2-11 誤解でした
「ぎにゃあああぁぁ!!!」
突然さけび声をあげ、ガツクの頭に乗ったモモコにどうした!となったガツクはその原因だろうドーベルマンのショウを睨みつけた。
強者には服従の世界である動物のショウは固まった。
「モモコにいきなり吠えるとは・・・・。ダイスの躾がなっていないようだな?」
大人げな・・・いや誰にでも平等に厳しいガツクはたとえ犬でも容赦しない。
ダイスが帰還した時まとめて説教部屋行きへ勝手に決定。
ガツクの怖い顔に馴れ、たいていのものにはあんまり動じなくなった(ガツクの方がインパクト大)モモコでもあの夜のショウは別物である。初めて命の危険にさらされ、初めて死に物狂いで走った。(注 モモコ視点)それは最早トラウマ。
あの夜の事が思い出され震えるモモコはガツクが頭から下ろそうとしても頑として離れない。仕方なくその状態で執務室に向かった。
(なにやら誤解されちょるみたいじゃのう。ガツク大将とこの飼い猫じゃったとは意外じゃが、長い付き合いになりそうじゃけえ、早いうちに解いとかんと。)
ドーベルマンの名はショウ。ガツクのもう一人の親友 ダイス・ラズの飼い犬である。
今回の任務は長期化しそうだったのでダイスに置いて行かれ、暇を持て余したショウは総所をぶらぶらしているうちに自分の主とケンカばかりしているテンレイの庭が気に入り、たまに訪れては風情を楽しんでいた。あの夜も気が向いて出かけたおりにモモコと出くわしたというわけだ。
モモコを池で見失った後も時折捜していたショウは(もう5年越しの付き合いになるのに今だ自分の名前を覚えない)ガツクの腕にいたモモコに再会し驚いた。
律義な性分でもあるショウは誤解を解こうとガツクとモモコの後をそっと追った。
軍部の皆さんにギョッとされながらもモモコを頭に乗せたまま到着したガツクはガツクの頭上を見つめ茫然自失のカインに、
「ダイスに1週間以内に帰還しないとお前の残りのバイクは全部売りさばくと伝えろ。」
と何度目かになる事を命じた。
我にかえったカインはさっさと席に着いたガツクに確かめる。
「全部、ですか?あのダイス大将が女性よりも大事にしている・・・。」
「そうだ。」
これは脅しではない。ガツクはやるといったら必ずやる。以前にガツクの言葉を信じないで散っていった奴らの末路を見た者らはガツクにその手の宣告を受けないように細心の注意を払うようになった。
なので、今までは「早く帰ってこい。」ですんでいたのが「帰らないとバイクの命はない。」に変更されれば瀕死であろうとダイスは帰ってくるだろう。やるとなったら徹底的にやる主義のガツクの「命はない」は部品をバラバラにし、パーツごとに市場に出すという意味だ。二度とバイク達は復元不可能であろう。ちなみによく宣告されるのは断トツでホクガン、次いでダイスだ。
(これでダイスさんは帰って来るな。)
カインは確信した。
そしてガツクのほうを窺うといつの間にか寝ていたモモコをようやく引っ剥がしている所だった。
モモコは追いかけられている。
たくさんのドーベルマンに。
ひっきりなしに吠えられ、追いかけられているうちにいつの間にか人間に戻っていた。
汗が目に入り、足はもつれる、肺は爆発しそうに軋んでいる。
ドーベルマン達は徐々にモモコを追い詰め、今にも食らいついてきそうだ。
(ガツクさんは何処行ったのよ!ガツクさんのバカ!ううううう~!助けて!ガツクさん!)
一匹のドーベルマンがモモコに飛び掛かる。
大きく開けた口からはズラリと並んだ牙が見えた。
(もうだめ!)
