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平安猫魔伝〜異世界を滅ぼした魔導王、平安の都で猫になる〜【連載版】  作者: 伊勢吉
序章:転生と邂逅

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第五話「月見の宴」

秋も深まり、夜が長くなってきた。


真白の屋敷では、今宵、月見の宴が開かれるという。


我が名は玄丸。猫として暮らす元魔導王だ。宴というものに参加するのは、この姿になってからは初めてだ。どんなものになるのか。少し、興味がある。



宴の準備が始まったのは、昼過ぎからだった。


使用人たちが慌ただしく動き回り、庭に台を設置し、料理を運び込んでいる。我は縁側から、その様子を眺めていた。


「玄丸、今日は特別な日なのよ」


真白が、我を抱き上げる。


「お客様がいらっしゃるの。都の貴族の方々が、月を愛でに来てくださるのよ」


貴族、か。


我がいた世界にも、階級というものはあった。だが、それは力による序列だった。魔力が強い者が上に立ち、弱い者が従う。


この世界の貴族は、血筋と家柄による序列らしい。


興味深い。


「あなたも一緒にいていいわ。でも、お客様を驚かせないようにね」


真白が我の頭を撫でる。


「きっと、皆あなたを可愛がってくれるわ」


可愛がる、だと。


我を? 魔導王を?


まあ、今は猫だから仕方あるまい。


我は諦めて、真白の腕の中で大人しくしていた。



日が暮れると、客が到着し始めた。


まず現れたのは、中年の男性だった。立派な烏帽子を被り、青い狩衣を着ている。


「藤原殿、お招きありがとうございます」


男性が真白の父、いや、この屋敷の主人に挨拶する。


我は初めて、真白の父を見た。


五十歳前後だろうか。穏やかな顔立ちで、物腰が柔らかい。いかにも平安貴族、という雰囲気だ。


「ようこそおいでくださいました」


主人が客を迎え入れる。


次々と、客が到着する。


貴族たちは皆、華やかな装束を纏っている。男性は狩衣や直衣、女性は美しい色の小袖と袴。我がいた世界の宮廷とは、趣が全く異なる。


あちらは威圧的で、力を誇示する場だった。だが、ここは、優雅だ。力ではなく、美を競い合う場。興味深い。


「まあ、可愛らしい猫」


若い女性が、我を見つけて声を上げた。


「真白様、この子は?」


「玄丸と申します。最近、拾った子なのですが」


真白が我を抱いたまま、答える。


「まあ、なんて賢そうな目をしているのでしょう」


女性が我に手を伸ばす。


その手が、我の頭を撫でた。


くすぐったい。だが、悪い気はしない。


「この猫、本当に賢そうですわ。まるで、人の言葉が分かるみたい」


女性が笑う。


分かっている。完全に、分かっている。だが、それを示すわけにはいかない。


我は、ただの猫として振る舞わねばならない。



月が昇った。


満月に近い、丸く大きな月だ。


その光が、庭を照らしている。白い砂利が月光を反射して、幻想的な光景を作り出している。


客たちは、台の前に座っていた。その上には、月見団子や果物、酒が並んでいる。


「それでは、月を愛でましょう」


主人が言う。


貴族たちが、月を見上げる。


その瞬間、庭が静寂に包まれた。


誰も、声を出さない。ただ、月を見つめている。我も、真白の膝の上から、月を見た。美しい、と思った。


我がいた世界でも、月はあった。だが、こんな風に、ただ美しさを愛でるために月を見たことは、なかった。全ては、目的のために存在していた。月は、魔力を回復させるための光源。星は、航法のための目印。


