2-13 バレました
テンレイが奥の仕事を終えて帰ってきた時、すでに日付は変わろうとしている頃であった。
ふと前を見ると部屋の前に何かが座っている。
もしや、と思い足早に近寄るとそれはテンレイを苛立たせるもう一人の天敵、ダイス・ラズの飼い犬のショウであった。
主人の方はどうでもいいが、ショウのことは好きなテンレイは少し気落ちしたもののショウに優しく声をかける。
「こんばんわ、ショウ。こんな遅くに散歩?あなたのろくでもない飼い主は今日帰ったんじゃなくて?それともとうとう見切りでもつけたのかしら。」
テンレイはそう言って少し笑うと、ショウの耳元をかいてやった。
「ひどい言いぐさじゃのう。ショウがワシを見限るなんてあるわけァねえ。」
ダイスは言い返すと円柱の影からテンレイの前に進み出た。
テンレイは約6週間ぶりに見る大男をワザと観察するようにゆっくり下から上まで見た。
銀髪に黒が混ざる髪、濃い青い目。浅黒い肌は南の地方独特のものである。
「どうした?久しぶりに会ってワシに惚れ直したか。」
ダイスは挑発的な笑みを浮かべるとテンレイの近くまで寄り、腰を折って顔を覗き込んだ。
テンレイはすぐさま距離をとり、小馬鹿にしたように半目に笑った。
「相変わらず的外れな自信ね、ダイス。ここは立ち入り禁止のはずだけど?」
ダイスは低く笑うと腰を伸ばして腕を組んだ。
「ショウの散歩に付き合ってたらのう、ついここまで来ただけじゃ。ここまできたらついでじゃろ?可愛いテンレイにも帰還の挨拶をしようとなァ。」
テンレイ白けたように鼻を鳴らすと、
「それはご丁寧に。無事に帰って来て本当に残念だわ。ショウは私が引き取ってあげたのに。」
そう言ってショウに近寄りそっと頭を撫でそのまま背を撫ぜた。
と、ショウの黒い毛には目立つピンク色の毛を見つけテンレイは固まった。
まさか。目を大きく開き、ピンクの毛を摘まみ取るとダイスに向き直った。
「これは。」
ダイスは ん?という顔をしてそれを見ると、
「ああ。そういえばガツクが何か飼っているらしいのう。あいつが生き物を飼うとはなァ、まったく世の中何が起こるかわからねえ。そいつは昨日ショウがガツクんとこに遊びに行って付いたもんじゃろ。」
テンレイはダイスからショウに視線を移し、またダイスに戻った。
「そう。ガツクのね。」
テンレイは静かに呟くとダイスとショウの前を通り、私室に消えた。
残されたダイスに先ほどまでの笑みはない。しばらく佇んでいたが低く口笛を吹くとショウと共にテンレイの庭から歩み去る。
「これでほんとにええんか?ホクガンよ。」
「2人をぶつからせる?」
ダイスは帰還して早々、ホクガンの執務室へと訪れていた。
ホクガンは自身のデスクに座りダイスにニヤリと笑った。
デュスカとレキオスは既に退勤し、部屋には2人きりしかいない。
ホクガンはこれまでの事をダイスに簡潔に語り、自分が起こそうとしている事は詳しく語った。
「そうだ。」
「相変わらず廻りくどい事をしちょる。そのままを奴らにぶちかませばええじゃろが。」
ホクガンは「お前バッカだなぁ」という風に大げさにため息をつき、(ダイスの額に青筋が浮かんだ)
「あ、の、と~んでもなく石頭で鈍いガツクと。」
「頑固でワシらには融通のきかんテンレイか・・・・・。」
なるほど。ダイスは目を軽く瞑ると頷いた。
ホクガンは立ち上がり冷蔵庫から出したビールを無造作にダイスに放った。
ダイスは軽く手首を翻して受け取ると口をつける。