「モモコっ!」
モモコは目が覚めた。
まばたきして辺りを見回す。たくさんの書類や電話、ペンなどが乱雑に置いてある巨大なデスク。横を向く形でデスクを構えるカイン。ちょっとくたびれた大きなソファ。いつもの執務室だ。
(夢・・・夢か・・・。はあぁぁ 怖かった。)
ふう と一息ついたモモコはカインが心配そうに自分を見ている事に気がついた。
そしてそっと自分の背を撫でる大きくて暖かい手にも。
「どうした?悪い夢でも見たか。」
見上げると眉根をよせたガツクが背を屈めて覗きこんでいた。
ドキンと胸がざわめく。
「み、みゃあ。ふぐ。(な、なんでもないよ。大丈夫。)」
夢の中での恐怖感とは別のドキドキ。
ガツクはまだ納得していないように片眉を上げたが、モモコがふいっと顔をそらしたので何度か撫でてから仕事を再開した。
(どうしたんだろ・・・?ガツクさんの顔には慣れたはずなのになあ。なんか焦るぞ?うう~ん。)
ぎくしゃくする自分の心。初めての感覚のそれにはまだ名はない。
珍しくも定時に仕事が終わったガツクは執務室を出て、数歩先にいるショウに気がついた。ピタリと足を止めたガツクを不思議そうに見て前を向いたモモコは固まった。
モモコが身を強張らせたのを感じたガツクはショウを睨みつける。人間よりも強い者に敏感なショウは後ずさりしたがる己を叱咤し、勇気をだしてモモコに話しかけた。
[のう 猫よ。なにか誤解しとりゃせんか。わしはお前さんを獲物だと思っちょらん。迷子かと思って声をかけただけじゃ。]
それだけ言うと後はじっと誠意を込めてモモコを見つめる。
ショウはモモコと出会った時のことを思い出し、そんなつもりはなかったがモモコを脅かしてしまったかもしれない事に思い当たった。自分よりも何倍も大きい犬が近づいてきたらそれは怖いだろう。増して自分は軍用犬だ。
モモコはきょとんとショウを見た。
[え 迷子?獲物じゃない?]
返事をしてくれたモモコに安堵してなるべく優しく話す。
[ああ。追いかけたんのも闇雲に走ってケガでもしたらコトじゃとのう、心配しただけじゃァ。]
(な、なんですとー!!ほんとかぁー!?嘘ついてパクッとする気じゃないだろな。)
[わしは猫は食わん。]
(げげげ!心を読まれた!)
[口にでちょるけぇ]
・・・・・・・・・・・・・・・・。
耳に痛い沈黙が辺りを支配した。
ガツクは二匹がなにやら意思疎通を図っているのを興味深そうに見守った。
[自己紹介が遅れた。わしはお前の飼い主であるガツク大将の親友、ダイス・ラズの飼い犬のショウじゃ。よろしくしてくれ。お前さんはモモコでいいんじゃな?]
モモコは改めてショウの顔をよく見た。
怖い顔ではあるが理知的で優しい目をしている。
モモコが頷くと言いたい事は終わったのかショウが帰ろうとする。
慌ててモモコはその背に声をかけた。
[あ!あの!よ、よろしくお願いします!]
驚いたようにショウが振り返り、人間だったならほがらかな笑い顔だろう声で返してくれた。
[ああ、またなァ。モモコ]
走って帰るその背は夕闇溶け込みすぐに消える。
「帰るか。」
ガツクがぽつんと言葉を落とした。
モモコが見上げるとガツクもこちらを見下ろしている。
「うな。(帰ろう。)」
猫に表情筋はわずかしかないがガツクにはモモコが笑ったように見える。
夕日が見せた錯覚かもしれない。
一人と一匹は家路についた。
「総所では面白い事が起っちょるみたいじゃ。」
ガツクからの連絡とホクガンからの私信を並べ、霧藤隊・大将ダイス・ラズは笑った。
「ガツク大将からは5度目の呼び出しになります。珍しいですね。」
ダイスの補佐官リコ・クアンは4枚の帰還命令書を差し出す。
「ワシの大事なバイク達をさばくそうじゃ、相変わらず容赦ねえ。」
リコは鼻をならして行儀悪くデスクに足を乗せる上官を冷めた目で見つめ、
「当然ですよ。本来なら2週間の予定を4週間以上も延長しています。」
「じゃが、成果は掴んだ。これならガツクも文句ないじゃろ。」
「そうですね。後は書類に起こして提出できるようにしないと。」
ダイスは部下の言葉を聞くと大儀そうに椅子に体重をかけギィギィ揺らした。
「帰ってからでもええじゃろ。疲れとるんじゃァ。」
「あなたのはただの夜遊びです。そこまでやっておかないとガツク大将は・・・・・」
「あーあー わかったわかった。」
「では資料を持って参ります。逃げないで下さいよ?」
「わかっちょる。わかっちょる。」
早く行けとばかりにしっしっとリコに手を振る。
顔を顰めて部下が去り、一人になった部屋でダイスは呟く。
「帰ってものんびり仕事させてくれそうもないからのォ。」
手にはホクガンからの私信がある。
”・・・・・・お前が帰ってきたら手伝ってほしい。久々におもしろくなりそうだな?”
次回はいよいよ! なるか!?