堕食記
ある日、僕の元へ一通の手紙が届いた。
拝啓
新緑の候、皆様におかれましては益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。
この度、針口山の静寂の中に、大人のための隠れ家レストラン『ソテツ』をオープンいたしました。
喧騒から離れた山あいの地で、旬の素材を活かした極上のメニューと、心安らぐひとときをご提供させていただきます。
つきましては、ささやかながら開店記念の会食をご用意いたしました。
お忙しい折とは存じますが、黄昏時の針口山を眺めながら、ゆったりとした時間をお過ごしいただければ幸いです。
皆様のまたとない美味との出会いを、スタッフ一同心よりお待ち申し上げております。
敬具
針口山は知っているが、そんなレストランがオープンするなんて噂は一つも聞いたことがなかった。
僕はなんとなく、せっかく招待されたのだから行ってみるかと思い、行くことにした。
翌日、僕はなんの疑いも疑問も持たずに仕立てたばかりのスーツを着て針口山へ向かった。
スーツで山へ行くのはなんだか違和感しか無かった。草や泥で汚れるし、革靴では獣道は歩きにくい。
全く、辺鄙な場所に建てたもんだ。辺鄙な場所なうえに、時間帯は夕方なんて微妙な時間帯だ。夕方と書けば良いのに黄昏時だなんて書いてある。分かりにくいったらありゃしない。レストランに着いたら、まず先にこの招待状について文句を言おうかと考えた。
だが、レストランに着くとそんな気は失せた。
真っ黒な壁に白い字で「ソテツレストラン」と書かれていて、窓は全てカーテンを締め切っている。カーテンまで真っ黒だった。
駐車場は見当たらない。人の気配はしない。
「本当にここはレストランだよな?」
そう独り言をいいながらレストランの周りを一周すると、勝手に入口が空いた。
「いらっしゃいませ。会食のお客様ですか?」
「あ、はい。」
レストランの店員なのか分からないが、羊の頭蓋骨のような頭をしていて、ウェイターの服を着ている。
なんだコイツは。
「どうぞ中へ。」
そう言われて僕はレストランの中へ入った。
店内は薄暗くて、明かりは蝋燭だけ。
蝋燭の明かりで何となく店内は見えた。
黒と赤で統一されたインテリア。
ただの飾りのようなシャンデリア。
食器は白い陶器。カトラリーは金。
変わったレストランだ。
やけに寒くて、うっすらと甘ったるいような匂いがする。あまり嗅いだことのない匂いだ。馴染みのないこの匂いは何となく不快に感じた。
席に案内をされ、座って周りを見渡すが、他の客の顔がはっきりとは見えない。
ああ、だから誰ソ彼。黄昏なのか。
いや、そもそも店内が薄暗くて明かりは蝋燭だけなのだから関係ないか。
食事が運ばれるまでの間、このレストランの名前の由来と山についての説明書きのようなものを読んで待つことにした。
ソテツレストランの由来
ソテツ(蘇鉄)は常緑樹であり、古代から姿を変えない植物として知られている。
有毒成分を含むため、かつては「植えてはならない木」とされる地域もあった。
飢饉の際には毒抜きを施して食用としたが、処理を誤ると痺れや嘔吐を引き起こした。
そのため一部では「ソテツ地獄」と呼ばれた。
独特の形状と硬質な美しさから、古くより人々に親しまれてきた植物でもある。
針口山について
針口山は古くから境界の山とされ、山中には霧が多く発生することで知られている。
かつてこの地域では、山の奥に「針口処」と呼ばれる場所があると伝えられていた。
針口処は、迷った者が戻れなくなる場所として語られ、道が細く針の穴のように見えることからその名がついたとされる。
現在では正確な位置は不明であり、地図にも記載されていない。
山名の由来については諸説あるが、古い文献には「人の声が届かぬ処」との記述が残されている。
どちらも地獄から取った名前のようだ。
特に気にすることもなく、そうなんだとしか思わなかった。
ただの少し変わったレストランだろう。今どき色々なコンセプトのレストランや、喫茶店があるからそういうものなのだろう。
読み終わった頃、水と食事が運ばれてきた。
ごく普通の食事よりいくらか良いものを僕は期待していた。
「コチラ、雉肉ノカルパッチョデス。」
やけにカタコトで、声の調子がどこか可笑しい烏頭のウェイターだった。
だが、雉肉とは珍しい。
普段ならまず口にしない肉だ。前菜としては、悪くないと思い、金色のフォークで口に運んだ。
鶏肉よりも美味い。噛みごたえがあって、臭みもなくてあっさりしている。
「うん。美味いな」
僕は少し酒が欲しくなったので、羊の頭蓋骨頭のウェイターを呼び止め
「すみません、お酒はありますか?」
「ええ、当店自慢の特選葡萄酒があります。」
「それをお願いします。」
「かしこまりました。」
ウェイターは静かに去っていった。
特選葡萄酒だなんて、どんな葡萄酒なのだろうか。
山葡萄でも使っているのか、余程ジビエ料理に合う葡萄酒なのだろうかと思っていると、ボトルと金色のワイングラスを手に戻ってきた。
中の液体は照明のせいか、少し黒く見えた。
赤ワインなのか?