「ああ。あの2人が大人しく話し合いにつくわけねえ。コモモの取り合いになるに決まってる。しかもだ。」
「2人とも厄介な事にそれぞれのチームのリーダーじゃしなァ。今まで以上に確執は深まるかもしれんの。」
ため息をついてダイスはビールをあおった。
「しかしソレにそんな価値があるんか?ちょっと毛色の変わってる猫なだけなんじゃろ?」
「明日、会ってみればわかるさ。お前の考えも改まるだろうよ。」
ダイスは立ち上がり、デスクに寄るとモモコのピンクの毛が入ったビニールの小袋を取り、しげしげと眺めた。
「しかし、けったいな色じゃなァ。本当にこんな色しちょるんか。」
「信じられねえだろ。だがその色が示すようにあいつは並みの猫じゃない。」
ダイスはドアに向かい開ける寸前で振り返る。
「ワシがやることはわかった。じゃが本当に上手くいくのか?」
「正々堂々と全員の前で対決する必要がある。勝っても負けてもしこりなし、のな。」
「お前の趣味じゃろうが。ボケ。」
呆れたように半目になったダイスに、
「いいじゃないかよう!最近ぜんっぜんでかい祭りがねえんだ、退屈なんだもん。」
「なにがもんじゃ。気持ち悪いのう。37のおっさんが言うセリフじゃねえ。」
「うるせえな!」
「ホクガン。」
「・・・・・なんだ。」
ダイスは俯くと少し息を吐き、顔を上げてホクガンを見つめた。
「テンレイをあまり傷つけるな。」
「・・・・・俺は信じている。あいつもガツクもな。」
何度か頷きながらダイスはテンレイに仕掛けを施すため出て行った。
「あいつもなぁ・・・・。だあーっ!めんどくせっ!」
ホクガンは頭をワシャワシャ掻きむしると執務室を後にした。
次の日、ダイスの任務報告と今後の対策を練るため軍部会議が開かれた。
ガツクはいつものように(問題あるよね。かなりあるよね。)モモコを膝に乗せあの問題児2人を待っていた。
「また遅刻か。」
ガツクは深く眉間にしわを寄せ、ため息をついた。
「あいつらは会議をなんだと思っているんだろうな。」
(えっ・・・ガツクさんがそれ言う?私の存在って一体・・・。)
モモコは一瞬、真剣に考えたが無駄なのでやめた。
いつかのように外がガヤガヤと騒がしくなり、扉が大きく開かれ2人の大男がそれぞれの補佐官を引き連れ登場した。ホクガンともう一人はモモコの見た事のない男だ。と、大男はモモコを真っ直ぐ見て、ガツクに、
「ようガツク。お前面白い猫を飼っとるらしいのう。ソレか。」
ガツクの返答は速かった。
「ソレではない。モモコだ。」
「俺が言おうと思ってたんだ!先に言うなよ!えっ・・・・・モモコ?」
「誰が言おうと同じじゃ。モモコねぇ。お前にしちゃァ可愛ええ名前つけたもんじゃな。」
3人のいい年したおっさんがギャースカ騒ぐのを呆れて見ていたモモコは強い視線を感じた。
その方向を見るとデュスカとレキオス、知らない女の人が(リコ)茫然と自分を見ているではないか。
あまりにまじまじと見られ少し居心地の悪くなったモモコはちょっと鳴いた。
「みーお(こんにちわ)」
モモコの鳴き声が耳に入ったガツクはくだらない争いをすぐにやめ、モモコに集中した。
「どうした。」
モモコは「なんでもない」と再度鳴こうとした時、突然会議場の扉が開いた。
「私のコモモはここに居たのね。軍部とは・・・いくら捜しても見つからないはずだわ。」
テンレイ・ラウンドはモモコを優しく見つめ、ガツクには永久凍土の視線をくれてやった。
ここにテンレイVSガツクのモモコを巡る開戦の火ぶたが切って落とされた。
ご登場です。