍部の皆に働きかけようと思ってるんだ。俺と同じように感じてる奴らもいるから。こっちがとれるアクションなんて限られてるんだが。」
「思ったんだけど、コモモちゃんを貸し出すって案はどうなの?飼い主が2人いるような感じよ。」
ふと思いついてジーンは提案してみた。が、ダイナンはあり得ないという風に首を振って、
「まず 無いな。ガツクさんは0か1かなんだ。丸ごと全部じゃなかったら、ひと欠片もいらないタイプだよ。特にコモモちゃんの事に関しては共用なんて絶対ない。」
「それはすさまじいわね。わかったわ、私も奥の皆にそれとなく聞いてみる。とにかく情報から集めてみるわ。それと・・・テンレイさんにも持ちかけてみる。」
ダイナンは思いきるように言うジーンに少し慌てる。
「大丈夫か?時期尚早じゃないかな?」
おそらくテンレイを追い詰めてしまう事になるだろう。だが、わかってくれると思うのだ。
「テンレイさんはそんなに頑固でもないわよ?コモモちゃんの事を思えば考えてくれるはず。」
上司の軍部に対する厳しい姿勢を思い出し苦笑する。
2人はバーを出て、ジーンの家の前で握手をして共に大事な人達のためにやれる事はやってみようとちょっと大げさだなと言いながら誓いあって別れた。
ホクガンとダイスが信じた通りに事は進んでいるはずだった。
ここまでは。
だが 少し遅かったようだ。
ダイナンとジーンが同盟を結んだ2日後、ジーン達にモモコの異変が伝えられた。
策を弄した2人ですが平気ではないんですよね。
付き合いが長いと廻りくどいやり方でもせんと進まんとホクガンは決断した次第なのです。