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平安猫魔伝〜異世界を滅ぼした魔導王、平安の都で猫になる〜【連載版】  作者: 伊勢吉
序章:転生と邂逅

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第八話「夜の庭で」

満月の夜が、近づいてきた。


我が名は玄丸。黒猫の姿で平安の都に暮らす、元魔導王だ。満月の夜、それは、我にとって特別な時間だ。魔力が最も高まり、封印された力が僅かに解ける。


そして、その夜、我は新たな人物と出会うことになる。



宵の口。


月が東の空から昇り始めた。


まだ完全な満月ではないが、それに近い。丸く、大きく、明るい月だ。


我は庭に出て、月光を浴びていた。


月の光が毛皮を照らし、体の奥底から魔力が湧き上がってくる。封印が、緩んでいる。


五行の理が、より明確に感じられる。


木・火・土・金・水、そして、虚。


全ての理が、我の中で静かに脈動している。


「ふむ」


思わず、声が出そうになった。


この感覚、懐かしい。かつて世界を統べた頃の、力の感覚だ。まだ僅かだが、確実に、戻ってきている。


その時。


「見事な月ですな」


声がした。


我は、反射的に身構えた。


振り返ると、庭の入口に、一人の男性が立っていた。


三十代半ばだろうか。黒い狩衣を着て、腰に刀を帯びている。


だが、その雰囲気が、尋常ではない。


人間、ではない。いや、人間なのだが、何か、別の何かが混じっている。妖の気配だ。


半妖。人と妖の間に生まれた者か。


男性は、我を見て、微かに笑った。


「ほう。猫が警戒している」


男性が、ゆっくりと近づいてくる。


「それも、ただの猫ではなさそうだ」


鋭い。


この男性、只者ではない。


「私は葛上真澄かずらがみ・ますみ。この屋敷の家令を務めている者だ」


家令、だと。


真白の屋敷に仕える者か。だが、今まで、姿を見たことがなかった。恐らく、意図的に我を避けていたのだろう。互いに、気配を察知し合っていたのだ。


「初めて会うな、黒猫殿」


真澄が、我の前に膝をついた。


そして、手を差し出す。


「敵意はない。安心してくれ」


その声は、静かで、誠実さを感じさせた。


我は、少し警戒を解いた。そして、真澄の手に、鼻先を近づける。猫の挨拶だ。


真澄の手が、我の頭を撫でた。


「ふむ。やはり、ただの猫ではない」


真澄が呟く。


「異界の気配を纏っている。お前も、何か特別な存在だな」


真澄の目が、我を見つめる。その目には、理解と、そして、親近感のようなものがあった。


「お前と私は、似ているのかもしれない」


真澄が微笑む。


「人でもなく、妖でもなく。どちらでもあり、どちらでもない」


真澄が立ち上がり、月を見上げた。


「この世界に、完全には属せない者同士、か」


その言葉に、我は、何かを感じた。


共感、というものか。


真澄の言う通り、我も、どこにも完全には属せない。かつては魔導王として世界の頂点に立っていたが、今は猫として生きている。人間でもなく、妖怪でもなく。


どこにも、完全には属せない存在。


「だが」


真澄が我を見た。


「お前には、大切な場所があるようだな」


真澄が微笑む。


「姫君の傍、という場所が」


その言葉に、我は、頷いた。猫の仕草で、小さく。


そうだ。我には、真白という場所がある。真白の傍にいることが、我の居場所だ。


「良いことだ」


真澄が言う。


「居場所があるということは、幸せなことだ」


真澄の声に、少し寂しさが混じっていた。


「私も、この屋敷が居場所だ。姫君を守ることが、私の存在意義だ」


真澄が真剣な顔になる。


「だから、頼む。黒猫殿」


真澄が我を見つめる。


「姫君を、守ってくれ」


その言葉に、我は、驚いた。


真澄は、我に、真白を守るように頼んでいるのか。


「私は、家令として姫君に仕えている。だが、私には限界がある」


真澄が自分の手を見つめる。


「この妖の血が、時に、姫君を危険に晒すかもしれない」


真澄の目に、苦悩が浮かぶ。


「だから、お前に頼みたい。もし、私が姫君を守れなくなった時、お前が代わりに守ってくれ」


我は、じっと真澄を見つめた。


この男性は、本気だ。真白を、心から大切に思っている。そして、自分の限界を理解している。


我は「にゃあ」と鳴いた。


承知した。我は、真白を守る。それは、お前に頼まれるまでもなく、我の意志だ。


真澄が、微笑んだ。


「ありがとう」


真澄が我の頭を撫でる。


「頼もしい仲間を得た気分だ」



真澄との話が終わり、我は再び月を見上げた。


満月に近い月が、空高く昇っている。


真澄は、屋敷の中へ戻っていった。最後に、「姫君を、頼む」と、もう一度言って。


我は、庭で一人、月光を浴びていた。


魔力が、じわじわと回復していく。この感覚、心地よい。


だが、同時に、危険でもある。


魔力が戻れば、我の正体がばれる可能性も高くなる。今はまだ、猫として生きている。だが、いつまでこの姿でいられるのか。


その時、縁側に人の気配がした。


振り返ると、真白が立っていた。


「玄丸?」


真白が不思議そうに我を見る。


「こんな夜遅くに、どうしたの?」


真白が庭に降りてくる。


「月を見ていたの?」


我は「にゃあ」と鳴いた。


そうだ。月を見ていた。


「ふふ、玄丸は月が好きなのね」


真白が微笑む。


「一緒に見ましょう」


真白が庭に降りて、我の隣に座った。そして、我を膝の上に乗せる。


「綺麗な月ね」


真白が呟く。その声が、優しく響く。


「玄丸は、月が好きなのね」


我は「にゃあ」と小さく鳴いた。


月も好きだが、それ以上に。お前の傍にいることが、好きだ。言葉にはできないが、そう、思っている。


「ねえ、玄丸」


真白が、我の頭を撫でる。


「こんな夜更けに月を見るなんて、あなたも風流ね」


真白が微笑む。


「月の光、気持ちいいでしょう?」


我は「にゃあ」と小さく鳴いた。


真白が、我を優しく抱きしめた。


「玄丸は、私の大切な宝物よ」


その言葉を聞いて、我は、思った。


我も、だ。真白。


お前は、我にとって、何より大切な存在だ。たとえ、この想いが何であろうと。たとえ、猫の身であろうと。お前を、守り続ける。

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