2-7 変(へん)ですね
モモコがガツクに拾われて1週間が過ぎた。
その間、衝撃と混乱と恐怖を周りにまき散らしていたのだが、当の一人と一匹は気づいていなかった。
いや、モモコはなんとなくおかしいなぁと感じている。
普通この世界では珍しい”猫”がいたら「猫なんて珍しい」と関心を示すものだ。現に、テンレイのところでは外に出るとしょっちゅう話しかけられたり、撫でられたり、抱っこされたりした。それらが一切ない。
一切ないばかりか皆モモコと目すら合わさないのだ。視線は感じるのにそっちを見るとサッと逸らされる始末。
さすがののんきなモモコも、あれ?と気づき始めた。
最初におかしいなと思ったのは、いつもガツクと一緒に仕事をしているカインが、モモコをあきらかに見て見ぬ振りをしているからだ。
絶対完璧バッチリ見えているはずなのだ。
なぜならガツクがデスクワーク中モモコはガツクの膝の上に座っているから。
2m78㎝の大男(注記 黒一色、氷のような眼し、座ってるだけなのに相手側が勝手に生命の危機を感知)の膝の上に30㎝弱の猫。(注記 ふわっとしたピンク色の毛、くりくりの瞳、いつも半開きの口)まったくの非対称を無理矢理マッチさせた結果のような光景。
いや、モモコも一応は抗議したのだ。頑張った。膝に座らされた途端じたばたして床に飛びおり、執務室を逃げまくろうとしたが、あっさり捕まり、無言の圧力に屈した。
その間死んだように静かだったカインに、「その猫どうしたんですか?」とかも聞かれなかった。
ガツクも自らプライベートな事を話す性質ではないため執務室は奇妙な緊張感に包まれている。
(見えてないはずないよね。ガツクさんは普通に見えてるし・・・。ハッ!)
モモコは思い当たった。
(猫が嫌いなんだっ! あーそうだよね、好きっていう人ばかりじゃないよねぇ。)
違う方向に曲がったようだ。このようにして執務室の空気は停滞した。
(そうか・・・そういう事だったんだ・・・。そうだよねぇ。私でも見ない振りしちゃうよ。そりゃ。)
モモコは今度はちゃんと周りの状況を把握した。
きっかけは昼、昼食を食べにガツクと一緒に食堂に来た事から始まる。
ちなみに軍部は食事、洗濯、掃除など身の回りのことは全て軍部でしている。奥にしてもらう事は制服の製作とか専門的なもののみで、自分たちで出来る事は自分たちでする!これも訓練の一環だ!が趣旨なのであまり奥やその他の部と接触を持たなかった。というわけでモモコの事も結構月日が過ぎるまで互いに知らなかった。軍部にとっても奥やテンレイにとっても残念な事だと言えるだろう。
横道にそれたが、ガツクとモモコが食堂に入ると皆がいっせいに会話をやめ、緊張感が波のように拡がった。ガツクはそれをなんとも思わないのか普通に食券を買い(この日は炊き込みご飯定食)、モモコのためであろう煮魚定食の単品のみを求め、普通に受け取り、普通にテーブルに座って食べ始めた。モモコはというと床で自宅から持ってきた例の器に(ガツクは器をスーツの胸元から出し、モモコの度肝を抜いた。そこにいらした軍部の皆さんのも)よそってもらいフーフーして食べた。食べこぼしはマットを敷いて(これも出した)対処した。食べている最中も何度か視線というかこっちを気にしている気配が伝わってくるのだが、そっちを窺うとささっと消える。これを何度か繰り返し5度目でモモコはキレた。
「にゃーーうお!ふぎー!(なんなのだ!言いたい事があるのならはっきり言え!)」
静かな食堂中にモモコのかわいい鳴き声が響き渡った。
ガツクは急に鳴いたモモコにピクッとした以外は特に反応を示さなかったが、軍部の皆さんは飛び上がった。そしてさらにシンと静まりかえる。モモコは自分が仕出かした事にビビり、
「ふみー・・・。うな。(あの、やっぱりソフトにお願いします)」
縮こまった。
ガツクはその間も黙々と自身の食事とをたいらげ、最後に茶をのんで立ち上がり、器とマットを回収して(それは魔法のようにしまわれた)モモコを抱き上げてから、食器を返すためにカウンターに寄った。その時ふと壁にかかった鏡が目に入る。なにげなく覗いてみたモモコは仰天した。
「みゃお!!(な、なにこれ!変っ!なんかすごく変!)」
そこには地獄の帝王のようなガツクがぼさっとした間抜けなピンクの自分を抱っこしている姿が映っているのだが、その究極のミスマッチ具合にびっくりだ。
ただモモコは「びっくりした!」で済んだが、普段のガツクを知っている彼らからしてみれば変どころか天変地異ぐらいのインパクトだった。あの敵に容赦など一切ない、この人ほんとに俺らと同じ人類か?と味方でさえ疑わさせてくれる強さと、本当は俺らの事潰したくて仕方ないんじゃと勘違いさせてくれるシゴキ。国主と3人の大将(シラキ以外)から一番恐れられ、軍部で目を合わせて会話したくない人14年連続一位のあの男!・・・・・・・・に ピンクの猫。
なにかの試練だと思わなければやってられない・・・・・。これが軍部の総意だ。
真っ直ぐに現実逃避。これでいこう。良いスローガンじゃないか。あとこれには暗黙の了解があり、お互い声に出して(ガツクと猫を)確認してはならない。一度認めてしまえば今度は現実崩壊するから。
お前らこの国を守る強い軍隊じゃなかったんかと言いたいところだが彼らにも怖いものはある。
たとえそれが味方であるはずの尊敬する上官だとしても。
これでやっと周りの違和感に気づいたモモコは素朴な疑問を感じる。
(ガツクさんはなんとも思わないのかなぁ。ていうか今さらだけど私みたいなピンク色の猫を連れて回って恥ずかしくないのかな。大人のそれも立派な仕事をしている人なのに。迷惑かけてるんじゃ?私のせいで降格しても知らないぞ!でもガツクさんを降格できる人なんているのかな?ホクガンには無理そう。う~ん。ガツクさんってナゾ。)
モモコはわかっていない。ガツクは恥などとは思ってもいない。迷惑だとも。それどころか霧藤のダイスに早く戻って来て部内の仕事をしろとせっついている事を。この男はモモコが長時間執務室にいては気が散って自身が仕事にならない事に気づき、さっき食堂で急に鳴いたのもモモコが退屈しているのに違いないと勘違いしていたのだ。
180度違う一人と一匹の思考。
またまた訂正箇所が・・・
モモコがシチューを食べるシーンがありますがシチューって普通玉ねぎ入ってるよね。ハイ間違いです。猫、犬などに玉ねぎは御法度!正直言って毒物!なのに何故書いてしまったのか!その日の夕飯だったからだ!
すいません!すいません!リアルな猫さん犬さんには絶対上げないでね!
申し訳ありませんでした・・・・・