だが、ここでは違う。月は、ただ美しいから、見る。それだけで、価値がある。この世界の価値観は、やはり、我には新鮮だ。


「月影に 黒き猫の 影ひとつ 静かに寄り添う 秋の夜長を」


真白が、歌を詠んだ。


その瞬間、我は、何かを感じた。


空気が、微かに震えた。


これは、魔力、ではない。だが、それに近い何か。


 言霊、か。


真白の言葉には、力が宿っている。それが、周囲の気を動かしたのだ。


他の客たちも、真白の歌に感嘆の声を上げている。


「見事な歌ですな」


「真白様は、本当に才がおありだ」


真白が恥ずかしそうに微笑む。


我は、真白の膝の上で、思った。


真白の言霊の力は、思いのほか強い。まだ自覚していないようだが、いずれ、この力は大きく開花するだろう。


そして、その力は、恐らく、我の魔法と共鳴する。


興味深い。実に、興味深い。



宴が進むにつれ、客たちは次々と歌を詠んだ。


月を讃える歌、秋を惜しむ歌、恋を詠んだ歌。


どれも、美しい言葉で綴られている。


我がいた世界では、言葉は呪文だった。正確に発音し、正確な意味を込めることで、魔法が発動する。


だが、ここでは、言葉は芸術だ。美しく、感情を込めて、心を伝えるために使われる。


そして、その言葉が、気を動かす。


魔法とは違う形で、世界に影響を与える。


これが、言霊の力、か。


我は、この世界に来て、初めて理解した。


言葉には、力がある。それは、呪文としてではなく、心を伝える手段として。


そして、その心が、世界を動かすのだ。


「玄丸」


真白が、我を見つめる。


「あなた、今の歌を聞いていたの?」


我は「にゃあ」と鳴いた。


聞いていた。全て、聞いていた。


「ふふ、やっぱりあなたは特別ね」


真白が微笑む。


「まるで、人のように、理解しているみたい」


理解している。完全に、理解している。


だが、それを示すわけにはいかない。


我は、ただの猫として、真白の膝の上にいる。


それで、いい。



宴も終盤になると、一人の老人が立ち上がった。


「皆様、お聞きください」


老人が、厳かな声で言う。


「最近、都の北部で、妙な噂があります」


その言葉に、客たちが耳を傾ける。


「夜な夜な、奇妙な風が吹くと。そして、人が夢に魘されると」


妙な風、夢に魘される。


我は、耳を立てた。


それは、妖怪の仕業、か?


「陰陽師たちが調査しているそうですが、まだ正体は掴めていないとのこと」


老人が続ける。


「皆様も、夜の外出は控えられた方がよろしいでしょう」


その言葉に、客たちがざわめく。


我は、思った。


 妖怪が、真白に危害を加えようとするなら、我は、戦わねばならない。


真白を守るために。


「玄丸、怖い話だったわね」


真白が我を抱きしめる。


「でも、大丈夫。あなたがいてくれるから」


その言葉を聞いて、我は、決意した。


ああ、そうだ。


我は、真白を守る。


どんな妖怪が現れようとも。



宴が終わり、客たちが帰った後。


我と真白は、部屋で月を見ていた。


「綺麗な月ね」


真白が呟く。


「今日は、楽しかったわ」


真白が我を見る。


「玄丸も、楽しかった?」


我は「にゃあ」と鳴いた。


楽しかった、というか、興味深かった、というか。


この世界の文化を、少し理解できた気がする。


言霊の力、美を愛でる心、そして、優雅な時間の使い方。


全てが、我がいた世界とは違う。


だが、悪くない。


むしろ、心地よい。


「玄丸」


真白が、我を抱きしめる。


「これからも、一緒にいてね」


その言葉を聞いて、我は、思った。


ああ、そうだ。


我は、ずっと真白の傍にいよう。


月を見る時も、歌を詠む時も、宴の時も。


いつも、真白の傍に。


それが、今の我の、生き方だ。


窓から、月の光が差し込んでいる。


その光を浴びながら、我は、微かに魔力が回復するのを感じた。


月光は、魔力の源だ。我にとって、必要なもの。


だが、今夜の月は、それだけではなかった。


確かに美しく、心を癒してくれた。


真白が詠んでくれた歌も、心に残っている。


「月影に 黒き猫の 影ひとつ」


真白が、自分の歌を口ずさむ。


「あなたがいてくれて、本当に嬉しいわ」


その言葉を聞いて、我の胸が、温かくなった。


我も、だ。


真白。


お前がいてくれて、本当に、嬉しい。


言葉にはできないが、そう、思っている。


「おやすみなさい、玄丸」


真白が、我を抱きしめる。


その腕の中で、我は、幸せを感じていた。


今宵も、真白と共に。


月の光の下で。

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