赤旗を振る、宇宙人
西暦2006年、私は辺境の惑星、現地の呼称地球を訪れた。
私は観測船のコントロールパネルを見下ろし、
1人またため息をつく。毎日毎日、眼下に広がる青い惑星を見つめ、観測する日々。退屈のあまり、私の3本の触手は不規則に波打っている。
今日も今日とて、存在するのは『民主主義』ばかり、少し知恵が付くと知的生命体というのはすぐこれに辿り着く。
私は、思想保護官として地球を訪れている。宇宙の知的生命体が自発的に生み出した多種多様な政治思想や哲学的パラダイムを、絶滅から保護する崇高な職務だ。
文明の伝統や文化を守る上で重要な第一歩であるのに加え、思想の多様性を維持し精神的退化を防ぐのが目的だ。
しかし、この惑星の現状は、我々の想像を超えることなく絶望的に退屈だった。ある程度知恵のついた知的生命体は、最終的に民主主義に行き着く。私の文明でも同じだ。民主主義というのはもはや銀河標準なのだった。
地球時間で数百年前の記録では、絶対王政や神権政治、封建主義などが生き残っていたと言うのに、発見が遅れてしまったらしい。現在の地表には資本主義的民主主義と言う名の、効率的で、かと言ってありふれた思想が広がっている。
私は端末をチェックし、いくつかの例外をチェックした。一部地域では立憲君主制や社会主義を名乗る国家が生き残っているようだが、珍しいとは言えあくまで保護に値するレベルではなかった。立憲君主制とは言っても所詮民主制の変種であるし、社会主義も名ばかりで自由経済を取り入れているのだ。
この惑星に訪れる際の自分を馬鹿にしながら、私は調査を切り上げ、さっさと次の惑星に向かおうとした。その時であった。観測船の自動分析機が奇妙な異変をチェックしたのである。極東に位置する弓形の島国から、その信号は発信されていた。
日本と呼ばれるその国は、立憲君主制であると言っても、特に何の変哲もない資本主義の温床であった。しかし、その政治の林床の奥深く、一政党でありながらも、私の知的好奇心を揺さぶる「突然変異種」が鳴りを潜めていたのだ。
その組織の綱領を見た時、私は異変に気づかなかった。共産主義を掲げた彼らは一見何の変哲もなく、人々の平等、資本主義の解体を目指していた。宇宙でもこれは例外でなく、比較的良く見る、資本主義への対案的思想であった。もちろん成功した例はなかったが。
しかし、彼らは同時に「君主制の容認」も示唆していた。当面の間、同国の定める憲法に従い、君主制を存続すると綱領に記載があるのだ。
私は激しく混乱した。脳細胞が急速に演算を開始する。
共産主義とは、本来、階級の打破と特権階級の排除を絶対原則とする思想のはずだ。一方で君主制とは、血統による階級の最たるものである。この二つは、水と油、あるいは物質と反物質のはずだった。
しかし、この組織では、共産主義、社会主義的でありながら君主の存在を内包していた。
今までの宇宙にこの例は存在しない。正式な名称ではないだろうが、あえてこの場で名付けるなら『君主制社会主義』だろうか。
これまで何千もの惑星を巡ってきた私だったが、完全に未知の政体だった。まさか星間統一すらされていない辺境の惑星でこんなものが見つかるとは思ってもいなかった。
民主主義国家に存在しながらも、それに対抗するためあえて君主制の要素も取り入れていく。
独自の歴史的経緯と妥協の結果、本来相容れないはずの二つのイデオロギーを結合させ、絶妙なバランスでそれが成り立っているのだ。あり得そうでありえない、そんな夢の組み合わせであるように感じられた。
まさに、辺境の惑星だからこそ他の惑星の影響を受けず、独自進化した結果と言えるかもしれない。
しかし、データをさらに読み進めた私の顔は次第に曇っていく。
それは君主制社会主義の絶望的な未来を指し示していた。その組織の支持層のグラフは右肩下がりの凄まじい高齢化を示しており、向こう数十年での絶滅は必至であった。
私の保護官としての血が騒ぐ。ここまで、必死に職務を果たそうとしたのはいつぶりであろうか。
自然の摂理に任せていてはこの美しい固有種は滅びてしまう。本部に許可をとり、組織の保護を進めていこう。裏から手を回して環境を整備してやろう。
まずは機関紙のデジタルサブスクリプション数を自然に偽装して、政党交付金を受け取っていない資金難を解決するため、多額の寄付を行なって…
民主主義を謳歌しているこの国の住民には悪いが、絶滅させない程度に君主制社会主義を広めさせてもらおう。
地球時間で20年経った現在でも私の保護は続いている。
彼らは政権を取ってこの国をひっくり返すことはない。しかし、確実にこの島国の政権の中で絶妙な「固有種」としてのポジションを維持し続けている。
勝ちすぎず、負けすぎず、他の在来種にも影響を及ぼさず絶滅しないほどの個体数を維持する。これこそが一級保護官の職人技だ。
私は今日も観測船から、宇宙でここだけにしか咲かない、美しくも奇妙な「君主制社会主義」という名の盆栽に、秘密の栄養剤を注ぎ続けている。
特定の政治団体を後押しも、批判もする意図はございません。




