2-14 ツライです
「私のコモモ?」
低い声で言うとガツクはテンレイを椅子に座ったまま見上げた。
そのさまは地獄の審判長もかくやというものだったが、幼い頃からガツクを見慣れたテンレイは、全く怖くない。(テンレイが産まれる前からホクガン、ガツク、ダイスは親友だった。なので男2人は必然的にテンレイの幼馴染だともいえる。「ただでかくて馬鹿力なだけじゃない」テンレイはガツクを怖がる友人に事も無げに言い放った事があり、友人をア然とさせた)
「ええ そうよ。今あなたが図々しくも膝に乗せているのは、わ・た・し・の飼い猫なの。」
テンレイは見下すようにガツクに言うと、
「さあコモモ、こっちへいらっしゃい。可哀相に、こんな粗暴な男に拾われていたなんて。この埋め合わせはなにがいいかしらね?」
満面の笑顔でコモモに両手を差し出した。
ガツクはテンレイを睨みつけると、(ちょうどテンレイの真後ろにいた補佐官3人とガツクの正面に座っていたジエンはもろにその顔を見てしまい、石化した)わざとテンレイに見せつけるようにモモコの胸から喉まで(通報もののようだが猫なので問題ない・・・だろう。モモコには災難だが)をゆ~っくり撫ぜ、
「お前の異常な動物好きはどうでもいいが、俺のモモコにまで手を出すな。モモコも嫌がっている。」
凄味のある顔でせせら笑った。
テンレイの美しい額に青筋が浮かび、口元が引き攣った。
「コモモが嫌がっているのはあなたの方じゃなくて?私の可愛くて繊細なコモモにぜんっぜん似つかわしくないどころか、周りに甚大な被害を与えてきたんでしょ。」
まあ、それは否定できないな。ホクガンは、すっかり石と化した補佐官3人と大将1人を見た。シラキは興味深そうにガツクとテンレイの前哨戦を観戦している。グレンは額を押さえてため息をついている。ダイスはというと苦い顔で「早く止めろ」とこっちを見ていた。ホクガンは肩をすくめて、そろそろかなとタイミングを見計らった。
その間にも舌戦は徐々にヒートアップしてきた。
「わからない男ね!先に私が飼ってたのよ!目を離したすきに逃げられて運悪くあなたに拾われただけだっていってるでしょ!返してよ!」
「モモコは瀕死の状態で俺の所に来た。それを介抱してやった。いわばこいつの命を預かったのも同然。モモコの一生は俺が責任を持つ。お前は去れ。」
「あら、それは御苦労だったわね。どうもありがとう。じゃあ後はコモモを返して。」
「断る。」
放っておくと永遠に続きそうだな。ホクガンはちょっと飽き、2人の龍虎の間で えっ、あ、う?え? となってかわいそうなくらい狼狽しているモモコを面白く・・・いや気の毒にと見つめ、パンパン!と手を叩いてようやく2人の間に入った。
「もうやめろ、お前ら。このままじゃず~っと平行線だぞ?コモ・・・いや モモ・・・あー!めんどくせえ!猫でいいや猫。猫だって消耗しちまうぞ?」
ホクガンの言葉にガツクとテンレイはハッとしたようにモモコを見た。すっかり縮こまり、耳を怯えたように伏せ気味にして上目遣いに2人を見るモモコがいた。
「う・・・あ、あなたが悪いのよ、さっさとコモモを返してくれないから。」
「お前が諦めれば事は収まる。」
ガツクはモモコをコートの中に隠した。
まあまあ。ホクガンは2人を宥めるように双方に手を振り、
「いい加減にしろ、キリがねえ。お前らの猫に対する所有権の主張はわかった。だが猫を真っ二つにするわけにもいかん。そこでだ。」
ホクガンはニヤリと笑いもったいぶると2人を誘う
。
「お前らがどれだけソイツを愛してるかひとつ試してみようじゃねえか。勝負して勝者が真の飼い主って事でどうだ。」
テンレイとガツクは顔を見合わせ、ホクガンに視線を戻した。
「望むところよ。」
「異論はない。」
(あ~あ。これで何度も引っかかって来た奴を見た事があるじゃろうに。それも見破れんとあっさり捕まりおって。相当入れ込んどるなァ。)
ダイスは長い脚を組みかえながら3人を呆れて見、ガツクのコートから顔だけだして心配そうに2人を交互に見やるモモコを見た。モモコはホクガンをいぶかしそうにも見ている。
(なるほど、ホクガンの言うとおりかもしれんのう、賢そうな奴じゃ。・・・さあて、どう転がるかこれからが見ものじゃァ。)
それまで黙って成り行きを見守っていたシラキがホクガンに聞いた。