「どうぞ。」
そう言われて僕は礼だけ言ってグラスを傾けると、赤ワインらしい甘い香りの奥に、少しだけ鉄のような匂いが混じっていた。
気のせいだと思い、そのまま口をつけると赤ワインの甘さと渋さに混じって、舌の上に残る嫌な鉄のような味があった。
なんだか変わった葡萄酒だが、飲む手を止められなかった。
この鉄の味がどこか懐かしく感じるのだが、なんの味だったのかが思い出せなかった。
それにしても、やはり肉には赤ワインが合うな。
カルパッチョが無くなる頃、次の料理が運ばれてきた。
「コチラ、熊ノロースト・樹皮ソースデス。」
今度は熊肉か。少しソースの香りが強い気がするが、きっと臭みを消すためだろう。
熊はきちんと処理をしないとゴムのように硬いらしいが、抵抗なくナイフが入ったので、大丈夫だろうと思った。
肉の断面から立ちのぼる匂いが、さっきの鉄の香りと少し重なった気がしたが、特に気にするほどでもないと思った。
樹皮を煮詰めたような甘さがあった。
舌に薄い膜のようなとろみが残った。
熊肉を一口食べると、またワインが欲しくなった。
葡萄酒を飲むと、すぐに肉を口に運びたくなった。
気づけば、肉、葡萄酒、肉肉、葡萄酒、肉肉肉と繰り返していた。
そのどれもが、妙に喉に馴染んだ。
ふと、近くのテーブルに目がいった。
そこに座っている客は、目を凝らしても顔が分からない。
まあ、店内が薄暗いから仕方がない。
肉と葡萄酒の余韻がまだ喉に残っていたので、何となく声をかけてみることにした。
葡萄酒が回って少し酔っているのかもしれないが。
「あの。」
相手はゆっくりとこちらを向いた。
「美味しいですね。」
「あz*esb@&¥嚃穗窶%Sh€○:09」
何か言っているのだろうが、あまりよくわからなかった。
言葉なのか、空気の振動なのか、酔いが回り始めているのか。
自分で話しかけたくせに、僕は愛想笑いだけ返した。
口元だけ何とか見えたが、獣のような口でニヤリと笑っていた。
きっとそう見えただけだ。 きっと。
この店内がさらに寒く感じた。 空調のせいだろう。
少しでも温まればと思い葡萄酒を飲み干し、もう一杯頼んだ。 喉の奥がじんわりと熱くなり、その熱がゆっくりと胸の方へ広がっていくのが分かった。
横目で獣のような口の客を見ると、客の背後で何かが大きく揺れていた。
目を凝らして揺れているのがなんなのかを見ると獣の尾に見えた。咀嚼する顎の動きに合わせて揺れているようだ。
その揺れ方は嬉しそうだが、近くを通るウェイター達は少し迷惑そうに避けて歩く。
反対に、女性のような影や大柄な影は、通りすがりにその尾を撫でていった。
撫でられた尾は、一瞬びくりと震え、その後さらに大きく、嬉しそうに揺れた。
僕は撫でてみたくなったが、それよりもこのレストランの料理と酒を楽しみたかった。 あっという間に熊肉のローストがなくなってしまって次の料理は何が来るのか、楽しみでしょうがなくなってしまったのだ。
「猪ノ血抜キ不完全テリーヌデス。」
次は猪か。ん?