「(いやな予感しかしないが)一体何をするんだい?」
よくぞ聞いてくれましたっ!とばかりにホクガンは胡散臭い笑顔でシラキを振り返り、
「クイズ。」
へっ?と一同がなると、ホクガンは心底楽しそうに笑って、自身がいつかやりたかったイベントを提案した。
「飼い主ってんならコイツの事をなんでも知っているはずだな?コイツに関するクイズを出して、正解数が多い方が勝ちっていうシンプルなルールだ。」
これなら男女の差もない。
「なお、公平を喫する為に、[奥]と[軍部]と[他の部]もギャラリーとして呼んでおいたから。」
つまり総所全体。そしてなんと言って集めたか知らんがすでに舞台も整えていたようだ。
「謀ったなホクガン。」
ガツクは立ち上がりホクガンに詰め寄った。素で怖い。
「またお前のくだらん遊びに巻き込んだな?」
(またって・・・何回もあるんだ。)
モモコは気の毒に思えばいいのか、呆れるか迷う。
「他に血を見ないで解決する方法があるのか?これでもずいぶん知恵を絞ったんだぜ?」
深刻そうな顔をしてみせるが目が輝き、笑っているので9割は自身の楽しみであろうという事はホクガンをよく知る彼らはわかっていた。
「自信がないなら降りてもいいのよ?ガツク。」
ガツクはホクガンの首元を締め付けたままテンレイに振り返った。
テンレイが腰に手を当て、反り返って小首を傾げ、
「私の方は問題なくってよ?どんなに大勢の人の前でもコモモへの愛を証明してみせるわ。」
その方が手間も省けるし、お兄様の計画も潰せるってものよ。と続けて言うテンレイにカッチーン!とくるガツク。
「ふざけるな 誰が降りると言った。」
ガツクはホクガンに向き直ると、
「いいだろう。お前の遊びに付き合ってやる。だが俺が勝った暁にはたっぷり礼をするぞ ホクガン。」
「あら、それには私も同意するわ。よくも今まで黙ってたわね。しばらく背後には注意することね。お兄様?」
テンレイと共に宣告した。ホクガンは今度は本気で青ざめた。
「話はまとまったか?じゃあ会場に案内しようかの。お二人さん。」
ダルそうにダイスが腕を組んでテンレイとガツクの前に立つ。会場と聞いて、2人は再度ホクガンを睨みつけた。てへっと舌を出すホクガン。(37歳、職業:自治領国国主)
「ホクガン、気持ち悪いからやめろゆうたじゃろ。それからガツク。」
ダイスは向き直ったガツクに手を差し出して、
「猫はワシが預かる。お前らのどっちが持っとっても猫にはキツイじゃろうからな。第三者のワシがええ。そうじゃろ猫よ。」
最後はモモコに聞くと、モモコはガツクとテンレイをすまなさそうに見るともぞもぞ体を動かしてダイスに移った。
「モモコ・・・・すぐコイツを打ち負かし、お前を迎えに行くからな。ダイスでも我慢しろ。」
ガツクが囁くように言うとテンレイも負けじとガツクを押しのけて、
「コモモ。悪夢は終わらせるから。ダイスなんて嫌でしょうけど・・・ね?」
優しく頭を撫でる。
「お前らな・・・。」
ダイスはため息をつくと先に立って会議場を出る。すぐにホクガンが続き、ダイスに追いつくと、モモコに話しかける。
「猫、お前にも手伝ってもらうぞ。」
モモコは胡乱な目つきでホクガンをじっと見た。これ以上何をするつもりなのか。2人に争ってほしくないモモコはホクガンに身構える。
ホクガンはそんなモモコを見ておかしそうに笑うと、
「大した事じゃねえよ。お前が人の言葉を理解し、文字も読める事はすでに知っている。ここに居るダイスもな。」
モモコがダイスを見上げると、ダイスは片眉を上げながら、
「にわかには信じられん話じゃが、こうもタイミングよく反応されるとの。」
苦笑して肯定した。
「お前には俺が出した問題をハイかイイエかで表してもらう。ほかにもやってもらう事はあるが、始まったらわかるように説明してやっから。」
モモコは嫌だというように顔を背けたが、
「お前だってこれ以上2人が自分を取り合って騒ぐのは嫌だろ?こうするのが一番いいんだよ。じゃなかったらお前がどっちかを選ぶか?できるのか?」
「ホクガン。やめろ、もうええじゃろ。」
ダイスが遮る。ホクガンは頭をかいて、
「悪い。お前が一番つらいんだよな。すまん。」
ダイスの胸に顔を押し付けるようにして目をぎゅっと瞑るモモコを見た。
会場につくまで2人と1匹は黙ったままだった。