「血抜き不完全」という言葉が、僕の中で引っかかった。
これは食べても大丈夫なのだろうか?
いやいや、食べに来たんだし出されるってことは食べて大丈夫なのだろう。
雉肉も熊肉も美味しかったし、きっとこの猪も美味しいはずだ。
あまり美味しくなかったら葡萄酒で流し込んでしまえばいいだろう。というか、テリーヌってなんだ?
四角い形をしていて鉄臭いような気がするけれど、この鉄臭さは——
一口葡萄酒を飲んだ。なにかが引っかかる気がしてもう一口。
思い切ってテリーヌを食べようとナイフを入れると、通りにくいうえにすぐに崩れてしまいそうだ。フォークで口に運ぼうとするとふと視線を感じ、食べる手を止めた。顔をあげるとあの羊の頭蓋骨頭と、烏頭がじっと僕のことを見ていた。
「あ、あの…なにか?」
「いえ、なんでもありません。」
変な奴らだ。
もう一度フォークで口に運んだ。パサパサというか、ザラザラというか、なんとも言えない食感に香草じゃ隠しきれない獣臭さ、鉄錆のような重い匂い。口の中に広がる血の味にレバーみたいな感じがする。
なんだこれはりダメだ吐きそうだ。いや、せっかく来たんだ。吐いては勿体ない。葡萄酒、葡萄酒で流してしまおう。
葡萄酒で口の中のテリーヌを流し込んだが、口の中にねっとりとした何かと、喉の奥にむせるような血の味が残った。
少し食べ続けるのを躊躇ったが、覚悟を決めてテリーヌを口いっぱいに入れて葡萄酒でまた流し込んだ。
気持ち悪い。
ワイングラスをテーブルの上に置くと、烏頭のウェイターが勝手に注いでどこかへ行ってしまった。そしてまた料理が運ばれてくる。腐ったような臭いのする野菜やら、何の肉なのかよく分からないものやら、そもそもなんだったのかが分からないものまで。
食べているうちに僕の舌がおかしくなってきたのか、美味しく感じてきてしまった。
「デザートノ、青カビト変色ミルクノブラン・マンジェデス。」
この変な名前のデザートを食べてしまえば最後だ。
乳白色に緑や黒の斑点がマーブル状に模様を描いているが、スプーンを入れると糸を引いている。濃厚な甘みの奥から土臭さと、舌がピリピリする刺激。なんだろう、癖になる。
食べ終えてからお会計をしようとするが
「お代はもう頂いておりますので。」と言われた。誰かが払ってくれたのか。まあ、ラッキー?なのかな。
それから数日。
僕はなんだかあのレストランでの食事が忘れられなかった。普通では無いものばかりなのに、また食べたい。そう思ったが、家の冷蔵庫を開けても新鮮な肉や野菜、期限がまだ切れていないものばかり。
「……また行ってみようかな。」
再びあの針口山のレストランへ足を運んだ。
今度はジビエだけじゃなかった。虫や変なキノコ、人の指、舌、あとは……なんだこれは。よく分からない。分からないし、生きているうちにあまり口にしないものばかり。それがなんだか
美味しい。
気が43くと僕は裳う何度もなんぉもレsssランdェ食?woしていた。
どぅSiェ今まで新鮮なものば21り食べでいAのだぉ13。もうこKo で麝ないと7392だ。
ああ、いらっしゃいませ。
お客様は、招待状をお持ちではありませんね。
残念ながら、当店は招待状が無いと入れないのです。
申し訳ございません。
え? あちらの彼ですか?
彼はとても良いお客様です。
ふふふ。
最初は普通の味覚でしたよ。
貴方と同じだったと思います。
普通の食事を食べられていたかと。
ええ、そう。ここへ来るまでは、ですね。
二回目からはもう、当店で食事をしないと
死んでしまいそうな顔をしておりましたよ。
あんなにも苦しみながら、きちんと食べてくださるなんて。
私、とても嬉しいんですよ。
シェフも大喜びでした。
え? 貴方も食べてみたい。気になる。ですって?
まあまあ、落ち着いてください。
貴方もきっと、もうすぐですから。
うふふふっ。
もう、ポストの中にあるかもしれませんね。
では、またのご来店をお待ちしております。




